メルティショコラパンケーキダブルホイップ
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今日の部活は簡単な試合形式の打ち合いをしたけど、丸井の結果はまずまずだった。負けもしたし勝ちもしたから上出来とは言えない。全体練習が終わって、1年の部員たちがコートの整備をしているのを丸井はただぼーっと見ていた。いつもならとっくに着替えてここを去っているのにその必要もないから。ベンチに座ってドリンクを飲んでいたら誰かがすぐ近くに立った。正体は部長の幸村だった。少し微笑んで丸井を見下ろしている。
「丸井がちゃんと最後まで残ってるなんて珍しいなと思ったけど。なんだ、ただ休んでただけか」
「……それ、どーゆう意味?」
「そのまんまの意味さ」
幸村は、特に深い意味は無かったのかもしれないが丸井にはそれが嫌味のように聞こえた。だから思わずムッとする。幸村は丸井の座っているすぐ隣に腰掛けた。
「元気?丸井の彼女。ええと、琴璃ちゃん、だっけ」
「……なんで」
「俺が知ってるのかって?こないだ彼女と話をする機会があったんだよ」
丸井に彼女が居ることをテニス部のレギュラーはほぼ全員が知っている。けれどその女の子が琴璃だということは赤也と桑原くらいにしか認知されていなかった。だから、琴璃が幸村と関わること自体珍しい。別に2人は同じクラスでもないのに。
「何話したか、知りたい?」
にっこりと笑いながら幸村が聞いてくる。もったいぶっているような言い方。何がそんなにおかしいのか丸井には理解できない。からかわれている感じがして癪に障る。
「別に。いーよ教えてくんなくて」
「ねぇ丸井。試合しようよ」
「は?」
「1ゲームでいいよ、サーブも譲ろう」
「ちょちょちょ、急に何?」
「それで、ワンポイントでも取れたら俺が琴璃ちゃんと何話したか教えてあげる」
「なんでそこに琴璃が出てくんだよ。意味分かんねえ」
「やらないの?」
流石に今のはカチンときた。琴璃が幸村と何を話したか気にならないわけじゃない。けれど今のはまるで喧嘩を売られた気分になった。ならば買ってやるまでだ、と感情的に思ったけれど幸村はもの凄く強い。レギュラーの中で彼に勝てる者はまず居ない。そもそも丸井が幸村と対戦したことなんて部活中に片手で数えるくらいしかなかった。どんな戦い方をするのか測れない。正直なところはこっちから好んで戦いたいとは思わなかった。逆に馬鹿みたいに幸村に向かって試合をせがむのは赤也くらいしか居ない。言わば皆が一歩身を引きたくなるような人物なのだ。それを幸村本人も自覚している。だから、彼が自ら部員の誰かにプライベートの試合をやろうなんて滅多に言うことはなかった。何を考えているのか分からない。試合の誘いもびっくりしたけど、それでもやっぱり琴璃の名前が出たほうが丸井には衝撃的だった。
「別に琴璃をエサ にしなくても逃げたりしねーよ。いいよ、やってやる」
「そうこなくちゃ」
そうして、ワンゲームだけの勝負は部活の解散後に実現した。真田も柳もどういうわけか今日に限ってもうコートに居なかった。ここに居たら多分、止められていた気がする。だとしても幸村がうまいこと言って制したかもしれないが。コートに姿があるのは1年生何人かと赤也のみだった。赤也は何やってんスか、と訝しげな目を向けてきた。今から丸井と勝負するんだと幸村が教えると目の色変えて俺も俺も、と騒ぎ出す。よくそんなテンションになれるよな、と丸井は横目で見ていた。赤也にとっては幸村と戦えることが嬉しいこと。でも自分はそんなふうにはならない。そんな高揚感は全く無い。むしろマイナスな気持ちで満たされている。幸村に対する緊張感もあるけど、それより琴璃のことが頭の隅にあってゲームにうまく集中できない。
「いつでもいいよー」
幸村は手を振って丸井にサーブを促した。完全になめられている。お陰で少なからず闘志は出た。だが案の定彼は強くて、あっという間に3ポイント幸村が取った。あまりにも呆気なさ過ぎた。
「やっぱり。もっと強かったはずだよ、丸井は」
3ポイント中、1ポイントはリターンで取られ続く2ポイントめは綺麗にスマッシュを決められた。そしてたった今3連続めのポイントを取られる。しかもそれが丸井の得意としているボレーショットで。
「まぁ、そりゃ大事な彼女にうつつを抜かしてちゃあ、力も落ちるよね」
「……うるせぇな」
いちいち癇に障る。幸村は一体どういうつもりなんだろうか。琴璃とのことを丸井に教えたいのかそうでないのか。丸井が自分に勝てないと分かってるくせに試合をしようなんて言う。じゃあ琴璃と接触したことも最初から教える必要はないじゃないか。幸村の意図が読めない。泣いても笑っても次が最後の球。丸井は怒りに任せてサーブを打ち込んだ。
「わお。凄い軌道だ」
そう言うくせに、幸村はフォームを崩すことなくリターンを打つ。ここまでなめられて、琴璃のことで良く分からないことを言われて。思えば今日は何かと後味の悪い日だ。耳に入る話が琴璃のことばかり。決して意識しているわけではないのに頭が勝手に琴璃のことに反応してしまう。こんなにムカついてるのは全部琴璃のせいだ。全部全部、アイツがあんなこと言わなけりゃいつも通りだったのに。
「そんなだから琴璃ちゃんに愛想尽かされちゃったんじゃない?」
幸村の言葉が刺さる。何だよ、それ。俺が悪いって言うのかよ。琴璃のことを良く知りもしないくせに勝手なこと言いやがって。怒りに任せて球を打ち込むが幸村は軽やかに打ち返してくる。このポイントを幸村に取られたら丸井の負けが決まる。なのに慎重になる気なんか起きなかった。完全に頭に血が上っている。野次馬の赤也でさえそれが分かった。この試合はもう結果が見えたも同然だ。
「本当に琴璃ちゃんが悪いのかな」
幸村がもの凄く高いロブを上げた。冬の薄闇がかった空に球が浮かぶ。
「もしそう思っているのなら。もうお前の負けだよ、丸井」
「ふざけんなよ」
その打ち頃の球を丸井は思い切り叩き落した。綺麗に幸村の足元にスマッシュが決まる。幸村は驚くわけでもなく、コートの隅に飛んでいったボールを拾いに行った。そして戻ってくるとネットのそばまで来て丸井に球を手渡した。
「俺はお前が羨ましいよ。そんなに愛されててさ」
「はぁ?何言ってんの」
「俺からポイント奪ったから、約束どおり教えてあげる。でもとりあえず座りたいや。なんか疲れちゃった」
にこっと笑って、コート脇のベンチに歩いてく幸村。仕方なく丸井もその後について行った。他の運動部はいつの間にか皆帰ってしまっている。帰ろうか先輩を待つべきかふらふらしていた赤也に、幸村がもう帰りな、と促した。そしてここに居るのは2人だけになる。
「うわー寒い。やっぱ真冬の練習って身体に応えるよなぁ」
「幸村くん、最後のやつ、わざとやったろ」
ベンチに座って年寄りみたいなセリフを言う幸村を、丸井がじとりと睨みつけた。
「最後にわざと打ち球寄越したろ。俺が打ったスマッシュも拾えたのにそうしなかったし。なんなの、いくら俺が幸村くんに勝てねぇからって」
「うん、あのままじゃお前は俺からポイント取れなかったからさ」
「……そーゆうのすげぇムカつくんだけど。そんなに俺を見下したいワケ?」
「あはは。俺、そんなにサディストに見える?」
見える。即答したかったけど今は辞めておく。話をはぐらかされそうな気がしたから。現に今も、丸井が真面目に話してるのに幸村は飄々としている。どこまでもマイペース。ちょっと掴めないところがまた、彼が持つ独特なオーラだ。
「琴璃ちゃんは丸井のことが大好きなんだね」
また出てきた彼女の名前。丸井は馬鹿正直にすぐ反応して、幸村の顔を覗き込んだ。
「初めて話したのにそれがすごく伝わってきたよ」
「琴璃と何を話したんだよ」
「あぁ、そうだ、それを言うんだったね」
星もない寒空の下で、こんなふうに幸村と並んで座るなんて初めてのことだった。相手が彼女だったら少しはロマンチックに映るであろうに。野郎と2人して寒さに耐えながら話をしている。幸村は相変わらず穏やかな表情と声音で。丸井は正反対に硬い表情をして。話を隣で聞きながら、やがてその顔はますます強張ってゆく。幸村が喋り終わるまで何も声をあげられなかった。
そうして指先が次第に冷えてきた頃。全部の話を聞いて、ひとり丸井は思い知った。
琴璃のことを分かってやれなかったのは自分のほうだったのだと。
「丸井がちゃんと最後まで残ってるなんて珍しいなと思ったけど。なんだ、ただ休んでただけか」
「……それ、どーゆう意味?」
「そのまんまの意味さ」
幸村は、特に深い意味は無かったのかもしれないが丸井にはそれが嫌味のように聞こえた。だから思わずムッとする。幸村は丸井の座っているすぐ隣に腰掛けた。
「元気?丸井の彼女。ええと、琴璃ちゃん、だっけ」
「……なんで」
「俺が知ってるのかって?こないだ彼女と話をする機会があったんだよ」
丸井に彼女が居ることをテニス部のレギュラーはほぼ全員が知っている。けれどその女の子が琴璃だということは赤也と桑原くらいにしか認知されていなかった。だから、琴璃が幸村と関わること自体珍しい。別に2人は同じクラスでもないのに。
「何話したか、知りたい?」
にっこりと笑いながら幸村が聞いてくる。もったいぶっているような言い方。何がそんなにおかしいのか丸井には理解できない。からかわれている感じがして癪に障る。
「別に。いーよ教えてくんなくて」
「ねぇ丸井。試合しようよ」
「は?」
「1ゲームでいいよ、サーブも譲ろう」
「ちょちょちょ、急に何?」
「それで、ワンポイントでも取れたら俺が琴璃ちゃんと何話したか教えてあげる」
「なんでそこに琴璃が出てくんだよ。意味分かんねえ」
「やらないの?」
流石に今のはカチンときた。琴璃が幸村と何を話したか気にならないわけじゃない。けれど今のはまるで喧嘩を売られた気分になった。ならば買ってやるまでだ、と感情的に思ったけれど幸村はもの凄く強い。レギュラーの中で彼に勝てる者はまず居ない。そもそも丸井が幸村と対戦したことなんて部活中に片手で数えるくらいしかなかった。どんな戦い方をするのか測れない。正直なところはこっちから好んで戦いたいとは思わなかった。逆に馬鹿みたいに幸村に向かって試合をせがむのは赤也くらいしか居ない。言わば皆が一歩身を引きたくなるような人物なのだ。それを幸村本人も自覚している。だから、彼が自ら部員の誰かにプライベートの試合をやろうなんて滅多に言うことはなかった。何を考えているのか分からない。試合の誘いもびっくりしたけど、それでもやっぱり琴璃の名前が出たほうが丸井には衝撃的だった。
「別に琴璃を
「そうこなくちゃ」
そうして、ワンゲームだけの勝負は部活の解散後に実現した。真田も柳もどういうわけか今日に限ってもうコートに居なかった。ここに居たら多分、止められていた気がする。だとしても幸村がうまいこと言って制したかもしれないが。コートに姿があるのは1年生何人かと赤也のみだった。赤也は何やってんスか、と訝しげな目を向けてきた。今から丸井と勝負するんだと幸村が教えると目の色変えて俺も俺も、と騒ぎ出す。よくそんなテンションになれるよな、と丸井は横目で見ていた。赤也にとっては幸村と戦えることが嬉しいこと。でも自分はそんなふうにはならない。そんな高揚感は全く無い。むしろマイナスな気持ちで満たされている。幸村に対する緊張感もあるけど、それより琴璃のことが頭の隅にあってゲームにうまく集中できない。
「いつでもいいよー」
幸村は手を振って丸井にサーブを促した。完全になめられている。お陰で少なからず闘志は出た。だが案の定彼は強くて、あっという間に3ポイント幸村が取った。あまりにも呆気なさ過ぎた。
「やっぱり。もっと強かったはずだよ、丸井は」
3ポイント中、1ポイントはリターンで取られ続く2ポイントめは綺麗にスマッシュを決められた。そしてたった今3連続めのポイントを取られる。しかもそれが丸井の得意としているボレーショットで。
「まぁ、そりゃ大事な彼女にうつつを抜かしてちゃあ、力も落ちるよね」
「……うるせぇな」
いちいち癇に障る。幸村は一体どういうつもりなんだろうか。琴璃とのことを丸井に教えたいのかそうでないのか。丸井が自分に勝てないと分かってるくせに試合をしようなんて言う。じゃあ琴璃と接触したことも最初から教える必要はないじゃないか。幸村の意図が読めない。泣いても笑っても次が最後の球。丸井は怒りに任せてサーブを打ち込んだ。
「わお。凄い軌道だ」
そう言うくせに、幸村はフォームを崩すことなくリターンを打つ。ここまでなめられて、琴璃のことで良く分からないことを言われて。思えば今日は何かと後味の悪い日だ。耳に入る話が琴璃のことばかり。決して意識しているわけではないのに頭が勝手に琴璃のことに反応してしまう。こんなにムカついてるのは全部琴璃のせいだ。全部全部、アイツがあんなこと言わなけりゃいつも通りだったのに。
「そんなだから琴璃ちゃんに愛想尽かされちゃったんじゃない?」
幸村の言葉が刺さる。何だよ、それ。俺が悪いって言うのかよ。琴璃のことを良く知りもしないくせに勝手なこと言いやがって。怒りに任せて球を打ち込むが幸村は軽やかに打ち返してくる。このポイントを幸村に取られたら丸井の負けが決まる。なのに慎重になる気なんか起きなかった。完全に頭に血が上っている。野次馬の赤也でさえそれが分かった。この試合はもう結果が見えたも同然だ。
「本当に琴璃ちゃんが悪いのかな」
幸村がもの凄く高いロブを上げた。冬の薄闇がかった空に球が浮かぶ。
「もしそう思っているのなら。もうお前の負けだよ、丸井」
「ふざけんなよ」
その打ち頃の球を丸井は思い切り叩き落した。綺麗に幸村の足元にスマッシュが決まる。幸村は驚くわけでもなく、コートの隅に飛んでいったボールを拾いに行った。そして戻ってくるとネットのそばまで来て丸井に球を手渡した。
「俺はお前が羨ましいよ。そんなに愛されててさ」
「はぁ?何言ってんの」
「俺からポイント奪ったから、約束どおり教えてあげる。でもとりあえず座りたいや。なんか疲れちゃった」
にこっと笑って、コート脇のベンチに歩いてく幸村。仕方なく丸井もその後について行った。他の運動部はいつの間にか皆帰ってしまっている。帰ろうか先輩を待つべきかふらふらしていた赤也に、幸村がもう帰りな、と促した。そしてここに居るのは2人だけになる。
「うわー寒い。やっぱ真冬の練習って身体に応えるよなぁ」
「幸村くん、最後のやつ、わざとやったろ」
ベンチに座って年寄りみたいなセリフを言う幸村を、丸井がじとりと睨みつけた。
「最後にわざと打ち球寄越したろ。俺が打ったスマッシュも拾えたのにそうしなかったし。なんなの、いくら俺が幸村くんに勝てねぇからって」
「うん、あのままじゃお前は俺からポイント取れなかったからさ」
「……そーゆうのすげぇムカつくんだけど。そんなに俺を見下したいワケ?」
「あはは。俺、そんなにサディストに見える?」
見える。即答したかったけど今は辞めておく。話をはぐらかされそうな気がしたから。現に今も、丸井が真面目に話してるのに幸村は飄々としている。どこまでもマイペース。ちょっと掴めないところがまた、彼が持つ独特なオーラだ。
「琴璃ちゃんは丸井のことが大好きなんだね」
また出てきた彼女の名前。丸井は馬鹿正直にすぐ反応して、幸村の顔を覗き込んだ。
「初めて話したのにそれがすごく伝わってきたよ」
「琴璃と何を話したんだよ」
「あぁ、そうだ、それを言うんだったね」
星もない寒空の下で、こんなふうに幸村と並んで座るなんて初めてのことだった。相手が彼女だったら少しはロマンチックに映るであろうに。野郎と2人して寒さに耐えながら話をしている。幸村は相変わらず穏やかな表情と声音で。丸井は正反対に硬い表情をして。話を隣で聞きながら、やがてその顔はますます強張ってゆく。幸村が喋り終わるまで何も声をあげられなかった。
そうして指先が次第に冷えてきた頃。全部の話を聞いて、ひとり丸井は思い知った。
琴璃のことを分かってやれなかったのは自分のほうだったのだと。