夏がはじまる
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「あれ、これじゃないかな?……うーん、似てるけど違うなあ」
大きめの独り言を零しながら探すこと数分。商品の陳列されているところをぐるぐると3周まわっても、やっぱり目当てのものは見当たらない。
「やっぱりないや。ちょっと、取り寄せてもらえるかお店の人に聞いてきますね」
しょうがないな、と言いながら琴璃はレジの方へ向かっていった。置き去りにされた跡部は腕を組んで面倒くさそうに壁に寄りかかっている。さっさとしやがれ、と琴璃の後ろ姿に心の中で呟いた。大体何故こんなところに居るのか。本当ならもうとっくに琴璃を家に送り届け、自分も自宅に着いているであろうに、何だってこんな休日の繁華街の百貨店の中に。人混みが鬱陶しい。こんな所跡部が来たがるわけがなく、そうなった理由は当然彼女にある。
家まで送る、と言ったのに車内で琴璃は的外れなことを言ってきた。
「そしたら駅でお願いします」
「お前は俺の話を聞いてなかったのか?家まで送っていくとさっき言ったはずだが」
「でもちょっと、今日は寄るところがあるんです。なので、駅前だとありがたいんですが」
「ぶっ倒れた人間が何言ってやがる。そんなものはまた後日にしろ」
「もう大丈夫ですよ。1人でも帰れるって、さっき言ったじゃないですか」
部長こそ私の話聞いてなかったんですか、という目で言い返してきた。
「ていうか、やっぱり自分で帰りましょうか。駅なんて、送っていただく距離でもないですもんね」
「……引かねぇな、お前」
でもこの男も引かない。仕方なく目的地を聞けば、とある百貨店に用があると言う。氷帝より都心寄りの方角。呑気に買い物かよ、と跡部は思ったが、着いてみてそういうわけではないと分かった。店内のエレベーターに乗って着いた先は、スポーツ用品や健康雑貨などと表記されたフロアだった。
「こないだ宍戸先輩がグリップテープ切らしたって言ってたから近くのスポーツ用品店行ったんですけど、そこには先輩が今使ってるのは取り扱ってなかったんです。だから大きい店舗に行けばあるかなって思ったんですけど……ここにも無かったです」
つまり結局無駄足だった。だが跡部の気になるところはそこじゃない。
「何故お前が動く。宍戸が自分で行けば良いじゃねぇか」
「そうですけど……一応、私マネージャーですし」
「そんなところまで世話を焼かなくていい。まさか宍戸の野郎に頼まれたのか」
「いえ。私が勝手に動きました」
いけ好かない。琴璃の意志で動いたことなら口を挟めないから尚更にそう感じた。
結局、お目当てのグリップテープは取り寄せることになった。別に今日じゃなくても良かっただろ、とかもっと言いたいことがあったけど、いちいち小言を言うのも煩わしい。それに、琴璃の調子が良さそうだ。部室から帰る時に比べると幾倍も良い。とんだ道草だったとうんざりしていたが結果的に良かったのかもしれない。
用事が済んだので帰るべくエレベーター乗り場に向かう。その途中のフロアの一角で人が集まっていて何やら賑やかだった。そばには天井に届くくらいの木の枝が柱に括り付けられている。その枝を囲うように特設のブースが設置されていた。みんなでお願い事を書きましょう。そんなポップ展示とペンと、カラフルな縦長の紙の束が置かれていた。
「そっか、もうすぐ七夕だ」
連日暑い日が続いているがまだ6月が終わったところだった。今週からようやく7月で、さらにその翌週には七夕が待ち受けている。琴璃は短冊を取って早速何かを書き始めた。躊躇いもなくすらすらと。
「部長もどうです?」
そう言って、琴璃は短冊を1枚跡部にも差し出す。
「コイツは誰に向かって願うんだ?」
「うーん、……空の星?」
琴璃の答えに跡部は分かりやすくしらけた表情を見せる。
「あ、馬鹿にしてる」
「そんなものに頼らなくても、叶えたいものは自分の力でどうにかする」
だから跡部は琴璃から短冊を受け取らなかった。星に願うことは彼にとってはロマンチックなものではないのだ。
「なんか、部長らしい答えであんまり驚きませんでした」
「何だそりゃ」
「だって、ほんとに言葉の通りで。部長だったらどんな人並み外れたことも自分の力で叶えそうだなって」
「俺は出来もしないことは口にしねぇな」
この人が言うと本当にその通りになりそうだから凄い。お金とか地位が普通の人よりあるからそう思えるのかもしれないけれど、それを抜かして考えても説得力がある。何か大きなことを叶える為にはお金や地位も必要かもしれない。だけど、自信や経験が秀でていないとこんなことは言えない。若いながらに彼はそのどちらも兼ね備えている。だから堂々と言えるのだ。
笹の枝は下にしなるほどに沢山の願い事をぶら下げていた。琴璃も同じように自身の短冊を笹に括りつける。その時に、跡部は彼女の書いた短冊を何となく見た。
『この夏を笑って過ごせますように』。
それは願う程のことなのか。普通にしてれば叶うじゃねぇかと思った。だがそんなことを書くということは、彼女は現状笑って過ごせていないのだろう。ありふれているようなことだけどそれが出来ていない。だから琴璃にとっては星に願わずにいられないのだ。
でも、今は穏やかに笑ってる。誰かが書いたいろんな願い事を読みながら楽しそうにしている。宝くじ当たれだの国家試験に受かりたいだの、現実的なものもあれば、幸せが欲しいといった抽象的なものまで書かれていた。琴璃はそれらを1つひとつ見ては目を細めている。
大きめの独り言を零しながら探すこと数分。商品の陳列されているところをぐるぐると3周まわっても、やっぱり目当てのものは見当たらない。
「やっぱりないや。ちょっと、取り寄せてもらえるかお店の人に聞いてきますね」
しょうがないな、と言いながら琴璃はレジの方へ向かっていった。置き去りにされた跡部は腕を組んで面倒くさそうに壁に寄りかかっている。さっさとしやがれ、と琴璃の後ろ姿に心の中で呟いた。大体何故こんなところに居るのか。本当ならもうとっくに琴璃を家に送り届け、自分も自宅に着いているであろうに、何だってこんな休日の繁華街の百貨店の中に。人混みが鬱陶しい。こんな所跡部が来たがるわけがなく、そうなった理由は当然彼女にある。
家まで送る、と言ったのに車内で琴璃は的外れなことを言ってきた。
「そしたら駅でお願いします」
「お前は俺の話を聞いてなかったのか?家まで送っていくとさっき言ったはずだが」
「でもちょっと、今日は寄るところがあるんです。なので、駅前だとありがたいんですが」
「ぶっ倒れた人間が何言ってやがる。そんなものはまた後日にしろ」
「もう大丈夫ですよ。1人でも帰れるって、さっき言ったじゃないですか」
部長こそ私の話聞いてなかったんですか、という目で言い返してきた。
「ていうか、やっぱり自分で帰りましょうか。駅なんて、送っていただく距離でもないですもんね」
「……引かねぇな、お前」
でもこの男も引かない。仕方なく目的地を聞けば、とある百貨店に用があると言う。氷帝より都心寄りの方角。呑気に買い物かよ、と跡部は思ったが、着いてみてそういうわけではないと分かった。店内のエレベーターに乗って着いた先は、スポーツ用品や健康雑貨などと表記されたフロアだった。
「こないだ宍戸先輩がグリップテープ切らしたって言ってたから近くのスポーツ用品店行ったんですけど、そこには先輩が今使ってるのは取り扱ってなかったんです。だから大きい店舗に行けばあるかなって思ったんですけど……ここにも無かったです」
つまり結局無駄足だった。だが跡部の気になるところはそこじゃない。
「何故お前が動く。宍戸が自分で行けば良いじゃねぇか」
「そうですけど……一応、私マネージャーですし」
「そんなところまで世話を焼かなくていい。まさか宍戸の野郎に頼まれたのか」
「いえ。私が勝手に動きました」
いけ好かない。琴璃の意志で動いたことなら口を挟めないから尚更にそう感じた。
結局、お目当てのグリップテープは取り寄せることになった。別に今日じゃなくても良かっただろ、とかもっと言いたいことがあったけど、いちいち小言を言うのも煩わしい。それに、琴璃の調子が良さそうだ。部室から帰る時に比べると幾倍も良い。とんだ道草だったとうんざりしていたが結果的に良かったのかもしれない。
用事が済んだので帰るべくエレベーター乗り場に向かう。その途中のフロアの一角で人が集まっていて何やら賑やかだった。そばには天井に届くくらいの木の枝が柱に括り付けられている。その枝を囲うように特設のブースが設置されていた。みんなでお願い事を書きましょう。そんなポップ展示とペンと、カラフルな縦長の紙の束が置かれていた。
「そっか、もうすぐ七夕だ」
連日暑い日が続いているがまだ6月が終わったところだった。今週からようやく7月で、さらにその翌週には七夕が待ち受けている。琴璃は短冊を取って早速何かを書き始めた。躊躇いもなくすらすらと。
「部長もどうです?」
そう言って、琴璃は短冊を1枚跡部にも差し出す。
「コイツは誰に向かって願うんだ?」
「うーん、……空の星?」
琴璃の答えに跡部は分かりやすくしらけた表情を見せる。
「あ、馬鹿にしてる」
「そんなものに頼らなくても、叶えたいものは自分の力でどうにかする」
だから跡部は琴璃から短冊を受け取らなかった。星に願うことは彼にとってはロマンチックなものではないのだ。
「なんか、部長らしい答えであんまり驚きませんでした」
「何だそりゃ」
「だって、ほんとに言葉の通りで。部長だったらどんな人並み外れたことも自分の力で叶えそうだなって」
「俺は出来もしないことは口にしねぇな」
この人が言うと本当にその通りになりそうだから凄い。お金とか地位が普通の人よりあるからそう思えるのかもしれないけれど、それを抜かして考えても説得力がある。何か大きなことを叶える為にはお金や地位も必要かもしれない。だけど、自信や経験が秀でていないとこんなことは言えない。若いながらに彼はそのどちらも兼ね備えている。だから堂々と言えるのだ。
笹の枝は下にしなるほどに沢山の願い事をぶら下げていた。琴璃も同じように自身の短冊を笹に括りつける。その時に、跡部は彼女の書いた短冊を何となく見た。
『この夏を笑って過ごせますように』。
それは願う程のことなのか。普通にしてれば叶うじゃねぇかと思った。だがそんなことを書くということは、彼女は現状笑って過ごせていないのだろう。ありふれているようなことだけどそれが出来ていない。だから琴璃にとっては星に願わずにいられないのだ。
でも、今は穏やかに笑ってる。誰かが書いたいろんな願い事を読みながら楽しそうにしている。宝くじ当たれだの国家試験に受かりたいだの、現実的なものもあれば、幸せが欲しいといった抽象的なものまで書かれていた。琴璃はそれらを1つひとつ見ては目を細めている。