“Sakura-saku”
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連れてこられたお城みたいな彼の実家。相変わらず、広い。
跡部はそこまで大した事ないくらいに言っていたけど、敷地の中にすごく立派な桜の樹が植わっていた。それも1本だけではなく、数十メートルの並木道のようになっていた。ちょっとした観光名所と遜色はない。都内の桜が綺麗な公園ほどの面積とまではいかないが、縦一線に並んで桜が植えられている。樹はまだ若く、どれも満開だった。
もちろん、桜の美しさにも感動した。だがそれよりも敷地の広さへの驚きが強すぎて。思わず溜息が漏れる。いつか琴璃にも跡部家の全貌が分かる日が来るのだろうか。混乱しかけた頭の中、とにかく規模が果てしないということだけは分かった。
「桜は祖父が好きでこの場所は後から作った。ここだけ日本庭園じみた造りになってるのはそのせいだ」
思えばここ以外跡部の家は全体的に西欧風の雰囲気だった。屋敷の外観も、噴水も煉瓦造りの道もヨーロッパのそれらをモデルにしている。だけどこの空間だけがまるで雰囲気が違う。桜の他に植えられている庭木も日本らしさがあるものだった。こんなに違う外構が同じ屋敷内にあることに驚かされる。ただただ圧倒される琴璃。そしてじわじわと忘れかけていたことをまた思い知らされる。彼は凄いところの生まれの人で、世界に名が知れている人で、住んでいる世界がまるで違う人。かたやこっちは普通の学生。隣にいて、緊張しないというほうが難しい。
そんな琴璃に気づいてか跡部は屈んで顔を覗き込む。予想していた通り、彼女はしきりにまばたきをして萎縮していた。桜を楽しむ余裕なんて有りやしないといった顔で。
「お前はもう、夢じゃないと分かったんだよな?」
「へ?」
「お前は、俺に愛されているという自覚はあるんだよなと聞いている」
「は……はい」
そんなふうに言葉にされると途端に恥ずかしくなる。琴璃は控えめに頷き返事をした。
「なのにお前は相変わらずの態度だ」
「えと、あの、何が」
「ひと月以上ぶりに会えたのに余所余所しさもそのまま変わらない。今日までの間だって、お前のほうから連絡をしてくることは1度もなかった」
「それは、その、なるべく迷惑になりたくなくて……」
琴璃のほうから連絡をしてもいいですかと聞いたくせに、やはりどうしても遠慮してメールの1つも送れなかった。無論跡部はそうなるだろうと想定していたから、時間はまちまちだったけれど彼のほうから比較的連絡をくれたのだ。こうでもしなきゃ、琴璃はずっと沈黙したままだったかもしれない。
「俺は、今日までずっとお前を考えない日なんてなかった」
「それは私だってそうですよ」
それでもやっぱり琴璃はメッセージひとつ送るのも躊躇ってしまう。できるかぎり、邪魔にならない存在でいたい。時々でもそばにいられるだけで幸せだから。もちろん、本音を言えば少しでも多く会いたいのだけれど。彼がどんな忙しい人か分かってるし、琴璃もちゃんとわきまえているからそんなわがままは言えるわけない。
「いいか、琴璃」
跡部は琴璃と向き合う。その間も上空からひらひら降ってくる桜の花弁。でも、青い瞳に捉えられているせいで目が逸らせなかった。
「会いたい時は会いたいと言え。その権利がお前にだけあるんだよ」
思ってもみないことを言われ、琴璃は息を呑む。もしかして自分は彼に心配をかけているんじゃないか。そんな余計な考えが頭をよぎる。と同時に甘やかされている気がしてちょっぴり寂しくなった。
「とは言ったものの、全てお前の思うように叶わない時だってある。お前が俺に会いたいと思った時に、日本にいないなんてことも稀じゃない。我慢を強いることも時にはあるだろう」
「そんなのは、ちゃんと分かってます」
「だとしても、いつだって感情を殺すようなことはしてほしくない。我慢と強がりは全くの別物だからな」
「……はい」
「ま、あまり難しく考える必要はない」
そう言って琴璃の頭を撫でた。この先寂しいと感じさせることなんてうんとある。そばにいてやれないことなんてしょっちゅうある。それはちゃんと教えておかないとと思ったから言ったのだけれど。琴璃の表情は、納得はしているものの少し硬い。何か気に入らないといった様子。
「私、そんなに聞き分け悪くないです。……もしかして、また子供扱いしてますか?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって――」
琴璃が言い終わる前に跡部はその唇を塞いだ。たっぷり十数秒。味わってから離すと、気難しい表情から一転すっかり紅潮した琴璃がいた。
「俺はお子様相手にこんなキスはしないな」
「……外では、恥ずかしすぎます……」
「誰も見ていない」
「見てなくても外だから!……跡部さんは慣れてるかもしれないですけど」
何やらごにょごにょ言う琴璃。真っ赤で必死なので、ここらで構うのはやめておく。
「分かった分かった。もうしねぇよ」
「はあ」
「家に戻ってからにする」
「え」
呆然と立ち尽くす彼女の手をとりまた歩き出す。
桜が見たいと言ったくせに、琴璃はもうちっとも見ちゃいなかった。代わりに跡部のことばかり見つめ、見蕩れていた。やっぱり、思いが届いて距離が近くなったとしても、胸の高鳴りは抑えられない。会うだけでいつだって時めいてしまうのに、暗いとはいえ外でキスをされるなんて。いよいよ琴璃の心臓はおかしくなりそうだった。
「とっても綺麗ですね、桜」
「あぁ」
「ちょうど見頃でよかったですね」
「そうだな」
今まで大して見てもないのに思い出したかのように言う。必死に取り繕おうと頑張る様子が、跡部にとっては面白くもあり愛おしい。
「お家にこんな立派な桜があるなら、跡部さんもお家のメイドさん達もわざわざ見に行かなくてもいつでもお花見できますね」
「そうだな」
「跡部さんは、」
「それだ」
「え?」
「その他人行儀な呼び方はいつまでする気だ?」
「いや、あの、だって」
「俺の名前を知らねぇわけねぇよな」
「……跡部景吾さん」
答えた琴璃に跡部は分かってるじゃねぇかという顔を見せる。ならばやることはひとつだと言わんばかりに口角をあげてみせた。
「えー……と。景吾さん、は……だめですハードルが高すぎます」
「あぁん?名前を呼ぶことにハードルも何もねぇだろうがよ」
「いやだって……気軽に呼べなきゃ意味がないですもん」
「気軽に呼べばいいじゃねぇか」
「それができれば……」
うんうん唸る琴璃を見て面白がる跡部。悩んだり困ったりなんでもないふりをしたり。自分のためにころころと表情を変える。でも、やっぱり笑っている彼女を1番に見たい。
今もきっと、琴璃なりに奮闘しているだろうから。自分のそばにいられるということが、幸せでもあり同時に緊張や、時として不安も味わうということを分かっている。だから、そのどんな時でも守ってやりたいと思う。物理的にも精神的にも。
不意に跡部は歩く足を止めた。どうしたのかとこっちを向いた琴璃の腕を引っ張る。
「お前が俺に惹かれたのが先だが」
「っわ、」
思わず前につんのめった彼女を、ちゃんと抱きとめてやる。そして、耳元に唇を寄せた。
「俺がお前を選んだんだ。お前がいいと。お前じゃなきゃ駄目なんだと。だから自信を持てよ」
言いながら、その華奢な身体を抱き締めた。苦しいと言われそうなほど強く、でも守るように優しくも。
「……はい」
「分かったんなら、あんまり思い詰めたりしてくれるなよ。お前は、いつも俺には素直でいてくれ」
生まれや育ちの違いに際して琴璃がいちいち気にしてしまう性格なのはよく分かっている。だから気にするなと安易に言ったりはしない。ただ、それらを気にしすぎて笑わなくなるのだけは嫌だと強く思った。
桜の花弁が琴璃の髪についていたので、跡部は取ってやろうと手を伸ばそうとした時。
「ひらめきました!」
突然、琴璃が声を上げた。
「景ちゃん」
そう言って謎のしたり顔で跡部のことを見上げてきた。だが跡部の反応が予想と異なったようで次第に焦りはじめた。
「ど、どうですか」
「何がだ」
「呼び方の話です」
「まだ考えていたのか」
「かわいいかなと思ったんですけど……あんまり気に入ってないですか」
おずおずと琴璃は伺うように見上げてくる。
「別に」
「嘘だ、反応があんまり無いですもん」
跡部はやれやれ、とため息をつく。でも顔は笑っている。意外な呼称が選ばれたもんだな、と。
「お前が気に入ったんなら別に文句は言わねぇよ」
「本当ですか?やった!」
琴璃はにっこり笑うと再び足を動かしだした。跡部の隣を歩きながら、景ちゃん景ちゃんと嬉しそうに何度も呼ぶ。スキップでもしそうな勢いだった。いつもの彼女らしい。だが、そんなふうに連呼されては、恋人を呼ぶというよりかはまるでペットに呼び掛けているみたいだ。まぁこれが彼女の望む“気軽に呼べる”ものならば理想が叶ったということだろうが。
「そろそろ戻るか」
「えー」
ここに来てからもう1時間は経過していた。空気が次第に冷たく感じてきたのが分かる。もときた道を引き返そうとするが、琴璃は名残惜しそうにした。
「桜は今しか咲かないんですよ?」
「桜は来年も咲くが、“就活生”のお前は今しか見れねぇからな」
いつものほんわかした格好ではなく、今日の琴璃はリクルートスーツなので一層新鮮に目に映る。けれどもスーツなのに大人びて見えないのは、もはや彼女自身の醸し出す雰囲気が柔らかいせいなのだろう。
「なんかこの格好で一緒にいると私、景ちゃんの秘書みたいですね」
「冗談じゃねぇよ」
跡部はまたも立ち止まって、琴璃の顎に手を添え上を向かせた。琴璃も察しがつくようになったらしい、反射的に身を硬くする。けれど構えたところで何もできやしない。目を泳がせたのを見て跡部はニヤリと笑う。
「秘書だったら、こんなことできねぇだろうが」
「ま、待ってさっき外じゃしないって言った」
「でも、したくなった」
それだけ言って否応なしにキスをする。どれだけすれば慣れてくれるのか。分からないが、少なくともまだしばらくはかかりそうだ。唇を離し緊張で強張りっぱなしの彼女の身体をそっと抱き寄せた。
「こんな初々しいお前が、来年はどうなってるだろうな」
桜が来年も再来年もずっと当たり前に咲くように。同じくずっと当たり前にそばにいてほしい。満開に咲かせた桜のように笑いかけてほしい。ただそれだけの些細なことなのに、こんなにも願ってやまない日がくるなんて。他でもない跡部自身が1番に驚いている。
跡部は琴璃の瞳の中を覗き込んだ。そこには紛れもなく、満足そうに笑う己の姿が映っていた。自分以外の他のものは何も映っていない。
「お前が花なら、光も水も俺の役目だ」
やがて桜は散り春が終わる。けれど目の前の愛しい花は、光を注ぎ水を与え続ける限り、いつまでも可愛らしく咲いているだろう。
春が過ぎ新しい季節になっても、ずっと。
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まるまる1年かかってしまいましたがこれにておしまいです。まずはお礼を。ここまで読んでくださった貴女に多大なる感謝です。どうもありがとうございます!
これで終わりだけど、折角くっついたので“景ちゃん編”をどこかで書きたいなあ。うぶくて“たんぽぽ”みたいな琴璃が、キングの手によってもう少し成長して薔薇とはいかなくても“スミレ”くらいになった頃を書きたいです。
他にも、後書きや裏話等々あるのですが、ここだと長くなっちゃうので日記の方で勝手に語りたいと思います〜
跡部様お誕生日おめでとうございます!!!この先もずっとずっとずっっっと、未来永劫お慕い申し上げます。(2024/10/04)
跡部はそこまで大した事ないくらいに言っていたけど、敷地の中にすごく立派な桜の樹が植わっていた。それも1本だけではなく、数十メートルの並木道のようになっていた。ちょっとした観光名所と遜色はない。都内の桜が綺麗な公園ほどの面積とまではいかないが、縦一線に並んで桜が植えられている。樹はまだ若く、どれも満開だった。
もちろん、桜の美しさにも感動した。だがそれよりも敷地の広さへの驚きが強すぎて。思わず溜息が漏れる。いつか琴璃にも跡部家の全貌が分かる日が来るのだろうか。混乱しかけた頭の中、とにかく規模が果てしないということだけは分かった。
「桜は祖父が好きでこの場所は後から作った。ここだけ日本庭園じみた造りになってるのはそのせいだ」
思えばここ以外跡部の家は全体的に西欧風の雰囲気だった。屋敷の外観も、噴水も煉瓦造りの道もヨーロッパのそれらをモデルにしている。だけどこの空間だけがまるで雰囲気が違う。桜の他に植えられている庭木も日本らしさがあるものだった。こんなに違う外構が同じ屋敷内にあることに驚かされる。ただただ圧倒される琴璃。そしてじわじわと忘れかけていたことをまた思い知らされる。彼は凄いところの生まれの人で、世界に名が知れている人で、住んでいる世界がまるで違う人。かたやこっちは普通の学生。隣にいて、緊張しないというほうが難しい。
そんな琴璃に気づいてか跡部は屈んで顔を覗き込む。予想していた通り、彼女はしきりにまばたきをして萎縮していた。桜を楽しむ余裕なんて有りやしないといった顔で。
「お前はもう、夢じゃないと分かったんだよな?」
「へ?」
「お前は、俺に愛されているという自覚はあるんだよなと聞いている」
「は……はい」
そんなふうに言葉にされると途端に恥ずかしくなる。琴璃は控えめに頷き返事をした。
「なのにお前は相変わらずの態度だ」
「えと、あの、何が」
「ひと月以上ぶりに会えたのに余所余所しさもそのまま変わらない。今日までの間だって、お前のほうから連絡をしてくることは1度もなかった」
「それは、その、なるべく迷惑になりたくなくて……」
琴璃のほうから連絡をしてもいいですかと聞いたくせに、やはりどうしても遠慮してメールの1つも送れなかった。無論跡部はそうなるだろうと想定していたから、時間はまちまちだったけれど彼のほうから比較的連絡をくれたのだ。こうでもしなきゃ、琴璃はずっと沈黙したままだったかもしれない。
「俺は、今日までずっとお前を考えない日なんてなかった」
「それは私だってそうですよ」
それでもやっぱり琴璃はメッセージひとつ送るのも躊躇ってしまう。できるかぎり、邪魔にならない存在でいたい。時々でもそばにいられるだけで幸せだから。もちろん、本音を言えば少しでも多く会いたいのだけれど。彼がどんな忙しい人か分かってるし、琴璃もちゃんとわきまえているからそんなわがままは言えるわけない。
「いいか、琴璃」
跡部は琴璃と向き合う。その間も上空からひらひら降ってくる桜の花弁。でも、青い瞳に捉えられているせいで目が逸らせなかった。
「会いたい時は会いたいと言え。その権利がお前にだけあるんだよ」
思ってもみないことを言われ、琴璃は息を呑む。もしかして自分は彼に心配をかけているんじゃないか。そんな余計な考えが頭をよぎる。と同時に甘やかされている気がしてちょっぴり寂しくなった。
「とは言ったものの、全てお前の思うように叶わない時だってある。お前が俺に会いたいと思った時に、日本にいないなんてことも稀じゃない。我慢を強いることも時にはあるだろう」
「そんなのは、ちゃんと分かってます」
「だとしても、いつだって感情を殺すようなことはしてほしくない。我慢と強がりは全くの別物だからな」
「……はい」
「ま、あまり難しく考える必要はない」
そう言って琴璃の頭を撫でた。この先寂しいと感じさせることなんてうんとある。そばにいてやれないことなんてしょっちゅうある。それはちゃんと教えておかないとと思ったから言ったのだけれど。琴璃の表情は、納得はしているものの少し硬い。何か気に入らないといった様子。
「私、そんなに聞き分け悪くないです。……もしかして、また子供扱いしてますか?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって――」
琴璃が言い終わる前に跡部はその唇を塞いだ。たっぷり十数秒。味わってから離すと、気難しい表情から一転すっかり紅潮した琴璃がいた。
「俺はお子様相手にこんなキスはしないな」
「……外では、恥ずかしすぎます……」
「誰も見ていない」
「見てなくても外だから!……跡部さんは慣れてるかもしれないですけど」
何やらごにょごにょ言う琴璃。真っ赤で必死なので、ここらで構うのはやめておく。
「分かった分かった。もうしねぇよ」
「はあ」
「家に戻ってからにする」
「え」
呆然と立ち尽くす彼女の手をとりまた歩き出す。
桜が見たいと言ったくせに、琴璃はもうちっとも見ちゃいなかった。代わりに跡部のことばかり見つめ、見蕩れていた。やっぱり、思いが届いて距離が近くなったとしても、胸の高鳴りは抑えられない。会うだけでいつだって時めいてしまうのに、暗いとはいえ外でキスをされるなんて。いよいよ琴璃の心臓はおかしくなりそうだった。
「とっても綺麗ですね、桜」
「あぁ」
「ちょうど見頃でよかったですね」
「そうだな」
今まで大して見てもないのに思い出したかのように言う。必死に取り繕おうと頑張る様子が、跡部にとっては面白くもあり愛おしい。
「お家にこんな立派な桜があるなら、跡部さんもお家のメイドさん達もわざわざ見に行かなくてもいつでもお花見できますね」
「そうだな」
「跡部さんは、」
「それだ」
「え?」
「その他人行儀な呼び方はいつまでする気だ?」
「いや、あの、だって」
「俺の名前を知らねぇわけねぇよな」
「……跡部景吾さん」
答えた琴璃に跡部は分かってるじゃねぇかという顔を見せる。ならばやることはひとつだと言わんばかりに口角をあげてみせた。
「えー……と。景吾さん、は……だめですハードルが高すぎます」
「あぁん?名前を呼ぶことにハードルも何もねぇだろうがよ」
「いやだって……気軽に呼べなきゃ意味がないですもん」
「気軽に呼べばいいじゃねぇか」
「それができれば……」
うんうん唸る琴璃を見て面白がる跡部。悩んだり困ったりなんでもないふりをしたり。自分のためにころころと表情を変える。でも、やっぱり笑っている彼女を1番に見たい。
今もきっと、琴璃なりに奮闘しているだろうから。自分のそばにいられるということが、幸せでもあり同時に緊張や、時として不安も味わうということを分かっている。だから、そのどんな時でも守ってやりたいと思う。物理的にも精神的にも。
不意に跡部は歩く足を止めた。どうしたのかとこっちを向いた琴璃の腕を引っ張る。
「お前が俺に惹かれたのが先だが」
「っわ、」
思わず前につんのめった彼女を、ちゃんと抱きとめてやる。そして、耳元に唇を寄せた。
「俺がお前を選んだんだ。お前がいいと。お前じゃなきゃ駄目なんだと。だから自信を持てよ」
言いながら、その華奢な身体を抱き締めた。苦しいと言われそうなほど強く、でも守るように優しくも。
「……はい」
「分かったんなら、あんまり思い詰めたりしてくれるなよ。お前は、いつも俺には素直でいてくれ」
生まれや育ちの違いに際して琴璃がいちいち気にしてしまう性格なのはよく分かっている。だから気にするなと安易に言ったりはしない。ただ、それらを気にしすぎて笑わなくなるのだけは嫌だと強く思った。
桜の花弁が琴璃の髪についていたので、跡部は取ってやろうと手を伸ばそうとした時。
「ひらめきました!」
突然、琴璃が声を上げた。
「景ちゃん」
そう言って謎のしたり顔で跡部のことを見上げてきた。だが跡部の反応が予想と異なったようで次第に焦りはじめた。
「ど、どうですか」
「何がだ」
「呼び方の話です」
「まだ考えていたのか」
「かわいいかなと思ったんですけど……あんまり気に入ってないですか」
おずおずと琴璃は伺うように見上げてくる。
「別に」
「嘘だ、反応があんまり無いですもん」
跡部はやれやれ、とため息をつく。でも顔は笑っている。意外な呼称が選ばれたもんだな、と。
「お前が気に入ったんなら別に文句は言わねぇよ」
「本当ですか?やった!」
琴璃はにっこり笑うと再び足を動かしだした。跡部の隣を歩きながら、景ちゃん景ちゃんと嬉しそうに何度も呼ぶ。スキップでもしそうな勢いだった。いつもの彼女らしい。だが、そんなふうに連呼されては、恋人を呼ぶというよりかはまるでペットに呼び掛けているみたいだ。まぁこれが彼女の望む“気軽に呼べる”ものならば理想が叶ったということだろうが。
「そろそろ戻るか」
「えー」
ここに来てからもう1時間は経過していた。空気が次第に冷たく感じてきたのが分かる。もときた道を引き返そうとするが、琴璃は名残惜しそうにした。
「桜は今しか咲かないんですよ?」
「桜は来年も咲くが、“就活生”のお前は今しか見れねぇからな」
いつものほんわかした格好ではなく、今日の琴璃はリクルートスーツなので一層新鮮に目に映る。けれどもスーツなのに大人びて見えないのは、もはや彼女自身の醸し出す雰囲気が柔らかいせいなのだろう。
「なんかこの格好で一緒にいると私、景ちゃんの秘書みたいですね」
「冗談じゃねぇよ」
跡部はまたも立ち止まって、琴璃の顎に手を添え上を向かせた。琴璃も察しがつくようになったらしい、反射的に身を硬くする。けれど構えたところで何もできやしない。目を泳がせたのを見て跡部はニヤリと笑う。
「秘書だったら、こんなことできねぇだろうが」
「ま、待ってさっき外じゃしないって言った」
「でも、したくなった」
それだけ言って否応なしにキスをする。どれだけすれば慣れてくれるのか。分からないが、少なくともまだしばらくはかかりそうだ。唇を離し緊張で強張りっぱなしの彼女の身体をそっと抱き寄せた。
「こんな初々しいお前が、来年はどうなってるだろうな」
桜が来年も再来年もずっと当たり前に咲くように。同じくずっと当たり前にそばにいてほしい。満開に咲かせた桜のように笑いかけてほしい。ただそれだけの些細なことなのに、こんなにも願ってやまない日がくるなんて。他でもない跡部自身が1番に驚いている。
跡部は琴璃の瞳の中を覗き込んだ。そこには紛れもなく、満足そうに笑う己の姿が映っていた。自分以外の他のものは何も映っていない。
「お前が花なら、光も水も俺の役目だ」
やがて桜は散り春が終わる。けれど目の前の愛しい花は、光を注ぎ水を与え続ける限り、いつまでも可愛らしく咲いているだろう。
春が過ぎ新しい季節になっても、ずっと。
===============================================================
まるまる1年かかってしまいましたがこれにておしまいです。まずはお礼を。ここまで読んでくださった貴女に多大なる感謝です。どうもありがとうございます!
これで終わりだけど、折角くっついたので“景ちゃん編”をどこかで書きたいなあ。うぶくて“たんぽぽ”みたいな琴璃が、キングの手によってもう少し成長して薔薇とはいかなくても“スミレ”くらいになった頃を書きたいです。
他にも、後書きや裏話等々あるのですが、ここだと長くなっちゃうので日記の方で勝手に語りたいと思います〜
跡部様お誕生日おめでとうございます!!!この先もずっとずっとずっっっと、未来永劫お慕い申し上げます。(2024/10/04)
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