I can't stop falling in love.
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「すぐ戻るから待ってろ」
「え……」
「車を動かしてくる。路駐したままだった」
跡部は近くのコインパーキングに車を移動させに出て行った。そのたった数分間で、琴璃が出来ることなんて何も無かった。気持ちの整理ができないうちに彼はまた戻ってきてしまった。とりあえず、家にあがるよう促す。
「あの、立ち話もなんですから良かったらどうぞ」
「あぁ。悪いな」
1LDKで、ひとり暮らしには申し分ない間取りだが跡部にとっては考えられない生活空間だ。狭い玄関を抜け、跡部はソファに座り、琴璃は向い側にあるベッドに腰掛けた。ソファは2人掛け用のものだけど、今は隣になんて座れるわけない。
「それで」
静かに跡部が切り出す。
「お前はそれらを発見して俺が女を連れ込んでいると思った」
「はい」
「それがショックでもうあそこには来れないと悟った。だから就活を理由にして来るのを辞めたいと言った」
「はい」
「本当は辞めたくないのに?」
「……はい」
「なら、直接俺に真相を聞けば良かったじゃねぇか」
「そんなこと……できないです」
「何故」
「だって、もしそうだって言われたら、多分私……あの場で泣いてたと思います」
今だって泣いてるくせに。それはもう好きだと言ってるようなものだった。もう早い段階から琴璃の心は読めていたけれど、本人が下手なりにも隠そうとするから気づかないふりをしていた。けれど今、遠回しではあれど琴璃の口から気持ちが聞けた。それを確かめられて胸を撫で下ろす自分がいる。満たされる気持ちになる。何故そんなふうに思うのかを跡部は考えていた。
考えるまでもない。
自分から離れてゆこうとした彼女をもう一度捕まえた以上は、もう認めなければならない。
「全く。大した女だぜ、お前は」
ふ、と跡部は笑った、のち、急に真剣な顔つきに変わる。
「別に何も疚しくはないから話す」
その言葉に思わず琴璃は身構える。
「お前が見つけた赤いリップとやらは恐らく前に出入りしていた女のものだろうな」
「……はい。それは、なんとなく、分かってます」
「まぁ聞け。だがそれはお前があの部屋の掃除をしだす少し前の話だ。お前が来るようになってからは1度も来てはいない」
女があの部屋に来ていたことを、跡部は“だいぶ”ではなく“少し”前と説明した。時系列的には、そこまで昔ではないということ。だがそこに嘘をつかず、ちゃんと真実を話す。こんなところで嘘をついても意味がない。そんなくだらない真似をせず、何でも信じてしまう素直な琴璃にはちゃんと誠意を見せるべきだと思った。
「その女に限らず、お前が来るようになってからは他の人間があの部屋に出入りしたことは1度もない。その女とはもう会ってもいないし連絡も取り合っていない。この先また会うこともない。そもそももう日本には居ないしな。お前が知りたいのなら、そいつとの経緯から何まで話してやるが」
「いや、いいです、そんなの。……そんなの、聞きたくない」
琴璃はそこで初めて跡部の話を遮った。表面張力いっぱいに涙を溜めて、ふるふると首を振った。
「それから、お前が見て勘違いしたというものはこれだろう」
いつの間にか、跡部のそばに紙袋がある。さっき車に戻った時に持ってきたのだ。琴璃の目の前で紙袋から箱を出して開ける。中身はもう知っている。あの時見た可愛らしい靴が再び姿を現した。
「お前はこれを見てどう思った?」
「どうって……正直、ショックでした。あと、可愛いなぁ、とか素敵だなぁ、とか。贈られる人は幸せだなぁ、とか」
「そうか」
跡部は静かに笑う。
「この間俺がイギリスに出張した時があっただろう。向こうには仲の良い友人が多く居る。そのうちの1人が、女物の服飾雑貨類の会社の社長でな」
跡部が言ったブランド名を琴璃も知っていた。日本でも若年層を中心に人気がある英国発のハイブランドだった。
「これはお前への土産だ」
「え……」
「俺はお前の足のサイズを知っているからな」
年始の、セレブが集まるパーティに連れてかれた時のことを琴璃は思い出した。頭のてっぺんから爪先まで、綺麗に着飾ってもらった時のことを。
「お前がこれを可愛いと思ったのなら、俺のセンスは間違っちゃいなかったってことだな」
「わた、わたし……すごい勘違いしてました」
「だろうな」
面白そうに笑う跡部。反対に琴璃は赤い顔をして身を縮こませた。
「ごめんなさい、跡部さん……」
「誤解は解けたか?」
あんなに恐れの塊と化していた品物が、実はまさかの自分への土産だったとは。そんなこと、思っても見なかった。だから感情が追いつかない。驚きに呑まれかけてる頭を落ち着かせ、ふと疑問が湧く。
「……どうして、私にくれるんですか」
「さぁ。どうしてだろうな」
真面目に頑張っているからたまには褒美でもくれてやらないとな。こんな展開になっていなければ、跡部は琴璃にそんなふうに言ったかもしれない。でもきっとこの靴を選んだ時から、琴璃は自分の頭の片隅にいつも存在していたのだろう。
恋愛は本来自由なものであるはずなのに。いつしか付き合う女のメリット・デメリットを考えていた。だから、心底手放したくないと思える存在なんて、大人になってからは出来た試しがなかった。近寄ってくる女は選ぶけれど、離れて行く際には何の執着心もなかったからだ。
そもそも跡部は琴璃に恋愛的な感情を抱いていなかった。ただ無邪気に懐くのが可愛いと思っていた。可愛いとは思うけど、異性に対するそれではない。でも、琴璃が自分から離れる選択をとってからどういうわけなのか跡部の面持ちが変化した。毎日忙しない日々を送っている人間が退屈だなんて思うこと自体おかしいのに、琴璃が居なくなってから確かにそれを感じた。灯りがぽっと消えてしまったような、もの寂しいような感覚。いつしかそこにあるべきだと思っていたものが急に姿を消した。そのせいで普段の自分じゃなくなる。不思議な衝動に駆られる。跡部はそれを何と呼ぶのか知っている。もっと素直に物事を考えれば良かったのだ。“たかが学生なんかに”だなんて、あの時思った自分を鼻で笑ってやりたくなった。
「俺は、そのうちお前のことを好きになると思うぜ。今の時点でお前が俺から離れようとしたことをこんなに拒絶したんだからな」
人が人を好きになるきっかけなんて。数式や科学みたいにはっきりとした答えは存在しない。それを思い知らされた気がした。今の跡部の言葉を聞いて、琴璃の目からぎりぎりで溢れずに保っていた涙が落ちた。いつも笑顔しか見たことがなかったのに今日はまだ一度も見ていない。ずっと、不安げな顔ばかりしている。跡部は此度のことで琴璃に責められる憶えなど全くないのに。彼女の泣き顔を見ていると心穏やかではいられなくなる。もしかしたら、別れを自分から告げてからは散々1人でこっそりと泣いていたのだろうか。それを思うともう、大人しく見つめているだけなんて無理だった。
「琴璃。こっちに来い」
「……でも」
2メートルも離れていない距離感。互いが手を伸ばせば届くのに琴璃は躊躇する。
「来ないのなら俺が行く」
「え……」
「車を動かしてくる。路駐したままだった」
跡部は近くのコインパーキングに車を移動させに出て行った。そのたった数分間で、琴璃が出来ることなんて何も無かった。気持ちの整理ができないうちに彼はまた戻ってきてしまった。とりあえず、家にあがるよう促す。
「あの、立ち話もなんですから良かったらどうぞ」
「あぁ。悪いな」
1LDKで、ひとり暮らしには申し分ない間取りだが跡部にとっては考えられない生活空間だ。狭い玄関を抜け、跡部はソファに座り、琴璃は向い側にあるベッドに腰掛けた。ソファは2人掛け用のものだけど、今は隣になんて座れるわけない。
「それで」
静かに跡部が切り出す。
「お前はそれらを発見して俺が女を連れ込んでいると思った」
「はい」
「それがショックでもうあそこには来れないと悟った。だから就活を理由にして来るのを辞めたいと言った」
「はい」
「本当は辞めたくないのに?」
「……はい」
「なら、直接俺に真相を聞けば良かったじゃねぇか」
「そんなこと……できないです」
「何故」
「だって、もしそうだって言われたら、多分私……あの場で泣いてたと思います」
今だって泣いてるくせに。それはもう好きだと言ってるようなものだった。もう早い段階から琴璃の心は読めていたけれど、本人が下手なりにも隠そうとするから気づかないふりをしていた。けれど今、遠回しではあれど琴璃の口から気持ちが聞けた。それを確かめられて胸を撫で下ろす自分がいる。満たされる気持ちになる。何故そんなふうに思うのかを跡部は考えていた。
考えるまでもない。
自分から離れてゆこうとした彼女をもう一度捕まえた以上は、もう認めなければならない。
「全く。大した女だぜ、お前は」
ふ、と跡部は笑った、のち、急に真剣な顔つきに変わる。
「別に何も疚しくはないから話す」
その言葉に思わず琴璃は身構える。
「お前が見つけた赤いリップとやらは恐らく前に出入りしていた女のものだろうな」
「……はい。それは、なんとなく、分かってます」
「まぁ聞け。だがそれはお前があの部屋の掃除をしだす少し前の話だ。お前が来るようになってからは1度も来てはいない」
女があの部屋に来ていたことを、跡部は“だいぶ”ではなく“少し”前と説明した。時系列的には、そこまで昔ではないということ。だがそこに嘘をつかず、ちゃんと真実を話す。こんなところで嘘をついても意味がない。そんなくだらない真似をせず、何でも信じてしまう素直な琴璃にはちゃんと誠意を見せるべきだと思った。
「その女に限らず、お前が来るようになってからは他の人間があの部屋に出入りしたことは1度もない。その女とはもう会ってもいないし連絡も取り合っていない。この先また会うこともない。そもそももう日本には居ないしな。お前が知りたいのなら、そいつとの経緯から何まで話してやるが」
「いや、いいです、そんなの。……そんなの、聞きたくない」
琴璃はそこで初めて跡部の話を遮った。表面張力いっぱいに涙を溜めて、ふるふると首を振った。
「それから、お前が見て勘違いしたというものはこれだろう」
いつの間にか、跡部のそばに紙袋がある。さっき車に戻った時に持ってきたのだ。琴璃の目の前で紙袋から箱を出して開ける。中身はもう知っている。あの時見た可愛らしい靴が再び姿を現した。
「お前はこれを見てどう思った?」
「どうって……正直、ショックでした。あと、可愛いなぁ、とか素敵だなぁ、とか。贈られる人は幸せだなぁ、とか」
「そうか」
跡部は静かに笑う。
「この間俺がイギリスに出張した時があっただろう。向こうには仲の良い友人が多く居る。そのうちの1人が、女物の服飾雑貨類の会社の社長でな」
跡部が言ったブランド名を琴璃も知っていた。日本でも若年層を中心に人気がある英国発のハイブランドだった。
「これはお前への土産だ」
「え……」
「俺はお前の足のサイズを知っているからな」
年始の、セレブが集まるパーティに連れてかれた時のことを琴璃は思い出した。頭のてっぺんから爪先まで、綺麗に着飾ってもらった時のことを。
「お前がこれを可愛いと思ったのなら、俺のセンスは間違っちゃいなかったってことだな」
「わた、わたし……すごい勘違いしてました」
「だろうな」
面白そうに笑う跡部。反対に琴璃は赤い顔をして身を縮こませた。
「ごめんなさい、跡部さん……」
「誤解は解けたか?」
あんなに恐れの塊と化していた品物が、実はまさかの自分への土産だったとは。そんなこと、思っても見なかった。だから感情が追いつかない。驚きに呑まれかけてる頭を落ち着かせ、ふと疑問が湧く。
「……どうして、私にくれるんですか」
「さぁ。どうしてだろうな」
真面目に頑張っているからたまには褒美でもくれてやらないとな。こんな展開になっていなければ、跡部は琴璃にそんなふうに言ったかもしれない。でもきっとこの靴を選んだ時から、琴璃は自分の頭の片隅にいつも存在していたのだろう。
恋愛は本来自由なものであるはずなのに。いつしか付き合う女のメリット・デメリットを考えていた。だから、心底手放したくないと思える存在なんて、大人になってからは出来た試しがなかった。近寄ってくる女は選ぶけれど、離れて行く際には何の執着心もなかったからだ。
そもそも跡部は琴璃に恋愛的な感情を抱いていなかった。ただ無邪気に懐くのが可愛いと思っていた。可愛いとは思うけど、異性に対するそれではない。でも、琴璃が自分から離れる選択をとってからどういうわけなのか跡部の面持ちが変化した。毎日忙しない日々を送っている人間が退屈だなんて思うこと自体おかしいのに、琴璃が居なくなってから確かにそれを感じた。灯りがぽっと消えてしまったような、もの寂しいような感覚。いつしかそこにあるべきだと思っていたものが急に姿を消した。そのせいで普段の自分じゃなくなる。不思議な衝動に駆られる。跡部はそれを何と呼ぶのか知っている。もっと素直に物事を考えれば良かったのだ。“たかが学生なんかに”だなんて、あの時思った自分を鼻で笑ってやりたくなった。
「俺は、そのうちお前のことを好きになると思うぜ。今の時点でお前が俺から離れようとしたことをこんなに拒絶したんだからな」
人が人を好きになるきっかけなんて。数式や科学みたいにはっきりとした答えは存在しない。それを思い知らされた気がした。今の跡部の言葉を聞いて、琴璃の目からぎりぎりで溢れずに保っていた涙が落ちた。いつも笑顔しか見たことがなかったのに今日はまだ一度も見ていない。ずっと、不安げな顔ばかりしている。跡部は此度のことで琴璃に責められる憶えなど全くないのに。彼女の泣き顔を見ていると心穏やかではいられなくなる。もしかしたら、別れを自分から告げてからは散々1人でこっそりと泣いていたのだろうか。それを思うともう、大人しく見つめているだけなんて無理だった。
「琴璃。こっちに来い」
「……でも」
2メートルも離れていない距離感。互いが手を伸ばせば届くのに琴璃は躊躇する。
「来ないのなら俺が行く」