春の匂いがした
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毎朝せっせとここに来て庭いじりをしている。今朝も琴璃は花壇の前に居た。植えた花にジョウロで水を撒いている。今日も朝からいい天気。寂しかったこの一角が今は再び花で溢れるようになった。幸村が選んでくれたマーガレットが風が吹くと可愛く揺れた。キミみたいだね、と言われてからひときわこの花が好きになった。お世辞でもなんでも、あんなふうに言われて素直に嬉しい。
「綺麗だね」
声がして。振り向くと幸村がいた。おはよう、と言いながらこっちに来る。
「幸村くん」
今日も幸村は穏やかに笑って。ふわりと風が吹くといつものあの花の匂いがした。彼は花壇のすぐそばにあるベンチに座る。琴璃にも座るよう促してきたのでジョウロを置いて隣に腰掛けた。
「こんなふうに、俺もテニスコートのベンチからここを見てたんだ。試合してるヤツを見てるふりしてさ」
おどけて言って、更にはわざと足を組んでふんぞり返った態度を見せてくる。そんなの柄じゃないから全然似合わないのに。こういう冗談を言うような人には見えなかった。琴璃はくすくす笑ってしまった。テニスが強くて有名な幸村精市がこんなことをするんだ。同じクラスで前後の席になってからまだ日が浅いのに、いろんな彼を見られていると思った。それは仲良くなった証拠なのかもしれない。
「好きだよ」
「えっ」
「キミが育てた花。綺麗に咲いてる」
「あ……うん。ありがとう」
隣に座る幸村が、花壇の花を指差しながら琴璃に笑いかけた。なんだそういうことか。びっくりした。恥ずかしくて琴璃は思わず顔を背ける。
「……なんて、ちょっとイジワルな言い方だったね」
琴璃の身体が傾いた。幸村が肩を抱き寄せたからだ。それだけで終わらず琴璃の頭に頬を寄せてきた。
「ゆ、ゆゆゆ幸村くん」
「ねぇ。キミからいい匂いがする。何かつけてるの?」
「へ?あ、べ、別に特になんにも」
それを言うならあなたのほうが、と思ったけど、今はとてもじゃないけど言える余裕がない。
「じゃあ、シャンプーかな」
慌てふためく琴璃を余所に穏やかに言う幸村。
「何ていうやつ使ってるの?俺もこれにしたいな」
「でっ、でもこれきっと、女の人用じゃないかな」
「へぇ。市販のシャンプーに女性専用なんてのがあるんだ?」
「いや、そういうのじゃ……ないと思うんだけど」
女性専用のものはこの世に存在するだろうけど多分これは違う。少なくとも琴璃の使っているシャンプーは、普通の、どこのドラッグストアでも売っているやつ。
「行ったみたいだ」
「え……」
「またキミのこと見てた」
幸村が見ている方向へ琴璃も目を向ける。だがもう視線の先には誰も居なかった。
「大丈夫そうだから離れるね」
「あ、うん……あの、ありがとう」
「どういたしまして」
そっと、琴璃の肩から手を離す幸村は今更ながらテニス部のユニフォーム姿だった。ジャージを羽織っている。ひょっとして、練習中なのにここまで来てくれたのはさっきの男子を見つけたからなのだろうか。もしかして自分が練習の妨げになっていやしないか。それを考えると凄く申し訳なくなった。
「まだつきまとわれてるの?」
「ううん。もうあれから会わないし話し掛けてきたりしないよ」
「でもさっきは影からキミを見ていた」
「そう、なんだ」
「きっとバレない程度に追い掛け回してるんだろうな、キミのこと」
「え……」
それを聞いて琴璃は絶句する。まさかそんなことされてるだなんて。どうしよう、と思わず口に出してしまう。
「ごめん、怖がらせるつもりで言ったんじゃないんだ。けど少しだけ慎重になったほうがいいかもね。着替えてくるから、ここで待っててくれる?」
「うん、えと」
「朝練はもう終わりだから。教室まで一緒に行こうよ」
「幸村くん、わたし、」
「ん?」
迷惑になってない?聞こうと思ったのにできなかった。言葉が出なかった。きっと彼ならそんなことないよ、と言うだろうし、仮にもしも迷惑してると告げられたらどんな顔していいのか分からない。いつも受け身な自分が心底嫌だと思った瞬間だった。自分のせいで誰かを振り回すことがつらい。それは綺麗事みたいな考えだ。つらいと思うくせに、現に彼を振り回している。それなのに彼の笑顔が自分に向くとどうしてか嬉しくて仕方ない。
「……私、ゴミ捨ててくるから、先行ってて大丈夫だよ」
差し伸べてくれる彼の優しさを初めて拒否した瞬間だった。もう振り返らずに、ゴミ袋とジョウロを持って琴璃は駆け出した。
なんで、こんななんだろ。
走りながらずっと幸村のことを考えてる。困らせたくない、でもそばにいたい。いつしか反対のことを考えるようになってる。いつの間にか意識するようになってしまった。さっき彼に抱き締められてリアルに心臓が止まるかと思った。彼にはなんてことない行為だったかもしれないけど、琴璃はとんでもない動揺で身が持たないかもと思った。そう思えるくらい幸村が自分の中で大きな存在になっていて。胸がきゅうっと締め付けられる感覚。あぁどうしよう。この後すぐまた教室で会うのに、どんな顔してればいいんだろう。考えながら裏庭のゴミ捨て場に辿り着く。そばに用務員さんが剪定したらしい木の枝が積まれていた。生ゴミじゃないから、琴璃も同じようにそばに雑草の入った袋を棄てた。あとはジョウロを物置に戻すだけ。
「あの人と付き合ってるんですか」
突然の声だった。まさか近くに人が居るなんて思いもしなかったから反射的に琴璃は振り向いた。そこに居たのはできれば会いたくない彼だった。
「綺麗だね」
声がして。振り向くと幸村がいた。おはよう、と言いながらこっちに来る。
「幸村くん」
今日も幸村は穏やかに笑って。ふわりと風が吹くといつものあの花の匂いがした。彼は花壇のすぐそばにあるベンチに座る。琴璃にも座るよう促してきたのでジョウロを置いて隣に腰掛けた。
「こんなふうに、俺もテニスコートのベンチからここを見てたんだ。試合してるヤツを見てるふりしてさ」
おどけて言って、更にはわざと足を組んでふんぞり返った態度を見せてくる。そんなの柄じゃないから全然似合わないのに。こういう冗談を言うような人には見えなかった。琴璃はくすくす笑ってしまった。テニスが強くて有名な幸村精市がこんなことをするんだ。同じクラスで前後の席になってからまだ日が浅いのに、いろんな彼を見られていると思った。それは仲良くなった証拠なのかもしれない。
「好きだよ」
「えっ」
「キミが育てた花。綺麗に咲いてる」
「あ……うん。ありがとう」
隣に座る幸村が、花壇の花を指差しながら琴璃に笑いかけた。なんだそういうことか。びっくりした。恥ずかしくて琴璃は思わず顔を背ける。
「……なんて、ちょっとイジワルな言い方だったね」
琴璃の身体が傾いた。幸村が肩を抱き寄せたからだ。それだけで終わらず琴璃の頭に頬を寄せてきた。
「ゆ、ゆゆゆ幸村くん」
「ねぇ。キミからいい匂いがする。何かつけてるの?」
「へ?あ、べ、別に特になんにも」
それを言うならあなたのほうが、と思ったけど、今はとてもじゃないけど言える余裕がない。
「じゃあ、シャンプーかな」
慌てふためく琴璃を余所に穏やかに言う幸村。
「何ていうやつ使ってるの?俺もこれにしたいな」
「でっ、でもこれきっと、女の人用じゃないかな」
「へぇ。市販のシャンプーに女性専用なんてのがあるんだ?」
「いや、そういうのじゃ……ないと思うんだけど」
女性専用のものはこの世に存在するだろうけど多分これは違う。少なくとも琴璃の使っているシャンプーは、普通の、どこのドラッグストアでも売っているやつ。
「行ったみたいだ」
「え……」
「またキミのこと見てた」
幸村が見ている方向へ琴璃も目を向ける。だがもう視線の先には誰も居なかった。
「大丈夫そうだから離れるね」
「あ、うん……あの、ありがとう」
「どういたしまして」
そっと、琴璃の肩から手を離す幸村は今更ながらテニス部のユニフォーム姿だった。ジャージを羽織っている。ひょっとして、練習中なのにここまで来てくれたのはさっきの男子を見つけたからなのだろうか。もしかして自分が練習の妨げになっていやしないか。それを考えると凄く申し訳なくなった。
「まだつきまとわれてるの?」
「ううん。もうあれから会わないし話し掛けてきたりしないよ」
「でもさっきは影からキミを見ていた」
「そう、なんだ」
「きっとバレない程度に追い掛け回してるんだろうな、キミのこと」
「え……」
それを聞いて琴璃は絶句する。まさかそんなことされてるだなんて。どうしよう、と思わず口に出してしまう。
「ごめん、怖がらせるつもりで言ったんじゃないんだ。けど少しだけ慎重になったほうがいいかもね。着替えてくるから、ここで待っててくれる?」
「うん、えと」
「朝練はもう終わりだから。教室まで一緒に行こうよ」
「幸村くん、わたし、」
「ん?」
迷惑になってない?聞こうと思ったのにできなかった。言葉が出なかった。きっと彼ならそんなことないよ、と言うだろうし、仮にもしも迷惑してると告げられたらどんな顔していいのか分からない。いつも受け身な自分が心底嫌だと思った瞬間だった。自分のせいで誰かを振り回すことがつらい。それは綺麗事みたいな考えだ。つらいと思うくせに、現に彼を振り回している。それなのに彼の笑顔が自分に向くとどうしてか嬉しくて仕方ない。
「……私、ゴミ捨ててくるから、先行ってて大丈夫だよ」
差し伸べてくれる彼の優しさを初めて拒否した瞬間だった。もう振り返らずに、ゴミ袋とジョウロを持って琴璃は駆け出した。
なんで、こんななんだろ。
走りながらずっと幸村のことを考えてる。困らせたくない、でもそばにいたい。いつしか反対のことを考えるようになってる。いつの間にか意識するようになってしまった。さっき彼に抱き締められてリアルに心臓が止まるかと思った。彼にはなんてことない行為だったかもしれないけど、琴璃はとんでもない動揺で身が持たないかもと思った。そう思えるくらい幸村が自分の中で大きな存在になっていて。胸がきゅうっと締め付けられる感覚。あぁどうしよう。この後すぐまた教室で会うのに、どんな顔してればいいんだろう。考えながら裏庭のゴミ捨て場に辿り着く。そばに用務員さんが剪定したらしい木の枝が積まれていた。生ゴミじゃないから、琴璃も同じようにそばに雑草の入った袋を棄てた。あとはジョウロを物置に戻すだけ。
「あの人と付き合ってるんですか」
突然の声だった。まさか近くに人が居るなんて思いもしなかったから反射的に琴璃は振り向いた。そこに居たのはできれば会いたくない彼だった。