夏がはじまる
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「ほい、琴璃」
「……なんです?」
「新発売のやつ、あげる」
今日の部活は土曜日ということもあり少し早めに終了となった。琴璃は部室でパソコンをいじっていた。練習メニューの記録とか、選手のスコア諸々を入力する作業。そしたら何故かジローからポッキーを渡された。はい、と1本目の前に突き出してくる。反射的に口を開けたらそれを口の中に入れられた。
「ありがとうございます。美味しいです」
もぐもぐと食べながらお礼を言う。いきなり食べさせられて何味かよく分からないけど、美味しいことに変わりはなかった。その様子をジローがまじまじと覗き込んでくる。
「あの、何でしょうか?」
「ううん。琴璃、元気になったぽくて良かったー」
にっと笑って同じようにポッキーを加えるジロー。やっぱり心配をかけていたんだな。この間跡部に言われたことを思い出す。だから、琴璃はもう大丈夫です、とだけ言った。何に悩んでいて何が大丈夫になったのか、そんな細かいことまでは言わないけれど。理由が失恋だということまではジローは知らないから。
「岳人と宍戸はぜーんぜん気付いてなかったけどねー。琴璃が元気なかったこと」
跡部と同じことを言っている。ジローにとってもあの2人は鈍感に映っているのだろうか。また何だかおかしくなって思わず笑ってしまった。
「なんか、心配かけてしまってすいません。でも、もう何ともないです」
「ほんとに?」
「はい」
神に誓って、とまでは言えないけれど。着実に前を向けている。そんな気がする。
「あっちー」
そこへ宍戸が外から戻ってきた。琴璃は棚からタオルを取って渡してやる。
「お疲れ様です」
「おー琴璃サンキュ。そいやお前もう大丈夫か?頭のほうは」
「宍戸ー、何その聞き方。心配してあげてんの?」
「うっせーな、ちゃんと心配してるっつの。ほら、今日も暑かっただろ」
宍戸はあくまで熱中症で倒れたことに心配してくれてるようだ。失恋したころの暗い様子にはやはり気付いてなかったようで。それでも、馬鹿だの鈍感だのと影で言われてるけど、宍戸なりに琴璃を気にかけてくれている。それが琴璃にも伝わった。心がじんとした。
「もう大丈夫です。練習試合だった日の帰り、先輩が欲しがってたグリップテープ取り寄せしてきました」
「マジで?わりーな、なんか。つか、あの日に行ったのかよ。てっきり帰りは跡部に送ってもらったのかと思ってたぜ」
「スポーツショップ行った後に送ってもらいましたよ。帰る前にお店に寄ってもらったんです」
「えーマジマジ?よく連れてってくれたね、跡部」
「まぁ……最初は許してくれなかったんですけど、一緒について来てくれました」
「跡部にしては優しいとこあるんだな」
「何言ってんのさ、跡部は優しーよ?ねぇ?琴璃」
「そうですね」
みんな跡部が優しいことを知っている。それを知って琴璃はなんだか、嬉しく思った。
「今日お店から連絡あったので、先輩のテープ、帰りに取りに行ってきますね」
だから琴璃は少し早めに帰ることにした。悪いな、と宍戸に見送られて琴璃は部室を出ようとする。彼らはまだ残って何やら話していた。ドアを閉める間際に、月曜日の現代文がさぁ、などとジローが苦い顔をしながら宍戸に縋り付くのが見えて、先輩たちの仲の良さにこっそり笑った。
電車を降り、改札を抜けてそのまま直結している百貨店の中へ入る。先週も休日だったけど、今日のほうが混んでいるように感じた。そしてさっきからやたら浴衣姿の人が多いのが目にとまる。
「そっか、今日だったんだ」
今更思い出した。先週雨で延期になった花火大会は今日に延ばされたのだ。思い出したけど、別にもう行くつもりもないからどうでも良かった。琴璃のいる百貨店の最寄駅から会場は近い上に、駅と直結してるから時間になるまで皆ここで時間を潰しているのだ。人が多いと感じるのはそのせいだった。こないだとうって変わって今日は1日快晴だった。このまま天気が崩れなければ夜の花火も綺麗に見えるだろう。
エレベーター周辺は何やら混んでいたので、スポーツショップの階までエスカレーターで昇ってゆく。結構上の階なのでのんびりした気分で乗っていた。反対側の下りのほうから2人組の男女が近付いてくる。男のほうは琴璃に背を向けてるから顔が見えない。でも琴璃と彼らが交差する瞬間、男の横顔がちらりと見えた。ほんの一瞬の出来事。見間違えるはずがなかった。そう思いつつも振り返ってもう一度見たけど、やっぱり彼は不二だった。隣にいる女の子と楽しそうに会話している。彼女は浴衣を着ていた。
「……お祭りに行くのかな」
そんなふうに思えてきた自分はだいぶ立ち直ってきたと思う。だが、失恋の傷はだいぶ癒えてきたのにそれでも悲しい気持ちになることに変わりはない。少しだけ心臓がドキドキしている。動揺しているのが分かった。ここにきて本人たちの楽しそうな姿を目の当たりにして。今まで自分が作り出していた悪い妄想がまさか具現化してしまった。蓋をして、奥に奥に仕舞い込んだのにまた無理にこじ開けられるような感覚。できることなら、もう少し時間が経ってから会いたかった。
「……なんです?」
「新発売のやつ、あげる」
今日の部活は土曜日ということもあり少し早めに終了となった。琴璃は部室でパソコンをいじっていた。練習メニューの記録とか、選手のスコア諸々を入力する作業。そしたら何故かジローからポッキーを渡された。はい、と1本目の前に突き出してくる。反射的に口を開けたらそれを口の中に入れられた。
「ありがとうございます。美味しいです」
もぐもぐと食べながらお礼を言う。いきなり食べさせられて何味かよく分からないけど、美味しいことに変わりはなかった。その様子をジローがまじまじと覗き込んでくる。
「あの、何でしょうか?」
「ううん。琴璃、元気になったぽくて良かったー」
にっと笑って同じようにポッキーを加えるジロー。やっぱり心配をかけていたんだな。この間跡部に言われたことを思い出す。だから、琴璃はもう大丈夫です、とだけ言った。何に悩んでいて何が大丈夫になったのか、そんな細かいことまでは言わないけれど。理由が失恋だということまではジローは知らないから。
「岳人と宍戸はぜーんぜん気付いてなかったけどねー。琴璃が元気なかったこと」
跡部と同じことを言っている。ジローにとってもあの2人は鈍感に映っているのだろうか。また何だかおかしくなって思わず笑ってしまった。
「なんか、心配かけてしまってすいません。でも、もう何ともないです」
「ほんとに?」
「はい」
神に誓って、とまでは言えないけれど。着実に前を向けている。そんな気がする。
「あっちー」
そこへ宍戸が外から戻ってきた。琴璃は棚からタオルを取って渡してやる。
「お疲れ様です」
「おー琴璃サンキュ。そいやお前もう大丈夫か?頭のほうは」
「宍戸ー、何その聞き方。心配してあげてんの?」
「うっせーな、ちゃんと心配してるっつの。ほら、今日も暑かっただろ」
宍戸はあくまで熱中症で倒れたことに心配してくれてるようだ。失恋したころの暗い様子にはやはり気付いてなかったようで。それでも、馬鹿だの鈍感だのと影で言われてるけど、宍戸なりに琴璃を気にかけてくれている。それが琴璃にも伝わった。心がじんとした。
「もう大丈夫です。練習試合だった日の帰り、先輩が欲しがってたグリップテープ取り寄せしてきました」
「マジで?わりーな、なんか。つか、あの日に行ったのかよ。てっきり帰りは跡部に送ってもらったのかと思ってたぜ」
「スポーツショップ行った後に送ってもらいましたよ。帰る前にお店に寄ってもらったんです」
「えーマジマジ?よく連れてってくれたね、跡部」
「まぁ……最初は許してくれなかったんですけど、一緒について来てくれました」
「跡部にしては優しいとこあるんだな」
「何言ってんのさ、跡部は優しーよ?ねぇ?琴璃」
「そうですね」
みんな跡部が優しいことを知っている。それを知って琴璃はなんだか、嬉しく思った。
「今日お店から連絡あったので、先輩のテープ、帰りに取りに行ってきますね」
だから琴璃は少し早めに帰ることにした。悪いな、と宍戸に見送られて琴璃は部室を出ようとする。彼らはまだ残って何やら話していた。ドアを閉める間際に、月曜日の現代文がさぁ、などとジローが苦い顔をしながら宍戸に縋り付くのが見えて、先輩たちの仲の良さにこっそり笑った。
電車を降り、改札を抜けてそのまま直結している百貨店の中へ入る。先週も休日だったけど、今日のほうが混んでいるように感じた。そしてさっきからやたら浴衣姿の人が多いのが目にとまる。
「そっか、今日だったんだ」
今更思い出した。先週雨で延期になった花火大会は今日に延ばされたのだ。思い出したけど、別にもう行くつもりもないからどうでも良かった。琴璃のいる百貨店の最寄駅から会場は近い上に、駅と直結してるから時間になるまで皆ここで時間を潰しているのだ。人が多いと感じるのはそのせいだった。こないだとうって変わって今日は1日快晴だった。このまま天気が崩れなければ夜の花火も綺麗に見えるだろう。
エレベーター周辺は何やら混んでいたので、スポーツショップの階までエスカレーターで昇ってゆく。結構上の階なのでのんびりした気分で乗っていた。反対側の下りのほうから2人組の男女が近付いてくる。男のほうは琴璃に背を向けてるから顔が見えない。でも琴璃と彼らが交差する瞬間、男の横顔がちらりと見えた。ほんの一瞬の出来事。見間違えるはずがなかった。そう思いつつも振り返ってもう一度見たけど、やっぱり彼は不二だった。隣にいる女の子と楽しそうに会話している。彼女は浴衣を着ていた。
「……お祭りに行くのかな」
そんなふうに思えてきた自分はだいぶ立ち直ってきたと思う。だが、失恋の傷はだいぶ癒えてきたのにそれでも悲しい気持ちになることに変わりはない。少しだけ心臓がドキドキしている。動揺しているのが分かった。ここにきて本人たちの楽しそうな姿を目の当たりにして。今まで自分が作り出していた悪い妄想がまさか具現化してしまった。蓋をして、奥に奥に仕舞い込んだのにまた無理にこじ開けられるような感覚。できることなら、もう少し時間が経ってから会いたかった。