清く正しく優しい君
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「琴璃って、忍足くんと付き合ってるの?」
帰り支度をしている時、突然クラスの友達に聞かれた。いきなりこんな質問がきたもんだから、思わず琴璃は息を呑む。
「どうして?」
「なんか隣のクラスの友達がさ、こないだの土曜に2人を映画館で見たって言ってたから」
どうやって答えるべきか戸惑う。けれど黙っていると余計な詮索をされる。とりあえず事実と異なる情報は訂正するべきだと思った。
「違うよ、忍足くんは彼氏じゃないよ」
「ふーん、そっか」
それ以上はもう聞かれなかった。琴璃は心底ホッとする。映画館に居たところを氷帝の生徒に見られてたなんて思いもよらなかった。考えてみたらここからわりと近い商業施設だから、休日なら知り合いが居てもおかしくないのだ。
昼休みに教科書を取りに行った岳人を待っている間に、忍足と会って少し話をしたのだが、その時に琴璃はなんとなく視線を感じていた。自分たちを見ていたその彼女は帰る間際に呼び止めてきた。予想通り顔も名前も知らない子。用件はすぐに分かった。
「藤白さんって忍足くんと付き合ってるの?」
また同じ質問をされる。みんな、気になっている。きっと忍足に気がある女の子たちなんだろう。琴璃自身も忍足と知り合う前から顔と名前は知っていたくらいだから。彼は普通に人気があるのだ。
否定するのに心が痛む。でも、彼が自分の恋人でないのは事実なのだ。付き合っているということを肯定すれば嘘になる。そうしたら忍足にも迷惑がかかる。彼は琴璃の願いを叶えてくれたのに。嘘なんかついて迷惑をかけたくない。もうこれ以上聞かれたくない。
彼女たちの中には忍足のことを本気で好きな子も居るかもしれない。なのに自分は忍足の優しさを利用している。彼に近づいて話をしたい女の子たちはいっぱい居るのに。自分だけが“ズル”をしているみたい。それを思った途端にすごく悪いことをしている気分になった。なぜ、自分が忍足の優しさを独り占めできているんだろう。こんな中途半端に自分が忍足のそばにいてはいけない。どこか背を向けていた思いたったのが、ついに今確信へと変わった。もうこのままじゃ、いけないんだ。
「忍足と付き合ってんだって?」
それは昇降口に来た時だった。今日だけでもう何度目かの言葉を浴びせられる。よりにもよって二度と会いたくない人。流石に同じ学校の生徒だからそれは難しいだろうけど、でも、出来ることなら記憶から抹消したいと思っていた男である。
「ふーん。俺とすぐ別れたがったのは、最初からアイツのことが良かったからだったんだな。とんだ尻軽女だよな、お前」
琴璃は目を合わせようともしなかった。さっさと下駄箱を開けて靴を履き替え出ようとする。1秒でも早くここから去りたい。
「俺のことは拒否ったくせに、アイツとはもう毎日のようにヤッてんだろ?」
なんてことを言うんだろうと思った。ショックすぎてうまく言葉が出ない。それでもかろうじて絞り出した声は物凄く頼りないものだった。
「……そんなこと、ない」
「へーえ、じゃあまだヤッてないんだ。もしかして相変わらず理性ぶってんの?そんなんじゃ忍足もどうせすぐ捨てるんじゃね?お前のこと」
彼との別れは琴璃のほうから切り出したのに。まるで自分が琴璃を捨てたような物言いをする。琴璃に別れようと言われたことをまだ根に持っている。それが悔しくてこんな醜い仕返しをしてきたのだ。
言いたいことを言えてスッキリしたのか、男はさっさと姿を消した。泣きたくなった。何も言い返せなかった。自分はともかく忍足まで馬鹿にされたのに。
―――――付き合ってないのに、そんなこと言わないで。
そう、付き合ってないのだ。付き合っていないのに、やっぱりデートをするなんて許されなかった。中途半端に恋人みたいなことをして忍足の優しさに触れた。そのせいでこんなにも辛くなる。忍足が自分に優しいのは、好きだからじゃないのに。その事実を思うだけで胸が締め付けられるような気持ちになった。
ひとりになった昇降口。遠くで運動部の掛け声がする。いつもは正門まで真っ直ぐ歩くだけ。でも今日はそうせずに
テニスコートのほうまで来ていた。本当に無意識に近かった。ボールを打つ音が聞こえる。フェンスのそばに部員らしき男子がいた。でもその後ろ姿は忍足のものではなかった。彼に会ってどうするつもりなのだろう。分からないけど彼の姿を探していた。今、彼にとても会いたかった。
忍足はちょうどコートの外にある水道の側にいた。琴璃が見つけのたと同じくらいにこっちに気付く。
「琴璃ちゃんやん」
「忍足くん」
「こんなとこにおるん、珍しいな。どしたん?」
「あ、ううん」
顔を見たかったからと、本当の気持ちを言えたらどんなに楽だろう。理由なんてない。ただ会いたいと思ったのはもう紛れもない恋なのだ。忍足のことを好きになっている。
忍足はラケットを側のベンチに置くと琴璃のほうまでやってきた。
「なんかあった?」
「え」
忍足は笑っていない。だとすると今、自分は笑えていないんだろう。
「この後、一緒に帰らへん?俺も今あがるとこ」
何かあったのかと聞いてきたくせにそれ以上は深く問い詰めてこない。でもとっくに忍足は琴璃がいつもと少し違うことに気付いている。
一緒に帰れるのは素直に嬉しい。でもまた誰かに見られて変なふうに思われたら。その誰かが自分を問い詰める。噂が広まってあの男だって忍足のことを罵る。そんなことこれ以上許せない。
「何やってんだよ侑士ー……って、琴璃じゃん」
「向日くん」
岳人が忍足を探しにコートの方からやってきた。片付けすんのめんどくせー、とぼやきながら。数秒後に琴璃の存在にも気付いた時、2人が向き合って立っていたから鈍感の彼も何と無く違う空気を察知した。
「ん……お?え、なに、お前らってもしかして付き合ってたの?」
ここにきてまたこの質問。しかも今回は忍足本人の居る目の前で。正直もう聞きたくない。また否定をしなきゃ。今日女の子たちにしたように。でも、忍足の前で同じようにあっさり否定するのがなんだか嫌だった。でも言わなければ岳人が勘違いするかもしれない。また忍足に迷惑がかかる。解決しようのない思いが延々と頭の中でループする。
「アホ岳人。琴璃ちゃん困っとるやんか」
琴璃が黙っていたら、忍足はそう言って呆れたような困ったような表情をする。そんな顔を見たくなくて。反射的に琴璃は拳を握った。
「あ、あの忍足くん、今日は用事あるから、ごめんね」
忍足が否定するのを目の前で聞きたくなかった。でも否定するのは当たり前なのに。付き合ってないのは事実なのだから。だとしても、そうだと分かっていても自分の目の前で言われるのが嫌だった。逃げるようにそこから去る。忍足は琴璃に向かって何かを言っていたけど、彼女の耳には入ってこなかった。
その夜に忍足からメールが来た。
『お疲れさん。明日ってヒマ?』
嘘は良くないから素直に、空いてるよ、と返信する。
『良かった。ほんならちょっと付き合うてほしいんやけど』
また無駄にドキドキしてしまう。付き合う。単なる行動を共にすることを言っているだけなのに。でも、本当に忍足と付き合えることができたら。これからもずっと彼の隣に居られたらいいのに。もう自分の気持ちに気付かないふりは出来なかった。
いつまで続くのだろう、こんな中途半端な関係は。
でも、もしかしたらもう忍足は辞めたいと思ってるのかもしれない。自分からデートなどに誘っておいた手前、琴璃に悪いと思って言い出せずにいるのかもしれない。もうこんなよく分からない関係を辞めたい、なんて。彼はとても優しいから。そんなふうには言わないけれど、きっともう、もしかしたら。
「このままじゃ駄目なんだよね」
潮時なのだ。
恋人でもないのにいつも側に居てくれる。彼をそんな都合の良いようにしたらいけないから。ふう、と息を吐く。そして、暗くなった携帯画面を再び起動させ、ゆっくりとした動作で、いいよ、と返信した。
帰り支度をしている時、突然クラスの友達に聞かれた。いきなりこんな質問がきたもんだから、思わず琴璃は息を呑む。
「どうして?」
「なんか隣のクラスの友達がさ、こないだの土曜に2人を映画館で見たって言ってたから」
どうやって答えるべきか戸惑う。けれど黙っていると余計な詮索をされる。とりあえず事実と異なる情報は訂正するべきだと思った。
「違うよ、忍足くんは彼氏じゃないよ」
「ふーん、そっか」
それ以上はもう聞かれなかった。琴璃は心底ホッとする。映画館に居たところを氷帝の生徒に見られてたなんて思いもよらなかった。考えてみたらここからわりと近い商業施設だから、休日なら知り合いが居てもおかしくないのだ。
昼休みに教科書を取りに行った岳人を待っている間に、忍足と会って少し話をしたのだが、その時に琴璃はなんとなく視線を感じていた。自分たちを見ていたその彼女は帰る間際に呼び止めてきた。予想通り顔も名前も知らない子。用件はすぐに分かった。
「藤白さんって忍足くんと付き合ってるの?」
また同じ質問をされる。みんな、気になっている。きっと忍足に気がある女の子たちなんだろう。琴璃自身も忍足と知り合う前から顔と名前は知っていたくらいだから。彼は普通に人気があるのだ。
否定するのに心が痛む。でも、彼が自分の恋人でないのは事実なのだ。付き合っているということを肯定すれば嘘になる。そうしたら忍足にも迷惑がかかる。彼は琴璃の願いを叶えてくれたのに。嘘なんかついて迷惑をかけたくない。もうこれ以上聞かれたくない。
彼女たちの中には忍足のことを本気で好きな子も居るかもしれない。なのに自分は忍足の優しさを利用している。彼に近づいて話をしたい女の子たちはいっぱい居るのに。自分だけが“ズル”をしているみたい。それを思った途端にすごく悪いことをしている気分になった。なぜ、自分が忍足の優しさを独り占めできているんだろう。こんな中途半端に自分が忍足のそばにいてはいけない。どこか背を向けていた思いたったのが、ついに今確信へと変わった。もうこのままじゃ、いけないんだ。
「忍足と付き合ってんだって?」
それは昇降口に来た時だった。今日だけでもう何度目かの言葉を浴びせられる。よりにもよって二度と会いたくない人。流石に同じ学校の生徒だからそれは難しいだろうけど、でも、出来ることなら記憶から抹消したいと思っていた男である。
「ふーん。俺とすぐ別れたがったのは、最初からアイツのことが良かったからだったんだな。とんだ尻軽女だよな、お前」
琴璃は目を合わせようともしなかった。さっさと下駄箱を開けて靴を履き替え出ようとする。1秒でも早くここから去りたい。
「俺のことは拒否ったくせに、アイツとはもう毎日のようにヤッてんだろ?」
なんてことを言うんだろうと思った。ショックすぎてうまく言葉が出ない。それでもかろうじて絞り出した声は物凄く頼りないものだった。
「……そんなこと、ない」
「へーえ、じゃあまだヤッてないんだ。もしかして相変わらず理性ぶってんの?そんなんじゃ忍足もどうせすぐ捨てるんじゃね?お前のこと」
彼との別れは琴璃のほうから切り出したのに。まるで自分が琴璃を捨てたような物言いをする。琴璃に別れようと言われたことをまだ根に持っている。それが悔しくてこんな醜い仕返しをしてきたのだ。
言いたいことを言えてスッキリしたのか、男はさっさと姿を消した。泣きたくなった。何も言い返せなかった。自分はともかく忍足まで馬鹿にされたのに。
―――――付き合ってないのに、そんなこと言わないで。
そう、付き合ってないのだ。付き合っていないのに、やっぱりデートをするなんて許されなかった。中途半端に恋人みたいなことをして忍足の優しさに触れた。そのせいでこんなにも辛くなる。忍足が自分に優しいのは、好きだからじゃないのに。その事実を思うだけで胸が締め付けられるような気持ちになった。
ひとりになった昇降口。遠くで運動部の掛け声がする。いつもは正門まで真っ直ぐ歩くだけ。でも今日はそうせずに
テニスコートのほうまで来ていた。本当に無意識に近かった。ボールを打つ音が聞こえる。フェンスのそばに部員らしき男子がいた。でもその後ろ姿は忍足のものではなかった。彼に会ってどうするつもりなのだろう。分からないけど彼の姿を探していた。今、彼にとても会いたかった。
忍足はちょうどコートの外にある水道の側にいた。琴璃が見つけのたと同じくらいにこっちに気付く。
「琴璃ちゃんやん」
「忍足くん」
「こんなとこにおるん、珍しいな。どしたん?」
「あ、ううん」
顔を見たかったからと、本当の気持ちを言えたらどんなに楽だろう。理由なんてない。ただ会いたいと思ったのはもう紛れもない恋なのだ。忍足のことを好きになっている。
忍足はラケットを側のベンチに置くと琴璃のほうまでやってきた。
「なんかあった?」
「え」
忍足は笑っていない。だとすると今、自分は笑えていないんだろう。
「この後、一緒に帰らへん?俺も今あがるとこ」
何かあったのかと聞いてきたくせにそれ以上は深く問い詰めてこない。でもとっくに忍足は琴璃がいつもと少し違うことに気付いている。
一緒に帰れるのは素直に嬉しい。でもまた誰かに見られて変なふうに思われたら。その誰かが自分を問い詰める。噂が広まってあの男だって忍足のことを罵る。そんなことこれ以上許せない。
「何やってんだよ侑士ー……って、琴璃じゃん」
「向日くん」
岳人が忍足を探しにコートの方からやってきた。片付けすんのめんどくせー、とぼやきながら。数秒後に琴璃の存在にも気付いた時、2人が向き合って立っていたから鈍感の彼も何と無く違う空気を察知した。
「ん……お?え、なに、お前らってもしかして付き合ってたの?」
ここにきてまたこの質問。しかも今回は忍足本人の居る目の前で。正直もう聞きたくない。また否定をしなきゃ。今日女の子たちにしたように。でも、忍足の前で同じようにあっさり否定するのがなんだか嫌だった。でも言わなければ岳人が勘違いするかもしれない。また忍足に迷惑がかかる。解決しようのない思いが延々と頭の中でループする。
「アホ岳人。琴璃ちゃん困っとるやんか」
琴璃が黙っていたら、忍足はそう言って呆れたような困ったような表情をする。そんな顔を見たくなくて。反射的に琴璃は拳を握った。
「あ、あの忍足くん、今日は用事あるから、ごめんね」
忍足が否定するのを目の前で聞きたくなかった。でも否定するのは当たり前なのに。付き合ってないのは事実なのだから。だとしても、そうだと分かっていても自分の目の前で言われるのが嫌だった。逃げるようにそこから去る。忍足は琴璃に向かって何かを言っていたけど、彼女の耳には入ってこなかった。
その夜に忍足からメールが来た。
『お疲れさん。明日ってヒマ?』
嘘は良くないから素直に、空いてるよ、と返信する。
『良かった。ほんならちょっと付き合うてほしいんやけど』
また無駄にドキドキしてしまう。付き合う。単なる行動を共にすることを言っているだけなのに。でも、本当に忍足と付き合えることができたら。これからもずっと彼の隣に居られたらいいのに。もう自分の気持ちに気付かないふりは出来なかった。
いつまで続くのだろう、こんな中途半端な関係は。
でも、もしかしたらもう忍足は辞めたいと思ってるのかもしれない。自分からデートなどに誘っておいた手前、琴璃に悪いと思って言い出せずにいるのかもしれない。もうこんなよく分からない関係を辞めたい、なんて。彼はとても優しいから。そんなふうには言わないけれど、きっともう、もしかしたら。
「このままじゃ駄目なんだよね」
潮時なのだ。
恋人でもないのにいつも側に居てくれる。彼をそんな都合の良いようにしたらいけないから。ふう、と息を吐く。そして、暗くなった携帯画面を再び起動させ、ゆっくりとした動作で、いいよ、と返信した。