春の匂いがした
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「いろんな花が売ってるね」
「うん。目移りしちゃう」
立海から歩いて行ける場所にホームセンターがある。約束通り、琴璃は幸村が部活からあがるのを待っていた。徐々に日が暮れてきた時間帯になって、制服に着替えた幸村が自分の前に参上した時は朝のようにまたドキリとしてしまった。夕陽を背負って「お待たせ」なんて言う彼は何かの物語の王子様のように見えてしまった。やっぱり彼は他の生徒と違う、惹きつけるものがある。
琴璃が王子様みたいだと思えた瞬間はそれだけじゃなかった。今日の昼、琴璃は担任に花壇を作りたいと相談しに行こうとしたのだが、それを見た幸村が俺も行くよ、とついて来てくれた。でもさすがに彼に言わせることはしたくなくて。説明が拙いながらも自分なりにお願いをした。幸村には悪いけど、正直琴璃はダメ元だった。多分あの先生は首を縦に振らないだろうな、と心のどこかで考えていたのだ。
それがまさかふたつ返事で承諾してくれるなんて。
「買ったらあとで、先生が車でここに寄って明日にでも学校に運んどいてくれるんだよね」
「うん。あの、幸村くん、ほんとにありがとね」
「なにが?」
「だって、幸村くんが一緒に先生にお願いしてくれたからOKしてもらったんだよ」
「……お願い、したのかなぁ、俺」
まぁ、自分のお陰なのは分かっているけど。けれど別に、幸村は琴璃のように“お願い”したわけではなかった。担任の前で萎縮する琴璃の背後から近付いて、「当然ですよね」と言っただけ。そもそも頼むという姿勢を取る理由が分からない。荒れた敷地を綺麗にすると言うのになんでこっちが下手 に出なきゃいけないんだろう。琴璃には言わないけど幸村はそう思っていた。1人でお伺いを立てに行く琴璃が心配でついて行って、やっぱり言い負かされそうな彼女を後ろから見ていたら、もう幸村の頭の中に“お願いします”の言葉は無かった。真顔で自分より背の低い担任を見下ろしたら、目を泳がせながら「よろしく頼む」と言って来たのだった。
担任に頼む時の彼女を見ていて幸村は思った。もっと堂々としててもいいのになぁ、と。琴璃は優しすぎる。きっと、あのおかしな2年の男子にも強く出れなかったから、面倒なことになってるんだろうな。優しいというのは、時に長所にも短所にもなる。使いどころを間違えれば厄介なことに巻き込まれることもある。幸村は、普段から女子に優しいけれどそういう線引はしっかりしていた。親切に接するのは人として当然だからそうするけど、それでもし勘違いするような相手ならばきっちり距離をとる。はたから見たらずる賢く映るのかもしれないけれど相手が思い上がる以上はそうする他ない。でも、琴璃はそんなことがないから。幸村の優しさに勘違いも思い上がりもしないから気に掛ける。むしろどこか危なっかしい彼女は目が離せないような存在。でももし、自分が気に掛けることを辞めたら誰が彼女を守ってあげるんだろう。そんなことを考えながら店内を歩いていた。花々が売られているコーナー。夕方のホームセンターは客足があまり無くて快適だった。琴璃の足取りは軽い。見える横顔は生き生きしていた。
「嬉しそうだね」
「うん。どんなのにしようかなあって、考えると楽しくて」
良かったね、と幸村は思う。いい顔をしていて琴璃の笑顔は自然とこっちにも伝染る。自然体にしている彼女は可愛いと思う。
「花が好きな女性 はとても魅力的に映るよね」
「わぁー」
「え?何?」
「そんなこと言えちゃうなんて、さすが幸村くんだなあ、って。でも、ほとんどの女の子ってお花好きだよ」
「あ。確かにそうか。そうするとなんか今の発言は俺が女たらしみたいだ」
「あはは、幸村くん面白い」
「そんな面白い?別に間違っちゃいないと思うんだよなぁ」
朝も真田に戯れてるのかとか言われたことを思い出す。
女の子に優しくするのは普通のことなのに。そんなに笑うことかなぁ、と、思う。まさか琴璃にも自分はそんなふうに映っているのかと思うと、それはなんだか複雑な気分にさせられた。
「まぁ、でも確かにそうだよね。お花を綺麗だと言える人は良い人なんだと思う」
「でしょ」
思ったより話しやすい人だな、と琴璃は思った。あのテニス部部長の幸村くんが、冗談めかした話をしてくれて、一緒に真剣に花を選んでくれている。正直意外だった。知り合ってまだ数日なのにこんなに距離感に気を遣わずに接することができる。女の子に慣れてるんだなぁ、とも思った。でも、慣れてる、と言うと少し語弊があるのかもしれない。あの彼のように、変な馴れ馴れしさとかが無いから気を許せてしまう。
「この時期なら、ジニアとかバーベナなんかが良いかな」
「幸村くん、お花に詳しいんだね」
「まぁ、普通の男子高校生より多少は。家でガーデニングしてるし」
「わぁ、素敵」
「ねぇ。琴璃は何の花が1番好き?」
「私?えーどうだろ、1番はなかなか決められないなぁ」
「これとか、これは?」
幸村が適当に指差す花を琴璃は目で追う。どの花も知っている。それらの中に白いマーガレットがあった。
「ねぇ、あそこに植えるのこれにしようよ。白くて可憐だ」
「マーガレットだ。可愛いね。いいね、これにしよう」
「キミみたいだよね、この花」
「え?」
「バラとかユリっていうよりも、琴璃はこんな感じ。……あぁ、別にバラもユリも似合わないって意味じゃないよ?」
「うん、分かってる。その、あの、ありがとう」
にこりと幸村が笑う。会うたび彼はこんなふうに琴璃に笑い掛けてくれる。あの強豪な立海テニス部部長という肩書きを持ち合わせているのに、こんなふうに穏やかに笑う。微笑みかけられる瞬間はいつも琴璃の心臓がかすかに跳ねていた。
「じゃあさ、俺っぽい花も植えようよ。俺のイメージ、どんな感じ?」
「幸村くんの?えー難しいな、どんな花だろ、幸村くん……」
琴璃は視線を花に戻しながらうろうろ歩き出す。真剣に考えながら歩く彼女の後ろを幸村がついてゆく。あぁ楽しいな。彼女の後ろ姿を眺めながら、自分がそう思ってることに気付いた。
「幸村くんは……それこそ、何でも似合うよ。こういうのも、あっちのも」
さっきの幸村みたいに琴璃も指を指して答える。そのどれもがガーデニングに人気の品種たち。共通点は皆、淡い感じの色をしたものばかりだった。柔らかくて、太陽を浴びたら透き通るような優しい色の花。琴璃の思い描く幸村のイメージは、花よりもまず色が第1に浮かんだ。こんなふうに柔らかい色で咲いてる姿が、穏やかに笑う彼に似合うと思ったから。
あれこれを2人で決めて苗を購入し、店員の人にわけを話して置かせてもらった。他にも肥料やら必要なものも購入して(琴璃は躊躇ったが幸村があれこれカートに入れてしまった)、買い物が終わったのは閉店ぎりぎりだった。
「あんなに買っちゃって大丈夫かな」
「いいよ、別に予算いくらまでとか先生言ってなかったし」
言わせなかった、という表現が正しい。真顔の自分に怯んだ担任の顔をもう一度思い出したら幸村は笑いそうになった。
「俺から先生に領収証渡してあげる。そうしたら何も言わないよ、きっと」
幸村はそう言って琴璃から領収証を受け取ると、もう遅いから送るよ、と言ってくれた。駅まで十数分の距離を2人並んで歩く。
「きっと半年前より豪華になるんじゃない?」
「そうだね。半年前より良くなりそう」
半年前より、楽しくて今日の買い物もあっという間で。いろんなことを幸村が助けてくれて本当に感謝してる。だから彼になら話してもいいかな、と思った。
「半年前くらいにね。昨日のあの人が話し掛けてきたの」
前を向いて歩きながら琴璃が口を開く。
「私が花壇に水をあげてて、それを見てすごいですね、って急に話し掛けてきて。だから良い人なんだと思ったよ。ほら、お花好きな人は悪い人じゃないって、さっき幸村くんも言ってたでしょ?」
彼はその日から毎日来て、花壇を褒めた後に琴璃のことを聞いてきた。いつもテンション高くて、すごくフレンドリーだったから良い人なんだなと思って話をしていた。
「でも、なんかちょっと違くって」
「違う?どんなふうに?」
「あの人、私と喋る時花壇ギリギリのとこに立つからいつもちょっと葉っぱを踏んでたの。だから気をつけてね、って言ったらいきなり怖い顔になった。どうせ枯れるじゃん、って怒ってきたの。なのに、次の日になるとケロッとしててまた私に会いに来るの。……なんなんだろうね」
何だそれ、と思った。聞きながらも幸村は頭の中では呆れていた。幼稚でキレやすい付き纏いって、もう救えないな。昨日見た感じではそんなふうには見えなかったが、きっと琴璃だけに見せる顔があるのだろう。そこまでタチが悪いのか。やっぱり赤也に潰してもらおうか。そいつの名前教えてよ、と言おうとして隣を歩く琴璃を見た。悲しげな横顔だった。さっきまで、あんなにきらきらした目で花を選んでいたのに。アイツがキミを苦しめているのか。その事実になんとなく腹がたった。普段、他人のことで感情を左右されるような自分じゃないのに。でも今だけは許せなかった。せっかく俺と一緒に花を選びに来ていたのに。ここにはアイツはいないのに、何故そんな暗い顔をするの。けれど流石に、それを口に出すのは控えた。もしこの勝手な気持ちを感情のままに琴璃にぶつけたら、自分もあの男と一緒になってしまう。
だから、その代わりに聞いた。
「キミのことを守ってくれる人はいないの?」
昼の職員室で思ったことを。今日琴璃の頼りない背中を見て、そう思った。辛いのに抵抗もせず静かに耐えているだけの彼女。きっと抵抗するのを諦めてるんじゃなくて、どうしたら良いのか困っているんだ。誰かに助けを求めようともしない。でも、本当に困っている時って、優しいだけじゃ自分自身を守れないんだよ。強くなるか、誰かに縋るかしないとやられてしまう。だけどいきなり強くなるなんて、きっとこの子には難しいだろうな。
「じゃあ、俺が守ってあげる」
何の躊躇いもなくその言葉が出た。目を丸くして自分を見つめてくる琴璃に、幸村は微笑みだけ返す。薄暗い夜道なのに、彼女の頬が染まって見えた。
「うん。目移りしちゃう」
立海から歩いて行ける場所にホームセンターがある。約束通り、琴璃は幸村が部活からあがるのを待っていた。徐々に日が暮れてきた時間帯になって、制服に着替えた幸村が自分の前に参上した時は朝のようにまたドキリとしてしまった。夕陽を背負って「お待たせ」なんて言う彼は何かの物語の王子様のように見えてしまった。やっぱり彼は他の生徒と違う、惹きつけるものがある。
琴璃が王子様みたいだと思えた瞬間はそれだけじゃなかった。今日の昼、琴璃は担任に花壇を作りたいと相談しに行こうとしたのだが、それを見た幸村が俺も行くよ、とついて来てくれた。でもさすがに彼に言わせることはしたくなくて。説明が拙いながらも自分なりにお願いをした。幸村には悪いけど、正直琴璃はダメ元だった。多分あの先生は首を縦に振らないだろうな、と心のどこかで考えていたのだ。
それがまさかふたつ返事で承諾してくれるなんて。
「買ったらあとで、先生が車でここに寄って明日にでも学校に運んどいてくれるんだよね」
「うん。あの、幸村くん、ほんとにありがとね」
「なにが?」
「だって、幸村くんが一緒に先生にお願いしてくれたからOKしてもらったんだよ」
「……お願い、したのかなぁ、俺」
まぁ、自分のお陰なのは分かっているけど。けれど別に、幸村は琴璃のように“お願い”したわけではなかった。担任の前で萎縮する琴璃の背後から近付いて、「当然ですよね」と言っただけ。そもそも頼むという姿勢を取る理由が分からない。荒れた敷地を綺麗にすると言うのになんでこっちが
担任に頼む時の彼女を見ていて幸村は思った。もっと堂々としててもいいのになぁ、と。琴璃は優しすぎる。きっと、あのおかしな2年の男子にも強く出れなかったから、面倒なことになってるんだろうな。優しいというのは、時に長所にも短所にもなる。使いどころを間違えれば厄介なことに巻き込まれることもある。幸村は、普段から女子に優しいけれどそういう線引はしっかりしていた。親切に接するのは人として当然だからそうするけど、それでもし勘違いするような相手ならばきっちり距離をとる。はたから見たらずる賢く映るのかもしれないけれど相手が思い上がる以上はそうする他ない。でも、琴璃はそんなことがないから。幸村の優しさに勘違いも思い上がりもしないから気に掛ける。むしろどこか危なっかしい彼女は目が離せないような存在。でももし、自分が気に掛けることを辞めたら誰が彼女を守ってあげるんだろう。そんなことを考えながら店内を歩いていた。花々が売られているコーナー。夕方のホームセンターは客足があまり無くて快適だった。琴璃の足取りは軽い。見える横顔は生き生きしていた。
「嬉しそうだね」
「うん。どんなのにしようかなあって、考えると楽しくて」
良かったね、と幸村は思う。いい顔をしていて琴璃の笑顔は自然とこっちにも伝染る。自然体にしている彼女は可愛いと思う。
「花が好きな
「わぁー」
「え?何?」
「そんなこと言えちゃうなんて、さすが幸村くんだなあ、って。でも、ほとんどの女の子ってお花好きだよ」
「あ。確かにそうか。そうするとなんか今の発言は俺が女たらしみたいだ」
「あはは、幸村くん面白い」
「そんな面白い?別に間違っちゃいないと思うんだよなぁ」
朝も真田に戯れてるのかとか言われたことを思い出す。
女の子に優しくするのは普通のことなのに。そんなに笑うことかなぁ、と、思う。まさか琴璃にも自分はそんなふうに映っているのかと思うと、それはなんだか複雑な気分にさせられた。
「まぁ、でも確かにそうだよね。お花を綺麗だと言える人は良い人なんだと思う」
「でしょ」
思ったより話しやすい人だな、と琴璃は思った。あのテニス部部長の幸村くんが、冗談めかした話をしてくれて、一緒に真剣に花を選んでくれている。正直意外だった。知り合ってまだ数日なのにこんなに距離感に気を遣わずに接することができる。女の子に慣れてるんだなぁ、とも思った。でも、慣れてる、と言うと少し語弊があるのかもしれない。あの彼のように、変な馴れ馴れしさとかが無いから気を許せてしまう。
「この時期なら、ジニアとかバーベナなんかが良いかな」
「幸村くん、お花に詳しいんだね」
「まぁ、普通の男子高校生より多少は。家でガーデニングしてるし」
「わぁ、素敵」
「ねぇ。琴璃は何の花が1番好き?」
「私?えーどうだろ、1番はなかなか決められないなぁ」
「これとか、これは?」
幸村が適当に指差す花を琴璃は目で追う。どの花も知っている。それらの中に白いマーガレットがあった。
「ねぇ、あそこに植えるのこれにしようよ。白くて可憐だ」
「マーガレットだ。可愛いね。いいね、これにしよう」
「キミみたいだよね、この花」
「え?」
「バラとかユリっていうよりも、琴璃はこんな感じ。……あぁ、別にバラもユリも似合わないって意味じゃないよ?」
「うん、分かってる。その、あの、ありがとう」
にこりと幸村が笑う。会うたび彼はこんなふうに琴璃に笑い掛けてくれる。あの強豪な立海テニス部部長という肩書きを持ち合わせているのに、こんなふうに穏やかに笑う。微笑みかけられる瞬間はいつも琴璃の心臓がかすかに跳ねていた。
「じゃあさ、俺っぽい花も植えようよ。俺のイメージ、どんな感じ?」
「幸村くんの?えー難しいな、どんな花だろ、幸村くん……」
琴璃は視線を花に戻しながらうろうろ歩き出す。真剣に考えながら歩く彼女の後ろを幸村がついてゆく。あぁ楽しいな。彼女の後ろ姿を眺めながら、自分がそう思ってることに気付いた。
「幸村くんは……それこそ、何でも似合うよ。こういうのも、あっちのも」
さっきの幸村みたいに琴璃も指を指して答える。そのどれもがガーデニングに人気の品種たち。共通点は皆、淡い感じの色をしたものばかりだった。柔らかくて、太陽を浴びたら透き通るような優しい色の花。琴璃の思い描く幸村のイメージは、花よりもまず色が第1に浮かんだ。こんなふうに柔らかい色で咲いてる姿が、穏やかに笑う彼に似合うと思ったから。
あれこれを2人で決めて苗を購入し、店員の人にわけを話して置かせてもらった。他にも肥料やら必要なものも購入して(琴璃は躊躇ったが幸村があれこれカートに入れてしまった)、買い物が終わったのは閉店ぎりぎりだった。
「あんなに買っちゃって大丈夫かな」
「いいよ、別に予算いくらまでとか先生言ってなかったし」
言わせなかった、という表現が正しい。真顔の自分に怯んだ担任の顔をもう一度思い出したら幸村は笑いそうになった。
「俺から先生に領収証渡してあげる。そうしたら何も言わないよ、きっと」
幸村はそう言って琴璃から領収証を受け取ると、もう遅いから送るよ、と言ってくれた。駅まで十数分の距離を2人並んで歩く。
「きっと半年前より豪華になるんじゃない?」
「そうだね。半年前より良くなりそう」
半年前より、楽しくて今日の買い物もあっという間で。いろんなことを幸村が助けてくれて本当に感謝してる。だから彼になら話してもいいかな、と思った。
「半年前くらいにね。昨日のあの人が話し掛けてきたの」
前を向いて歩きながら琴璃が口を開く。
「私が花壇に水をあげてて、それを見てすごいですね、って急に話し掛けてきて。だから良い人なんだと思ったよ。ほら、お花好きな人は悪い人じゃないって、さっき幸村くんも言ってたでしょ?」
彼はその日から毎日来て、花壇を褒めた後に琴璃のことを聞いてきた。いつもテンション高くて、すごくフレンドリーだったから良い人なんだなと思って話をしていた。
「でも、なんかちょっと違くって」
「違う?どんなふうに?」
「あの人、私と喋る時花壇ギリギリのとこに立つからいつもちょっと葉っぱを踏んでたの。だから気をつけてね、って言ったらいきなり怖い顔になった。どうせ枯れるじゃん、って怒ってきたの。なのに、次の日になるとケロッとしててまた私に会いに来るの。……なんなんだろうね」
何だそれ、と思った。聞きながらも幸村は頭の中では呆れていた。幼稚でキレやすい付き纏いって、もう救えないな。昨日見た感じではそんなふうには見えなかったが、きっと琴璃だけに見せる顔があるのだろう。そこまでタチが悪いのか。やっぱり赤也に潰してもらおうか。そいつの名前教えてよ、と言おうとして隣を歩く琴璃を見た。悲しげな横顔だった。さっきまで、あんなにきらきらした目で花を選んでいたのに。アイツがキミを苦しめているのか。その事実になんとなく腹がたった。普段、他人のことで感情を左右されるような自分じゃないのに。でも今だけは許せなかった。せっかく俺と一緒に花を選びに来ていたのに。ここにはアイツはいないのに、何故そんな暗い顔をするの。けれど流石に、それを口に出すのは控えた。もしこの勝手な気持ちを感情のままに琴璃にぶつけたら、自分もあの男と一緒になってしまう。
だから、その代わりに聞いた。
「キミのことを守ってくれる人はいないの?」
昼の職員室で思ったことを。今日琴璃の頼りない背中を見て、そう思った。辛いのに抵抗もせず静かに耐えているだけの彼女。きっと抵抗するのを諦めてるんじゃなくて、どうしたら良いのか困っているんだ。誰かに助けを求めようともしない。でも、本当に困っている時って、優しいだけじゃ自分自身を守れないんだよ。強くなるか、誰かに縋るかしないとやられてしまう。だけどいきなり強くなるなんて、きっとこの子には難しいだろうな。
「じゃあ、俺が守ってあげる」
何の躊躇いもなくその言葉が出た。目を丸くして自分を見つめてくる琴璃に、幸村は微笑みだけ返す。薄暗い夜道なのに、彼女の頬が染まって見えた。