I can't stop falling in love.
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今日は午後の講義もないし企業の説明会も入れてなかった。進行中の面接も無い。だから昼過ぎから花屋のバイトに出られる。久しぶりの長い出勤時間で嬉しいし有り難かった。
鞄を身軽なものに変えるため、中身を整理する。その際に定期入れを取り出した時、そこに定期券ではない別の何かが挟まっていることに気がついた。正体が分かり琴璃の手が止まる。跡部の家のカードキーがここにある。瞬間に、あっと思い出した。あの日、彼に呼び止められたのが怖くて強引に飛び出したせいで返すのを忘れてしまったのだ。
どうしようか考えに考えた末、やはり早急に連絡すべきだと思った。なるべく端的にと思いながら携帯で文章を打つ。
『カードキーを返し忘れてしまいました。お時間ある時にお返したいです。都合のつく日に少しだけ会えますか』
するとわりと早くに返信がきた。たった一言『今日でいい』とだけ。その続きに、『お前の帰る時間を教えろ』ともあったので、今日はバイトがあるから夜の8時過ぎに終わると返事した。メッセージのやりとりはそこまでだった。
もしかしたら、跡部は煩わしいと思ってるのかもしれない。この文面だけでは正確には分からないけど、彼は常に忙しい人だ。だから尚更こんなことに時間を使わせるのも申し訳ない。
ついこないだまでは、あんなに会うことが嬉しかったというのに。今はそれが丸っきり逆になっている。少し憂鬱で、怖いとさえ感じる。だって、どんな顔をして会えばいいだろうか。今夜会う時私はちゃんと笑えるのかな。琴璃はそれだけが不安で仕方なかった。
考えないようにと思うたびに考えてしまう。結局午後の間じゅうずっと頭から離れぬまま仕事を終えた。時刻は20時15分。バイトから上がった琴璃はエプロンを外しコートを羽織る。ここから跡部のマンションに向かうのにかかる時間を逆算し、大体の到着時刻を知らせておこうと思い携帯を取り出す。すると、なんと彼からメッセージが届いていた。
『駐車場にいる』
慌てて店を出るといつもの高級車が停まっていた。そのすぐそばで、跡部が車にもたれて電話をしていた。英語ではない良く分からない言語で会話をしている。多分、仕事の電話であろうということは何となく分かる。どんな時でも彼は忙しい。わざわざ取りに来させてしまったことを申し訳なく思った。跡部は琴璃の姿に気付くと早々に会話を終了し、携帯をスーツのポケットに仕舞った。琴璃は小走りで近付く。
「わざわざここまで来てもらっちゃってすみません」
鞄の中からマンションのカードキーを出し跡部に向かって両手で差し出した。彼は「あぁ」と言ってそれを受け取り携帯と同じように仕舞う。
「あの、本当にすみません。突然で、こっちの都合でご迷惑かけちゃって……」
「別に迷惑だとは思っていない。将来を決める大事な時なんだろう。ま、悔いのないようにやれよ?就職活動とやらを」
「……はい」
これ以上会話を広げても悪い気がしたので、琴璃はお辞儀をしてここから立ち去ろうとした。だが「待て」と再び引き止められる。
「お前がこれを忘れていったから一緒に持ってきた」
跡部が車の後部座席のほうを顎で指す。スモークが施されたリアガラスを覗き込むと、何か四角いようなものが見える。忘れていった、と言われてそれが跡部の家に置いていたプランターだと分かった。
「あ……」
「俺が貰っても咲かせられるか怪しいからな」
「すみません、勝手にこんなことして……」
バルコニーで花を育てていたことを跡部に話していなかった。黙っていたから琴璃はバツが悪そうな顔をする。だが跡部に困った素振りはなく。むしろ表情は穏やかだった。
「荷物になるから送ってやるよ」
アパートの敷地内は時間帯も遅いからひっそりしている。もともと大通り沿いではないから常に静かであるが。琴璃の住んでいるアパートはごく普通の2階建ての物件だった。築年数も別に新しいわけじゃなく、駅からすごく近いというわけでもない。その為家賃が飛び抜けて高くはなかったのでここに決めた。でも、蔓薔薇の巻き付いたアーチ型の入口がどこか洒落ている。今の時期はまだ花は咲いていないけれど咲く季節は凄く華やかになる。これが琴璃がこのアパートに決めたもう1つの理由だった。
「ここに置いてもらって大丈夫です。明日、明るくなったらベランダに運びますんで」
2階に上がり突き当りまで進むと跡部にここまで運んでもらったプランターを玄関前に置いてもらった。
「遅くにありがとうございました」
「あぁ。じゃあな」
「はい。お休みなさい」
どうしても、さよならとは言えなかった。つらすぎて言えるわけなかった。階段の方へ歩いてゆく彼の後ろ姿を見つめているとだんだんと視界がぼやけてくる。夢は醒めた。これでもう本当に終わりなのだ。でも、出会わなければ良かったとは思わなかった。そんなこと、嘘でも思えない。ならせめてお元気でとか伝えれば良かったのに。けれどもうあれ以上琴璃は喋れそうになかった。もう限界だった。
玄関扉に向き直り、鞄の中から家の鍵を取り出す。泣くのはちゃんと部屋に入ってからにしようと思ってたのに、ドアノブを回す時点で既に視界がかなり歪んでいた。少々もたつきながら解錠する。半べそ顔でドアを開け、狭い家の中に逃げ込もうとした、が、強い力がそれを阻む。あまりに突然だった。扉を後ろから思い切り引っ張られた直後、今度こそドアは閉まった。けれど、部屋に入ったのは琴璃1人だけじゃなかった。
「お前は大した女だぜ、全く」
胸が苦しい。つらさから来るものじゃなくて物理的にそう感じる。息がしづらい上に身動き1つとれない。後ろから抱き締められているのだと理解した。それも、とてもとても強い力で。
「ここまで振り回されたのは初めてだ。もうガキだなんて言わねぇよ」
斜め上から声が降ってくる。知り過ぎた声音と香りがこんな近くにある。自分は今、跡部に抱き締められているのだと分かった時、わけが分からなくて涙も止まってしまった。
「そしてここにきて俺から離れようなんて真似をするとはな。上等じゃねぇか、逃がすもんかよ」
「なんで……」
話をするけど、跡部は手を緩める素振りはなかった。琴璃は身じろぎしようもできないから、彼の顔も見ることができない。でも心なしか声に圧がある。
「……もしかして怒ってますか」
「よく分かってるじゃねぇか」
「な、なんで」
「お前が勝手に俺から離れようとするからだ」
そこで抱擁が解かれた。慌てて琴璃は彼の方に振り向くが、今度は両手首を摑まれてしまう。咄嗟に琴璃は引き下がろうとした。だがすぐ後ろは壁だった。薄暗い空間の中で跡部がニヤリと笑ったような気がした。
「あの、待っ――」
「もう待たねぇ」
琴璃の言葉を遮って、跡部は琴璃が逃げられないように後頭部を掴んで唇を塞ぐ。されるがままのキスだった。抵抗も逃げることも出来なくて、観念したのか琴璃も次第に大人しくなった。だから唇を解放してやる。琴璃は静かに下を向く。その肩は小さく震えている。
「だって、リップ……」
「あん?」
「赤いリップが、あったじゃないですか。真っ赤なやつ、大人の、やつ」
弱々しい声を聞いてようやく跡部は腕を緩める。そして琴璃の顔を覗き込んだ。薄暗い中、ぼんやりと見える彼女の表情は苦しそうに歪んでいた。琴璃はこれ以上顔を見せたくなくてもっと深く項垂れようとする。その頬を、跡部は両手で優しく包み込み上を向かせた。潤んだ瞳がそこにあった。
「もう少し分かるように説明しろ。あと、泣くな」
「……はい」
琴璃は事情を説明した。掃除をしていたら赤いリップを見つけたことと、直後にクローゼットの中にあった靴を見てしまったこと。相変わらず言葉足らずで、たどたどしいものだったけれど。それでも跡部には伝わった。彼女の説明の稚拙さは今に始まったことじゃない。最初からこんなだったから、今さら驚きも呆れもしない。一生懸命なのに時々不器用な、そんな彼女のことを、誰よりも知っている。
黙って琴璃の話を聞いて、彼女の気持ちを汲み取ってから、跡部は、はぁ、と短く嘆息した。
鞄を身軽なものに変えるため、中身を整理する。その際に定期入れを取り出した時、そこに定期券ではない別の何かが挟まっていることに気がついた。正体が分かり琴璃の手が止まる。跡部の家のカードキーがここにある。瞬間に、あっと思い出した。あの日、彼に呼び止められたのが怖くて強引に飛び出したせいで返すのを忘れてしまったのだ。
どうしようか考えに考えた末、やはり早急に連絡すべきだと思った。なるべく端的にと思いながら携帯で文章を打つ。
『カードキーを返し忘れてしまいました。お時間ある時にお返したいです。都合のつく日に少しだけ会えますか』
するとわりと早くに返信がきた。たった一言『今日でいい』とだけ。その続きに、『お前の帰る時間を教えろ』ともあったので、今日はバイトがあるから夜の8時過ぎに終わると返事した。メッセージのやりとりはそこまでだった。
もしかしたら、跡部は煩わしいと思ってるのかもしれない。この文面だけでは正確には分からないけど、彼は常に忙しい人だ。だから尚更こんなことに時間を使わせるのも申し訳ない。
ついこないだまでは、あんなに会うことが嬉しかったというのに。今はそれが丸っきり逆になっている。少し憂鬱で、怖いとさえ感じる。だって、どんな顔をして会えばいいだろうか。今夜会う時私はちゃんと笑えるのかな。琴璃はそれだけが不安で仕方なかった。
考えないようにと思うたびに考えてしまう。結局午後の間じゅうずっと頭から離れぬまま仕事を終えた。時刻は20時15分。バイトから上がった琴璃はエプロンを外しコートを羽織る。ここから跡部のマンションに向かうのにかかる時間を逆算し、大体の到着時刻を知らせておこうと思い携帯を取り出す。すると、なんと彼からメッセージが届いていた。
『駐車場にいる』
慌てて店を出るといつもの高級車が停まっていた。そのすぐそばで、跡部が車にもたれて電話をしていた。英語ではない良く分からない言語で会話をしている。多分、仕事の電話であろうということは何となく分かる。どんな時でも彼は忙しい。わざわざ取りに来させてしまったことを申し訳なく思った。跡部は琴璃の姿に気付くと早々に会話を終了し、携帯をスーツのポケットに仕舞った。琴璃は小走りで近付く。
「わざわざここまで来てもらっちゃってすみません」
鞄の中からマンションのカードキーを出し跡部に向かって両手で差し出した。彼は「あぁ」と言ってそれを受け取り携帯と同じように仕舞う。
「あの、本当にすみません。突然で、こっちの都合でご迷惑かけちゃって……」
「別に迷惑だとは思っていない。将来を決める大事な時なんだろう。ま、悔いのないようにやれよ?就職活動とやらを」
「……はい」
これ以上会話を広げても悪い気がしたので、琴璃はお辞儀をしてここから立ち去ろうとした。だが「待て」と再び引き止められる。
「お前がこれを忘れていったから一緒に持ってきた」
跡部が車の後部座席のほうを顎で指す。スモークが施されたリアガラスを覗き込むと、何か四角いようなものが見える。忘れていった、と言われてそれが跡部の家に置いていたプランターだと分かった。
「あ……」
「俺が貰っても咲かせられるか怪しいからな」
「すみません、勝手にこんなことして……」
バルコニーで花を育てていたことを跡部に話していなかった。黙っていたから琴璃はバツが悪そうな顔をする。だが跡部に困った素振りはなく。むしろ表情は穏やかだった。
「荷物になるから送ってやるよ」
アパートの敷地内は時間帯も遅いからひっそりしている。もともと大通り沿いではないから常に静かであるが。琴璃の住んでいるアパートはごく普通の2階建ての物件だった。築年数も別に新しいわけじゃなく、駅からすごく近いというわけでもない。その為家賃が飛び抜けて高くはなかったのでここに決めた。でも、蔓薔薇の巻き付いたアーチ型の入口がどこか洒落ている。今の時期はまだ花は咲いていないけれど咲く季節は凄く華やかになる。これが琴璃がこのアパートに決めたもう1つの理由だった。
「ここに置いてもらって大丈夫です。明日、明るくなったらベランダに運びますんで」
2階に上がり突き当りまで進むと跡部にここまで運んでもらったプランターを玄関前に置いてもらった。
「遅くにありがとうございました」
「あぁ。じゃあな」
「はい。お休みなさい」
どうしても、さよならとは言えなかった。つらすぎて言えるわけなかった。階段の方へ歩いてゆく彼の後ろ姿を見つめているとだんだんと視界がぼやけてくる。夢は醒めた。これでもう本当に終わりなのだ。でも、出会わなければ良かったとは思わなかった。そんなこと、嘘でも思えない。ならせめてお元気でとか伝えれば良かったのに。けれどもうあれ以上琴璃は喋れそうになかった。もう限界だった。
玄関扉に向き直り、鞄の中から家の鍵を取り出す。泣くのはちゃんと部屋に入ってからにしようと思ってたのに、ドアノブを回す時点で既に視界がかなり歪んでいた。少々もたつきながら解錠する。半べそ顔でドアを開け、狭い家の中に逃げ込もうとした、が、強い力がそれを阻む。あまりに突然だった。扉を後ろから思い切り引っ張られた直後、今度こそドアは閉まった。けれど、部屋に入ったのは琴璃1人だけじゃなかった。
「お前は大した女だぜ、全く」
胸が苦しい。つらさから来るものじゃなくて物理的にそう感じる。息がしづらい上に身動き1つとれない。後ろから抱き締められているのだと理解した。それも、とてもとても強い力で。
「ここまで振り回されたのは初めてだ。もうガキだなんて言わねぇよ」
斜め上から声が降ってくる。知り過ぎた声音と香りがこんな近くにある。自分は今、跡部に抱き締められているのだと分かった時、わけが分からなくて涙も止まってしまった。
「そしてここにきて俺から離れようなんて真似をするとはな。上等じゃねぇか、逃がすもんかよ」
「なんで……」
話をするけど、跡部は手を緩める素振りはなかった。琴璃は身じろぎしようもできないから、彼の顔も見ることができない。でも心なしか声に圧がある。
「……もしかして怒ってますか」
「よく分かってるじゃねぇか」
「な、なんで」
「お前が勝手に俺から離れようとするからだ」
そこで抱擁が解かれた。慌てて琴璃は彼の方に振り向くが、今度は両手首を摑まれてしまう。咄嗟に琴璃は引き下がろうとした。だがすぐ後ろは壁だった。薄暗い空間の中で跡部がニヤリと笑ったような気がした。
「あの、待っ――」
「もう待たねぇ」
琴璃の言葉を遮って、跡部は琴璃が逃げられないように後頭部を掴んで唇を塞ぐ。されるがままのキスだった。抵抗も逃げることも出来なくて、観念したのか琴璃も次第に大人しくなった。だから唇を解放してやる。琴璃は静かに下を向く。その肩は小さく震えている。
「だって、リップ……」
「あん?」
「赤いリップが、あったじゃないですか。真っ赤なやつ、大人の、やつ」
弱々しい声を聞いてようやく跡部は腕を緩める。そして琴璃の顔を覗き込んだ。薄暗い中、ぼんやりと見える彼女の表情は苦しそうに歪んでいた。琴璃はこれ以上顔を見せたくなくてもっと深く項垂れようとする。その頬を、跡部は両手で優しく包み込み上を向かせた。潤んだ瞳がそこにあった。
「もう少し分かるように説明しろ。あと、泣くな」
「……はい」
琴璃は事情を説明した。掃除をしていたら赤いリップを見つけたことと、直後にクローゼットの中にあった靴を見てしまったこと。相変わらず言葉足らずで、たどたどしいものだったけれど。それでも跡部には伝わった。彼女の説明の稚拙さは今に始まったことじゃない。最初からこんなだったから、今さら驚きも呆れもしない。一生懸命なのに時々不器用な、そんな彼女のことを、誰よりも知っている。
黙って琴璃の話を聞いて、彼女の気持ちを汲み取ってから、跡部は、はぁ、と短く嘆息した。