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彼女は毎週違う本を持ってきていた。でも、忍足と会っているその時は全く頁を開く素振りはなかった。読まないけど、彼女はその本を忍足に内容をプレゼンしてくる。でもミステリーだから要点は言ってこない。もしかしたら忍足くん読んでくれるかもしれないのに、ネタバレしたら駄目でしょ。彼女はおどけて舌を出してそう言った。
2人が話すことは大抵が本の話で。たまに映画とかテレビ番組とか、兎に角お互いのこと以外の話題だった。彼女は自分のことを語りたがらなければ、忍足に興味があるようでもなかった。だからなかなか掴めない。不思議な感覚。そんな感覚を忍足は今までに味わったことがなかった。でもこの時間が心地が良いのは確かだった。話の内容にというより、彼女の醸し出す雰囲気にそう感じている。いつも自分に話し掛けてくる女子は大抵が色目を使ってくるけれど。彼女にはそれが全くない。自分をよく見せようとか、気に入られるためにするような言動もない。
本当に自分に興味がないんだろうか。それはそれで少しだけ悲しい。そう感じてる時点で彼女は自分に特別に映っているのだ。今日も相変わらず屈託なく笑う。そのキラキラさせた目をこっちに向けてはくれないのか。推理小説ではなく、忍足侑士という人間に。ここまで興味を持たれないと、どうにかしてこっちを向かせたくなる。それはテニスの試合の時に顔を覗かせるような、負けず嫌いな感覚と近かった。いつまでも名前を明かそうとしない彼女。今日はどんな話をしてくれるんかな。
「あ、来た」
「来たで、今日も」
今日も彼女は変わらずにそこに居た。忍足が来ると読んでいた本を潔く閉じてしまう。大人しく見えるのに、案外話すことが好きな子なんだと思う。
「これ、私のお気に入りなんだー」
閉じたばかりの自分の本を指さして彼女はそう言った。
「またそれも、目玉が取れたりとかするわけなん?」
「まぁそんな感じかな。でもこれはね、前読んでたやつより死体の損壊激しくないよ」
にっこり笑って言う言葉じゃない。思わず忍足は、ぶはっと笑ってしまった。
「え、なに。どしたの急に」
「あぁ、スマンスマン。やっぱおもろいなぁ自分」
普通の女の子なら、アイドルとかペットに向けるような目をしてそれを話すから。なんちゅーギャップや、と思ってしまう。
「忍足くん、絶対私のことバカにしてる」
「してへんて。おもろい子やなぁって思っとる。けど、いきなり笑ったのは失礼やったかな。堪忍な」
「もうっ」
「なんや俺もたまにはそーゆうサイコホラー的なもん読んでみよかな」
「ほんと?じゃあ貸すよ、いっぱいあるから」
嬉しそうに、彼女は身を乗り出してきた。思わずこちらまで笑みがこぼれる。
「おぉ、おおきに」
「どんなのがいい?」
「んー、最初やからわりと刺激少なめのでお願いします」
「そうなの?難しいな、刺激の強さってよく分かんない」
「はは。何でも、任せるで。……キミのおすすめで」
相変わらず名前では呼べない。キミ、とか自分、とか。2人しかいない空間だからその呼び方で会話が成り立つけれどやっぱりもどかしい。もうふた月ほどが経ったのに彼女は未だに自分の話をしてくれない。忍足のほうから訊ねるようなことをしてないから、というのもあるが。あんまり聞くと嫌がられると思って訊けずにいた。そのうち彼女が自然と話してくるだろうと思っていても一向にその様子がない。普通、女は自分のことを話したがるものなのに。この子はやはり少し違う。でもそこに惹かれたんだと思う。
名前の知らない彼女は、次の水曜日におすすめ本持ってくるね、と言った。どれにしようかなぁ、とも言いながら空を仰ぎ見ていた。忍足もつられて青い空を見上げる。すっかり秋の空だった。今日も綺麗な秋晴れだ。早く来週の今日にならないか。次に彼女に会う日を待ち侘びている。恋愛小説の主人公か、と1人心の中でツッコミを入れた。こんなことを思うのはキャラじゃないと、自分が1番そう感じている。
けれど。そんな約束をしたのにその翌週は彼女は居なかった。初めてのことだった。風邪でもひいたのか、とか考えてしまった。確かめようにも彼女のクラスは愚か名前すら知らない。今更思い知った。彼女のことを、何も知らないのだ。体調不良なら仕方がないと思ったけれど、その翌週も彼女は現れなかった。これでは季節が変わってしまう。同じ氷帝の生徒なのにどうしたら会えるのだろうか。学校には普通に来ているのか。しらみつぶしに全てのクラスを周るのも馬鹿らしい。何せ8クラスもあるし、まさか変な噂でもたったら面倒だ。あんな、誰からも見つからないような場所で放課後を過ごす女の子が、根も葉も無い噂話をされたならきっと傷つくと思う。そう思ったから下手に行動を起こせなかった。
そして彼女に会えなくなってから数週間が経とうとしてる水曜の放課後。忍足は懲りずにまたここへ来ている。やっぱり今日も現れなかった。幻だったんじゃないか、と思うほど呆気なく会えなくなってしまった。今日も秋晴れの空。風が吹くと心地良かった。でももう肌寒いと感じるレベル。もうすぐ冬になろうとしている。
ここは中庭というより庭園と呼んだほうが相応しいほど、花や木が多く植えられている。用務員の人が手入れしているのだろう、いつも綺麗に整えられている。出会った頃はヒマワリが咲いていたのに今はコスモスへと変わっていた。それを教えてくれたのは彼女だった。いつかの日に彼女が、夏の終わりに咲いてたヒマワリ綺麗だったねと言っていた。でもコスモスも好きだな、とも。それを言われるまで花壇の花が秋のそれになっていたなんて気付きもしなかった。周りの景色がどうでもよくなるほど彼女を見てしまっていた。それほど夢中になっていたんだと思う。自分にこんな一面があるなんて。びっくりしたし信じられなかった。恋愛小説を読むのは好きだけど、心の何処かではいつも冷めた気持ちを持ち合わせていたから。身を焦がす、とか夢中になる、なんてよく言えたものだなと考えていた。どうせフィクションなんだから、と。人が創りあげた世界に完全にのめり込めない自分が居た。そんな自分がここ最近は有り得ないほど感情に素直になって他人に執着している。彼女と会って、隣りに座って話せることで心が満たされていたのだと知る。でも、まだ完全には満たされてはいない。そんな日は、彼女に自分の気持ちを打ち明けない限りやってこない。
2人が話すことは大抵が本の話で。たまに映画とかテレビ番組とか、兎に角お互いのこと以外の話題だった。彼女は自分のことを語りたがらなければ、忍足に興味があるようでもなかった。だからなかなか掴めない。不思議な感覚。そんな感覚を忍足は今までに味わったことがなかった。でもこの時間が心地が良いのは確かだった。話の内容にというより、彼女の醸し出す雰囲気にそう感じている。いつも自分に話し掛けてくる女子は大抵が色目を使ってくるけれど。彼女にはそれが全くない。自分をよく見せようとか、気に入られるためにするような言動もない。
本当に自分に興味がないんだろうか。それはそれで少しだけ悲しい。そう感じてる時点で彼女は自分に特別に映っているのだ。今日も相変わらず屈託なく笑う。そのキラキラさせた目をこっちに向けてはくれないのか。推理小説ではなく、忍足侑士という人間に。ここまで興味を持たれないと、どうにかしてこっちを向かせたくなる。それはテニスの試合の時に顔を覗かせるような、負けず嫌いな感覚と近かった。いつまでも名前を明かそうとしない彼女。今日はどんな話をしてくれるんかな。
「あ、来た」
「来たで、今日も」
今日も彼女は変わらずにそこに居た。忍足が来ると読んでいた本を潔く閉じてしまう。大人しく見えるのに、案外話すことが好きな子なんだと思う。
「これ、私のお気に入りなんだー」
閉じたばかりの自分の本を指さして彼女はそう言った。
「またそれも、目玉が取れたりとかするわけなん?」
「まぁそんな感じかな。でもこれはね、前読んでたやつより死体の損壊激しくないよ」
にっこり笑って言う言葉じゃない。思わず忍足は、ぶはっと笑ってしまった。
「え、なに。どしたの急に」
「あぁ、スマンスマン。やっぱおもろいなぁ自分」
普通の女の子なら、アイドルとかペットに向けるような目をしてそれを話すから。なんちゅーギャップや、と思ってしまう。
「忍足くん、絶対私のことバカにしてる」
「してへんて。おもろい子やなぁって思っとる。けど、いきなり笑ったのは失礼やったかな。堪忍な」
「もうっ」
「なんや俺もたまにはそーゆうサイコホラー的なもん読んでみよかな」
「ほんと?じゃあ貸すよ、いっぱいあるから」
嬉しそうに、彼女は身を乗り出してきた。思わずこちらまで笑みがこぼれる。
「おぉ、おおきに」
「どんなのがいい?」
「んー、最初やからわりと刺激少なめのでお願いします」
「そうなの?難しいな、刺激の強さってよく分かんない」
「はは。何でも、任せるで。……キミのおすすめで」
相変わらず名前では呼べない。キミ、とか自分、とか。2人しかいない空間だからその呼び方で会話が成り立つけれどやっぱりもどかしい。もうふた月ほどが経ったのに彼女は未だに自分の話をしてくれない。忍足のほうから訊ねるようなことをしてないから、というのもあるが。あんまり聞くと嫌がられると思って訊けずにいた。そのうち彼女が自然と話してくるだろうと思っていても一向にその様子がない。普通、女は自分のことを話したがるものなのに。この子はやはり少し違う。でもそこに惹かれたんだと思う。
名前の知らない彼女は、次の水曜日におすすめ本持ってくるね、と言った。どれにしようかなぁ、とも言いながら空を仰ぎ見ていた。忍足もつられて青い空を見上げる。すっかり秋の空だった。今日も綺麗な秋晴れだ。早く来週の今日にならないか。次に彼女に会う日を待ち侘びている。恋愛小説の主人公か、と1人心の中でツッコミを入れた。こんなことを思うのはキャラじゃないと、自分が1番そう感じている。
けれど。そんな約束をしたのにその翌週は彼女は居なかった。初めてのことだった。風邪でもひいたのか、とか考えてしまった。確かめようにも彼女のクラスは愚か名前すら知らない。今更思い知った。彼女のことを、何も知らないのだ。体調不良なら仕方がないと思ったけれど、その翌週も彼女は現れなかった。これでは季節が変わってしまう。同じ氷帝の生徒なのにどうしたら会えるのだろうか。学校には普通に来ているのか。しらみつぶしに全てのクラスを周るのも馬鹿らしい。何せ8クラスもあるし、まさか変な噂でもたったら面倒だ。あんな、誰からも見つからないような場所で放課後を過ごす女の子が、根も葉も無い噂話をされたならきっと傷つくと思う。そう思ったから下手に行動を起こせなかった。
そして彼女に会えなくなってから数週間が経とうとしてる水曜の放課後。忍足は懲りずにまたここへ来ている。やっぱり今日も現れなかった。幻だったんじゃないか、と思うほど呆気なく会えなくなってしまった。今日も秋晴れの空。風が吹くと心地良かった。でももう肌寒いと感じるレベル。もうすぐ冬になろうとしている。
ここは中庭というより庭園と呼んだほうが相応しいほど、花や木が多く植えられている。用務員の人が手入れしているのだろう、いつも綺麗に整えられている。出会った頃はヒマワリが咲いていたのに今はコスモスへと変わっていた。それを教えてくれたのは彼女だった。いつかの日に彼女が、夏の終わりに咲いてたヒマワリ綺麗だったねと言っていた。でもコスモスも好きだな、とも。それを言われるまで花壇の花が秋のそれになっていたなんて気付きもしなかった。周りの景色がどうでもよくなるほど彼女を見てしまっていた。それほど夢中になっていたんだと思う。自分にこんな一面があるなんて。びっくりしたし信じられなかった。恋愛小説を読むのは好きだけど、心の何処かではいつも冷めた気持ちを持ち合わせていたから。身を焦がす、とか夢中になる、なんてよく言えたものだなと考えていた。どうせフィクションなんだから、と。人が創りあげた世界に完全にのめり込めない自分が居た。そんな自分がここ最近は有り得ないほど感情に素直になって他人に執着している。彼女と会って、隣りに座って話せることで心が満たされていたのだと知る。でも、まだ完全には満たされてはいない。そんな日は、彼女に自分の気持ちを打ち明けない限りやってこない。