清く正しく優しい君
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普段、昼食は食堂で食べている。初めの頃は岳人と2人だったけど、いつの間にかテニス部で集まって食べるようになっていた。レギュラー全員が集まれるわけじゃないから揃わない者もいる。日吉は最初の頃から来なかった。部活でずっと顔を見るんだから、食事くらい別に先輩方と一緒に食べなくたっていいじゃないですか、と当時可愛くないことを言っていた。次いで跡部もあまり姿を現さない。テニス部部長の他にも様々な肩書があるから、ここまで足を伸ばすのさえ惜しいのだろう。
でも、その跡部が今日は食堂に来ていた。珍しいこともあるんだと思った。忍足が来るより先に席に座っていて、向こう隣にいつものジローと岳人もいた。
「珍しいやん。こんなとこ来るなんて」
「たまたま時間が空いただけだ」
そう言った跡部はナイフとフォークを手にしていた。1番高いランチメニューを選んで静かに味わっている。隣にジローがどっかりと座って買ってきた菓子パンを頬張る。正反対な絵面に忍足は笑いそうになった。ジローは食べながら、反対隣の岳人と何かゲラゲラ笑って話していた。スマホで良く分からない動画を見て笑っている。跡部にテメェら行儀が悪い、と怒られても空返事だけして再び画面を見て騒いでいた。
空いている残りの席は跡部の真ん前しかない。忍足はそこに座ると今買ってきた紙パックのジュースにストローをさし、次いでサンドイッチのフィルムを剥がす。自分もジロー寄りの食事内容なので、真正面にランチのフルコースを広げられると肩身が狭い。
「なぁ。跡部は、彼女が清く正しいお付き合いを望む子やったらちゃんとそれを貫いてやるん?」
唐突すぎる質問に跡部の眉間に皺が寄る。
「なんだそのくだらねぇ質問は」
「ええから。天下の跡部様のご意見を聞きたいんです」
跡部は数秒間黙った。でも考えている様子ではない。忍足が何故そんなことを聞いてくるのかを思案していた。忍足の言う“清く正しい付き合い”の意味は、当然交際経験の多い彼には考えなくても分かる。
「理由次第だな」
それだけ言ってナイフを置くと静かにカップに口をつけた。その返答に忍足は驚く。嘘やろ、と思った。絶対に、そんな女は捨てる、とか言うと思ったのに。まさか本当にこの男は理由次第で譲歩するのだろうか。けっこう長い付き合いだから彼の本心は何となく分かる。跡部が女の子と清く正しいお付き合いなんて。あるわけ無いやん。理由次第だ、と言っておいても、跡部の場合は掃いて捨てるほど相手が居る。だからそんな女は選ばないだろう。そもそもな話、彼にこんな質問をしても意味がないと気付いた。跡部のほうも、忍足には自分の本心が読まれていると分かったらしい。カップを置いて両腕を組んでから意地悪げに笑ってみせた。
「なんて、言うと思ったか?」
「やっぱり違うんかい」
別に特定の女なんて作らなくとも良い。自分の欲求を満たせる相手はこの男にはいくらでもいるのだ。なんかそれも切ないもんやな、と忍足は1人思う。羨ましいとは一切感じなかった。
「えー、じゃあ、基本的に跡部はエッチできない子とは付き合わんってこと?」
「そんな女は恋人にする必要がない」
ついに本音を言った。
「うわ、ひど」
「フン。俺様にプラトニックな恋愛が想像できるか?」
「いや、思わんわ。想像が果てしなく遠いわ」
現に彼には今、忍足の知る限り特定の相手が居ない。なのに女の影があった。何故そう言えるのかはうまく説明できないけど、それは毎日顔を合わせる部活仲間だから分かることだった。間違いなく、跡部には女がいる。恋人じゃない 女が。
恋人同士にならなくとも体を重ねる。跡部にはそれができてしまう。彼はそこに何の抵抗も後ろめたさもない。確かに愛がなくともそれはできる。琴璃とは正反対だ。琴璃はもっと順序を踏んで、お互いのことを知ってから身体を許したいという考え方だろう。だからあんなに“普通”にこだわるのだと思う。それが別に古風な考えというわけでもない。逆に跡部のような女の付き合い方が今どきというわけでもない。異性との関係の築き方は人それぞれ違う。
「お前の女はそんな条件を突きつけてくるのか」
女じゃないのだけれど。色々説明が面倒なのであえて否定しなかった。
「そんなことを言ってくるヤツは単純に、自分に自信がねぇか男のお前を信用してないかのどっちかだろ」
「まぁ、その子はちょっとワケありでな」
「だとしても尚更今言った2つがどうにもならなきゃ、いつまでたってもお前はその女を抱けねぇよ」
別に、琴璃を抱きたいとかそんなふうには思ってない。でも跡部の言葉は腑に落ちた。元彼に甘えの1つも言えなかった琴璃だから。自分に自信があるなんて、跡部くらいの人間じゃなければ軽々と言わないけれど、きっと彼女は自分を責めている。勢いで付き合うんじゃなかった、とか言っていたような気がする。
忍足が琴璃に普通のデートをしようなんて提案をしたのは、単なる同情に他ならなかった。このまま放っておいたら彼女はきっと次の恋をしない。そんな気がした。ただ純粋に、彼女の笑った顔をもっと見たいと思った。それだけだった。別に忍足は琴璃を恋愛対象として見ていたわけじゃない。ただ、変な男に振り回されて疲れている彼女が不憫に思えただけでそれ以上の深い意味なんてない。本当にただなんとなく、彼女が喜ぶと思ったから。
初めのほうはぎこちなかった琴璃だったけど、映画に行った日に見せたあの笑顔に偽りは無かった。それを思うと自分には少なからず心を開いてくれたんだと感じる。でも、きっと彼女はどこか無理をしていたんじゃないか。跡部の言葉を受けて余計にそう思う。琴璃に信用されていないというのも、もしかしたら当たってるのかもしれない。
「そうか」
「あん?」
「俺、信用されてへんねや」
普段、人間関係においてそんなに執着する自分じゃないのに。彼女が1ミリでも無理して自分に付き合ってくれていたかもしれないなら、それは忍足にとってわりとショックだった。あの日あんなに楽しそうだったのに。それは自分だけだったのか。
「俺は彼女に信用されとらんわ、きっと。あんな可愛く笑うたのに」
「その女は誰にでも可愛く笑えるんじゃねぇのか」
跡部の言葉がやたら耳に響く。事情を知らない彼は決して忍足を追い詰めるつもりで言ってるわけじゃないのに。それなのに心に刺さるのは、やはり思うところがあるからだ。
ただ寂しい、と感じた。この短期間で琴璃のことを元彼よりも笑わせた自信があったのに。少なくとも、自分とデートしたことで琴璃を救えたんじゃないかと思っていた。でもそれは己惚だったんじゃないのか。
「なんの自信やねん」
自分の思い込みを1人で突っ込んでみる。もう跡部が聞いていようがどうでも良かった。虚しいことこの上ない。こういう時でもきっと彼女なら笑う気がする。どんなくだらない冗談でも馬鹿正直に返す子だから。でもその笑顔は果たしてどんな気持ちで忍足に見せるんだろうか。また無理をして笑う彼女が想像できたから、無性にやるせなくなった。
でも、その跡部が今日は食堂に来ていた。珍しいこともあるんだと思った。忍足が来るより先に席に座っていて、向こう隣にいつものジローと岳人もいた。
「珍しいやん。こんなとこ来るなんて」
「たまたま時間が空いただけだ」
そう言った跡部はナイフとフォークを手にしていた。1番高いランチメニューを選んで静かに味わっている。隣にジローがどっかりと座って買ってきた菓子パンを頬張る。正反対な絵面に忍足は笑いそうになった。ジローは食べながら、反対隣の岳人と何かゲラゲラ笑って話していた。スマホで良く分からない動画を見て笑っている。跡部にテメェら行儀が悪い、と怒られても空返事だけして再び画面を見て騒いでいた。
空いている残りの席は跡部の真ん前しかない。忍足はそこに座ると今買ってきた紙パックのジュースにストローをさし、次いでサンドイッチのフィルムを剥がす。自分もジロー寄りの食事内容なので、真正面にランチのフルコースを広げられると肩身が狭い。
「なぁ。跡部は、彼女が清く正しいお付き合いを望む子やったらちゃんとそれを貫いてやるん?」
唐突すぎる質問に跡部の眉間に皺が寄る。
「なんだそのくだらねぇ質問は」
「ええから。天下の跡部様のご意見を聞きたいんです」
跡部は数秒間黙った。でも考えている様子ではない。忍足が何故そんなことを聞いてくるのかを思案していた。忍足の言う“清く正しい付き合い”の意味は、当然交際経験の多い彼には考えなくても分かる。
「理由次第だな」
それだけ言ってナイフを置くと静かにカップに口をつけた。その返答に忍足は驚く。嘘やろ、と思った。絶対に、そんな女は捨てる、とか言うと思ったのに。まさか本当にこの男は理由次第で譲歩するのだろうか。けっこう長い付き合いだから彼の本心は何となく分かる。跡部が女の子と清く正しいお付き合いなんて。あるわけ無いやん。理由次第だ、と言っておいても、跡部の場合は掃いて捨てるほど相手が居る。だからそんな女は選ばないだろう。そもそもな話、彼にこんな質問をしても意味がないと気付いた。跡部のほうも、忍足には自分の本心が読まれていると分かったらしい。カップを置いて両腕を組んでから意地悪げに笑ってみせた。
「なんて、言うと思ったか?」
「やっぱり違うんかい」
別に特定の女なんて作らなくとも良い。自分の欲求を満たせる相手はこの男にはいくらでもいるのだ。なんかそれも切ないもんやな、と忍足は1人思う。羨ましいとは一切感じなかった。
「えー、じゃあ、基本的に跡部はエッチできない子とは付き合わんってこと?」
「そんな女は恋人にする必要がない」
ついに本音を言った。
「うわ、ひど」
「フン。俺様にプラトニックな恋愛が想像できるか?」
「いや、思わんわ。想像が果てしなく遠いわ」
現に彼には今、忍足の知る限り特定の相手が居ない。なのに女の影があった。何故そう言えるのかはうまく説明できないけど、それは毎日顔を合わせる部活仲間だから分かることだった。間違いなく、跡部には女がいる。
恋人同士にならなくとも体を重ねる。跡部にはそれができてしまう。彼はそこに何の抵抗も後ろめたさもない。確かに愛がなくともそれはできる。琴璃とは正反対だ。琴璃はもっと順序を踏んで、お互いのことを知ってから身体を許したいという考え方だろう。だからあんなに“普通”にこだわるのだと思う。それが別に古風な考えというわけでもない。逆に跡部のような女の付き合い方が今どきというわけでもない。異性との関係の築き方は人それぞれ違う。
「お前の女はそんな条件を突きつけてくるのか」
女じゃないのだけれど。色々説明が面倒なのであえて否定しなかった。
「そんなことを言ってくるヤツは単純に、自分に自信がねぇか男のお前を信用してないかのどっちかだろ」
「まぁ、その子はちょっとワケありでな」
「だとしても尚更今言った2つがどうにもならなきゃ、いつまでたってもお前はその女を抱けねぇよ」
別に、琴璃を抱きたいとかそんなふうには思ってない。でも跡部の言葉は腑に落ちた。元彼に甘えの1つも言えなかった琴璃だから。自分に自信があるなんて、跡部くらいの人間じゃなければ軽々と言わないけれど、きっと彼女は自分を責めている。勢いで付き合うんじゃなかった、とか言っていたような気がする。
忍足が琴璃に普通のデートをしようなんて提案をしたのは、単なる同情に他ならなかった。このまま放っておいたら彼女はきっと次の恋をしない。そんな気がした。ただ純粋に、彼女の笑った顔をもっと見たいと思った。それだけだった。別に忍足は琴璃を恋愛対象として見ていたわけじゃない。ただ、変な男に振り回されて疲れている彼女が不憫に思えただけでそれ以上の深い意味なんてない。本当にただなんとなく、彼女が喜ぶと思ったから。
初めのほうはぎこちなかった琴璃だったけど、映画に行った日に見せたあの笑顔に偽りは無かった。それを思うと自分には少なからず心を開いてくれたんだと感じる。でも、きっと彼女はどこか無理をしていたんじゃないか。跡部の言葉を受けて余計にそう思う。琴璃に信用されていないというのも、もしかしたら当たってるのかもしれない。
「そうか」
「あん?」
「俺、信用されてへんねや」
普段、人間関係においてそんなに執着する自分じゃないのに。彼女が1ミリでも無理して自分に付き合ってくれていたかもしれないなら、それは忍足にとってわりとショックだった。あの日あんなに楽しそうだったのに。それは自分だけだったのか。
「俺は彼女に信用されとらんわ、きっと。あんな可愛く笑うたのに」
「その女は誰にでも可愛く笑えるんじゃねぇのか」
跡部の言葉がやたら耳に響く。事情を知らない彼は決して忍足を追い詰めるつもりで言ってるわけじゃないのに。それなのに心に刺さるのは、やはり思うところがあるからだ。
ただ寂しい、と感じた。この短期間で琴璃のことを元彼よりも笑わせた自信があったのに。少なくとも、自分とデートしたことで琴璃を救えたんじゃないかと思っていた。でもそれは己惚だったんじゃないのか。
「なんの自信やねん」
自分の思い込みを1人で突っ込んでみる。もう跡部が聞いていようがどうでも良かった。虚しいことこの上ない。こういう時でもきっと彼女なら笑う気がする。どんなくだらない冗談でも馬鹿正直に返す子だから。でもその笑顔は果たしてどんな気持ちで忍足に見せるんだろうか。また無理をして笑う彼女が想像できたから、無性にやるせなくなった。