For just today, I am Cinderella.
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言ったのは琴璃だった。男の足が止まる。
「私なんてまだまだ未熟で、本当は跡部さんの隣を歩くなんて50年は早いような者なんです」
今度は跡部のほうが思った。コイツはいきなり何を言ってやがる。でも琴璃は怖気づいたりする様子はない。跡部のせいで機嫌を悪くした男に睨まれても尚、怯まずに続ける。
「きっと、私なんかよりずっとお嬢さまは素敵な方なんだと思います」
「フン。会ったこともないのによくそんなことが言えたもんだ」
「たしかにそうですけど……、でも、さっき娘さんの話をしている時のお顔は優しく笑ってらしたので、大切に思ってらっしゃるのが伝わってきました。きっと素敵な方で、もし今ここにいらっしゃったら、私よりずっと気の利くことが言えていたのかなと思います」
男は口をぽかんと開けて琴璃を見た。今さっきまで睨んでいたのに、今はまじまじと琴璃のことを見ている。でもすぐにはっとして2人の前から踵を返す。自分の娘と同じような年代の琴璃にフォローされたのが恥ずかしかったのか、罰が悪そうな顔をして2人の前から去って行った。
「……行っちゃった。まだ、怒ってるでしょうか」
放っておけば良かったのに。あんな奴のフォローなんかする必要ない。そう言おうとした。だが隣の琴璃の表情を見たらその言葉は相応しくないと思った。彼女は困ったような、不安げな顔をしてまだ男の消えた方を見ていたからだ。自分が悪いわけでもないのに顔を曇らせている。
そう言えば琴璃と2度目にホテルのラウンジで会った時もくだらない女達の言い争いに巻き込まれた。結局跡部が場を収めたけど、あれを目の当たりにして彼女は放っておかず仲裁に入ろうとした。入ったところでどうにもならなかっただろうが、その意欲は大したもんだと思えた。
今もそうやって、間に入って謙った態度で応対し、跡部が最悪にした相手の機嫌をやんわり持ち上げてやった。にしても顔も名前も知らない他人の娘をよく褒められたもんだと思う。嫌な立場になったのは琴璃自身。此方側を下に見せれば大抵ああいう奴は優越に浸る。琴璃は知っててそんなパフォーマンスをしてみせたのだろうか。――いや、違うな。じゃなきゃ事が済んだ今、とうに笑ってるはずだ。未だに琴璃は冴えない顔して男が歩いていった方角を見つめている。
「お前は争い事が嫌いなんだな」
「そんなの、みんなそうですよ」
当然のように答える琴璃がなんだか可笑しくて笑えた。と同時に、素直で優しい心の持ち主なのだとも思う。
「大人の世界じゃ、全員が仲良しこよしじゃいられねぇんだよ」
また子供扱いして。そう返してくると思ったのに、琴璃は肩を落としたままぽつりと呟いた。
「……私、余計なことしましたかね」
「いや?」
跡部はふ、と笑って琴璃の頭をぽんと叩く。
「上出来だ」
でも本当は、あんなふうに丸く収めるやり方は嫌だった。仮にであっても、自分の連れとして隣に立たせてる以上は琴璃が自身の価値を下げるような物言いをするなんて真似は許したくなかった。“私なんか”なんて、言わせたくなかった。
でもそれも、自分がさっき言った“大人の世界”の一片なのかもしれない。そんなふうに思えた。あのまま跡部自らが言い捨てても良かったが、それではあの男の面目が丸潰れになる。このような懇親パーティの中でそれは流石に良くない。結果的に、彼女が便宜の手段を正しく扱ったのだから大きな騒ぎに発展することなく済んだのだ。
今日氷帝に行ったら、偶然に琴璃を見つけた。彼女を見つけたのは本当にたまたまだった。そして、何かの役に立つかもしれないと思ってここへ連れてきた。何の役に立たずとも、連れが居れば多少は早く帰れるだろう。それくらいの、極々僅かな期待とも呼べない見込だったのに。
「俺様の勘は正解だったな」
「え?何です?」
「何でもねぇよ」
危なっかしいガキかと思ってたが、案外しっかりしてるじゃねぇか。そう思った。
だがその数十分後、その印象は綺麗に覆されることになる。
「いったい何を飲んだ」
「えーっ……と。しゅわしゅわのやつです。2杯くらい」
嘘だろ、と思った。それだけでこんなに酔えるものか。俄に信じがたい。
あの変なオヤジから解放されてからは、緊張がそこそこ解けたらしく琴璃の表情もだいぶまともになった。今夜のパーティは立食形式で、自由に飲食して良いのだと知るや目を輝かせて皿の上に料理を取っていた。
あの場に居た殆どの人間は跡部に用事がある者ばかりだったが、ごくたまに琴璃にも興味を見せてきた者も居た。質問には全て俺が答えるから笑ってるだけで良い。前もってそう伝えておいたから彼女は言う通りにしていたけど、それでも、お人好しなのか琴璃はいちいち丁寧にどうでもいい質問にも答えていた。何故か彼女はやたらと年配の男性受けが良かった。琴璃が知らないだけで、相手は大手企業の会長や取締役の肩書を持った人間ばかり。そんな連中と肩を並べて会話をしているのが跡部には見ていて滑稽だった。
幸い身元がバレるようなことはなかったけど(そんなヘマをしそうになっても跡部がフォローしてくれた)、彼女はわりと何でもお気楽に答えていた。最初の頃の緊張の色なんてまるで無くなっていた。それが、アルコールのせいだと跡部が気づいたのは終盤になってからだった。そろそろ帰るぞ、と彼女の手を引いた時には足取りがふらふらだったのだ。
跡部はアルコールを飲まなかった。もともと車で来ていたのだから当然だが、この席から早く帰りたいというのもあった。結果、予定通りにここを抜け出せることに成功したわけだが。まさか琴璃がこんな、アルコールに免疫がないとは想定外だった。そういやまだハタチを越えたばかりだとか言っていたか。今更ながらに思い出す。
自身の車を停めてある駐車場までふらふらな琴璃を半ば抱き抱えるようにして連れて行く。車に乗せると、「さぶい」と呟いたのが聞こえた。肩が剥き出しのドレスでは当然だ。だがエンジンをかけてもそんなにすぐに車内は温まりはしない。跡部はスーツの上着を脱いで彼女の肩にかけてやった。
「シートベルトしろよ」
「まぁた子供扱いして」
「あん?」
「どうせ私はガキですから。さっき、跡部さんには若すぎるって、言われちゃいましたからあ」
「何を今頃になって根に持ってんだよ。若いことに何の不満がある」
「だって、跡部さんだって私にガキって言うじゃないれすか。私はね、ガキじゃないんで。これでもちゃんとひとり暮らししてます、自立してますから」
どーですか、と行儀悪く少しふんぞり返って見せる琴璃。らしくない彼女の態度に呆れかける。そこで初めて気づいた。“らしくない”だなんて、そんなことが分かるほど琴璃と出逢ってまだそんなに経っていないのに。というか会ったのもまだ片手で足りる回数なのに。不思議と彼女は、自分の目には特出して映る。言ってしまえば別に目立った所もない普通の大学生なのだが、にも関わらずあらゆる自分の周りの人間より目立っているということは否めない。どうしてだろうな、と思う。思いながらサイドブレーキを解除する。
「あぁそうかよ。じゃあそこまで送ってさしあげますから住所を教えてくれませんかね」
「いやれす」
「あ?」
わざと敬語で言ったのに、助手席を見やると琴璃が跡部に向かってキッと睨んでいた。だが睨んだところでちっとも凄味はない。酒が入ってるせいで頬は染まり、目もとろんとしている。それにしてもあれしきのアルコール量で大した酔い方だな、と改めて思う。
「絶対教えてやんないんだ。だってまだ子供扱いしてるもん」
「子供だなんて言ってねぇだろが」
「ウソ。ぜったい、ぜったいぜったい思ってるんです。子供じゃないならガキって言いたいんだ」
おまけにだんだん面倒くさくなってきた。折角早く抜け出せたというのに。こんなところでいつまでも押し問答してる暇はない。跡部はもう1度サイドブレーキを上げた。
「そんなにガキじゃないってんなら」
言いながら跡部は助手席のほうへ手を伸ばす。今回はシートベルトをさせる為ではなく、琴璃のシートを倒す為。
「この後どうなったって、文句は言わせねぇぜ?」
そして琴璃に覆い被さる格好になる。琴璃はよく分かっておらず、きょとんとした顔で跡部を見つめ返す。ほら。そういう所がまだまだガキだって言ってるんだ。そうやって言ったなら、素面の彼女であれば少し落ち込みながらも大人しくなっただろう。けれど酔った琴璃は揶揄さえも真に受けて言い返してきそうだ。だから今は、ちゃんと相手をしてやることにする。
「仕掛けてきたのはお前だぜ?」
「へ」
薄暗い車内でも、彼女の頬がほんのり赤くなっているのが分かった。それぐらい顔を近づけたのち、こめかみ辺りに唇を落とす。ぴくりと小さな身体が跳ねた。そのまま耳にぴたりと唇をつけわざと囁くように言う。
「お前をちゃんと、子供じゃなくて大人扱いすればいいんだろう?」
耳から顎、首筋へ。順に唇を這わせると琴璃は小さく声を漏らした。酒のせいでされるがままになってしまう。もう、跡部を押し返す力さえも残っていない。首筋にかかる吐息がくすぐったくて身を捩ってみせる。それでも跡部は唇の愛撫を止めない。
「うぅ、ん」
「首もこんなに細いんだな」
浮き出る白い鎖骨にも唇で触れる。やはりラウンドネックの形にして正解だったな、と冷静に思いながら琴璃の首元をまさぐる。冷たかった身体も徐々に熱を取り戻してきていた。車内の暖房のせいなのか、それとも今、自分に触れられているからなのか。このまま続ければ彼女の体温はどうなるのか。
もう少し遊んでやろうか、と思った時。不意に、彼女の反応が無くなる。続けて、すーすーと穏やかな音が聞こえた。跡部はむくりと上体を上げ琴璃の顔を覗き込む。彼女の両目はしっかり閉じられていた。
「っとに、期待を裏切らねぇな」
剥がした自身のスーツの上着を眠る琴璃の上にかけてやった。リクライニングは倒したままで彼女のシートベルトをしめる。自身も運転席にきちんと座り直した。
「寝顔はまだガキだな」
穏やかに寝る琴璃の様子を見ながら、やれやれと思う。
しかし彼女は住所を言う前に寝てしまった。これでは家に送り届けられない。バイト先の花屋はとっくに閉店しているから店の者にも会えない。大学で一緒にいた友人の連絡先も知るわけがないし、勝手に彼女のスマホを触るわけにもいかない。
さて。どうするか。
「私なんてまだまだ未熟で、本当は跡部さんの隣を歩くなんて50年は早いような者なんです」
今度は跡部のほうが思った。コイツはいきなり何を言ってやがる。でも琴璃は怖気づいたりする様子はない。跡部のせいで機嫌を悪くした男に睨まれても尚、怯まずに続ける。
「きっと、私なんかよりずっとお嬢さまは素敵な方なんだと思います」
「フン。会ったこともないのによくそんなことが言えたもんだ」
「たしかにそうですけど……、でも、さっき娘さんの話をしている時のお顔は優しく笑ってらしたので、大切に思ってらっしゃるのが伝わってきました。きっと素敵な方で、もし今ここにいらっしゃったら、私よりずっと気の利くことが言えていたのかなと思います」
男は口をぽかんと開けて琴璃を見た。今さっきまで睨んでいたのに、今はまじまじと琴璃のことを見ている。でもすぐにはっとして2人の前から踵を返す。自分の娘と同じような年代の琴璃にフォローされたのが恥ずかしかったのか、罰が悪そうな顔をして2人の前から去って行った。
「……行っちゃった。まだ、怒ってるでしょうか」
放っておけば良かったのに。あんな奴のフォローなんかする必要ない。そう言おうとした。だが隣の琴璃の表情を見たらその言葉は相応しくないと思った。彼女は困ったような、不安げな顔をしてまだ男の消えた方を見ていたからだ。自分が悪いわけでもないのに顔を曇らせている。
そう言えば琴璃と2度目にホテルのラウンジで会った時もくだらない女達の言い争いに巻き込まれた。結局跡部が場を収めたけど、あれを目の当たりにして彼女は放っておかず仲裁に入ろうとした。入ったところでどうにもならなかっただろうが、その意欲は大したもんだと思えた。
今もそうやって、間に入って謙った態度で応対し、跡部が最悪にした相手の機嫌をやんわり持ち上げてやった。にしても顔も名前も知らない他人の娘をよく褒められたもんだと思う。嫌な立場になったのは琴璃自身。此方側を下に見せれば大抵ああいう奴は優越に浸る。琴璃は知っててそんなパフォーマンスをしてみせたのだろうか。――いや、違うな。じゃなきゃ事が済んだ今、とうに笑ってるはずだ。未だに琴璃は冴えない顔して男が歩いていった方角を見つめている。
「お前は争い事が嫌いなんだな」
「そんなの、みんなそうですよ」
当然のように答える琴璃がなんだか可笑しくて笑えた。と同時に、素直で優しい心の持ち主なのだとも思う。
「大人の世界じゃ、全員が仲良しこよしじゃいられねぇんだよ」
また子供扱いして。そう返してくると思ったのに、琴璃は肩を落としたままぽつりと呟いた。
「……私、余計なことしましたかね」
「いや?」
跡部はふ、と笑って琴璃の頭をぽんと叩く。
「上出来だ」
でも本当は、あんなふうに丸く収めるやり方は嫌だった。仮にであっても、自分の連れとして隣に立たせてる以上は琴璃が自身の価値を下げるような物言いをするなんて真似は許したくなかった。“私なんか”なんて、言わせたくなかった。
でもそれも、自分がさっき言った“大人の世界”の一片なのかもしれない。そんなふうに思えた。あのまま跡部自らが言い捨てても良かったが、それではあの男の面目が丸潰れになる。このような懇親パーティの中でそれは流石に良くない。結果的に、彼女が便宜の手段を正しく扱ったのだから大きな騒ぎに発展することなく済んだのだ。
今日氷帝に行ったら、偶然に琴璃を見つけた。彼女を見つけたのは本当にたまたまだった。そして、何かの役に立つかもしれないと思ってここへ連れてきた。何の役に立たずとも、連れが居れば多少は早く帰れるだろう。それくらいの、極々僅かな期待とも呼べない見込だったのに。
「俺様の勘は正解だったな」
「え?何です?」
「何でもねぇよ」
危なっかしいガキかと思ってたが、案外しっかりしてるじゃねぇか。そう思った。
だがその数十分後、その印象は綺麗に覆されることになる。
「いったい何を飲んだ」
「えーっ……と。しゅわしゅわのやつです。2杯くらい」
嘘だろ、と思った。それだけでこんなに酔えるものか。俄に信じがたい。
あの変なオヤジから解放されてからは、緊張がそこそこ解けたらしく琴璃の表情もだいぶまともになった。今夜のパーティは立食形式で、自由に飲食して良いのだと知るや目を輝かせて皿の上に料理を取っていた。
あの場に居た殆どの人間は跡部に用事がある者ばかりだったが、ごくたまに琴璃にも興味を見せてきた者も居た。質問には全て俺が答えるから笑ってるだけで良い。前もってそう伝えておいたから彼女は言う通りにしていたけど、それでも、お人好しなのか琴璃はいちいち丁寧にどうでもいい質問にも答えていた。何故か彼女はやたらと年配の男性受けが良かった。琴璃が知らないだけで、相手は大手企業の会長や取締役の肩書を持った人間ばかり。そんな連中と肩を並べて会話をしているのが跡部には見ていて滑稽だった。
幸い身元がバレるようなことはなかったけど(そんなヘマをしそうになっても跡部がフォローしてくれた)、彼女はわりと何でもお気楽に答えていた。最初の頃の緊張の色なんてまるで無くなっていた。それが、アルコールのせいだと跡部が気づいたのは終盤になってからだった。そろそろ帰るぞ、と彼女の手を引いた時には足取りがふらふらだったのだ。
跡部はアルコールを飲まなかった。もともと車で来ていたのだから当然だが、この席から早く帰りたいというのもあった。結果、予定通りにここを抜け出せることに成功したわけだが。まさか琴璃がこんな、アルコールに免疫がないとは想定外だった。そういやまだハタチを越えたばかりだとか言っていたか。今更ながらに思い出す。
自身の車を停めてある駐車場までふらふらな琴璃を半ば抱き抱えるようにして連れて行く。車に乗せると、「さぶい」と呟いたのが聞こえた。肩が剥き出しのドレスでは当然だ。だがエンジンをかけてもそんなにすぐに車内は温まりはしない。跡部はスーツの上着を脱いで彼女の肩にかけてやった。
「シートベルトしろよ」
「まぁた子供扱いして」
「あん?」
「どうせ私はガキですから。さっき、跡部さんには若すぎるって、言われちゃいましたからあ」
「何を今頃になって根に持ってんだよ。若いことに何の不満がある」
「だって、跡部さんだって私にガキって言うじゃないれすか。私はね、ガキじゃないんで。これでもちゃんとひとり暮らししてます、自立してますから」
どーですか、と行儀悪く少しふんぞり返って見せる琴璃。らしくない彼女の態度に呆れかける。そこで初めて気づいた。“らしくない”だなんて、そんなことが分かるほど琴璃と出逢ってまだそんなに経っていないのに。というか会ったのもまだ片手で足りる回数なのに。不思議と彼女は、自分の目には特出して映る。言ってしまえば別に目立った所もない普通の大学生なのだが、にも関わらずあらゆる自分の周りの人間より目立っているということは否めない。どうしてだろうな、と思う。思いながらサイドブレーキを解除する。
「あぁそうかよ。じゃあそこまで送ってさしあげますから住所を教えてくれませんかね」
「いやれす」
「あ?」
わざと敬語で言ったのに、助手席を見やると琴璃が跡部に向かってキッと睨んでいた。だが睨んだところでちっとも凄味はない。酒が入ってるせいで頬は染まり、目もとろんとしている。それにしてもあれしきのアルコール量で大した酔い方だな、と改めて思う。
「絶対教えてやんないんだ。だってまだ子供扱いしてるもん」
「子供だなんて言ってねぇだろが」
「ウソ。ぜったい、ぜったいぜったい思ってるんです。子供じゃないならガキって言いたいんだ」
おまけにだんだん面倒くさくなってきた。折角早く抜け出せたというのに。こんなところでいつまでも押し問答してる暇はない。跡部はもう1度サイドブレーキを上げた。
「そんなにガキじゃないってんなら」
言いながら跡部は助手席のほうへ手を伸ばす。今回はシートベルトをさせる為ではなく、琴璃のシートを倒す為。
「この後どうなったって、文句は言わせねぇぜ?」
そして琴璃に覆い被さる格好になる。琴璃はよく分かっておらず、きょとんとした顔で跡部を見つめ返す。ほら。そういう所がまだまだガキだって言ってるんだ。そうやって言ったなら、素面の彼女であれば少し落ち込みながらも大人しくなっただろう。けれど酔った琴璃は揶揄さえも真に受けて言い返してきそうだ。だから今は、ちゃんと相手をしてやることにする。
「仕掛けてきたのはお前だぜ?」
「へ」
薄暗い車内でも、彼女の頬がほんのり赤くなっているのが分かった。それぐらい顔を近づけたのち、こめかみ辺りに唇を落とす。ぴくりと小さな身体が跳ねた。そのまま耳にぴたりと唇をつけわざと囁くように言う。
「お前をちゃんと、子供じゃなくて大人扱いすればいいんだろう?」
耳から顎、首筋へ。順に唇を這わせると琴璃は小さく声を漏らした。酒のせいでされるがままになってしまう。もう、跡部を押し返す力さえも残っていない。首筋にかかる吐息がくすぐったくて身を捩ってみせる。それでも跡部は唇の愛撫を止めない。
「うぅ、ん」
「首もこんなに細いんだな」
浮き出る白い鎖骨にも唇で触れる。やはりラウンドネックの形にして正解だったな、と冷静に思いながら琴璃の首元をまさぐる。冷たかった身体も徐々に熱を取り戻してきていた。車内の暖房のせいなのか、それとも今、自分に触れられているからなのか。このまま続ければ彼女の体温はどうなるのか。
もう少し遊んでやろうか、と思った時。不意に、彼女の反応が無くなる。続けて、すーすーと穏やかな音が聞こえた。跡部はむくりと上体を上げ琴璃の顔を覗き込む。彼女の両目はしっかり閉じられていた。
「っとに、期待を裏切らねぇな」
剥がした自身のスーツの上着を眠る琴璃の上にかけてやった。リクライニングは倒したままで彼女のシートベルトをしめる。自身も運転席にきちんと座り直した。
「寝顔はまだガキだな」
穏やかに寝る琴璃の様子を見ながら、やれやれと思う。
しかし彼女は住所を言う前に寝てしまった。これでは家に送り届けられない。バイト先の花屋はとっくに閉店しているから店の者にも会えない。大学で一緒にいた友人の連絡先も知るわけがないし、勝手に彼女のスマホを触るわけにもいかない。
さて。どうするか。