知らないうちに愛されていた
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休み時間開始のチャイムが鳴ると同時にポケットの携帯が震えた。メールの受信を知らせるものだった。もしかして。すぐに画面を開いて確認する。が、それは期待虚しくただのメルマガの通知だった。琴璃は分かりやすく肩を落とす。そのまま操作してメッセージの通知履歴画面を開いてみる。いつもなら必ず上段に存在するのに、今はスクロールしないと『跡部景吾』の名前は現れない。
あの日の翌日、転校生の彼女は学校を休んだ。その次の日からはまた普通に来たけど琴璃に対する態度が明らかに変わった。琴璃が話しかけてもそれはほとんど無視に近いもので。凄い豹変ぶりだった。琴璃は理由が分からないから話しかけようとする。けれど彼女はあからさまに琴璃を避けた。いつもお昼を一緒に食べる友達が見兼ねて琴璃を制した。
「琴璃、もうやめときなよ。あんたが近づこうとしても逆効果だよ」
「私、何かしたかな」
「あの子、跡部様に相手にされなかったから琴璃にキツく当たってるんでしょ。だから放っときなってば。あんたは利用されたみたいなもんなんだからさ」
「え」
「あんた、気づいてなかったの?」
「……うん」
「あんなに跡部様のことばっか琴璃に質問してたんだもん、魂胆が見え見えじゃん。ま、跡部様目当てで氷帝 を外部受験する女も少なくないみたいだけどね」
「……そうなんだ」
あの日跡部との間に何があったのか。直接彼女に聞くことはしなかった。けれどあまり良くないことだとは思う。じゃなきゃ跡部があんなに不快感露わにした顔をしない。あんな跡部を琴璃は初めて見た。穏やかで、常に冷静でいて、人に怒るなんて滅多に無いのに。あの日跡部は彼女を“あの女”と言い捨てながら険しい表情をしていたのだ。その時少なからず怖いと感じたのを、今もまだはっきり覚えている。
「要するにさ、琴璃と仲良くなって跡部様に近付こうとしたんでしょ、あの子。でもそれを跡部様は見抜いて相手にしなかった。あんたがあの子に無視されてんのは八つ当たり的なもんよ」
友人はまるでその現場に居たかのように推理する。
彼女が跡部と話したいと言うから協力した。でも実は彼女には下心があって、当然跡部はそれを見抜いていた。だから、琴璃が口利きしたみたいに捉えられてしまった。お前の友達は俺の友達じゃねぇ。あの日の最後に、絶対に言いそうにないことを跡部は琴璃に言った。その時は跡部がそんな酷いことを言う意味が分からなかったし、どうしてそんな言い方するんだろうと寂しささえ感じた。こっちはただ彼女を連れてきただけなのに。琴璃は本当に、ただあの子を紹介したいだけだった。そこには恋愛絡みの意図なんて一切ない。でも実際彼女は本当に跡部のことが好きだったから琴璃が根回しをしたみたいになってしまったのだけど。琴璃が悪いのは当然だけど、どうしてそこまで不機嫌になるのか。今でも跡部が名前も知らない女に告白されることなんて普通にある。そのことに対して彼はいちいち機嫌を悪くはしていない。興味無さそうに断っているだけ。なのにどうして。やっぱり納得いかない。あれからずっと心の中がモヤモヤする。跡部はどうしているんだろうか。顔を合わせなくなってたった1週間そこらなのにやたら長く感じる。自分を呼ばなくなってからは1人で昼休みに仕事をしているのだろうか。今日の放課後、生徒会室に行ってみようか。このままの状態が続くのも嫌だし、何より琴璃は寂しいと感じた。毎日たった数十分間くらいだけど、跡部のそばに居られて、けどそれが急に無くなってしまって。そんなつもりがなかったとは言え、跡部に嫌な思いをさせてしまった。ちゃんと話をしなくては。またいつものように、他愛のない話をして、一緒にコーヒーを飲みたい。当たり前にしていたことが突然できなくなって、それは当たり前じゃなかったんだと知った。
「藤白さんってさ、跡部と付き合ってたんじゃないの?」
昼休みになって、いつもの子とお弁当を食べようとしていた矢先だった。1人の男子に突然そんなことを聞かれる。質問が脈絡も無さすぎて琴璃は一瞬ぽかんとした。聞いてきたその彼とは中等部の時から何度か同じクラスになったことがあって会話もそこそこする。確かサッカー部の部長をしていて、クラスに1人は居るムードメーカーのような存在。自分とも仲は人並みに良いほうだと思う、と琴璃は思っている。
「……えっと、どうしてそう思うの?」
「やー、なんかいつも昼休みは生徒会室行ってたじゃん?だから2人って付き合ってんのかなって思ってたんだ。でも最近は普通に教室にいて、あっち行かないから」
「まあ、そうだね。行ってないかな」
「それか、もしかして喧嘩でもしたのかなー、なんて思ってさ」
いつの間に見られてたんだろうと思った。昼休みにどこに行くかなんて仲良しの友達にしか教えてないのに彼はそのことを知っていた。すごく不思議だった。でも聞かれて別に不信感とか、嫌な気持ちは湧いてこなかった。結構土足で踏み込んでくるようなことを聞いてくるのには正直驚いたけど。琴璃が彼に警戒心を感じないのは多分、彼がただ純粋に質問してきたからなんだと思う。悪気も冷やかしも潜めておらず、琴璃は跡部の彼女なのかを知りたいだけのだ。
「別に、跡部くんと喧嘩もしてないし、付き合ってもないよ」
多分。これは喧嘩じゃないと思う。でも跡部は間違いなく琴璃のことを怒ってる。それだけは分かる。
気づけば、学校生活で跡部と会わない日なんてなかった。中等部初めの頃は会話こそ無かったけど、ひょんなことから意気投合して会えば話をするようになって。あの跡部景吾と日常会話をする女子生徒は琴璃の他に誰も居なかった。運良く中等部3年間は同じクラスだったけど、高等部になって別々のクラスになった。琴璃はそれが少し寂しかった。何だかんだで毎日跡部と話せるのを心の何処かで楽しみにしていた。別にそれが、有名な跡部様だからというミーハーな気持ちは全く無くて。下心なんて一切なく純粋に楽しかった。琴璃が呼びかければ彼は答えてくれる。いつの間にかそれが当たり前に感じていた。
だから、跡部に生徒会に入れと言われた時はすごくびっくりもしたし嬉しかった。そばにいる理由ができたから。素直にその気持ちを伝えようとも思った。でも実際は少し抵抗があった。軽い気持ちで生徒会の仲間になってはいけない。しっかり役に立たないと。ただ跡部も、自分と同じような気持ちでいてくれたらいいなと思った。言えないけれど、自分を必要としてくれているなら、一生懸命応えたいから。そんなふうに密かに思っていた。今も、そう思ってる。自分を必要としてくれたら、これ以上ない気持ちになれる。
「マジ?そしたら俺、立候補していい?」
「え?」
突然そう言うと彼は立ち上がり、机を挟んで琴璃と真っ直ぐに向き合う。
「俺、藤白さんの彼氏に立候補します!」
まあまあ大きな声でそんなことを言われて。琴璃はただただ目をパチクリさせるしかなかった。ついでに今は昼休みになったばかり。教室内にはまだ半数ほどの生徒が居た。なのに怖いくらい静かな空間だった。周りからの視線を一気に浴びている。こんな体験は氷帝に在籍していて初めての出来事だ。おろおろする琴璃を余所に目の前の彼は机に手を置きぐっと距離を詰めてくる。1度火がついたらもう止められないといった具合に。
「跡部だったら勝ち目ないけどさ、俺、藤白さんを大事にする自信あるから」
「へっ」
「好きなんだ。良かったら、付き合ってほしい」
返事はすぐじゃなくていいから、と最後に言うと彼は教室を出て行った。次第に教室内にまたざわつきが戻る。友達が琴璃に飛びついてきた。何なのあれ、と言いつつ顔はニヤニヤしている。琴璃はわけが分からなかった。
でもまだ誰かに見られてる、そんな気がした。クラスの子たちにも見られてたけど、それ以外にもっと強い視線を感じた。教室のドア付近から。思わずその方向を向いたけど、そこには誰も居なかった。
あの日の翌日、転校生の彼女は学校を休んだ。その次の日からはまた普通に来たけど琴璃に対する態度が明らかに変わった。琴璃が話しかけてもそれはほとんど無視に近いもので。凄い豹変ぶりだった。琴璃は理由が分からないから話しかけようとする。けれど彼女はあからさまに琴璃を避けた。いつもお昼を一緒に食べる友達が見兼ねて琴璃を制した。
「琴璃、もうやめときなよ。あんたが近づこうとしても逆効果だよ」
「私、何かしたかな」
「あの子、跡部様に相手にされなかったから琴璃にキツく当たってるんでしょ。だから放っときなってば。あんたは利用されたみたいなもんなんだからさ」
「え」
「あんた、気づいてなかったの?」
「……うん」
「あんなに跡部様のことばっか琴璃に質問してたんだもん、魂胆が見え見えじゃん。ま、跡部様目当てで
「……そうなんだ」
あの日跡部との間に何があったのか。直接彼女に聞くことはしなかった。けれどあまり良くないことだとは思う。じゃなきゃ跡部があんなに不快感露わにした顔をしない。あんな跡部を琴璃は初めて見た。穏やかで、常に冷静でいて、人に怒るなんて滅多に無いのに。あの日跡部は彼女を“あの女”と言い捨てながら険しい表情をしていたのだ。その時少なからず怖いと感じたのを、今もまだはっきり覚えている。
「要するにさ、琴璃と仲良くなって跡部様に近付こうとしたんでしょ、あの子。でもそれを跡部様は見抜いて相手にしなかった。あんたがあの子に無視されてんのは八つ当たり的なもんよ」
友人はまるでその現場に居たかのように推理する。
彼女が跡部と話したいと言うから協力した。でも実は彼女には下心があって、当然跡部はそれを見抜いていた。だから、琴璃が口利きしたみたいに捉えられてしまった。お前の友達は俺の友達じゃねぇ。あの日の最後に、絶対に言いそうにないことを跡部は琴璃に言った。その時は跡部がそんな酷いことを言う意味が分からなかったし、どうしてそんな言い方するんだろうと寂しささえ感じた。こっちはただ彼女を連れてきただけなのに。琴璃は本当に、ただあの子を紹介したいだけだった。そこには恋愛絡みの意図なんて一切ない。でも実際彼女は本当に跡部のことが好きだったから琴璃が根回しをしたみたいになってしまったのだけど。琴璃が悪いのは当然だけど、どうしてそこまで不機嫌になるのか。今でも跡部が名前も知らない女に告白されることなんて普通にある。そのことに対して彼はいちいち機嫌を悪くはしていない。興味無さそうに断っているだけ。なのにどうして。やっぱり納得いかない。あれからずっと心の中がモヤモヤする。跡部はどうしているんだろうか。顔を合わせなくなってたった1週間そこらなのにやたら長く感じる。自分を呼ばなくなってからは1人で昼休みに仕事をしているのだろうか。今日の放課後、生徒会室に行ってみようか。このままの状態が続くのも嫌だし、何より琴璃は寂しいと感じた。毎日たった数十分間くらいだけど、跡部のそばに居られて、けどそれが急に無くなってしまって。そんなつもりがなかったとは言え、跡部に嫌な思いをさせてしまった。ちゃんと話をしなくては。またいつものように、他愛のない話をして、一緒にコーヒーを飲みたい。当たり前にしていたことが突然できなくなって、それは当たり前じゃなかったんだと知った。
「藤白さんってさ、跡部と付き合ってたんじゃないの?」
昼休みになって、いつもの子とお弁当を食べようとしていた矢先だった。1人の男子に突然そんなことを聞かれる。質問が脈絡も無さすぎて琴璃は一瞬ぽかんとした。聞いてきたその彼とは中等部の時から何度か同じクラスになったことがあって会話もそこそこする。確かサッカー部の部長をしていて、クラスに1人は居るムードメーカーのような存在。自分とも仲は人並みに良いほうだと思う、と琴璃は思っている。
「……えっと、どうしてそう思うの?」
「やー、なんかいつも昼休みは生徒会室行ってたじゃん?だから2人って付き合ってんのかなって思ってたんだ。でも最近は普通に教室にいて、あっち行かないから」
「まあ、そうだね。行ってないかな」
「それか、もしかして喧嘩でもしたのかなー、なんて思ってさ」
いつの間に見られてたんだろうと思った。昼休みにどこに行くかなんて仲良しの友達にしか教えてないのに彼はそのことを知っていた。すごく不思議だった。でも聞かれて別に不信感とか、嫌な気持ちは湧いてこなかった。結構土足で踏み込んでくるようなことを聞いてくるのには正直驚いたけど。琴璃が彼に警戒心を感じないのは多分、彼がただ純粋に質問してきたからなんだと思う。悪気も冷やかしも潜めておらず、琴璃は跡部の彼女なのかを知りたいだけのだ。
「別に、跡部くんと喧嘩もしてないし、付き合ってもないよ」
多分。これは喧嘩じゃないと思う。でも跡部は間違いなく琴璃のことを怒ってる。それだけは分かる。
気づけば、学校生活で跡部と会わない日なんてなかった。中等部初めの頃は会話こそ無かったけど、ひょんなことから意気投合して会えば話をするようになって。あの跡部景吾と日常会話をする女子生徒は琴璃の他に誰も居なかった。運良く中等部3年間は同じクラスだったけど、高等部になって別々のクラスになった。琴璃はそれが少し寂しかった。何だかんだで毎日跡部と話せるのを心の何処かで楽しみにしていた。別にそれが、有名な跡部様だからというミーハーな気持ちは全く無くて。下心なんて一切なく純粋に楽しかった。琴璃が呼びかければ彼は答えてくれる。いつの間にかそれが当たり前に感じていた。
だから、跡部に生徒会に入れと言われた時はすごくびっくりもしたし嬉しかった。そばにいる理由ができたから。素直にその気持ちを伝えようとも思った。でも実際は少し抵抗があった。軽い気持ちで生徒会の仲間になってはいけない。しっかり役に立たないと。ただ跡部も、自分と同じような気持ちでいてくれたらいいなと思った。言えないけれど、自分を必要としてくれているなら、一生懸命応えたいから。そんなふうに密かに思っていた。今も、そう思ってる。自分を必要としてくれたら、これ以上ない気持ちになれる。
「マジ?そしたら俺、立候補していい?」
「え?」
突然そう言うと彼は立ち上がり、机を挟んで琴璃と真っ直ぐに向き合う。
「俺、藤白さんの彼氏に立候補します!」
まあまあ大きな声でそんなことを言われて。琴璃はただただ目をパチクリさせるしかなかった。ついでに今は昼休みになったばかり。教室内にはまだ半数ほどの生徒が居た。なのに怖いくらい静かな空間だった。周りからの視線を一気に浴びている。こんな体験は氷帝に在籍していて初めての出来事だ。おろおろする琴璃を余所に目の前の彼は机に手を置きぐっと距離を詰めてくる。1度火がついたらもう止められないといった具合に。
「跡部だったら勝ち目ないけどさ、俺、藤白さんを大事にする自信あるから」
「へっ」
「好きなんだ。良かったら、付き合ってほしい」
返事はすぐじゃなくていいから、と最後に言うと彼は教室を出て行った。次第に教室内にまたざわつきが戻る。友達が琴璃に飛びついてきた。何なのあれ、と言いつつ顔はニヤニヤしている。琴璃はわけが分からなかった。
でもまだ誰かに見られてる、そんな気がした。クラスの子たちにも見られてたけど、それ以外にもっと強い視線を感じた。教室のドア付近から。思わずその方向を向いたけど、そこには誰も居なかった。