夏がはじまる
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
梅雨明け宣言しただけあってここ数日はずっと晴天が続いている。今日も容赦なく照りつける太陽。琴璃はベンチに座ってコートで打つ皆の様子を見ていた。本当に言葉のとおりで、ただ見ているだけ。さっきまではコートの隅で草むしりをしていた。そんなにすごい雑草の量じゃないけど、暑さが本格的になった今は毎日もの凄い速さで伸びている。だから、あまり酷くならないうちに着手しようとしたのに。またしても跡部に止められてしまった。琴璃が下手なことしてまた倒れるのを危惧しているから、何か外で作業しようとするとそれが見つかり止められる。でも、それもそのはずで、部員の誰かしらが琴璃が何かしているのを見つけてはすぐに跡部に密告していたのだ。だから大したこともせずに部活動時間を送っている。今日はずっとそんな感じ。
目の前では鳳と宍戸がサーブ打ちの練習をしていた。一定時間内にどれだけのサーブが決まるか。琴璃はストップウォッチを片手にそれをカウントしていた。これくらいの仕事なら危険性は無いから許可がおりた。しかし今日もなかなかに暑いから油断しない。
「ふいー。全く、この暑さどないせぇっちゅうねん」
「忍足先輩」
忍足がやって来て琴璃の隣に座った。そういえばまだこの人にだけ謝ってなかった。
「あの、この間はすいません。ご迷惑おかけしました」
「俺は別になーんも。遠くから見てただけやからなぁ」
あの時忍足は試合が終わって水道のほうへ行っていたから騒ぎに気付くのに遅れたのだ。戻ってみたら既に琴璃が部室でぐったりしていた。レギュラー総出で琴璃の介抱にまわり、跡部だけがコートで試合をしていたという、何とも不思議な光景を見た。
「もう大丈夫なん?」
「はい、ありがとうございます」
「けどなんや、大人しいやん、自分」
「え?……私、そんなにいつも喧しいですか?」
「ちゃうちゃう。そういう意味やなくて。なんちゅーか、悩んでるような考え事してるような、ちょっと気難しい顔してたで」
忍足に言われるまで自覚がなかった。確かに考え事が無いと言ったら嘘になるが、顔にまで表れていたなんて。
「跡部に怒られた?」
いきなり忍足の口から出た名前。琴璃は無駄に反応してしまった。図星やん、と忍足は笑う。その跡部は、生徒会の仕事の関係で今日はまだコートに姿を現さない。
「部長に、これ以上迷惑かけるな、って言われました」
「ホンマ?」
「私が練習試合の日、具合悪くなって倒れたくせに1人で帰ろうとしたらそう言われて」
「なんやびっくりした。そゆことか」
頭ごなしに怒るような人ではないから。最初から、跡部は琴璃に迷惑をかけられたなんて思うわけがないのを忍足は分かっている。自分に従わせるために言ったのであろう。“心配だから送っていく”と言わないところが跡部らしい。
「2回目の練習試合、青学がウチに来たやん?その前らへんで跡部となんかあったんやろな、とは思ったけどもう大丈夫そうやな」
跡部と琴璃の間柄がこじれていた。普段からそこまで多く会話をしない2人ではあるけれども。この間は故意に会話を避けるようにしていた。主に琴璃が、だが。そういう小さな異変を忍足はすぐ感じ取る。いつも顔を合わせる仲間の些細な態度や言動にはいち早く気付いてしまう。プレイスタイルもそうだからというのもあるけれど、何より性分なのかもしれない。人の心を読むのに長けている。だから、琴璃が不二のことを密かに想っていることだって知っていた。もうわりと初期の頃から。そしてその彼女の気持ちが一方的にしかならないのだということも。跡部と同じように不二に恋人がいることをわざわざ琴璃に言ったりしないけど、この子の想いは叶わないんやろな、と分かっていた。彼女からの一方通行の矢印で終わってしまうのだと。でもそこに首を突っ込んだりしない。どうするかは琴璃が決めることだから。人の恋路をとやかくは言わない。きっとこの2週間で琴璃は不二に失恋したのだろう。それならば元気がないのも頷ける。
けれど矢印はもう1つあって。それは琴璃に向かって伸びている。琴璃が不二を見つめるようになるよりも前から。それを知っているのは忍足だけ。さぁこの子は気付くんかな。自分に向いてる矢印の存在に。
「部長が優しいのって。私がマネージャーだからですよね」
唐突に琴璃が口を開く。さっきは怒られたとか言ったけど今度は優しいと表現する彼女。忍足はなんだかそれが可笑しかった。レギュラーたちにとっては跡部が優しいなんて全員に当て嵌まらないかもしれないけれど。でも琴璃には基本、優しい。琴璃はあの日からずっと考えていた。だから同じことを忍足にも聞いてみた。跡部が自分に優しい理由を。
「琴璃ちゃんはそう思いたいん?」
「はい」
理由があればきっと、こんなふうにいつまでも頭の中で考えなくて済むのに。跡部は教えてくれなかった。だからずっと答えを知らない。
「別に、無理に理由つけんでも相手からの親切は素直に受け取ったらええんちゃう?」
「……そういうものでしょうか」
「相手がそうしたくてしてるんやろうし。ほんで、元気になったら今度はお返しに琴璃ちゃんが何かあった時に手を差し伸べてやったら」
「でも、部長は誰かの手を借りたい時なんて無さそう」
「ははは、確かに」
「しかも部長は、欲しいものがあったら自分の力で手に入れるそうです」
「そんなこと言ったん?」
忍足は別に驚くこともなく、ただ苦笑いを浮かべてみせた。
「練習試合の帰りの日、百貨店の中の店に用事があって連れてってもらったんですけど。もうすぐ七夕だから願い事を書けるところがあったんです。それで、部長も書きませんかって勧めたらそう言われました」
「そんなセリフはアイツしか言えへんやろな」
「ですよね」
「そしてそれを可能にするんも跡部様だけやろなぁ。なんや、俺らも願い事はお星様より跡部様にお願いしたほうが叶う確率高そうやで?」
確かに。彼の力をもってすれば大抵のことならば実現してしまいそうだ。でもそんな彼にも、星はおろか自身の力で叶えられないことがあるのを知って。しかもそれが他でもなく自分のことだったなんて。願い事を聞かされた琴璃は衝撃だった。だけど彼は本気で言ったのか分からない。あれからずっと考えている。跡部の優しさを、そのわけを、ずっとずっと考えている。
「ほなら、忍足先輩は練習に戻るで」
「あ、はい。暑いので無理しないでください」
「おおきに。琴璃ちゃんもな」
コートへ戻る忍足を見送り1人またベンチに座った。鳳のサーブ練習を眺めながら、でも、頭の中では違うことを考えていた。テニス部のみんなは星にどんなことを願うのだろう。願い事はそれぞれ被らないだろうけれど、大抵は皆自分の為に叶えたいことを願う。自分ではなく誰かの為に願いをかけることはあまりしない。それが出来る人は自分に満足しているからか、またはその相手のことを思う優しさがあるから故か。跡部はどっちなんだろう。その両者とも当て嵌まる。
けれど、ただ優しいだけじゃあんなふうに思えない。これは優しさだけではない、それ以上に決定的な感情が存在している。
その正体は、愛以外の何物でもない。
目の前では鳳と宍戸がサーブ打ちの練習をしていた。一定時間内にどれだけのサーブが決まるか。琴璃はストップウォッチを片手にそれをカウントしていた。これくらいの仕事なら危険性は無いから許可がおりた。しかし今日もなかなかに暑いから油断しない。
「ふいー。全く、この暑さどないせぇっちゅうねん」
「忍足先輩」
忍足がやって来て琴璃の隣に座った。そういえばまだこの人にだけ謝ってなかった。
「あの、この間はすいません。ご迷惑おかけしました」
「俺は別になーんも。遠くから見てただけやからなぁ」
あの時忍足は試合が終わって水道のほうへ行っていたから騒ぎに気付くのに遅れたのだ。戻ってみたら既に琴璃が部室でぐったりしていた。レギュラー総出で琴璃の介抱にまわり、跡部だけがコートで試合をしていたという、何とも不思議な光景を見た。
「もう大丈夫なん?」
「はい、ありがとうございます」
「けどなんや、大人しいやん、自分」
「え?……私、そんなにいつも喧しいですか?」
「ちゃうちゃう。そういう意味やなくて。なんちゅーか、悩んでるような考え事してるような、ちょっと気難しい顔してたで」
忍足に言われるまで自覚がなかった。確かに考え事が無いと言ったら嘘になるが、顔にまで表れていたなんて。
「跡部に怒られた?」
いきなり忍足の口から出た名前。琴璃は無駄に反応してしまった。図星やん、と忍足は笑う。その跡部は、生徒会の仕事の関係で今日はまだコートに姿を現さない。
「部長に、これ以上迷惑かけるな、って言われました」
「ホンマ?」
「私が練習試合の日、具合悪くなって倒れたくせに1人で帰ろうとしたらそう言われて」
「なんやびっくりした。そゆことか」
頭ごなしに怒るような人ではないから。最初から、跡部は琴璃に迷惑をかけられたなんて思うわけがないのを忍足は分かっている。自分に従わせるために言ったのであろう。“心配だから送っていく”と言わないところが跡部らしい。
「2回目の練習試合、青学がウチに来たやん?その前らへんで跡部となんかあったんやろな、とは思ったけどもう大丈夫そうやな」
跡部と琴璃の間柄がこじれていた。普段からそこまで多く会話をしない2人ではあるけれども。この間は故意に会話を避けるようにしていた。主に琴璃が、だが。そういう小さな異変を忍足はすぐ感じ取る。いつも顔を合わせる仲間の些細な態度や言動にはいち早く気付いてしまう。プレイスタイルもそうだからというのもあるけれど、何より性分なのかもしれない。人の心を読むのに長けている。だから、琴璃が不二のことを密かに想っていることだって知っていた。もうわりと初期の頃から。そしてその彼女の気持ちが一方的にしかならないのだということも。跡部と同じように不二に恋人がいることをわざわざ琴璃に言ったりしないけど、この子の想いは叶わないんやろな、と分かっていた。彼女からの一方通行の矢印で終わってしまうのだと。でもそこに首を突っ込んだりしない。どうするかは琴璃が決めることだから。人の恋路をとやかくは言わない。きっとこの2週間で琴璃は不二に失恋したのだろう。それならば元気がないのも頷ける。
けれど矢印はもう1つあって。それは琴璃に向かって伸びている。琴璃が不二を見つめるようになるよりも前から。それを知っているのは忍足だけ。さぁこの子は気付くんかな。自分に向いてる矢印の存在に。
「部長が優しいのって。私がマネージャーだからですよね」
唐突に琴璃が口を開く。さっきは怒られたとか言ったけど今度は優しいと表現する彼女。忍足はなんだかそれが可笑しかった。レギュラーたちにとっては跡部が優しいなんて全員に当て嵌まらないかもしれないけれど。でも琴璃には基本、優しい。琴璃はあの日からずっと考えていた。だから同じことを忍足にも聞いてみた。跡部が自分に優しい理由を。
「琴璃ちゃんはそう思いたいん?」
「はい」
理由があればきっと、こんなふうにいつまでも頭の中で考えなくて済むのに。跡部は教えてくれなかった。だからずっと答えを知らない。
「別に、無理に理由つけんでも相手からの親切は素直に受け取ったらええんちゃう?」
「……そういうものでしょうか」
「相手がそうしたくてしてるんやろうし。ほんで、元気になったら今度はお返しに琴璃ちゃんが何かあった時に手を差し伸べてやったら」
「でも、部長は誰かの手を借りたい時なんて無さそう」
「ははは、確かに」
「しかも部長は、欲しいものがあったら自分の力で手に入れるそうです」
「そんなこと言ったん?」
忍足は別に驚くこともなく、ただ苦笑いを浮かべてみせた。
「練習試合の帰りの日、百貨店の中の店に用事があって連れてってもらったんですけど。もうすぐ七夕だから願い事を書けるところがあったんです。それで、部長も書きませんかって勧めたらそう言われました」
「そんなセリフはアイツしか言えへんやろな」
「ですよね」
「そしてそれを可能にするんも跡部様だけやろなぁ。なんや、俺らも願い事はお星様より跡部様にお願いしたほうが叶う確率高そうやで?」
確かに。彼の力をもってすれば大抵のことならば実現してしまいそうだ。でもそんな彼にも、星はおろか自身の力で叶えられないことがあるのを知って。しかもそれが他でもなく自分のことだったなんて。願い事を聞かされた琴璃は衝撃だった。だけど彼は本気で言ったのか分からない。あれからずっと考えている。跡部の優しさを、そのわけを、ずっとずっと考えている。
「ほなら、忍足先輩は練習に戻るで」
「あ、はい。暑いので無理しないでください」
「おおきに。琴璃ちゃんもな」
コートへ戻る忍足を見送り1人またベンチに座った。鳳のサーブ練習を眺めながら、でも、頭の中では違うことを考えていた。テニス部のみんなは星にどんなことを願うのだろう。願い事はそれぞれ被らないだろうけれど、大抵は皆自分の為に叶えたいことを願う。自分ではなく誰かの為に願いをかけることはあまりしない。それが出来る人は自分に満足しているからか、またはその相手のことを思う優しさがあるから故か。跡部はどっちなんだろう。その両者とも当て嵌まる。
けれど、ただ優しいだけじゃあんなふうに思えない。これは優しさだけではない、それ以上に決定的な感情が存在している。
その正体は、愛以外の何物でもない。