独占欲
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「景ちゃんのバカ。もう知らない」
十数年ぶりに彼女の怒った顔を見た。幼い頃は、怒ったというよりかはとにかく泣いていたという表現のほうが正しいのか。自分を守るようにして縮こまっていたくせに、大きくなればこんなにも相手に向かって睨んだりできるもんなんだな。そんなふうに跡部は他人事に感じていた。怒りを向けられている張本人であるのに。何も言わず、彼女が怒って教室へ戻ってゆく後ろ姿を呑気に見送っていた。
「つうか今、馬鹿って言っただろ」
言った時には既に琴璃の姿は見えなくなってしまっていた。でも跡部は彼女を追わない。彼は別に怒ってもいない。ただ、馬鹿呼ばわりされたことに少し驚いたくらい。そんな言い方をされたのは今までの人生の中でもしかしたら初めてかもしれない。跡部本人が初めての経験なのだから、たまたま同じ空間に居た生徒達も信じられない光景を目の当たりにしたわけだ。周りがざわついているだけで本人は至極落ち着いているのだが。昼休みの廊下で彼らは跡部のことを遠くから見ていた。触らぬ神に祟りなし、というように。関わらないように、されど跡部の反応が気になって仕方がないと言ったところ。この世に跡部景吾に馬鹿とか言える人間が居るのだ。こんな身近に、しかも同級生に。まあ彼女は彼の恋人だから普通ではないのだけど。跡部はくるりと背を向けて自身のクラスへと歩き出す。途端に周囲は蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。
あんな顔も出来るんだな。少しだけ感心しつつ呑気にまだそんなことを思っていた。どこまでも他人事。しかし琴璃が怒るのも無理はない。そもそも此度は跡部のほうに非があった。でもそれもちょっとした勘違いから起きたことだけど、兎に角こちらが謝ればそれで済むと思った。だから今日、部活が終わってから電話をかけた。なのに琴璃は出ない。メールは返ってくるけど素っ気ない。電話に出ろ、と送れば“忙しいから出れない”と返って来た。忙しいわけがあるか、と思った。
そんな日が2日3日と続いて。もう1週間が経とうとしている。いよいよ跡部も放っておけなくなった。謝る気があっても琴璃がこれじゃあ埒があかない。いきなり琴璃の教室に現れたらまた無駄に反感を買う気がする。さてどうしようか。でも別に面倒くせぇな、とは思わない。そこに愛情があるから。跡部は別に琴璃に対して焦ることも腹を立てることも不安になることもない。こんなことで彼女への気持ちは揺らがない。だがその“こんなこと”にいつまでも手をこまねいているのが些か情けないとは思う。
「あーもしもし……。あ、丸井くん?ごめんごめん、今からこっち出るねー」
放課後の部室でジローがもぞもぞ動きながら電話をしている。他のレギュラーはとっくにあがってしまった。ジローは練習が終わるなり部室のソファに倒れ込み、やがて動かなくなった。いつものようにひと眠りしてから帰るつもりだったらしい。跡部は残って作業をする予定だったから別に起こさなかった。そしてかれこれ30分位経った今、テーブルに置かれたジローのスマホが震え出したのだ。それはアラームじゃなくて着信の通知だった。電話をとったジローはへらへらしながらごめんと言っている。先ほど通話相手の名前がジローの口から出て、聞こえた跡部は相変わらずな奴らだなと思う。
「ちょっとウトウトしちゃった。うん、……なははは、ごめんって。今から向かうから。うん、そうそう。今日琴璃ちゃん居るらしいよ。オッケー。じゃ、また後でね」
すっかり覚醒したジローはスマホをポケットにしまってリュックを背負う。帰ろうとしている彼に跡部が近付いた。
「これから丸井と会うのか」
「うん、そーだよ」
「琴璃のバイト先に行くのか」
「そうだけど?」
「俺様も連れていけ」
「は?なんで?」
ジローはびっくりして跡部の顔を見る。今日は立海の丸井の提案でパンケーキを食べに行く約束だった。琴璃のバイト先のカフェは、氷帝からも立海からもアクセスがちょうど良い場所にある。だからたまに2人はそこで会っている。でも跡部がそんなこと言ってくるなんて珍しい。
「そんなに琴璃ちゃんに会いたいの?もーラブラブだなあ。学校でもいっぱい会ってんじゃん」
ここ数日は会っていないが、そんなことはいちいち教えない。でも、黙っている跡部を見てジローの勘が働いた。
「もしかして跡部、琴璃ちゃんとケンカでもしたんじゃないのー?」
珍しく鋭いジロー。覚醒しているからなのか見事に言い当ててみせた。
「え、マジなの?」
何も言わない跡部を見てジローは再びびっくりする。
「なんでケンカしたの?」
「そんなことはお前には関係ねぇな」
「あるよー俺の友達だもん、琴璃ちゃんは」
「アイツはお前の友人である前に俺の女だ」
「なにそれ。じゃあいいよ。教えてくんなきゃ連れてかない」
ふーんだ、と言ってジローは両手を腰の位置に当て、偉そうにふんぞり返る真似をしてみせる。珍しく強気だ。
1人で乗り込んでも良いのだが、ジローが居れば琴璃は絶対に避けないだろう。跡部にしてはちょっと狡い考えでジローを利用しようとしていた。だがここで拗ねられたら自分の同行を許してもらえない。もの凄く不本意だが今ジローの機嫌は損ねられない。
「……別に。大したことじゃねぇよ」
「じゃあ教えてよ」
発端は、数日前の昼休みだった。琴璃が跡部に馬鹿と言い放った日。跡部は琴璃のクラスへ出向いた。お昼食べ終わってもし時間があったら、明日あるドイツ語の課題教えてください、と、琴璃から前の晩にメールが来ていたのだ。
教室に辿り着くより前に廊下で琴璃の後ろ姿を発見した。でも彼女は何人かの女子達と一緒に居た。囲まれているようにも見え、またかよ、と思った。琴璃はもともと氷帝に居たのではなく転校してきた身だ。来たばかりのころは跡部の幼馴染という理由で女子生徒に呼び出されたりしていたから。またそういう嫌がらせ行為をされてるのかと思った。恋人の関係になってからはそういうことは一切無くなったと思っていたのに。懲りねぇ奴らだな。跡部は静かに琴璃の背後から近付いて、
「お前らいい加減にしろよ」
と凄みながら彼女を後ろから抱き締めて自分のほうへ引き寄せた。睨まれた女子たちは跡部の登場に息を呑んで目を剥いて、その場からそそくさと去っていった。2人になってから大丈夫か、と跡部は腕の中の琴璃の顔を覗き込む。だが彼女は困っていた顔でもほっとした顔でもなく。眉間にシワを作って思いきり跡部のことを睨んできた。
「どうしてあんなこと言ったの?」
「あんなのより俺の相手をしろよ」
「何勝手なこと言ってるの、もう」
「お前はあんな奴らの相手をする必要はない」
「……なにそれ。あの子たち誰だと思ってるの?」
「誰か、だと?嫌がらせしてくる低能共の名前なんて俺は知らねぇな」
「景ちゃんのバカ」
琴璃は今一度跡部を睨む。乱暴に、まわされていた跡部の腕を振りほどいて、
「友達にそんなこと言うなんてひどい。もう知らない」
なかなか怖い顔をしてそう言い放つと跡部を置いて行ってしまった。
琴璃は困っていると思ったのに。助けて感謝されると思ったのに、彼女達は正真正銘の琴璃の友達だったのだ。それを勘違いした跡部が追い払ってしまった。だから琴璃は怒った。更には友達を低能呼ばわりされたもんだから我慢できなかった。それが、言葉となって跡部に馬鹿と言った理由だった。
勘違いだと分かった後、跡部は彼女らに誤解して悪かったと告げに行った。自分に非があったのだから詫びるのは当然だ。彼女らは別に何とも思ってなかった。むしろ、わけの分からない感謝をされた。友達のうちの1人の子が興奮気味に、あんなに大胆なバックハグを間近で見せてくれてありがとう、と話してきた。女の嗜好はよく分からないが、とりあえず彼女達は怒ってもなければ、その後も琴璃と仲良くやっているようだ。だからあとはもう琴璃の誤解を解くだけ。なのにいつになく彼女は頑なだ。ここまできたら多分意地なのだろう。変な所で強情なヤツ。そういう所が、相変わらずだなとも思った。
だがそれならば、彼女に対して強く出れない自分も“相変わらず”という表現が当てはまるのだろうか。惚れた弱みで、文句のひとつも言えない所とか。
十数年ぶりに彼女の怒った顔を見た。幼い頃は、怒ったというよりかはとにかく泣いていたという表現のほうが正しいのか。自分を守るようにして縮こまっていたくせに、大きくなればこんなにも相手に向かって睨んだりできるもんなんだな。そんなふうに跡部は他人事に感じていた。怒りを向けられている張本人であるのに。何も言わず、彼女が怒って教室へ戻ってゆく後ろ姿を呑気に見送っていた。
「つうか今、馬鹿って言っただろ」
言った時には既に琴璃の姿は見えなくなってしまっていた。でも跡部は彼女を追わない。彼は別に怒ってもいない。ただ、馬鹿呼ばわりされたことに少し驚いたくらい。そんな言い方をされたのは今までの人生の中でもしかしたら初めてかもしれない。跡部本人が初めての経験なのだから、たまたま同じ空間に居た生徒達も信じられない光景を目の当たりにしたわけだ。周りがざわついているだけで本人は至極落ち着いているのだが。昼休みの廊下で彼らは跡部のことを遠くから見ていた。触らぬ神に祟りなし、というように。関わらないように、されど跡部の反応が気になって仕方がないと言ったところ。この世に跡部景吾に馬鹿とか言える人間が居るのだ。こんな身近に、しかも同級生に。まあ彼女は彼の恋人だから普通ではないのだけど。跡部はくるりと背を向けて自身のクラスへと歩き出す。途端に周囲は蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。
あんな顔も出来るんだな。少しだけ感心しつつ呑気にまだそんなことを思っていた。どこまでも他人事。しかし琴璃が怒るのも無理はない。そもそも此度は跡部のほうに非があった。でもそれもちょっとした勘違いから起きたことだけど、兎に角こちらが謝ればそれで済むと思った。だから今日、部活が終わってから電話をかけた。なのに琴璃は出ない。メールは返ってくるけど素っ気ない。電話に出ろ、と送れば“忙しいから出れない”と返って来た。忙しいわけがあるか、と思った。
そんな日が2日3日と続いて。もう1週間が経とうとしている。いよいよ跡部も放っておけなくなった。謝る気があっても琴璃がこれじゃあ埒があかない。いきなり琴璃の教室に現れたらまた無駄に反感を買う気がする。さてどうしようか。でも別に面倒くせぇな、とは思わない。そこに愛情があるから。跡部は別に琴璃に対して焦ることも腹を立てることも不安になることもない。こんなことで彼女への気持ちは揺らがない。だがその“こんなこと”にいつまでも手をこまねいているのが些か情けないとは思う。
「あーもしもし……。あ、丸井くん?ごめんごめん、今からこっち出るねー」
放課後の部室でジローがもぞもぞ動きながら電話をしている。他のレギュラーはとっくにあがってしまった。ジローは練習が終わるなり部室のソファに倒れ込み、やがて動かなくなった。いつものようにひと眠りしてから帰るつもりだったらしい。跡部は残って作業をする予定だったから別に起こさなかった。そしてかれこれ30分位経った今、テーブルに置かれたジローのスマホが震え出したのだ。それはアラームじゃなくて着信の通知だった。電話をとったジローはへらへらしながらごめんと言っている。先ほど通話相手の名前がジローの口から出て、聞こえた跡部は相変わらずな奴らだなと思う。
「ちょっとウトウトしちゃった。うん、……なははは、ごめんって。今から向かうから。うん、そうそう。今日琴璃ちゃん居るらしいよ。オッケー。じゃ、また後でね」
すっかり覚醒したジローはスマホをポケットにしまってリュックを背負う。帰ろうとしている彼に跡部が近付いた。
「これから丸井と会うのか」
「うん、そーだよ」
「琴璃のバイト先に行くのか」
「そうだけど?」
「俺様も連れていけ」
「は?なんで?」
ジローはびっくりして跡部の顔を見る。今日は立海の丸井の提案でパンケーキを食べに行く約束だった。琴璃のバイト先のカフェは、氷帝からも立海からもアクセスがちょうど良い場所にある。だからたまに2人はそこで会っている。でも跡部がそんなこと言ってくるなんて珍しい。
「そんなに琴璃ちゃんに会いたいの?もーラブラブだなあ。学校でもいっぱい会ってんじゃん」
ここ数日は会っていないが、そんなことはいちいち教えない。でも、黙っている跡部を見てジローの勘が働いた。
「もしかして跡部、琴璃ちゃんとケンカでもしたんじゃないのー?」
珍しく鋭いジロー。覚醒しているからなのか見事に言い当ててみせた。
「え、マジなの?」
何も言わない跡部を見てジローは再びびっくりする。
「なんでケンカしたの?」
「そんなことはお前には関係ねぇな」
「あるよー俺の友達だもん、琴璃ちゃんは」
「アイツはお前の友人である前に俺の女だ」
「なにそれ。じゃあいいよ。教えてくんなきゃ連れてかない」
ふーんだ、と言ってジローは両手を腰の位置に当て、偉そうにふんぞり返る真似をしてみせる。珍しく強気だ。
1人で乗り込んでも良いのだが、ジローが居れば琴璃は絶対に避けないだろう。跡部にしてはちょっと狡い考えでジローを利用しようとしていた。だがここで拗ねられたら自分の同行を許してもらえない。もの凄く不本意だが今ジローの機嫌は損ねられない。
「……別に。大したことじゃねぇよ」
「じゃあ教えてよ」
発端は、数日前の昼休みだった。琴璃が跡部に馬鹿と言い放った日。跡部は琴璃のクラスへ出向いた。お昼食べ終わってもし時間があったら、明日あるドイツ語の課題教えてください、と、琴璃から前の晩にメールが来ていたのだ。
教室に辿り着くより前に廊下で琴璃の後ろ姿を発見した。でも彼女は何人かの女子達と一緒に居た。囲まれているようにも見え、またかよ、と思った。琴璃はもともと氷帝に居たのではなく転校してきた身だ。来たばかりのころは跡部の幼馴染という理由で女子生徒に呼び出されたりしていたから。またそういう嫌がらせ行為をされてるのかと思った。恋人の関係になってからはそういうことは一切無くなったと思っていたのに。懲りねぇ奴らだな。跡部は静かに琴璃の背後から近付いて、
「お前らいい加減にしろよ」
と凄みながら彼女を後ろから抱き締めて自分のほうへ引き寄せた。睨まれた女子たちは跡部の登場に息を呑んで目を剥いて、その場からそそくさと去っていった。2人になってから大丈夫か、と跡部は腕の中の琴璃の顔を覗き込む。だが彼女は困っていた顔でもほっとした顔でもなく。眉間にシワを作って思いきり跡部のことを睨んできた。
「どうしてあんなこと言ったの?」
「あんなのより俺の相手をしろよ」
「何勝手なこと言ってるの、もう」
「お前はあんな奴らの相手をする必要はない」
「……なにそれ。あの子たち誰だと思ってるの?」
「誰か、だと?嫌がらせしてくる低能共の名前なんて俺は知らねぇな」
「景ちゃんのバカ」
琴璃は今一度跡部を睨む。乱暴に、まわされていた跡部の腕を振りほどいて、
「友達にそんなこと言うなんてひどい。もう知らない」
なかなか怖い顔をしてそう言い放つと跡部を置いて行ってしまった。
琴璃は困っていると思ったのに。助けて感謝されると思ったのに、彼女達は正真正銘の琴璃の友達だったのだ。それを勘違いした跡部が追い払ってしまった。だから琴璃は怒った。更には友達を低能呼ばわりされたもんだから我慢できなかった。それが、言葉となって跡部に馬鹿と言った理由だった。
勘違いだと分かった後、跡部は彼女らに誤解して悪かったと告げに行った。自分に非があったのだから詫びるのは当然だ。彼女らは別に何とも思ってなかった。むしろ、わけの分からない感謝をされた。友達のうちの1人の子が興奮気味に、あんなに大胆なバックハグを間近で見せてくれてありがとう、と話してきた。女の嗜好はよく分からないが、とりあえず彼女達は怒ってもなければ、その後も琴璃と仲良くやっているようだ。だからあとはもう琴璃の誤解を解くだけ。なのにいつになく彼女は頑なだ。ここまできたら多分意地なのだろう。変な所で強情なヤツ。そういう所が、相変わらずだなとも思った。
だがそれならば、彼女に対して強く出れない自分も“相変わらず”という表現が当てはまるのだろうか。惚れた弱みで、文句のひとつも言えない所とか。
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