知らないうちに愛されていた
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昼休み。琴璃はいつものように教室で友達とお弁当を食べていた。食べ終わって、そろそろかなと携帯を見るとまるで見計らったかのようにメッセージが届く。
『来週分の資料を確認している』
それだけ。何の資料を何処で確認してるのか。傍から見たらあまりにも情報の少なすぎるメッセージ。でもいつものこと。琴璃はすぐに納得して机の上を片付けはじめた。
「ちょっと行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
教室を出て階段を降り別の棟へと移る。昼休みだから廊下には生徒の姿がちらほら見える。でもその姿も目的地の方に進むにつれだんだんとなくなってゆく。特別教室棟は昼休みの騒がしさがまるでなかった。琴璃は生徒会室と書かれた扉をノックする。返事を待たずに中へ入った。跡部が部屋の1番奥の、学校の備品とは言えないような高級感ある椅子に座っていた。
「遅れてごめんね」
別に約束していた時間があるわけでもない。でもつい、いつもの感じで言ってしまう。琴璃の来訪に跡部は手元の紙から顔を上げる。机の両脇には雪崩れが起きそうな書類の束が積み上げられている。それらに挟まれながら彼は何やら作業をしていた。
「こっちだ」
顎で琴璃にその資料の山を指し示す。
「わ。すごい量だね」
「締め切りギリギリになって一斉に出してきやがったからな」
琴璃は近づいて紙の山を覗き込んだ。来週にある生徒総会で取り上げられる議題資料。部活動の補正予算だった気がする。各部の部長に配布していたアンケートやら実態調査が今になって急に提出された。そのせいで、普段は見ない書類の山が生徒会室に溢れている。いつもはきっちり整頓されているのでこんなに散らかっているのは珍しい。
琴璃も一応生徒会役員を担っている。一応、というのは、そんなに重要な役職ではないからだ。それでも、生徒会の一員だからここに跡部に呼ばれるわけだけど、別に琴璃を指名する理由は無い。代わりは他にも居る。副会長でも会計でもないのに跡部が呼びつけるのはいつも琴璃。単に跡部がそうしたいだけ。
そして、呼び出すわりにはそんな重要な仕事でもないし、言ってみれば雑用の仕事。昼休みだったり放課後に連絡が来る。今日も琴璃の携帯に跡部から生徒会室にいる旨の連絡が届いたのだ。
「お昼ごはん、食べたの?」
「そんな暇はねぇな」
「えー、ちゃんと食べないと駄目だよ」
そう言って琴璃は一緒に持ってきていた小さなトートバッグからお菓子類を取り出す。書類の山に更にお菓子の小さな山が積み上げられる。でも別に跡部は迷惑と思わない。琴璃だから、というのもある。
「テニス部にも、こういうのを常に持ち歩いてるヤツが居るぜ」
「そうなの?」
跡部はお菓子の山から適当に1つ手にしてみた。カラフルな包み紙をしている。こんなものは初めて見た、という顔をしてみせる。興味が無くても決して見下したり小馬鹿にしない。彼のそういうところに琴璃は密かに嬉しさを感じる。
昼休み終了まで残り15分。彼はずっとここに居たのだろうか。ならせめて、学食に寄って軽食のようなものを買ってきてあげれば良かったと思った。とりあえず飲み物は今用意できる。琴璃はコーヒー淹れるね、と言ってカップ類がある方へ向かう。そのまま背を向けながら話を続ける。
「今日ね、うちのクラスに転校生来たんだよ」
「転校生?」
「うん。ちょうど新年度だからかな」
「そういや、少し前に教頭からそんなような話と書類を受け取った気がする」
毎日様々な書類に目を通すから、転校生1人の話なんていちいち覚えていなかった。
「私の後ろの席になったの。とても良い子なんだよ。仲良くなれそう」
「そりゃ良かったな」
「うん。それでね、その子と跡部くんの話になったんだよ。氷帝のホームページ見た時跡部くんが映ってて、すごい格好良くてびっくりしたって言ってた」
「そうかよ」
どうやらその子は、外部から氷帝を受けると決めた時にホームページを見て跡部のことを知ったらしい。琴璃はそれを楽しそうに話すけれど、跡部は他人事のように聞いていた。
「今度跡部くんに会いたいって言ってたよ」
跡部のそばにマグカップを置く。上った湯気から芳ばしい香りが立ち昇った。琴璃はソファに座って両手で持つカップにふーっと息を吹きかけている。跡部の飲んでいるコーヒーの香りに紛れてほんのりと甘い香りも漂っている。
「お前のそれは何なんだ?」
「蜂蜜紅茶だよ。いい香りでしょ」
決まってブラックコーヒーを飲む跡部と違って、琴璃はいつも飲んでいるものが違う。新商品やら限定とつくものに女は目がない。彼女も例外ではないようで、まめに買ってきては、新しく見つけたの、と変わった紅茶を飲んでいた。別にそれらは跡部が好んで飲むようなものじゃない。ちゃんとそれを分かっているから、琴璃は押し売りみたいに無理矢理勧めてこない。でも、琴璃が飲んでいるのをいつも傍から見ていて無関心なわけでもなかった。
椅子から立ち上がって、琴璃の座っている隣に自分も腰を下ろす。革張りの良い、跡部が持ち込んだソファ。4人はゆうに座れるというのにわざわざ琴璃のすぐそばに座った。肩が触れ合うほどに近い。
「あ」
そして琴璃の手からカップを奪うと何てこと無く口をつけた。
「甘い」
「だって蜂蜜だもん。そりゃ甘いよ」
返してよ、と伸ばしてきた琴璃の手を捕まえた。もう一口飲む。甘いのはそんなに好きじゃないのに。琴璃にカップを返さずテーブルの上に置いた。そして、わざと琴璃に体重を預けて寄りかかる。
「重いよー」
「俺は疲れてる」
普段、簡単には疲れたなんて言わない人なのに。2人は恋人ではない。ただの生徒会という組織の仲間なだけ。なのにカップを共有するし肩を貸すことだって普通にする。琴璃にだけは甘えて素顔を晒す。誰も見たことのない跡部景吾が居る。
「私も疲れた」
「あん?なんでだ?」
「今日の数学が難しすぎて。今度小テストあるのに、どうしよう」
琴璃の肩口に跡部の髪が当たってくすぐったい。さらさらしてて羨ましいな、と思った。
「教えてやろうか」
「ほんと?わあい」
いつの間にかカップの中身は半分以上無くなっていた。跡部が飲んだせいだ。意外に気に入ったのだろうか。ならまた買ってこよう。それと、次ここに来る時は数学の教科書も持ってこよう。そんなことをぼんやり思ってたら予令が聞こえた。
「あ。昼休み終わっちゃった」
「そうだな」
「何もしないで終わっちゃったよ」
「別に。いいんじゃねぇの」
「うん。そうだね」
仕事を手伝ってほしくて呼んだわけじゃない。それを琴璃も分かってるから文句を言わない。会いたいとシンプルに言えるような甘い関係じゃないけれど、そこには確かに会いたいというメッセージが秘められている。口にはしないのに当たり前になっている。それはこれからもずっと、変わらないと思ってる。少なくとも、跡部は。
『来週分の資料を確認している』
それだけ。何の資料を何処で確認してるのか。傍から見たらあまりにも情報の少なすぎるメッセージ。でもいつものこと。琴璃はすぐに納得して机の上を片付けはじめた。
「ちょっと行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
教室を出て階段を降り別の棟へと移る。昼休みだから廊下には生徒の姿がちらほら見える。でもその姿も目的地の方に進むにつれだんだんとなくなってゆく。特別教室棟は昼休みの騒がしさがまるでなかった。琴璃は生徒会室と書かれた扉をノックする。返事を待たずに中へ入った。跡部が部屋の1番奥の、学校の備品とは言えないような高級感ある椅子に座っていた。
「遅れてごめんね」
別に約束していた時間があるわけでもない。でもつい、いつもの感じで言ってしまう。琴璃の来訪に跡部は手元の紙から顔を上げる。机の両脇には雪崩れが起きそうな書類の束が積み上げられている。それらに挟まれながら彼は何やら作業をしていた。
「こっちだ」
顎で琴璃にその資料の山を指し示す。
「わ。すごい量だね」
「締め切りギリギリになって一斉に出してきやがったからな」
琴璃は近づいて紙の山を覗き込んだ。来週にある生徒総会で取り上げられる議題資料。部活動の補正予算だった気がする。各部の部長に配布していたアンケートやら実態調査が今になって急に提出された。そのせいで、普段は見ない書類の山が生徒会室に溢れている。いつもはきっちり整頓されているのでこんなに散らかっているのは珍しい。
琴璃も一応生徒会役員を担っている。一応、というのは、そんなに重要な役職ではないからだ。それでも、生徒会の一員だからここに跡部に呼ばれるわけだけど、別に琴璃を指名する理由は無い。代わりは他にも居る。副会長でも会計でもないのに跡部が呼びつけるのはいつも琴璃。単に跡部がそうしたいだけ。
そして、呼び出すわりにはそんな重要な仕事でもないし、言ってみれば雑用の仕事。昼休みだったり放課後に連絡が来る。今日も琴璃の携帯に跡部から生徒会室にいる旨の連絡が届いたのだ。
「お昼ごはん、食べたの?」
「そんな暇はねぇな」
「えー、ちゃんと食べないと駄目だよ」
そう言って琴璃は一緒に持ってきていた小さなトートバッグからお菓子類を取り出す。書類の山に更にお菓子の小さな山が積み上げられる。でも別に跡部は迷惑と思わない。琴璃だから、というのもある。
「テニス部にも、こういうのを常に持ち歩いてるヤツが居るぜ」
「そうなの?」
跡部はお菓子の山から適当に1つ手にしてみた。カラフルな包み紙をしている。こんなものは初めて見た、という顔をしてみせる。興味が無くても決して見下したり小馬鹿にしない。彼のそういうところに琴璃は密かに嬉しさを感じる。
昼休み終了まで残り15分。彼はずっとここに居たのだろうか。ならせめて、学食に寄って軽食のようなものを買ってきてあげれば良かったと思った。とりあえず飲み物は今用意できる。琴璃はコーヒー淹れるね、と言ってカップ類がある方へ向かう。そのまま背を向けながら話を続ける。
「今日ね、うちのクラスに転校生来たんだよ」
「転校生?」
「うん。ちょうど新年度だからかな」
「そういや、少し前に教頭からそんなような話と書類を受け取った気がする」
毎日様々な書類に目を通すから、転校生1人の話なんていちいち覚えていなかった。
「私の後ろの席になったの。とても良い子なんだよ。仲良くなれそう」
「そりゃ良かったな」
「うん。それでね、その子と跡部くんの話になったんだよ。氷帝のホームページ見た時跡部くんが映ってて、すごい格好良くてびっくりしたって言ってた」
「そうかよ」
どうやらその子は、外部から氷帝を受けると決めた時にホームページを見て跡部のことを知ったらしい。琴璃はそれを楽しそうに話すけれど、跡部は他人事のように聞いていた。
「今度跡部くんに会いたいって言ってたよ」
跡部のそばにマグカップを置く。上った湯気から芳ばしい香りが立ち昇った。琴璃はソファに座って両手で持つカップにふーっと息を吹きかけている。跡部の飲んでいるコーヒーの香りに紛れてほんのりと甘い香りも漂っている。
「お前のそれは何なんだ?」
「蜂蜜紅茶だよ。いい香りでしょ」
決まってブラックコーヒーを飲む跡部と違って、琴璃はいつも飲んでいるものが違う。新商品やら限定とつくものに女は目がない。彼女も例外ではないようで、まめに買ってきては、新しく見つけたの、と変わった紅茶を飲んでいた。別にそれらは跡部が好んで飲むようなものじゃない。ちゃんとそれを分かっているから、琴璃は押し売りみたいに無理矢理勧めてこない。でも、琴璃が飲んでいるのをいつも傍から見ていて無関心なわけでもなかった。
椅子から立ち上がって、琴璃の座っている隣に自分も腰を下ろす。革張りの良い、跡部が持ち込んだソファ。4人はゆうに座れるというのにわざわざ琴璃のすぐそばに座った。肩が触れ合うほどに近い。
「あ」
そして琴璃の手からカップを奪うと何てこと無く口をつけた。
「甘い」
「だって蜂蜜だもん。そりゃ甘いよ」
返してよ、と伸ばしてきた琴璃の手を捕まえた。もう一口飲む。甘いのはそんなに好きじゃないのに。琴璃にカップを返さずテーブルの上に置いた。そして、わざと琴璃に体重を預けて寄りかかる。
「重いよー」
「俺は疲れてる」
普段、簡単には疲れたなんて言わない人なのに。2人は恋人ではない。ただの生徒会という組織の仲間なだけ。なのにカップを共有するし肩を貸すことだって普通にする。琴璃にだけは甘えて素顔を晒す。誰も見たことのない跡部景吾が居る。
「私も疲れた」
「あん?なんでだ?」
「今日の数学が難しすぎて。今度小テストあるのに、どうしよう」
琴璃の肩口に跡部の髪が当たってくすぐったい。さらさらしてて羨ましいな、と思った。
「教えてやろうか」
「ほんと?わあい」
いつの間にかカップの中身は半分以上無くなっていた。跡部が飲んだせいだ。意外に気に入ったのだろうか。ならまた買ってこよう。それと、次ここに来る時は数学の教科書も持ってこよう。そんなことをぼんやり思ってたら予令が聞こえた。
「あ。昼休み終わっちゃった」
「そうだな」
「何もしないで終わっちゃったよ」
「別に。いいんじゃねぇの」
「うん。そうだね」
仕事を手伝ってほしくて呼んだわけじゃない。それを琴璃も分かってるから文句を言わない。会いたいとシンプルに言えるような甘い関係じゃないけれど、そこには確かに会いたいというメッセージが秘められている。口にはしないのに当たり前になっている。それはこれからもずっと、変わらないと思ってる。少なくとも、跡部は。
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