知らないうちに愛されていた
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サッカー部部室からの帰り。
正門のそばにあるベンチに跡部が1人で座って本を読んでいた。部活は終わったのだろう、制服姿になっている。琴璃の気配に気付いて本を閉じると脇に置いた。
「ちゃんと笑顔で振ってやったか?」
ニヤニヤしながらそんなことを聞いてくる。こんなふうにからかわれるのはいつぶりだろうか。少し懐かしく感じてほっとした。
「笑えないよ。泣いてもいないけど」
「そうか」
琴璃も跡部の隣に座る。風が少しだけ吹いていた。まだほんの少しだけ冷たい。カーディガンを持ってくれば良かった。そんなことを考えてたら隣の跡部が自身のブレザーを脱いで琴璃の肩に掛けた。
「ありがとう」
「どうした。浮かない顔して」
「……人に拒否の気持ちを伝えるって、すごく心が痛む」
何とも言えない顔を見せる琴璃。告白を断ったことは少なからず申し訳ないと思っている。自分に好意的な気持ちを持ってくれた相手にノーと言うのは何だか気持ちの行き場に困ってしまう。まして告白されることに慣れていないというのに。でも隣の男は正反対だ。跡部にとったら異性から告白されることは特別なイベントではなく、日常的なものになっている。彼はもう断り慣れているのだ。そこに遠慮とか後ろめたさなんて1ミリも存在しない。琴璃はうまく割り切れないから、終わったことなのにいつまでもモヤモヤしてしまう。相手を拒否するって、難しい。そんな琴璃の心の声を知ってか知らずか、跡部は涼しい顔で返答する。
「俺は今までに散々してきたぜ」
「うわあ」
「仕方ねぇだろう。自分は1人しか居ない。向けられる気持ちに全て応えていたら身体が足りない」
「跡部くんがあと10人くらいは必要だね」
もっとか、と言いながら琴璃が笑う。跡部も同じように笑った。声に出さず、何かを諭すように。
「俺は1人で充分だろう」
強めの風が吹いて2人のそばの木を揺らす。琴璃の前髪も、同じように。慌てて押さえて手ぐしで元通りに直そうとする。その手を跡部がおもむろに掴んだ。
「そのたった1人の俺が、たった1人のお前を選ぶ」
その瞬間は時が止まったような。まるでそこには2人しか居ないような感覚になった。野球部の解散の掛け声も大勢が走る音も風の音も。何もかもが一瞬だけ止まったような気がした。跡部の瞳が琴璃を捉える。深い青の中に、驚く自分が映っているのが見えた。
「目の前のお前以外はどうだっていい」
そしてまた時間が動き出したかのように、ザアア、と風で揺らされた木々が音を出す。賑やかに、それはまるで拍手のようにも聞こえた。さっきまで肌寒いと感じていたのに顔が熱くて仕方ない。言葉が出なかった。嬉しいはずなのに、嬉しさを通り越して泣きそうになる。
黒い車が門の向こうに停車した。いつも跡部が乗って登下校している車。静かに立ち上がると琴璃を見下ろす。優しい瞳だった。
「送ってやる」
「あ、ありがとう」
先に歩き出す跡部の後を琴璃は慌ててついて行く。車のそばには運転手が立っていて、琴璃と目が合うと恭しく頭を下げた。なんだか緊張する。これまで跡部と一緒に居てもそんなふうになったことはなかったのに。今日は全然違う感覚。それはきっと自分の思いに気付いてしまったからだと思う。当たり前にそばに居すぎて、今の今まで気付けなかった。もう何年も、ずっと。
「そういや最近の成績はどうなんだ」
「数学、前よりも悪くなってたよ。……跡部くんに教わらなくなったからかも」
とても言いづらそうに打ち明けた琴璃。反対に跡部は上機嫌だった。自分が教えなくなっただけで成績が下がった事実に機嫌を良くしたのか。そうか、とだけ返事をして口元を緩める。不謹慎だから琴璃には気付かれないように。
「今日の小テストもあんまりできなかった」
「てことは今、教材持ってるんだな」
「うん」
「じゃあ教えてやろう」
ゆっくりと車が発進する。琴璃にとってはこの車に乗るのは初めてのことだった。今までどれだけ近くにいても乗せてもらったことはなかった。普通の女の子より跡部の近くに居られた琴璃でも、さすがに周りからの視線に何とも思わないのは無理だった。だから、第三者が見ているところでは跡部は琴璃を必要以上に気にかけることはしなかった。彼女が少しでも不安になるようなことはしない。親しげにするのは生徒会室の中でだけ。そこでなら生徒会の一員という免罪符で一緒に過ごすことも厭われることもない。でも、そういう逃げ場のような場所を作るのは今日で辞める。何処だろうが誰が見ていようが、もうそんなのは関係ない。
跡部はガラス越しに琴璃の様子を見た。隣の彼女は初めて乗る高級車に嬉しそうに、窓から外の景色を眺めている。桜が全部散っちゃってる、とか呟きながら。こんなに喜ぶのならもっと早く乗せてやれば良かった。桜の咲いている頃に乗せてやったならどれほど喜んだだろうか。でも桜は来年も必ず咲く。次の春までに桜に負けないくらいの沢山の景色を見せてやろうと思う。
「琴璃」
「なに?」
「俺はお前があの女を連れてきたことよりも、告白を受けるのかもしれないことに苛立ちを覚えた」
「……うん」
「俺がいつもこんなに側にいるのに、って思ったぜ」
もう、いつもの余裕を纏った彼だった。
「けれど俺は、お前を手に入れるために行動を起こしてなかったからな。そもそも怒る権利なんかない」
なのに苛ついた。琴璃が、誰かのものになるかもしれないのが許せなかったから。もうずっと自分のそばに居てくれたから。そこに居るのが普通だと思っていた。だから勝手に、彼女は自分のものだと思い込んでいた。
「お前が常に俺の側に居るものだと思い込んでいた。勝手に俺から離れるはずがないと、知らないうちに決めつけていた。だがこういうのは、お前を繋ぎ留めておくには言葉にしないと駄目なんだと思い知らされた」
「跡部くん」
「好きだという言葉は陳腐であまり使いたくないが、お前にはそれがストレートに伝わるんだろう?」
「……うん、それが1番嬉しい」
「ならば口にする意味も価値もある」
跡部は琴璃の手を取ると、ゆっくりと自身のほうへ引き寄せる。そして、
「お前を愛してる」
そう言って、彼女の手の甲に愛おしそうにキスをした。
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“好き”は陳腐なのに“愛してる”は普段軽々しく使わないから陳腐じゃない、という解釈
普通は愛してるのほうが言うの恥ずかしいけど、そんなこと一切思わないのが跡部景吾
正門のそばにあるベンチに跡部が1人で座って本を読んでいた。部活は終わったのだろう、制服姿になっている。琴璃の気配に気付いて本を閉じると脇に置いた。
「ちゃんと笑顔で振ってやったか?」
ニヤニヤしながらそんなことを聞いてくる。こんなふうにからかわれるのはいつぶりだろうか。少し懐かしく感じてほっとした。
「笑えないよ。泣いてもいないけど」
「そうか」
琴璃も跡部の隣に座る。風が少しだけ吹いていた。まだほんの少しだけ冷たい。カーディガンを持ってくれば良かった。そんなことを考えてたら隣の跡部が自身のブレザーを脱いで琴璃の肩に掛けた。
「ありがとう」
「どうした。浮かない顔して」
「……人に拒否の気持ちを伝えるって、すごく心が痛む」
何とも言えない顔を見せる琴璃。告白を断ったことは少なからず申し訳ないと思っている。自分に好意的な気持ちを持ってくれた相手にノーと言うのは何だか気持ちの行き場に困ってしまう。まして告白されることに慣れていないというのに。でも隣の男は正反対だ。跡部にとったら異性から告白されることは特別なイベントではなく、日常的なものになっている。彼はもう断り慣れているのだ。そこに遠慮とか後ろめたさなんて1ミリも存在しない。琴璃はうまく割り切れないから、終わったことなのにいつまでもモヤモヤしてしまう。相手を拒否するって、難しい。そんな琴璃の心の声を知ってか知らずか、跡部は涼しい顔で返答する。
「俺は今までに散々してきたぜ」
「うわあ」
「仕方ねぇだろう。自分は1人しか居ない。向けられる気持ちに全て応えていたら身体が足りない」
「跡部くんがあと10人くらいは必要だね」
もっとか、と言いながら琴璃が笑う。跡部も同じように笑った。声に出さず、何かを諭すように。
「俺は1人で充分だろう」
強めの風が吹いて2人のそばの木を揺らす。琴璃の前髪も、同じように。慌てて押さえて手ぐしで元通りに直そうとする。その手を跡部がおもむろに掴んだ。
「そのたった1人の俺が、たった1人のお前を選ぶ」
その瞬間は時が止まったような。まるでそこには2人しか居ないような感覚になった。野球部の解散の掛け声も大勢が走る音も風の音も。何もかもが一瞬だけ止まったような気がした。跡部の瞳が琴璃を捉える。深い青の中に、驚く自分が映っているのが見えた。
「目の前のお前以外はどうだっていい」
そしてまた時間が動き出したかのように、ザアア、と風で揺らされた木々が音を出す。賑やかに、それはまるで拍手のようにも聞こえた。さっきまで肌寒いと感じていたのに顔が熱くて仕方ない。言葉が出なかった。嬉しいはずなのに、嬉しさを通り越して泣きそうになる。
黒い車が門の向こうに停車した。いつも跡部が乗って登下校している車。静かに立ち上がると琴璃を見下ろす。優しい瞳だった。
「送ってやる」
「あ、ありがとう」
先に歩き出す跡部の後を琴璃は慌ててついて行く。車のそばには運転手が立っていて、琴璃と目が合うと恭しく頭を下げた。なんだか緊張する。これまで跡部と一緒に居てもそんなふうになったことはなかったのに。今日は全然違う感覚。それはきっと自分の思いに気付いてしまったからだと思う。当たり前にそばに居すぎて、今の今まで気付けなかった。もう何年も、ずっと。
「そういや最近の成績はどうなんだ」
「数学、前よりも悪くなってたよ。……跡部くんに教わらなくなったからかも」
とても言いづらそうに打ち明けた琴璃。反対に跡部は上機嫌だった。自分が教えなくなっただけで成績が下がった事実に機嫌を良くしたのか。そうか、とだけ返事をして口元を緩める。不謹慎だから琴璃には気付かれないように。
「今日の小テストもあんまりできなかった」
「てことは今、教材持ってるんだな」
「うん」
「じゃあ教えてやろう」
ゆっくりと車が発進する。琴璃にとってはこの車に乗るのは初めてのことだった。今までどれだけ近くにいても乗せてもらったことはなかった。普通の女の子より跡部の近くに居られた琴璃でも、さすがに周りからの視線に何とも思わないのは無理だった。だから、第三者が見ているところでは跡部は琴璃を必要以上に気にかけることはしなかった。彼女が少しでも不安になるようなことはしない。親しげにするのは生徒会室の中でだけ。そこでなら生徒会の一員という免罪符で一緒に過ごすことも厭われることもない。でも、そういう逃げ場のような場所を作るのは今日で辞める。何処だろうが誰が見ていようが、もうそんなのは関係ない。
跡部はガラス越しに琴璃の様子を見た。隣の彼女は初めて乗る高級車に嬉しそうに、窓から外の景色を眺めている。桜が全部散っちゃってる、とか呟きながら。こんなに喜ぶのならもっと早く乗せてやれば良かった。桜の咲いている頃に乗せてやったならどれほど喜んだだろうか。でも桜は来年も必ず咲く。次の春までに桜に負けないくらいの沢山の景色を見せてやろうと思う。
「琴璃」
「なに?」
「俺はお前があの女を連れてきたことよりも、告白を受けるのかもしれないことに苛立ちを覚えた」
「……うん」
「俺がいつもこんなに側にいるのに、って思ったぜ」
もう、いつもの余裕を纏った彼だった。
「けれど俺は、お前を手に入れるために行動を起こしてなかったからな。そもそも怒る権利なんかない」
なのに苛ついた。琴璃が、誰かのものになるかもしれないのが許せなかったから。もうずっと自分のそばに居てくれたから。そこに居るのが普通だと思っていた。だから勝手に、彼女は自分のものだと思い込んでいた。
「お前が常に俺の側に居るものだと思い込んでいた。勝手に俺から離れるはずがないと、知らないうちに決めつけていた。だがこういうのは、お前を繋ぎ留めておくには言葉にしないと駄目なんだと思い知らされた」
「跡部くん」
「好きだという言葉は陳腐であまり使いたくないが、お前にはそれがストレートに伝わるんだろう?」
「……うん、それが1番嬉しい」
「ならば口にする意味も価値もある」
跡部は琴璃の手を取ると、ゆっくりと自身のほうへ引き寄せる。そして、
「お前を愛してる」
そう言って、彼女の手の甲に愛おしそうにキスをした。
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“好き”は陳腐なのに“愛してる”は普段軽々しく使わないから陳腐じゃない、という解釈
普通は愛してるのほうが言うの恥ずかしいけど、そんなこと一切思わないのが跡部景吾
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