夏がはじまる
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花火会場は琴璃のいた百貨店からものの十数分、電車ならば隣の駅なのに。何故かこないだと同じ黒塗りの車に乗せられ着いた先はどこか別の地下駐車場だった。地上にいてももう辺りは真っ暗だから、どうせ琴璃にはここが何処なのか分からない。運転手が丁寧に後部席のドアを開ける。ああそっか、部長は電車で行くのが嫌だから車で向かったんだな。ここからは歩いて向かうということだろうか。そんなふうに思ってたのに、車を降り地下から上がって真っ先に見えたのは河川敷ではなかった。
「なんで……スカイツリー……?」
視界いっぱいに広がる東京のシンボル。夜の世界になった今は煌々と光を放ちながら聳え立っている。
「なんで?」
琴璃はとにかくそれしか言えなかった。花火を見に行くんじゃなかったのか。スカイツリーに来た理由とは。分からずに只々目の前の景色に圧倒されている。日が暮れてから見る電波塔はとても神秘的に映った。
「琴璃。早くしろ、間に合わねぇぞ」
ぼけっと見上げてる琴璃に声がかかる。どうやらこの場所で間違ってはいないらしい。跡部はどんどん進んでゆく。チケットは、とか、お金は、とかいちいち琴璃が言うのだけど、良いから早く来いとしか答えない。エントランスを抜けて展望デッキに向かうエレベーター前まで来た。本当に昇るらしい。施設内はびっくりするほどに客足が少なくてエレベーターの中もまさかの2人きりだった。もうそろそろ閉館時刻なのだろうか。
「お客さん、あんまり居ないですね。みんな花火のほうに行っちゃったのかな」
「俺達が悠然と花火を見られるように、今日はもう営業終了してもらった」
琴璃の疑問にさらりと言う跡部。言葉の理解がすぐに追い付いてこない。ようやく琴璃が聞き返せたのは10秒そこら経ってからだった。
「……それって。それって貸し切りってやつじゃないですか……」
「そうとも言うな」
「嘘でしょ……!」
相変わらずスケールが違う人だ。琴璃は花火が見たいと言っただけなのにどうしてこんなことになったんだろうか。混乱している間に2人は地上350メートル地点に運ばれた。扉が開いて1番に飛び込んできた視界に琴璃は溜息を漏らす。美しすぎてすぐに言葉が出ない。
「……うわぁ」
すぐ目の前に東京の夜景が広がっている。様々な街の灯りはまるで宝石のようにきらきらと輝いていた。
「夜の東京ってこんなに綺麗なんですね」
「なんだ改まって。お前は東京に住んでるのに夜景を見たことがなかったのか?」
「いや、だってこういう所に来ない限り見渡せないじゃないですか」
きっと跡部はこの夜景を見慣れている。琴璃はと言えば、こういう所に遊びに来た時くらいしか高い位置から東京を見下ろしたことがない。それも片手で足りるくらいの数しかない。それが一般的なんだろうけど。
少し回廊を歩いて広い場所に辿り着いた。きっと普段なら夜でも人が溢れているだろうに、2人の他は誰も見当たらない。
「間に合ったようだな」
跡部のその一言の直後、暗い空に光の華が打ち上がった。
「わあー」
上空から見下ろす花火はいつにも増して綺麗に感じる。東京の街の灯りと相伴ってそれはとてつもなく豪華な景色だ。地上から見るよりも迫力には欠けるけれど、これはこれで贅沢なものだった。こんな体験をしたことない琴璃は手すりを掴んで前のめりになって見つめる。
「今度はピンクだ!」
大きな菊花火が次々打ち上がって消えたかと思うと、今度は色鮮やかな華が夜空に咲いた。
「すごい、ハートの形してる」
様々に変化を遂げる花火にいちいち琴璃は反応する。凄いですよ、とか、あれ綺麗ですね、とか、1つ挙がるたびに琴璃は跡部に興奮気味に話し掛けるのだった。跡部は落ち着いて見ているけれど、普通こんな時に落ち着いてなんていられないと思う。まさか花火を上から見るだなんて琴璃は想像もしてなかった。ずっと見上げるものだと思っていた。もう30分はゆうに経っていたのに凄くあっという間に感じた。
やがて今までで一番大きな花火が打ち上がった。最後の金色の錦冠 が、時間をかけてゆっくりと東京の夜空に溶けていった。再び夜空は暗い色を取り戻す。終わっちゃった、と呟きながら視線を外の景色から手元に移すと。なんと、はしゃぎすぎて興奮のあまり跡部の腕にしがみついていた。
「すいません、」
離れようとしたのに跡部がそれを許さなかった。琴璃の腕を捕まえると、ぐっと自分に引き寄せる。すごく距離が近い。
「この間、お前は答えなかった」
「何を、です?」
「俺がお前を気に掛けるのはマネージャーだからだと、そう解釈しているのか?」
あの時は答えなかったけど。本当はもう分かっている。ただの優しさだけじゃない。優しいからって、マネージャーだからと言って、ここまでプライベートに介入したりはしない。ただの部活の仲間だからという域はとうに超えている。琴璃は答えようとした、のに、タイミングが良いのか悪いのか閉館を告げるアナウンスに見事に遮られてしまった。
「……もう時間みたいですね」
「そうだな」
跡部はあっさりと琴璃の腕を放した。そして、もと来た道を引き返す。琴璃もそれに続いた。花火はこれでお仕舞い。琴璃は名残惜しくもう一度美しい夜景を見渡す。素敵な夜だった。今日のことはきっと忘れない。
「イチゴ1個でこんな夢みたいな時間を叶えてもらえるなら、もっと部長にあげれば良かった」
エレベーター乗り場に戻りながら小さくぽつりと呟く。でもその言葉は前を歩く跡部に届いていた。
「何だ、まだ願うことがあるのか。随分と欲張りなやつだな」
扉の前まで戻ってきたところで跡部が振り向いた。
「ならば、対価はお前だ」
「え?」
「お前を俺にくれるのなら、お前が望むどんな願いでも叶えてやろう」
夜景を背負った彼が優しい眼差しで琴璃に告げる。琴璃は瞳を逸らせない。
「次の願いは何だ?琴璃」
2人を地上に帰すエレベーターが到着した。扉が開いても貸し切りだから誰も居ない。これに乗ったら夢のような時間が終わる。でもその前にもう一度。心からの願いをかけてみたい。ゆっくりと琴璃は一歩踏み出す。エレベーターの方ではなく跡部に向かって。
「……この夏を笑って過ごせますように」
あの日まだ不安定な気持ちの中で短冊に書いた願い事を言う。でもあれから少し変わった。あれから、この夏を笑って過ごすには独りきりじゃできそうにないと分かった。独りじゃまだ、わけもなく悲しくなる時もあるから。だから、いつでも自分を見守ってくれていたこの人が居てくれたら。きっと、この夏が凄く楽しみになる。
「この夏、部長のそばで笑って過ごせますように」
琴璃はもう一度願いを唱える。言い直したその言葉を聞いて跡部は一瞬だけ目を見開いた。けれどいつものように余裕の笑みを浮かべると、琴璃に向かって手を伸ばす。
「そんなもの」
跡部の手が琴璃の頬に触れる。あの時、鼻孔をくすぐった良い香りと、涙を誘った優しい声が、すぐそこに。
「願わなくとも、必然的に実現する」
地上約350メートルで2人の影が重なる。
夏はまだ、始まったばかりだ。
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スカイツリーの貸切料金て、どえりゃー金額になるんだろうな
ちょっと、諸々の補足反省は日記の中でします(-_-;)
読んでいただいてありがとうございます
「なんで……スカイツリー……?」
視界いっぱいに広がる東京のシンボル。夜の世界になった今は煌々と光を放ちながら聳え立っている。
「なんで?」
琴璃はとにかくそれしか言えなかった。花火を見に行くんじゃなかったのか。スカイツリーに来た理由とは。分からずに只々目の前の景色に圧倒されている。日が暮れてから見る電波塔はとても神秘的に映った。
「琴璃。早くしろ、間に合わねぇぞ」
ぼけっと見上げてる琴璃に声がかかる。どうやらこの場所で間違ってはいないらしい。跡部はどんどん進んでゆく。チケットは、とか、お金は、とかいちいち琴璃が言うのだけど、良いから早く来いとしか答えない。エントランスを抜けて展望デッキに向かうエレベーター前まで来た。本当に昇るらしい。施設内はびっくりするほどに客足が少なくてエレベーターの中もまさかの2人きりだった。もうそろそろ閉館時刻なのだろうか。
「お客さん、あんまり居ないですね。みんな花火のほうに行っちゃったのかな」
「俺達が悠然と花火を見られるように、今日はもう営業終了してもらった」
琴璃の疑問にさらりと言う跡部。言葉の理解がすぐに追い付いてこない。ようやく琴璃が聞き返せたのは10秒そこら経ってからだった。
「……それって。それって貸し切りってやつじゃないですか……」
「そうとも言うな」
「嘘でしょ……!」
相変わらずスケールが違う人だ。琴璃は花火が見たいと言っただけなのにどうしてこんなことになったんだろうか。混乱している間に2人は地上350メートル地点に運ばれた。扉が開いて1番に飛び込んできた視界に琴璃は溜息を漏らす。美しすぎてすぐに言葉が出ない。
「……うわぁ」
すぐ目の前に東京の夜景が広がっている。様々な街の灯りはまるで宝石のようにきらきらと輝いていた。
「夜の東京ってこんなに綺麗なんですね」
「なんだ改まって。お前は東京に住んでるのに夜景を見たことがなかったのか?」
「いや、だってこういう所に来ない限り見渡せないじゃないですか」
きっと跡部はこの夜景を見慣れている。琴璃はと言えば、こういう所に遊びに来た時くらいしか高い位置から東京を見下ろしたことがない。それも片手で足りるくらいの数しかない。それが一般的なんだろうけど。
少し回廊を歩いて広い場所に辿り着いた。きっと普段なら夜でも人が溢れているだろうに、2人の他は誰も見当たらない。
「間に合ったようだな」
跡部のその一言の直後、暗い空に光の華が打ち上がった。
「わあー」
上空から見下ろす花火はいつにも増して綺麗に感じる。東京の街の灯りと相伴ってそれはとてつもなく豪華な景色だ。地上から見るよりも迫力には欠けるけれど、これはこれで贅沢なものだった。こんな体験をしたことない琴璃は手すりを掴んで前のめりになって見つめる。
「今度はピンクだ!」
大きな菊花火が次々打ち上がって消えたかと思うと、今度は色鮮やかな華が夜空に咲いた。
「すごい、ハートの形してる」
様々に変化を遂げる花火にいちいち琴璃は反応する。凄いですよ、とか、あれ綺麗ですね、とか、1つ挙がるたびに琴璃は跡部に興奮気味に話し掛けるのだった。跡部は落ち着いて見ているけれど、普通こんな時に落ち着いてなんていられないと思う。まさか花火を上から見るだなんて琴璃は想像もしてなかった。ずっと見上げるものだと思っていた。もう30分はゆうに経っていたのに凄くあっという間に感じた。
やがて今までで一番大きな花火が打ち上がった。最後の金色の
「すいません、」
離れようとしたのに跡部がそれを許さなかった。琴璃の腕を捕まえると、ぐっと自分に引き寄せる。すごく距離が近い。
「この間、お前は答えなかった」
「何を、です?」
「俺がお前を気に掛けるのはマネージャーだからだと、そう解釈しているのか?」
あの時は答えなかったけど。本当はもう分かっている。ただの優しさだけじゃない。優しいからって、マネージャーだからと言って、ここまでプライベートに介入したりはしない。ただの部活の仲間だからという域はとうに超えている。琴璃は答えようとした、のに、タイミングが良いのか悪いのか閉館を告げるアナウンスに見事に遮られてしまった。
「……もう時間みたいですね」
「そうだな」
跡部はあっさりと琴璃の腕を放した。そして、もと来た道を引き返す。琴璃もそれに続いた。花火はこれでお仕舞い。琴璃は名残惜しくもう一度美しい夜景を見渡す。素敵な夜だった。今日のことはきっと忘れない。
「イチゴ1個でこんな夢みたいな時間を叶えてもらえるなら、もっと部長にあげれば良かった」
エレベーター乗り場に戻りながら小さくぽつりと呟く。でもその言葉は前を歩く跡部に届いていた。
「何だ、まだ願うことがあるのか。随分と欲張りなやつだな」
扉の前まで戻ってきたところで跡部が振り向いた。
「ならば、対価はお前だ」
「え?」
「お前を俺にくれるのなら、お前が望むどんな願いでも叶えてやろう」
夜景を背負った彼が優しい眼差しで琴璃に告げる。琴璃は瞳を逸らせない。
「次の願いは何だ?琴璃」
2人を地上に帰すエレベーターが到着した。扉が開いても貸し切りだから誰も居ない。これに乗ったら夢のような時間が終わる。でもその前にもう一度。心からの願いをかけてみたい。ゆっくりと琴璃は一歩踏み出す。エレベーターの方ではなく跡部に向かって。
「……この夏を笑って過ごせますように」
あの日まだ不安定な気持ちの中で短冊に書いた願い事を言う。でもあれから少し変わった。あれから、この夏を笑って過ごすには独りきりじゃできそうにないと分かった。独りじゃまだ、わけもなく悲しくなる時もあるから。だから、いつでも自分を見守ってくれていたこの人が居てくれたら。きっと、この夏が凄く楽しみになる。
「この夏、部長のそばで笑って過ごせますように」
琴璃はもう一度願いを唱える。言い直したその言葉を聞いて跡部は一瞬だけ目を見開いた。けれどいつものように余裕の笑みを浮かべると、琴璃に向かって手を伸ばす。
「そんなもの」
跡部の手が琴璃の頬に触れる。あの時、鼻孔をくすぐった良い香りと、涙を誘った優しい声が、すぐそこに。
「願わなくとも、必然的に実現する」
地上約350メートルで2人の影が重なる。
夏はまだ、始まったばかりだ。
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スカイツリーの貸切料金て、どえりゃー金額になるんだろうな
ちょっと、諸々の補足反省は日記の中でします(-_-;)
読んでいただいてありがとうございます
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