No waltz without you.
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仕事を切り上げエレベーターに乗り込むところで胸ポケットに入っていた携帯が震えた。メールだった。
『お仕事お疲れ様です。今って、忙しいですよね?』
珍しいなと思った。向こうから連絡をしてくることもだし、その内容も。どちら共に新鮮なものだった。
彼女は自分に一体何を頼もうというのか。何かを伺い立てるような文面だがこれといって想像がつかない。1人じゃ解決できないことなんて山ほどあるだろう。規模の差はあれど跡部自身にだって存在する。だが、大学生で、現在ひとり暮らしをしている彼女が困っているものの正体だなんて、予想することすら難しい。あまり深刻な事柄でなければいいが。そんな微かな懸念と同時に、沸いている感情が他にもあった。“頼られている”という自覚からくる喜びである。普段からこちらの助けを滅多に借りようとしない彼女からのメッセージだったわけで。ただのメールが届いただけで多少なりとも充足感を覚えてしまう。そんな自分は単純なのだろうか。s少なくとも、柄にもないことだということは自覚がある。
返事を待っているようなのですぐに折り返してやるつもりでいたが、今から地下の駐車場に向かうため、電話をかけてもすぐに遮断されてしまう。跡部は携帯を一旦胸ポケットにしまうと、エレベーターのボタンを押した。
にしても、いつでも連絡してこいと言っているのに、いつになっても彼女は遠慮をする。理由を聞けば、あまり邪魔をしたくないのだそうだ。多忙な自分を見てそう感じているらしい。邪魔だとか遠慮だとか我慢なんてものは、くだらないと跡部は思っている。そんな感情を恋人に抱かせてしまうのは無益だとは思う反面、現にそれを彼女にさせてしまう時がある。立場的に、24時間いつでも自由に会えるわけではないし、どうしたって彼女の声が聞きたくともそれが叶わない時もある。だから、そんなことを思えた立場でもないのも分かっている。跡部としては我慢も遠慮もさせたくないのが本音だが、きっと彼女はこれを我慢だなんて思ってはいないのだろう。仕事ならば、都合がつかなければ致し方ない。そんなふうに割り切ってくれる彼女だからこそ、時間の許すときは出来るだけそばにいてやりたいと思う。
エレベーターは途中で止まることなくストレートに地下に到着した。自分だけの足跡が響く空間を歩き、車に乗り発進させる。地上に出たところで電話をかけた。相手はすぐに出た。
「もしもし?……電話してても大丈夫なんですか?」
案の定、仕事中ではないのかと危惧する琴璃。
「今帰っている途中だ。車と繋いだから通話はできる。どうした」
「お疲れ様です。あの、ちょっと教えてほしくて。押さえる場所って、切ったところの上ですか?下ですか?どうやっても止まらないんです」
「は」
「もうすぐティッシュひと箱使い切っちゃいそうで、さすがにまずいかなって思って……」
怪訝そうな声で琴璃は呟く。声色からしてどうやらふざけてる場合ではないらしい。それにしたって、今の彼女の問いに対して何と返事するのが最善だろうか。流石の跡部も一発で理解することはできなかった。
「まず主語を言え。何がどうなってお前はまずいと思った」
「えっと。私の指が、血だらけで」
「なんでだよ」
「新しく買ったスライサーの切れ味がすごくて、どんどん切れてくから夢中になってたら、自分の指もスライスしかけました」
真面目なトーンで答える話ではない。だが、呆れている場合でもない。彼女が話した現状を理解するのに跡部でさえ数十秒要してしまった。目前の信号が黄色に変わるが、跡部はアクセルを強く踏んだ。
「お前の話をまとめると、手に怪我を負ったが出血が止まらなくて困っている」
「そう!正解です」
「クイズ問題じゃねぇんだよ……ったく。一旦切る。また連絡するから待ってろ」
そう言って跡部は電話を切った。
相変わらず物事の説明が果てしなく拙劣というか。そういう気質があるのはもう、出会った頃からだからよく知っている。今は落ち着いてるんだか取り乱してるんだか、電話だけでは読めなかったが、このまま放っておいては不味いことだけは分かった。ひとまず車を路肩に停め、連絡先からある人物の番号を表示させ発信する。相手はもしかしたら仕事中かもしれない。あまり期待はできなかったがダメ元でかけてみた。だが幸運なことに、相手は2コールばかりですぐに出てくれた。予想通りに、警戒しきった低い声で。
「……なんや。かける相手、俺で合っとるん?」
「残念ながらお前を指名で間違ってはいない」
「ホンマかいな。めっちゃ嫌な予感するんやけど」
勘の良い旧友は即座に何かを感じ取ったらしく、電話の向こうで軽く呻いた。
「お前、今どこにいる?」
「家やけど。昨日夜勤で、今日はオフやってん。ほんで明日はまた早いから、そろそろ備えて寝るとこ」
「悪いが寝る前に来てもらう場所がある」
「はぁ?」
「急患だぜ、忍足先生。今から迎えに行くから外に出られる格好になって家の入口で待っとけ」
それから10分と経たぬうちに、忍足のマンション前に跡部の高級外車がやってきた。忍足は何も説明されぬまま車に乗せられ、そこからまた高速に乗り、着いた先は1棟のアパートだった。跡部の住まいではないことくらい忍足にも分かる。が、跡部は敷地内をどんどん進んでゆき、2階の角の居室のインターフォンを押した。扉が開き、出迎えた琴璃は跡部と忍足に挨拶をし、部屋の中へと促す。その際、忍足はティッシュでぐるぐる巻きになった彼女の手を見て、「わお」と全く面白味のないリアクションをしたのだった。
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この章は一応番外編という立ち位置でお送りします。本編終了からわりとすぐの時系列の設定なので、主人公は就活を終えた大学4年生設定です。ついでに補足すると、忍足先生は都内の大学病院に勤務している研修医設定です。
あと、私は関東人なので、関西弁に疎いです。おかしな表記があったらすみませんm(__)m
『お仕事お疲れ様です。今って、忙しいですよね?』
珍しいなと思った。向こうから連絡をしてくることもだし、その内容も。どちら共に新鮮なものだった。
彼女は自分に一体何を頼もうというのか。何かを伺い立てるような文面だがこれといって想像がつかない。1人じゃ解決できないことなんて山ほどあるだろう。規模の差はあれど跡部自身にだって存在する。だが、大学生で、現在ひとり暮らしをしている彼女が困っているものの正体だなんて、予想することすら難しい。あまり深刻な事柄でなければいいが。そんな微かな懸念と同時に、沸いている感情が他にもあった。“頼られている”という自覚からくる喜びである。普段からこちらの助けを滅多に借りようとしない彼女からのメッセージだったわけで。ただのメールが届いただけで多少なりとも充足感を覚えてしまう。そんな自分は単純なのだろうか。s少なくとも、柄にもないことだということは自覚がある。
返事を待っているようなのですぐに折り返してやるつもりでいたが、今から地下の駐車場に向かうため、電話をかけてもすぐに遮断されてしまう。跡部は携帯を一旦胸ポケットにしまうと、エレベーターのボタンを押した。
にしても、いつでも連絡してこいと言っているのに、いつになっても彼女は遠慮をする。理由を聞けば、あまり邪魔をしたくないのだそうだ。多忙な自分を見てそう感じているらしい。邪魔だとか遠慮だとか我慢なんてものは、くだらないと跡部は思っている。そんな感情を恋人に抱かせてしまうのは無益だとは思う反面、現にそれを彼女にさせてしまう時がある。立場的に、24時間いつでも自由に会えるわけではないし、どうしたって彼女の声が聞きたくともそれが叶わない時もある。だから、そんなことを思えた立場でもないのも分かっている。跡部としては我慢も遠慮もさせたくないのが本音だが、きっと彼女はこれを我慢だなんて思ってはいないのだろう。仕事ならば、都合がつかなければ致し方ない。そんなふうに割り切ってくれる彼女だからこそ、時間の許すときは出来るだけそばにいてやりたいと思う。
エレベーターは途中で止まることなくストレートに地下に到着した。自分だけの足跡が響く空間を歩き、車に乗り発進させる。地上に出たところで電話をかけた。相手はすぐに出た。
「もしもし?……電話してても大丈夫なんですか?」
案の定、仕事中ではないのかと危惧する琴璃。
「今帰っている途中だ。車と繋いだから通話はできる。どうした」
「お疲れ様です。あの、ちょっと教えてほしくて。押さえる場所って、切ったところの上ですか?下ですか?どうやっても止まらないんです」
「は」
「もうすぐティッシュひと箱使い切っちゃいそうで、さすがにまずいかなって思って……」
怪訝そうな声で琴璃は呟く。声色からしてどうやらふざけてる場合ではないらしい。それにしたって、今の彼女の問いに対して何と返事するのが最善だろうか。流石の跡部も一発で理解することはできなかった。
「まず主語を言え。何がどうなってお前はまずいと思った」
「えっと。私の指が、血だらけで」
「なんでだよ」
「新しく買ったスライサーの切れ味がすごくて、どんどん切れてくから夢中になってたら、自分の指もスライスしかけました」
真面目なトーンで答える話ではない。だが、呆れている場合でもない。彼女が話した現状を理解するのに跡部でさえ数十秒要してしまった。目前の信号が黄色に変わるが、跡部はアクセルを強く踏んだ。
「お前の話をまとめると、手に怪我を負ったが出血が止まらなくて困っている」
「そう!正解です」
「クイズ問題じゃねぇんだよ……ったく。一旦切る。また連絡するから待ってろ」
そう言って跡部は電話を切った。
相変わらず物事の説明が果てしなく拙劣というか。そういう気質があるのはもう、出会った頃からだからよく知っている。今は落ち着いてるんだか取り乱してるんだか、電話だけでは読めなかったが、このまま放っておいては不味いことだけは分かった。ひとまず車を路肩に停め、連絡先からある人物の番号を表示させ発信する。相手はもしかしたら仕事中かもしれない。あまり期待はできなかったがダメ元でかけてみた。だが幸運なことに、相手は2コールばかりですぐに出てくれた。予想通りに、警戒しきった低い声で。
「……なんや。かける相手、俺で合っとるん?」
「残念ながらお前を指名で間違ってはいない」
「ホンマかいな。めっちゃ嫌な予感するんやけど」
勘の良い旧友は即座に何かを感じ取ったらしく、電話の向こうで軽く呻いた。
「お前、今どこにいる?」
「家やけど。昨日夜勤で、今日はオフやってん。ほんで明日はまた早いから、そろそろ備えて寝るとこ」
「悪いが寝る前に来てもらう場所がある」
「はぁ?」
「急患だぜ、忍足先生。今から迎えに行くから外に出られる格好になって家の入口で待っとけ」
それから10分と経たぬうちに、忍足のマンション前に跡部の高級外車がやってきた。忍足は何も説明されぬまま車に乗せられ、そこからまた高速に乗り、着いた先は1棟のアパートだった。跡部の住まいではないことくらい忍足にも分かる。が、跡部は敷地内をどんどん進んでゆき、2階の角の居室のインターフォンを押した。扉が開き、出迎えた琴璃は跡部と忍足に挨拶をし、部屋の中へと促す。その際、忍足はティッシュでぐるぐる巻きになった彼女の手を見て、「わお」と全く面白味のないリアクションをしたのだった。
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この章は一応番外編という立ち位置でお送りします。本編終了からわりとすぐの時系列の設定なので、主人公は就活を終えた大学4年生設定です。ついでに補足すると、忍足先生は都内の大学病院に勤務している研修医設定です。
あと、私は関東人なので、関西弁に疎いです。おかしな表記があったらすみませんm(__)m