I can't stop falling in love.
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
広いフローリングの上で掃除機を滑らせる。さっきから同じ場所を何往復もしているというのに、琴璃はいっこうに気付かない。自分の動作なんかより頭の中がそれどころじゃなかった。考えるのはあの日のこと。2月14日のあの日、バイトが終わって跡部から連絡が来た時には驚きのあまり浮かれたことしか言えなかった。チョコレートを用意してない代わりに、勢いのまま自分がご馳走するなんて言ってしまったもんだから、あの時頭の中は軽くパニックに陥っていた。ちなみに、結局あの日も跡部にご馳走してもらった。琴璃の知らぬ間に会計が済まされていたのだった。
大事なお休みのバレンタインデーなのに、こんな自分に時間を取ってくれるなんてどういうことなんだろうと思った。あり得ない。こんなのおかしい。でも勘繰っても仕方がない。お相手の人が急用でデートがなくなったのかもしれない。だからその代わりの暇つぶしに自分と会うことを選んでくれたのかも。前向きにそう思うことにした。
もし、相手にバレたらどうなるんだろうとかそういうことも考えたけど、そんな懸念は琴璃が持つ必要はない。だってもともと相手にされてないんだから、そんなことを考えるなんておこがましすぎるんだ。なら、折角会えるんだからこの夢みたいな展開を喜ばなくちゃ。いつぞやの、1人で彼の部屋を掃除して考えていた時のように、そっと自分に言い聞かせたのだ。
駅まで迎えに来てくれたのはいつもと違う、でもやはり高級車だった。彼はいつも通り格好良かった。だけど、青いクーペに乗せられている間琴璃は気が気じゃなかった。少し前に誰かが乗っていた、そんな気がした。それは多分当たってる。微かだけど座席に座った時、仄かに香水の匂いがした。胸がきゅっとなった。彼の近くに何度も立ったからもう分かる。これは跡部のものじゃない。
やっぱり、そういうことなんだ。チョコを1つも貰えなかったなんて嘘だと思った。そんなわけがない。自分と会う前にデートをしていたんだろうか。真相を知りたいけど、琴璃がそんなことを聞く筋合いはない。助手席から見る風景がいつもならきらきらと瞳に映るのに、あの日だけは素直にそう思えなかった。嬉しいのにどこか息苦しくて、居心地が悪かった。
あれから2週間以上経つが、跡部とは会っていない。わざわざ連絡もこない。けどそれは当たり前のこと。自分はここへ来て、部屋の中を掃除して手当を貰う。そういう存在である。それ以上でも以下でもない。
就活のほうはというと、ちょうど今何社か良いところまで選考が進んでいた。だからこそ、尚更しっかりしないといけないのに。最近はこの部屋に来るたび悲しい気持ちになってゆく。胸の奥がざわざわして何か落ち着かない。その理由を本当は分かっている。だからここに来るのはもう駄目な気がした。いちいち彼のことで一喜一憂するのは可笑しいのだ。分かっていながら、でももう少しだけ、と感じてしまう。簡単に割り切れられない。依存の様なものなのかもしれない。
掃除機の先に何かがかつんと当たったせいで、はっと我に返った。家具の下から転がってきたものは手の平サイズの黒い筒型をしたもの。拾ってよく見るとそれはリップスティックだった。琴璃の友人も欲しいと騒いでたブランドの新作だったから、ぱっと見ただけでもそれが何なのか分かった。こんなものがあるということは。
「……そうだよね」
やっぱりな、と思った。それしか思えなかった。自分は今ショックを受けているはずなのに、心が追いつかない。真実を知りたいと構えていたつもりなのに、いざ突きつけられると何も考えられなくなってしまう。
でもそうなると、途端に目に入るものが何でも不審に映ってしまうのは何故だろうか。普段はぴったり閉じてるクローゼットの扉が。今日はたまたま開いていた。開いてる、と言ってもほんの1、2センチくらい隙間ができてるだけ。きっと閉めた時の力の反動で少し開いてしまった、そんな程度だろう。
こんな時に開いてるなんて自分は試されているのだろうか。ただの掃除をする身としてこの部屋に入ることを許されたのに、完全に彼のプライベートに踏み込んでいる。跡部からは、中まで掃除するようには命ぜられてない。そして、気づいたら取手に手を掛けていた。自分の意志じゃない、無意識だった。ゆっくりとスライドさせると、中はウォークイン式で部屋のように広く、仕立ての良いスーツとかコートとかがきっちり整頓されて収納されていた。琴璃も知ってる彼の香水の香りがする。全身が包まれて、なんだか泣きそうになる。
ふと、足元に箱があるのを見つけてしまった。ここでやめておけばきっと、この先暗い気分にならなかっただろうに。もう止められなかった。扉を開けたのと同じように、誰かに操られているかのように箱を開けた。夢であるように、と願いながら。
「……あ」
中身は靴だった。ただし、女物の。ドレスシューズとも呼べるような少し華やかさのあるデザイン。でもそこまで華美じゃない。サテン生地が上品でクロスストラップがついている。間違いなく、“大人の女性”に相応しいもの。
「やっぱり、そうだよね」
ぽつりと呟き箱を閉じてまたもとの位置に戻した。さっきのリップの持ち主と同じ人物なのだろうか。こんな所にあるということは、おそらく跡部がその女性 に贈るものに違いない。
今まで曖昧ではっきりしてなかったけどこれで決定的だ。跡部には特定の相手がいる。そんなの、あの人には当たり前な話だ。きっとそうだろうとは思っていたけど、でもどこかで信じたくなかった。このままずっと醒めなければいいとも思っていた。なのに、夢は呆気なく醒めてしまった。しかもそれが自らの手でだなんて思ってもみなかった。
大事なお休みのバレンタインデーなのに、こんな自分に時間を取ってくれるなんてどういうことなんだろうと思った。あり得ない。こんなのおかしい。でも勘繰っても仕方がない。お相手の人が急用でデートがなくなったのかもしれない。だからその代わりの暇つぶしに自分と会うことを選んでくれたのかも。前向きにそう思うことにした。
もし、相手にバレたらどうなるんだろうとかそういうことも考えたけど、そんな懸念は琴璃が持つ必要はない。だってもともと相手にされてないんだから、そんなことを考えるなんておこがましすぎるんだ。なら、折角会えるんだからこの夢みたいな展開を喜ばなくちゃ。いつぞやの、1人で彼の部屋を掃除して考えていた時のように、そっと自分に言い聞かせたのだ。
駅まで迎えに来てくれたのはいつもと違う、でもやはり高級車だった。彼はいつも通り格好良かった。だけど、青いクーペに乗せられている間琴璃は気が気じゃなかった。少し前に誰かが乗っていた、そんな気がした。それは多分当たってる。微かだけど座席に座った時、仄かに香水の匂いがした。胸がきゅっとなった。彼の近くに何度も立ったからもう分かる。これは跡部のものじゃない。
やっぱり、そういうことなんだ。チョコを1つも貰えなかったなんて嘘だと思った。そんなわけがない。自分と会う前にデートをしていたんだろうか。真相を知りたいけど、琴璃がそんなことを聞く筋合いはない。助手席から見る風景がいつもならきらきらと瞳に映るのに、あの日だけは素直にそう思えなかった。嬉しいのにどこか息苦しくて、居心地が悪かった。
あれから2週間以上経つが、跡部とは会っていない。わざわざ連絡もこない。けどそれは当たり前のこと。自分はここへ来て、部屋の中を掃除して手当を貰う。そういう存在である。それ以上でも以下でもない。
就活のほうはというと、ちょうど今何社か良いところまで選考が進んでいた。だからこそ、尚更しっかりしないといけないのに。最近はこの部屋に来るたび悲しい気持ちになってゆく。胸の奥がざわざわして何か落ち着かない。その理由を本当は分かっている。だからここに来るのはもう駄目な気がした。いちいち彼のことで一喜一憂するのは可笑しいのだ。分かっていながら、でももう少しだけ、と感じてしまう。簡単に割り切れられない。依存の様なものなのかもしれない。
掃除機の先に何かがかつんと当たったせいで、はっと我に返った。家具の下から転がってきたものは手の平サイズの黒い筒型をしたもの。拾ってよく見るとそれはリップスティックだった。琴璃の友人も欲しいと騒いでたブランドの新作だったから、ぱっと見ただけでもそれが何なのか分かった。こんなものがあるということは。
「……そうだよね」
やっぱりな、と思った。それしか思えなかった。自分は今ショックを受けているはずなのに、心が追いつかない。真実を知りたいと構えていたつもりなのに、いざ突きつけられると何も考えられなくなってしまう。
でもそうなると、途端に目に入るものが何でも不審に映ってしまうのは何故だろうか。普段はぴったり閉じてるクローゼットの扉が。今日はたまたま開いていた。開いてる、と言ってもほんの1、2センチくらい隙間ができてるだけ。きっと閉めた時の力の反動で少し開いてしまった、そんな程度だろう。
こんな時に開いてるなんて自分は試されているのだろうか。ただの掃除をする身としてこの部屋に入ることを許されたのに、完全に彼のプライベートに踏み込んでいる。跡部からは、中まで掃除するようには命ぜられてない。そして、気づいたら取手に手を掛けていた。自分の意志じゃない、無意識だった。ゆっくりとスライドさせると、中はウォークイン式で部屋のように広く、仕立ての良いスーツとかコートとかがきっちり整頓されて収納されていた。琴璃も知ってる彼の香水の香りがする。全身が包まれて、なんだか泣きそうになる。
ふと、足元に箱があるのを見つけてしまった。ここでやめておけばきっと、この先暗い気分にならなかっただろうに。もう止められなかった。扉を開けたのと同じように、誰かに操られているかのように箱を開けた。夢であるように、と願いながら。
「……あ」
中身は靴だった。ただし、女物の。ドレスシューズとも呼べるような少し華やかさのあるデザイン。でもそこまで華美じゃない。サテン生地が上品でクロスストラップがついている。間違いなく、“大人の女性”に相応しいもの。
「やっぱり、そうだよね」
ぽつりと呟き箱を閉じてまたもとの位置に戻した。さっきのリップの持ち主と同じ人物なのだろうか。こんな所にあるということは、おそらく跡部がその
今まで曖昧ではっきりしてなかったけどこれで決定的だ。跡部には特定の相手がいる。そんなの、あの人には当たり前な話だ。きっとそうだろうとは思っていたけど、でもどこかで信じたくなかった。このままずっと醒めなければいいとも思っていた。なのに、夢は呆気なく醒めてしまった。しかもそれが自らの手でだなんて思ってもみなかった。