I can't stop falling in love.
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心臓が、何かに刺されているようにちくちく痛い。我に返った時、琴璃はまだ広いフローリングの床に座り込んだままだった。辺りは真っ暗。電気も点けない部屋の中でどれくらいそうしていたのか分からない。
立ち上がって大きな窓から外を見る。来た時まだ外は薄明るかったのに今はもう星が瞬いていた。ここから見下ろす夜景は悲しくなるほど綺麗だった。時計を見るとさすがにびっくりした。自分がここへ来てからゆうに3時間ほどは経過していたのだ。身体が冷たい。暖房も付けないでただずっと床に座り込んでいたせいだ。
「……帰らなきゃ」
リビングから廊下に出るドアを開けようとした。でも、急に外側からドアが引っ張られた。
「お前、居たのか。電気ぐらいつけろ」
「あ、お、おかえりなさい」
まさか暗い部屋の中に誰か居ると思わなかったようで、帰宅した跡部は琴璃をやや驚歎した顔で見た。
「こんな時間まで居るなんて珍しいな。今日は随分と熱心にやってたのか?」
「あ、はい、まあ……」
跡部は琴璃の横を通り過ぎ、脱いだコートをハンガーにかける。今日も、琴璃の知ってる“格好良い”彼がそこにいる。手を伸ばせば届く距離に。でもその格好良い彼は自分とは生きる世界が違う人で。平凡な大学生には眩しすぎる人種で。どんなに近くても手は伸ばせない。こんなに近くにいるのに、とっても遠い人なんだ。今ここでこうやって会えていることは奇跡なのだと思い知る。だから、やっぱり夢は夢のままでいい。今なら良い思い出のまま大切にしまっておけるから。それを思った瞬間、琴璃の中で何かが吹っ切れた。
「跡部さん。お話があるんですけど時間のとれる時に聞いてもらえますか?」
「今でいいぜ」
「このバイトを辞めたいんです」
跡部はネクタイを緩めながら、反対の手で携帯を操作し誰かにメッセージを返していた。だが琴璃のその言葉を聞いて、そこで初めて手を止めた。
「随分急だな」
「ごめんなさい。ちょっと、就活がこれから忙しくなりそうでここに来る時間が取りづらくなりそうで……」
跡部のマンションは自分の家と正反対の位置にある。就活もピークになってる今、時間を割いて寄るには難しい。本当のことだけどそれが辞めたい理由の核心じゃない。本音は違う。
もうこれ以上ここへ通えない。本当の本当に手遅れになる前に、彼から離れなくちゃ。決して打ち明けられないから就活のせいにした。ほんの少しだけ後ろめたくなった。
でも決心は揺るがない。揺らいだらいけない。
「やっぱり花屋のほうが距離的に通いやすくて。店長に相談してみたら、バイトは時間の取れる日にだけ来るんで良いよ、と言ってくれたのでそうさせてもらおうかと思いまして」
「そうか。分かった」
思ってた以上にあっさりとした回答だった。実際言われると、やっぱり寂しかった。もしかして自分は引き留めてもらえるとでも思っていたんだろうか。
もともと琴璃が来る前までは掃除は跡部の家の使用人が請負っていた。彼らのほうがプロだし融通は利く。跡部は琴璃が困っていたからこの仕事をさせてくれただけであって、元来ハウスキーパーなんて必要ない。そんなこと分かっている。分かっているけど、思い知ると悲しみが湧き出てくる。自分はいつからこんなに、舞い上がっていたんだろうか。
それくらいに、自分はこの人のことを。
「こんな時間だが1人で帰れるか?俺は今日、酒を飲んできたから送ってやれないぜ」
「大丈夫ですよ、1人で帰れますから」
「知らないヤツについて行くなよ」
「もう。……また子供扱いして」
跡部は薄く笑って着替えるべく寝室へ消えていった。こんなやり取りも今日で最後。それを思うとここにきて泣きそうになった。いつもならたまたま会えたら嬉しいのに、今はこんなにもつらい。
一輪挿しにはこないだ持ってきた黄色い薔薇がまだ綺麗に咲いていた。ここにはもう自分が持ち込んだものは一切残してはいけない。琴璃はまだ生きてるその花を掴んで無造作に自分の鞄に突っ込んだ。コートを羽織り窓の鍵をかけ、カーテンを閉める。
その様子を、着替えて戻ってきた跡部はただ黙って見ていた。彼女の背中がやたら暗くて小さく見えたと同時に、変な胸騒ぎのようなものを感じた。だから、自分の横をすり抜け出て行こうとする琴璃の手首を掴んで止めた。
「琴璃。お前はもうここへ来ないつもりか?」
変なことを聞いてるなと自分でも思った。このバイトを辞める、ということはそういうことになるのに。けれど先ほどの琴璃の話の中には、今日が最後という意図は出てこなかった。まさか今日の今日すぐにというわけではないだろう。そう思っていた。だが次の琴璃の言葉を聞いた時、自分の勘がとびきり冴えていたのだと知る。
「……そのほうが、いいと思います」
「どういう意味だ」
答えを聞きたいのにタイミング悪く携帯が鳴った。跡部はポケットからそれを取り出し画面を確認すると、チッ、と小さく舌打ちをする。仕事関係の電話であまり無視できない相手だった。放っておいて後から折り返すにも、相手のいる国と時差があるからなかなか難しい。出るべきか考えていたら、その隙に琴璃は玄関扉まで到達していた。
「おい、琴璃」
「失礼します」
小さな挨拶が、重い扉の閉まる音でかき消された。逃げるように、琴璃は跡部の前から去ったのだった。
今日の空は雲が全く無かった。こんなに澄んだ空だけど外は肌に指すほどの寒さだ。まだ2月の、まもなく夜中と呼ばれる時間帯。月がよく見える。星も綺麗だった。でも、あの部屋から見た夜空と東京の街並みが1番綺麗だった。
駅までの道をとぼとぼ歩きながらいろんなことを思い出す。あの日のこととか、初めて出会った時のことも、嘘みたいによく覚えてる。でもそれらも全部今日で幻になる。
あの時自分で決めたくせに。好きになっちゃ駄目だって、自分で決めたのに。
「無理だよ」
好きにならないなんて、できるわけがなかった。夢のままでいいだなんて、これ以上自分が傷つきたくないだけのただの言い訳だ。今こんなに辛いのに綺麗に夢で終わらせられる自信がない。こみ上げる気持ちが止まらない。
「私、跡部さんのこと、好きだった」
琴璃は広がる都会の空を見上げ、ようやく本音を呟いた。そして、静かにひとり泣いた。
立ち上がって大きな窓から外を見る。来た時まだ外は薄明るかったのに今はもう星が瞬いていた。ここから見下ろす夜景は悲しくなるほど綺麗だった。時計を見るとさすがにびっくりした。自分がここへ来てからゆうに3時間ほどは経過していたのだ。身体が冷たい。暖房も付けないでただずっと床に座り込んでいたせいだ。
「……帰らなきゃ」
リビングから廊下に出るドアを開けようとした。でも、急に外側からドアが引っ張られた。
「お前、居たのか。電気ぐらいつけろ」
「あ、お、おかえりなさい」
まさか暗い部屋の中に誰か居ると思わなかったようで、帰宅した跡部は琴璃をやや驚歎した顔で見た。
「こんな時間まで居るなんて珍しいな。今日は随分と熱心にやってたのか?」
「あ、はい、まあ……」
跡部は琴璃の横を通り過ぎ、脱いだコートをハンガーにかける。今日も、琴璃の知ってる“格好良い”彼がそこにいる。手を伸ばせば届く距離に。でもその格好良い彼は自分とは生きる世界が違う人で。平凡な大学生には眩しすぎる人種で。どんなに近くても手は伸ばせない。こんなに近くにいるのに、とっても遠い人なんだ。今ここでこうやって会えていることは奇跡なのだと思い知る。だから、やっぱり夢は夢のままでいい。今なら良い思い出のまま大切にしまっておけるから。それを思った瞬間、琴璃の中で何かが吹っ切れた。
「跡部さん。お話があるんですけど時間のとれる時に聞いてもらえますか?」
「今でいいぜ」
「このバイトを辞めたいんです」
跡部はネクタイを緩めながら、反対の手で携帯を操作し誰かにメッセージを返していた。だが琴璃のその言葉を聞いて、そこで初めて手を止めた。
「随分急だな」
「ごめんなさい。ちょっと、就活がこれから忙しくなりそうでここに来る時間が取りづらくなりそうで……」
跡部のマンションは自分の家と正反対の位置にある。就活もピークになってる今、時間を割いて寄るには難しい。本当のことだけどそれが辞めたい理由の核心じゃない。本音は違う。
もうこれ以上ここへ通えない。本当の本当に手遅れになる前に、彼から離れなくちゃ。決して打ち明けられないから就活のせいにした。ほんの少しだけ後ろめたくなった。
でも決心は揺るがない。揺らいだらいけない。
「やっぱり花屋のほうが距離的に通いやすくて。店長に相談してみたら、バイトは時間の取れる日にだけ来るんで良いよ、と言ってくれたのでそうさせてもらおうかと思いまして」
「そうか。分かった」
思ってた以上にあっさりとした回答だった。実際言われると、やっぱり寂しかった。もしかして自分は引き留めてもらえるとでも思っていたんだろうか。
もともと琴璃が来る前までは掃除は跡部の家の使用人が請負っていた。彼らのほうがプロだし融通は利く。跡部は琴璃が困っていたからこの仕事をさせてくれただけであって、元来ハウスキーパーなんて必要ない。そんなこと分かっている。分かっているけど、思い知ると悲しみが湧き出てくる。自分はいつからこんなに、舞い上がっていたんだろうか。
それくらいに、自分はこの人のことを。
「こんな時間だが1人で帰れるか?俺は今日、酒を飲んできたから送ってやれないぜ」
「大丈夫ですよ、1人で帰れますから」
「知らないヤツについて行くなよ」
「もう。……また子供扱いして」
跡部は薄く笑って着替えるべく寝室へ消えていった。こんなやり取りも今日で最後。それを思うとここにきて泣きそうになった。いつもならたまたま会えたら嬉しいのに、今はこんなにもつらい。
一輪挿しにはこないだ持ってきた黄色い薔薇がまだ綺麗に咲いていた。ここにはもう自分が持ち込んだものは一切残してはいけない。琴璃はまだ生きてるその花を掴んで無造作に自分の鞄に突っ込んだ。コートを羽織り窓の鍵をかけ、カーテンを閉める。
その様子を、着替えて戻ってきた跡部はただ黙って見ていた。彼女の背中がやたら暗くて小さく見えたと同時に、変な胸騒ぎのようなものを感じた。だから、自分の横をすり抜け出て行こうとする琴璃の手首を掴んで止めた。
「琴璃。お前はもうここへ来ないつもりか?」
変なことを聞いてるなと自分でも思った。このバイトを辞める、ということはそういうことになるのに。けれど先ほどの琴璃の話の中には、今日が最後という意図は出てこなかった。まさか今日の今日すぐにというわけではないだろう。そう思っていた。だが次の琴璃の言葉を聞いた時、自分の勘がとびきり冴えていたのだと知る。
「……そのほうが、いいと思います」
「どういう意味だ」
答えを聞きたいのにタイミング悪く携帯が鳴った。跡部はポケットからそれを取り出し画面を確認すると、チッ、と小さく舌打ちをする。仕事関係の電話であまり無視できない相手だった。放っておいて後から折り返すにも、相手のいる国と時差があるからなかなか難しい。出るべきか考えていたら、その隙に琴璃は玄関扉まで到達していた。
「おい、琴璃」
「失礼します」
小さな挨拶が、重い扉の閉まる音でかき消された。逃げるように、琴璃は跡部の前から去ったのだった。
今日の空は雲が全く無かった。こんなに澄んだ空だけど外は肌に指すほどの寒さだ。まだ2月の、まもなく夜中と呼ばれる時間帯。月がよく見える。星も綺麗だった。でも、あの部屋から見た夜空と東京の街並みが1番綺麗だった。
駅までの道をとぼとぼ歩きながらいろんなことを思い出す。あの日のこととか、初めて出会った時のことも、嘘みたいによく覚えてる。でもそれらも全部今日で幻になる。
あの時自分で決めたくせに。好きになっちゃ駄目だって、自分で決めたのに。
「無理だよ」
好きにならないなんて、できるわけがなかった。夢のままでいいだなんて、これ以上自分が傷つきたくないだけのただの言い訳だ。今こんなに辛いのに綺麗に夢で終わらせられる自信がない。こみ上げる気持ちが止まらない。
「私、跡部さんのこと、好きだった」
琴璃は広がる都会の空を見上げ、ようやく本音を呟いた。そして、静かにひとり泣いた。