No waltz without you.
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「ほい。いったんはこれで大丈夫。そんな深くいってないようやけど、念のため明日ちゃんとしたとこに診てもらったほうがええかもな。感染症とか引き起こしたらあかんし」
琴璃の怪我は、出血のわりにはそこまで傷は深くはなかった。なかなか血が止まらなかったのは押さえ方が悪かったのも一理あるらしい。ティッシュひと箱使い切りそうだというのは、もとから中身の残り少ないものを使っていたからで、そんなに一大事というほどではなかった。
「せやけどびっくりしたわ。いきなり連絡きて、何かと思ったら怪我の手当てって」
「す、すみません……」
「ま、でもようやく会えたからええんやけど。改めまして、忍足侑士言います。跡部さんとは中学来の仲良しこよしですー」
「気色悪い言い方をするんじゃねぇ」
ヘラヘラ笑う忍足とは対極に跡部は苦々しい表情を見せる。
「なんで。俺ら友人関係やん。せやから今日も頼って俺んとこ電話かけてきたんやろ?」
「身近で知っていてすぐにつかまる医療従事者が他に浮かばなかった」
「ひど」
だが、言い方は辛辣であれ跡部はちゃんと感謝していた。この選択をしたことは間違いではなかったから。結果的に忍足を呼んだことが最良で最速なものとなったのだ。そして琴璃はというと、すっかり緊張が解け、さっきからにこにこと笑っている。もともと人見知りとは縁の遠い彼女である。だから、このまま何の礼もせずに忍足を帰すことはしないだろう。跡部の予想は当たった。
「忍足さん、良かったらいっしょにご飯食べていきませんか?何か作りますよ」
「ええの?おおきに。じゃ、遠慮なく」
「お前、これから寝るつもりじゃなかったのかよ」
「こないな激しい動きしたら、目ぇ覚めるし腹も減るわ」
「そうだ、忍足さんは関西出身なんですよね?たこ焼きとか、どうでしょう!プレートありますよ!」
「おぉ、ええやーん。粉もん俺めっちゃ好き」
「でも、あの、ピックとか100均のものなんですけど」
「充分や。刷毛は?」
「あります!」
「よっしゃ。オニイサンがごっつぅ美味いたこ焼き作ったるさかい」
「やったぁ!」
どんどん盛り上がってゆく2人の様子を、跡部は毒気にあてられたかのように見つめていた。何がそんなに楽しいのか、全くもって分からない。そうこうしているうちに琴璃が立ち上がり玄関へ向かおうとする。
「じゃあ私、材料買ってきますんで」
「お前はいい。もう必要以上に動き回るな。俺が行ってくる」
「ほなら、よろしゅう」
「ふざけんじゃねぇ。テメェも行くんだよ」
「えー、なんで。俺お客さんやで」
「お前なんかと2人にさせたら、どうせくだらねぇことばっか吹き込むに決まっている」
「……え?そこ?」
「何がだよ。おら、さっさと行くぞ」
険しい顔して跡部が玄関から先に出て行った。その一瞬で、忍足は見送りに来た琴璃を見て笑った。
「聞いた?今の」
「え、あ、はい。すみません、買い出しまで行ってもらっちゃって……」
「ちゃうちゃう。そこやない。俺と琴璃ちゃんを2人にしたら、俺に変なこと話されるのが困るんやって」
普通ならば。要らぬ話をされる恐れよりも、自分の恋人が別の男と2人きりになることに嫌悪するところであろうに。跡部はそこに関しての懸念は無いらしい。
「俺が、琴璃ちゃんに変なことせん奴やって信頼されてるからやと思う?」
「え……っと?」
琴璃は忍足の問いかけに首をかしげた。ひたすらに、忍足に買い出しさせてしまうことを申し訳ないと思っているのみで、言葉の真意を分かっていない。何も疑っていないような瞳で忍足をただ見上げるのみ。こんな眼で見つめられたのなら、きっと勘違いを起こして口説きにかかる男だっているだろう。まぁ、間違っても自分はそんなことをしないけれど。
忍足はその無垢な瞳の中をじっと観察した。もともと相手の心理を読み解くのが得意だ。そしてその吸い込まれそうな瞳の中に、ひとつの答えを見つけた。
「成る程ね」
他の男がどうこう以前の問題だった。跡部がこんなにも琴璃に対して寛容な理由が分かったところで、「ほな、行ってきます」と琴璃に言って、さっさと出て行ってしまった友人を追いかけた。
買い出し先は琴璃のアパートからすぐ近くのスーパーだった悠々徒歩圏内なのだが、1秒でも早く終わらせて帰りたい。その気持ちだけで跡部は車を出した。
スーパーマーケットなる場所に、跡部はもちろん初めてきたわけだが、颯爽と入店し、琴璃の書いてくれたメモを見ながら店内を歩く。その後ろを黙って忍足はついてゆく。買い物カート持ちの役目は当然忍足だった。
「なんや、こんなことしとると樺地の気持ちになれるなぁ。元気かなぁ、アイツ。俺以外の仲間とは連絡とってるん?」
「ほとんど無ぇな。おい、”アゲダマ”ってのはどこにあるんだ」
「あぁ、はいはい天かすね。粉売り場のほうちゃうかな」
メモを睨みながら仁王立ちする跡部の隣を忍足は通り過ぎ、先導する。さっきまでの立ち位置がすっかり逆転していた。跡部の前を歩くことなどあまりない機会だ。社会人になったら尚更ないと思っていたのに、こんな、スーパーなんてありきたりな場所であっさり主導権を握れるんやなと気づく。
「あった。ほい」
「ちげぇよ、揚げ玉だっつってんだろ」
「いや、同じやから。ええんよそれで」
跡部はまだ渋々顔だったけれど構わず忍足はカゴに放り込んだ。
「次は、なんだ。……“ベニショウガ”」
「そしたら漬物売り場とかのほうか」
そしてまた、立ち止まる王様を余所目に機嫌よくカートを転がして進む忍足。跡部はその2歩後ろをついてゆく。
自分がついてこなかったら一生終わらない買い物だったろう。忍足は1人静かに楽しんでいた。これは間違いなく、跡部1人では達成できることのないミッションである。何でも出来てしまう彼にも不得手なものは少なからず存在するのだ。その事実を知ったことに喜ばずにはいられない。
「なぁ。ビール買うてもええかな、跡部さん」
「お前、明日は早いとか言ってなかったかよ?」
「まーまー。たまにはええやん、これでぐっすり寝れるさかい。もちろん、帰りも送ってくれるんやろ?」
「気が向いたらな」
適当な返事をしながら跡部は腕時計を見た。琴璃のおつかいを引き受けてから十数分が経過している。こんなにスムーズにいかないものなのかと少し辟易した。ようやく頼まれたものを全てカゴに入れ終え、レジの列に並ぶ。
「かわええ子やん。……なぁ?景ちゃん」
「テメェこのままここに置き去りにしてやろうか」
「嘘やって、ほんまに。ちょっとしたジョーク」
先ほどの手当て時、跡部のことを彼女がそう呼んだ。忍足は衝撃と笑いを必死にかみ殺していた。あの跡部景吾が。歳下の大学生の恋人にこんな愛称をつけられている。もっともっと弄りたかったけど、本気でここに置き去りにされそうなので堪えた。
「いやそれにしても、改めて言うもんやないけどびっくりしたわ。あの子が付き合うてる子なんや。けど、ちょっと天然入ってる感じやな」
「時々ぬけてる所があるのは否定しない」
「へぇー。例えばどんな?」
「車の運転中に右ウィンカーを出しながら堂々と左折するような女だ」
「いや笑い通り越してめっちゃ怖いんやけど」
「俺はその時同乗していたが、確かに恐怖というものを初めて感じたな」
そう語る跡部の顔はわずかに緩んでいる。忍足はそれを見逃さなかった。危なっかしい女だという言葉の奥に、本当に彼女を大切にしているという思いもよく伝わってくる。ただの惚気やんけ。いつも隙のない彼だが、今日は普通の人間らしい一面ばかりを見せてくれている。それはきっと無意識なのだろう。彼女とは気を張らなくてもいられる存在であるということ。即ち、琴璃と一緒にいることは彼にとっては“素”でいられる証でもある。そら惚気のひとつも出てくるわけやな、と忍足は聞こえない声で独りごちる。
レジ待ちの列が自分たちの番になった。よっこらせ、と忍足が食材とビールでいっぱいのカゴをレジ台に乗せる。
「その様子やと、まだあの子には言うてへんの?」
軽くなったカートがカラカラと勝手に進んでゆこうとするのを跡部が掴んで止めた。
「あぁ」
「いつ言うん。もうそんなに時間ないんとちゃう?」
「そうだな」
そこで会話は途切れた。忍足は、跡部にそれ以上追及しなければ、跡部のほうも自ら語ろうとはしなかった。ただじっと、店員によって別のカゴの中に入れ替えられてゆく食材たちを眺め、会計を済ませ、荷物を忍足に持たせ、車に戻る。その一連の流れの間もずっと、跡部は口を開くことはなかった。
琴璃の怪我は、出血のわりにはそこまで傷は深くはなかった。なかなか血が止まらなかったのは押さえ方が悪かったのも一理あるらしい。ティッシュひと箱使い切りそうだというのは、もとから中身の残り少ないものを使っていたからで、そんなに一大事というほどではなかった。
「せやけどびっくりしたわ。いきなり連絡きて、何かと思ったら怪我の手当てって」
「す、すみません……」
「ま、でもようやく会えたからええんやけど。改めまして、忍足侑士言います。跡部さんとは中学来の仲良しこよしですー」
「気色悪い言い方をするんじゃねぇ」
ヘラヘラ笑う忍足とは対極に跡部は苦々しい表情を見せる。
「なんで。俺ら友人関係やん。せやから今日も頼って俺んとこ電話かけてきたんやろ?」
「身近で知っていてすぐにつかまる医療従事者が他に浮かばなかった」
「ひど」
だが、言い方は辛辣であれ跡部はちゃんと感謝していた。この選択をしたことは間違いではなかったから。結果的に忍足を呼んだことが最良で最速なものとなったのだ。そして琴璃はというと、すっかり緊張が解け、さっきからにこにこと笑っている。もともと人見知りとは縁の遠い彼女である。だから、このまま何の礼もせずに忍足を帰すことはしないだろう。跡部の予想は当たった。
「忍足さん、良かったらいっしょにご飯食べていきませんか?何か作りますよ」
「ええの?おおきに。じゃ、遠慮なく」
「お前、これから寝るつもりじゃなかったのかよ」
「こないな激しい動きしたら、目ぇ覚めるし腹も減るわ」
「そうだ、忍足さんは関西出身なんですよね?たこ焼きとか、どうでしょう!プレートありますよ!」
「おぉ、ええやーん。粉もん俺めっちゃ好き」
「でも、あの、ピックとか100均のものなんですけど」
「充分や。刷毛は?」
「あります!」
「よっしゃ。オニイサンがごっつぅ美味いたこ焼き作ったるさかい」
「やったぁ!」
どんどん盛り上がってゆく2人の様子を、跡部は毒気にあてられたかのように見つめていた。何がそんなに楽しいのか、全くもって分からない。そうこうしているうちに琴璃が立ち上がり玄関へ向かおうとする。
「じゃあ私、材料買ってきますんで」
「お前はいい。もう必要以上に動き回るな。俺が行ってくる」
「ほなら、よろしゅう」
「ふざけんじゃねぇ。テメェも行くんだよ」
「えー、なんで。俺お客さんやで」
「お前なんかと2人にさせたら、どうせくだらねぇことばっか吹き込むに決まっている」
「……え?そこ?」
「何がだよ。おら、さっさと行くぞ」
険しい顔して跡部が玄関から先に出て行った。その一瞬で、忍足は見送りに来た琴璃を見て笑った。
「聞いた?今の」
「え、あ、はい。すみません、買い出しまで行ってもらっちゃって……」
「ちゃうちゃう。そこやない。俺と琴璃ちゃんを2人にしたら、俺に変なこと話されるのが困るんやって」
普通ならば。要らぬ話をされる恐れよりも、自分の恋人が別の男と2人きりになることに嫌悪するところであろうに。跡部はそこに関しての懸念は無いらしい。
「俺が、琴璃ちゃんに変なことせん奴やって信頼されてるからやと思う?」
「え……っと?」
琴璃は忍足の問いかけに首をかしげた。ひたすらに、忍足に買い出しさせてしまうことを申し訳ないと思っているのみで、言葉の真意を分かっていない。何も疑っていないような瞳で忍足をただ見上げるのみ。こんな眼で見つめられたのなら、きっと勘違いを起こして口説きにかかる男だっているだろう。まぁ、間違っても自分はそんなことをしないけれど。
忍足はその無垢な瞳の中をじっと観察した。もともと相手の心理を読み解くのが得意だ。そしてその吸い込まれそうな瞳の中に、ひとつの答えを見つけた。
「成る程ね」
他の男がどうこう以前の問題だった。跡部がこんなにも琴璃に対して寛容な理由が分かったところで、「ほな、行ってきます」と琴璃に言って、さっさと出て行ってしまった友人を追いかけた。
買い出し先は琴璃のアパートからすぐ近くのスーパーだった悠々徒歩圏内なのだが、1秒でも早く終わらせて帰りたい。その気持ちだけで跡部は車を出した。
スーパーマーケットなる場所に、跡部はもちろん初めてきたわけだが、颯爽と入店し、琴璃の書いてくれたメモを見ながら店内を歩く。その後ろを黙って忍足はついてゆく。買い物カート持ちの役目は当然忍足だった。
「なんや、こんなことしとると樺地の気持ちになれるなぁ。元気かなぁ、アイツ。俺以外の仲間とは連絡とってるん?」
「ほとんど無ぇな。おい、”アゲダマ”ってのはどこにあるんだ」
「あぁ、はいはい天かすね。粉売り場のほうちゃうかな」
メモを睨みながら仁王立ちする跡部の隣を忍足は通り過ぎ、先導する。さっきまでの立ち位置がすっかり逆転していた。跡部の前を歩くことなどあまりない機会だ。社会人になったら尚更ないと思っていたのに、こんな、スーパーなんてありきたりな場所であっさり主導権を握れるんやなと気づく。
「あった。ほい」
「ちげぇよ、揚げ玉だっつってんだろ」
「いや、同じやから。ええんよそれで」
跡部はまだ渋々顔だったけれど構わず忍足はカゴに放り込んだ。
「次は、なんだ。……“ベニショウガ”」
「そしたら漬物売り場とかのほうか」
そしてまた、立ち止まる王様を余所目に機嫌よくカートを転がして進む忍足。跡部はその2歩後ろをついてゆく。
自分がついてこなかったら一生終わらない買い物だったろう。忍足は1人静かに楽しんでいた。これは間違いなく、跡部1人では達成できることのないミッションである。何でも出来てしまう彼にも不得手なものは少なからず存在するのだ。その事実を知ったことに喜ばずにはいられない。
「なぁ。ビール買うてもええかな、跡部さん」
「お前、明日は早いとか言ってなかったかよ?」
「まーまー。たまにはええやん、これでぐっすり寝れるさかい。もちろん、帰りも送ってくれるんやろ?」
「気が向いたらな」
適当な返事をしながら跡部は腕時計を見た。琴璃のおつかいを引き受けてから十数分が経過している。こんなにスムーズにいかないものなのかと少し辟易した。ようやく頼まれたものを全てカゴに入れ終え、レジの列に並ぶ。
「かわええ子やん。……なぁ?景ちゃん」
「テメェこのままここに置き去りにしてやろうか」
「嘘やって、ほんまに。ちょっとしたジョーク」
先ほどの手当て時、跡部のことを彼女がそう呼んだ。忍足は衝撃と笑いを必死にかみ殺していた。あの跡部景吾が。歳下の大学生の恋人にこんな愛称をつけられている。もっともっと弄りたかったけど、本気でここに置き去りにされそうなので堪えた。
「いやそれにしても、改めて言うもんやないけどびっくりしたわ。あの子が付き合うてる子なんや。けど、ちょっと天然入ってる感じやな」
「時々ぬけてる所があるのは否定しない」
「へぇー。例えばどんな?」
「車の運転中に右ウィンカーを出しながら堂々と左折するような女だ」
「いや笑い通り越してめっちゃ怖いんやけど」
「俺はその時同乗していたが、確かに恐怖というものを初めて感じたな」
そう語る跡部の顔はわずかに緩んでいる。忍足はそれを見逃さなかった。危なっかしい女だという言葉の奥に、本当に彼女を大切にしているという思いもよく伝わってくる。ただの惚気やんけ。いつも隙のない彼だが、今日は普通の人間らしい一面ばかりを見せてくれている。それはきっと無意識なのだろう。彼女とは気を張らなくてもいられる存在であるということ。即ち、琴璃と一緒にいることは彼にとっては“素”でいられる証でもある。そら惚気のひとつも出てくるわけやな、と忍足は聞こえない声で独りごちる。
レジ待ちの列が自分たちの番になった。よっこらせ、と忍足が食材とビールでいっぱいのカゴをレジ台に乗せる。
「その様子やと、まだあの子には言うてへんの?」
軽くなったカートがカラカラと勝手に進んでゆこうとするのを跡部が掴んで止めた。
「あぁ」
「いつ言うん。もうそんなに時間ないんとちゃう?」
「そうだな」
そこで会話は途切れた。忍足は、跡部にそれ以上追及しなければ、跡部のほうも自ら語ろうとはしなかった。ただじっと、店員によって別のカゴの中に入れ替えられてゆく食材たちを眺め、会計を済ませ、荷物を忍足に持たせ、車に戻る。その一連の流れの間もずっと、跡部は口を開くことはなかった。