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最近は専ら恋愛小説ばかり読んでいる。もともと好きだからというのもあるかもしれない。今読んでいる本は、1人の男が1人の女と出逢って恋をする話。ありきたりな内容のくせに飽きずに読んでいる。多分この後男が女に好意を告げるのだろう。決まりきった展開だからフィクションの恋愛物語は大体想像がつく。恋人同士の駆引きも女の心情も。読者に伝わるべくして書かれてるから分かりやすくて当然なのだけれど。お陰でこんなに乙女心に寄り添えるようになってしまった。女の子が何を考えて自分に話し掛けてくるのか、表情を見れば何となく分かってしまう。それは殆どが好意的なものだ。自分に好かれたいと言葉には出さないがそれを表情で訴えてくる。
でも、あの子は何を思っているのかいまいち分からない。嬉しそうに話し掛けてはくれるけど自分に興味が有るのか無いのか。自分を好いてくれているのかが今いち確証が持てずにいる。だから今日も、会いに行く。
部活の無い水曜日の放課後が今は特別な時間。週に1度だけ、それもたった1時間程度の限られたもの。その貴重な時間を毎週待ち侘びている自分がいる。
氷帝学園には広い敷地の中にいくつか中庭があって、それぞれベンチが設置されてたり花壇があったりする。1番大きな庭には噴水がありそこはわりと多くの生徒が集まる。忍足はその場所ではない、特別棟の裏にある中庭に向かう。
初めてここを訪れたのは夏が終わって間もない頃だった。どこか静かな所を探していたらこの場所を見つけた。人が多くちゃ読書も捗らない。昼休みはいつも教室で過ごすのに、あの日はなんとなく外で本でも読もうかと思ったのだ。真夏の時期が過ぎて比較的過ごしやすい季節になったからそう思えたのかもしれない。そうして気紛れに来た場所。静かに本を読むにはもってこいだと思った。
「誰?」
「おっと」
先客がおったんか。そこには1人の女子生徒がベンチに座っていた。忍足の登場に反応して落としていた視線を上げる。目が合ったけど知らない女の子だった。先客が居たんじゃ仕方がないのでここから去ろうとした。
「待って。帰るの?」
呼び止められてもう一度振り向く。2度目に目が合った彼女は笑っていた。
「いいよ、ここで読んでも」
「けど、キミの邪魔にならへんかな」
「2人とも読書なら静かで邪魔にならないでしょ」
見ると彼女の膝の上には文庫本が1冊乗っていた。自分と同じ目的でここに来たのだ。
「ほんなら、お言葉に甘えて」
忍足もベンチに座る。4人掛けのそれに、お互い端に座っている。静かで穏やかな時間。でも長くは続かなかった。
「ねぇ、何読んでるの?あ、ごめん邪魔してるね」
「ええよ、別に」
隣から、彼女が忍足の手元を覗き込んでいた。いつの間にか距離を詰めてきている。
「今読んどるんは、いわゆる恋愛小説っちゅーやつかな」
「へぇ。忍足くんて、そーゆうの好きなんだ。意外」
「自分、俺のこと知っとるん?」
「知ってるよ、あの派手なテニス部の人だもん」
「派手って。それは部長さんだけやで。他の部員は別に派手なことせーへん」
「そうなの?でも、テニス部の人たちって女子に人気だからなんとなく知ってるよ」
くすくす笑って彼女はぐっと両腕を空に伸ばして背伸びをした。出かけた欠伸を噛み殺す横顔を忍足はただ見ていた。
「キミは?」
「え?」
「何、読んどんの」
忍足に聞かれて、彼女は膝の上のカバーがかけられてる本を手に取った。
「私はねぇ、殺人事件の話」
「ミステリーか」
「そ。結構面白いんだ。毎回死体の一部が抜き取られてるの。耳とか左眼とか内蔵とか」
「……うわーお」
声を弾ませて言う言葉じゃない。言いながら彼女はにっこり笑う。でも、話の内容がどうあれその笑顔は可愛らしいと思った。好きなものを生き生きと語る目をしている。
「なかなか過激なもん読んどるんやね、自分。ええと、名前は?」
「え、私?」
「他に誰がおるん」
ここには自分たち以外に居ないのに。聞かれてきょとんとするから忍足は思わず笑ってしまう。多分彼女とは今日初めて会う。なのに自分のことが知られている。よくあることだ。氷帝男子テニス部は彼女の言う通りそれなりに有名だから。
「知らなくて良いよ、私のことなんか」
「なんやそれ」
「いいのいいの。名乗るほどの者じゃないから」
「けどまた次会ったら何て呼んだらええの、キミのこと」
「え、また会うの?」
「またここに来たら。会うかもしれんやん、俺ら」
なんでそんなことを言ったのか自分でもよく分からなかった。でも、また彼女と話をしてみたいと思った。ほとんどそれは直感で。不思議な子やな、と思ったぐらいで別に異性として彼女のことが気になるとか、そういう込み入った感情は無かった。あるとすれば、楽しい、落ち着く。そんなところ。そして、加えて面白い子だなとも思った。殺人事件を楽しそうに語る女の子。結構強烈なワードをにこにこ笑いながら口にする様子は、何の曇りもない表情だった。
結局その日の読書は全然進まなかった。名前も知らない彼女はいつも放課後にここに来ているらしい。今日はたまたま昼休みも居たけど、普段は授業が終わってからここで本読んでぼーっとして帰るの。そう言うからして部活には所属していないのだろう。忍足は、普段はテニス部があるから放課後にこんな場所に来れない。その翌週の部活のない水曜日、再びここを訪れてみた。ちゃんと彼女が居た。
気紛れに近いもの。ここに足を運ぶ理由を考えてみたけどそれが1番に感じた。同じ目線で、同じ趣味を語れることで心が落ち着く。でも、それだけじゃないのだと次第に感じてくる。そう思うようになったのは1ヶ月程経ってからだった。1ヶ月だけど、まるまる30日会っていたわけではない。彼女とは週に1度しか会えないのだ。それも僅かな数十分間しか。
そして次に会う時もその次も、本のページが捲られることはなかった。読書をするという目的はどこかへいってしまった。本を抱えて行くのだけど全く意味がない。あれから今のところ、毎週水曜日の午後は天気が崩れたこともない。柄にもなく神様に感謝した。
でも、あの子は何を思っているのかいまいち分からない。嬉しそうに話し掛けてはくれるけど自分に興味が有るのか無いのか。自分を好いてくれているのかが今いち確証が持てずにいる。だから今日も、会いに行く。
部活の無い水曜日の放課後が今は特別な時間。週に1度だけ、それもたった1時間程度の限られたもの。その貴重な時間を毎週待ち侘びている自分がいる。
氷帝学園には広い敷地の中にいくつか中庭があって、それぞれベンチが設置されてたり花壇があったりする。1番大きな庭には噴水がありそこはわりと多くの生徒が集まる。忍足はその場所ではない、特別棟の裏にある中庭に向かう。
初めてここを訪れたのは夏が終わって間もない頃だった。どこか静かな所を探していたらこの場所を見つけた。人が多くちゃ読書も捗らない。昼休みはいつも教室で過ごすのに、あの日はなんとなく外で本でも読もうかと思ったのだ。真夏の時期が過ぎて比較的過ごしやすい季節になったからそう思えたのかもしれない。そうして気紛れに来た場所。静かに本を読むにはもってこいだと思った。
「誰?」
「おっと」
先客がおったんか。そこには1人の女子生徒がベンチに座っていた。忍足の登場に反応して落としていた視線を上げる。目が合ったけど知らない女の子だった。先客が居たんじゃ仕方がないのでここから去ろうとした。
「待って。帰るの?」
呼び止められてもう一度振り向く。2度目に目が合った彼女は笑っていた。
「いいよ、ここで読んでも」
「けど、キミの邪魔にならへんかな」
「2人とも読書なら静かで邪魔にならないでしょ」
見ると彼女の膝の上には文庫本が1冊乗っていた。自分と同じ目的でここに来たのだ。
「ほんなら、お言葉に甘えて」
忍足もベンチに座る。4人掛けのそれに、お互い端に座っている。静かで穏やかな時間。でも長くは続かなかった。
「ねぇ、何読んでるの?あ、ごめん邪魔してるね」
「ええよ、別に」
隣から、彼女が忍足の手元を覗き込んでいた。いつの間にか距離を詰めてきている。
「今読んどるんは、いわゆる恋愛小説っちゅーやつかな」
「へぇ。忍足くんて、そーゆうの好きなんだ。意外」
「自分、俺のこと知っとるん?」
「知ってるよ、あの派手なテニス部の人だもん」
「派手って。それは部長さんだけやで。他の部員は別に派手なことせーへん」
「そうなの?でも、テニス部の人たちって女子に人気だからなんとなく知ってるよ」
くすくす笑って彼女はぐっと両腕を空に伸ばして背伸びをした。出かけた欠伸を噛み殺す横顔を忍足はただ見ていた。
「キミは?」
「え?」
「何、読んどんの」
忍足に聞かれて、彼女は膝の上のカバーがかけられてる本を手に取った。
「私はねぇ、殺人事件の話」
「ミステリーか」
「そ。結構面白いんだ。毎回死体の一部が抜き取られてるの。耳とか左眼とか内蔵とか」
「……うわーお」
声を弾ませて言う言葉じゃない。言いながら彼女はにっこり笑う。でも、話の内容がどうあれその笑顔は可愛らしいと思った。好きなものを生き生きと語る目をしている。
「なかなか過激なもん読んどるんやね、自分。ええと、名前は?」
「え、私?」
「他に誰がおるん」
ここには自分たち以外に居ないのに。聞かれてきょとんとするから忍足は思わず笑ってしまう。多分彼女とは今日初めて会う。なのに自分のことが知られている。よくあることだ。氷帝男子テニス部は彼女の言う通りそれなりに有名だから。
「知らなくて良いよ、私のことなんか」
「なんやそれ」
「いいのいいの。名乗るほどの者じゃないから」
「けどまた次会ったら何て呼んだらええの、キミのこと」
「え、また会うの?」
「またここに来たら。会うかもしれんやん、俺ら」
なんでそんなことを言ったのか自分でもよく分からなかった。でも、また彼女と話をしてみたいと思った。ほとんどそれは直感で。不思議な子やな、と思ったぐらいで別に異性として彼女のことが気になるとか、そういう込み入った感情は無かった。あるとすれば、楽しい、落ち着く。そんなところ。そして、加えて面白い子だなとも思った。殺人事件を楽しそうに語る女の子。結構強烈なワードをにこにこ笑いながら口にする様子は、何の曇りもない表情だった。
結局その日の読書は全然進まなかった。名前も知らない彼女はいつも放課後にここに来ているらしい。今日はたまたま昼休みも居たけど、普段は授業が終わってからここで本読んでぼーっとして帰るの。そう言うからして部活には所属していないのだろう。忍足は、普段はテニス部があるから放課後にこんな場所に来れない。その翌週の部活のない水曜日、再びここを訪れてみた。ちゃんと彼女が居た。
気紛れに近いもの。ここに足を運ぶ理由を考えてみたけどそれが1番に感じた。同じ目線で、同じ趣味を語れることで心が落ち着く。でも、それだけじゃないのだと次第に感じてくる。そう思うようになったのは1ヶ月程経ってからだった。1ヶ月だけど、まるまる30日会っていたわけではない。彼女とは週に1度しか会えないのだ。それも僅かな数十分間しか。
そして次に会う時もその次も、本のページが捲られることはなかった。読書をするという目的はどこかへいってしまった。本を抱えて行くのだけど全く意味がない。あれから今のところ、毎週水曜日の午後は天気が崩れたこともない。柄にもなく神様に感謝した。
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