清く正しく優しい君
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第一印象は大人しそうな子だな、と思った。毎日テニス部を見に来ているような女子達の中にはまず居ないタイプ。自分が頭が痛くて呻いている様子を見て、ハンカチを置いていったんだろう。ええ子やな、と忍足は思った。でも、きっとこういうことが無ければ在学中に琴璃と話すなんて無かったかもしれない。偶然が無ければ関わらない、そんな子。何の接点もない彼女と次また会うことはそうそう無いと思う。
そう思っていたのに。2度目の再会はその日の午後だった。再会、というか忍足が一方的に見つけたと言ったほうが正しい。靴に履き替えて昇降口から出るところに琴璃を見かけた。誰かと一緒で話をしているふうだった。相手は男子生徒、これまた忍足の知らない顔。でも、多分3年だと思う。盗み見るなんて真似したくはなかったけど、こっそり下駄箱を影にして2人を見る。何やら不穏な空気だったのだ。しかも男の方が声を荒げている。
「なんでそうなるんだよ、こんなに俺が思ってるのに」
一方的に言われて琴璃は泣きそうな顔だった。昼休みに会った時は穏やかに笑っていたのに。今は肩を縮め俯いて男からの罵声に耐えている。これはどう見ても男が悪にしか見えない。理由が何であれ女の子に怒鳴るなんて有り得ない。そしてそれをスルーするほど忍足は愚かではない。男が琴璃の肩を掴んだ。もう見ていられなかった。
「ええ加減にせぇや」
琴璃も男もびっくりして忍足を見る。まさか他に人が居るなんて思わなかったようだ。でも、あれだけ大声で騒いでればそのうち誰かがやって来てただろう。
「困ってるやん、この子」
「何だよお前。関係ねぇだろ」
忍足はその言葉を無視して、琴璃の肩を掴む男の腕を掴んだ。
「なんだよ」
「女の子にでかい声出して。カッコ悪いと思わへんの?」
「うるせーなっ、放せ」
男は忍足の手を乱暴に振り解いた。そして、
「お前なんかこっちから願い下げだ」
琴璃を睨んで吐き捨てるように言うとさっさと行ってしまった。
「ほー。凄い捨て台詞やな」
「忍足くん……!」
振り向くと琴璃が心配そうに忍足を見ている。昼間に会った時とはまるで違って今にも泣きそうだった。
「部外者なのに割って入ってもうた。堪忍な」
「違うの、血が……」
言われて忍足はゆるゆると腕を持ち上げる。重力に従って落ちる赤い液体。指先を見た時、それは自分の血だと分かった。
「ありゃ」
「どうしよう、どうしよう……」
呑気にしている忍足に対し、琴璃は物凄く動揺している。少しだけ悩んだ後、
「保健室行こう」
と言って忍足の腕を掴んだ。半ば連行されるように、忍足は琴璃に引っ張られて保健室に向かった。とりあえず止血してもらおうと琴璃が言う。それは自分でも思ったから素直に従った。
保健室内には今日も保健医の姿は無かった。でもこの時間なら職員会議やらで居ない時もあるから仕方がない。琴璃は忍足と向かい合うように座って、指先に消毒液の染み込んだ綿球を当てた。昨日自分がされたから、場所とやり方は覚えている。ただし、許可なく使っている。
「痛む?」
「いや、全然」
さっき振り解かれた拍子に手が壁に当たって爪が割れたらしい。指先だからまあまあな流血だった。琴璃は大きめの絆創膏を貼ってやる。偶然にも、自分と同じ左手の人差し指だった。
「ごめんね、あんまり上手く貼れなくて」
「いや、じゅーぶんやで。それより堪忍な。またハンカチ汚してもうた」
保健室に来るまで血をおさえるものが無かったので琴璃が咄嗟にハンカチを傷口に当てたのだ。返したばかりのハンカチは、また忍足の手元に戻ってきてしまった。血で汚してしまうならあの時自分のを使えば良かったのだが、琴璃の行動のほうが早かった。花柄の可愛らしい色調のハンカチは、忍足の血で汚れてしまった。他人の血に怯まずに貸してくれる琴璃は、やっぱり優しい心の持ち主だと思った。だがそんな彼女は相変わらず顔を曇らせている。
「なんで謝るの?忍足くんは何も悪くないよ。謝るのはこっちだよ。……巻き込んでごめんね」
「けど、勝手に割り込んだのは俺やで」
「割り込んだとか、そんなことないよ。助けてもらったって思ってる。ほんとにありがとう」
やはり彼女は困っていた。琴璃は使ったピンセットたちを片付け、また忍足の目の前に座る。
「付き合ってた人だったの」
「過去形、っちゅーことはもしかして」
「うん、別れてほしいって私が話したら、いきなり怒り出しちゃって……」
なるほどだから不穏な空気やったんか、と忍足は1人納得する。別れ話を持ち掛けられて、逆上して詰め寄る男。なんちゅー小さい男や、と呆れもした。
「ねぇ忍足くん」
「ん?」
「男の人って、付き合ったら絶対に彼女に身体の関係を欲しがるの?」
「……は?」
一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。琴璃のことをよく知らないけど、今のところの印象は優しくて控えめな子。そんな子が、言いそうにないことを言った。だから理解するのに数秒かかった。
「そらまあ、ほとんどの男はそうやろな」
「どうして?」
「好きだから、ちゃうん?」
「……そっか」
悲しげに俯く琴璃。今のでなんとなく忍足は分かった。彼女は身体を求められたのが嫌だったんだろう。無理矢理とか強引は、忍足も良くないと思っている。世の中にはそうじゃない関係性の男女も居るけど、少なくとも一方の欲求だけで行うセックスはあまり良い気がしない。
「普通に、ただ普通に付き合いたかった」
ぽつりと琴璃が言った。ただなんとなく、独り言のように呟いた。でも忍足はちゃんと聞いている。
「その、琴璃ちゃんの言う普通って?」
「……よくわからないけど。たとえば、一緒に帰ったりデートしたり駅前のカフェに行ったり、とかかな」
「アイツはそーゆうことしてくれへんかったの?」
「うん。校内で会ったら喋るくらいで。付き合おうってなってから何日か経った日に、放課後一緒に帰ろうって言われて。初めて誘われたからちょっとうきうきしてたんだ、私。もしかしてデートかも、って。でも」
一度言葉が切れる。忍足は琴璃の膝の上にある両手が微かに震えているのを見逃さなかった。
「それは違って、着いたのが……変な、無人のホテルの前で」
その先に何が起こったのか忍足は聞かなかった。大体の想像はつく。男が誘った場所はカフェや遊園地のようなデートスポットでもない。琴璃がショックを受けるような所。
「でも、怖くなって私、彼を置いて逃げてきちゃったんだ。そしたら翌日すごい怒られた」
無理矢理襲われたわけではない事実に忍足は内心ホッとした。琴璃はさっきと同じ泣きそうな顔になっている。当時のことを思い出しているせいだ。彼氏について行ったらいきなりラブホテルだった。恋人同士なら可笑しくないのだろうけど、デートはおろか、手も繋いだことのない人とそんな行為をするなんて高校生の琴璃には考えられなかった。
「考えたらこんなのって付き合ってたってことにならないね」
忍足もそう思った。だけど否定も同意もしない。ただ、琴璃のことが不憫に思えた。初めてできた彼氏があんな男だったのが気の毒だと感じる。
「告白なんてされたの初めてで嬉しかった。あの人のこと全然知らなかったのに、私のことを好きだって言ってくれて」
でもそれは琴璃を手に入れる為の嘘だった。彼女はなかなか可愛いと思われる顔をしている。忍足も、純粋にそう思った。あの男も琴璃の見た目だけで寄ってきて告白をしたのだろう。そして本能のままの行動をした。
良くでもないが、男女間で聞く話だとは思う。男と女は脳の造りが違うから。男は女よりも本能に忠実。彼女の身体を求めたがる。それは忍足も理解できる。自分も男だから、好きな異性がいれば相手を抱きたいと思う。当然の感情。でもそれは相手を愛しているからそう思うことで。琴璃の元彼は、自分の性欲を満たしてくれれば誰でも良かった。そこに愛はない。もし琴璃を抱けたとして、その先は幸せに付き合えたのだろうか。琴璃は幸せと言えているのだろうか。そんなこと考えても意味がないけれど、今の彼女を見た限り確実に上手くいくわけないと忍足は思った。琴璃はただ普通 の恋愛をしたかったのだ。絵に描いたような、ごくごく普通のデート。そんな願いはあの男では叶えてもらえない。
琴璃の膝に水滴が落ちる。でもそれは一滴だけだった。ギュッと握った拳が震えていた。これ以上泣くまいと我慢をしている。
初めての彼氏は数週間で終わりを告げた。自分から別れを告げたのに、好きだと思えるところまで行き着かなかったのに。ただただ、心がとても痛む。辛いのを我慢している琴璃を見て忍足は放っておけなかった。
「とりあえずここ出よか。琴璃ちゃん、帰るとこやったんやろ?」
忍足は俯く琴璃に自分のハンカチを差し出す。彼女のものは血で汚してしまったから自分のを。
「……ありがと」
琴璃は顔をあげる。赤く充血した目が忍足に向く。でも忍足は気付いてないふりをして笑い返す。
「ほな。一緒に帰ろ」
そう思っていたのに。2度目の再会はその日の午後だった。再会、というか忍足が一方的に見つけたと言ったほうが正しい。靴に履き替えて昇降口から出るところに琴璃を見かけた。誰かと一緒で話をしているふうだった。相手は男子生徒、これまた忍足の知らない顔。でも、多分3年だと思う。盗み見るなんて真似したくはなかったけど、こっそり下駄箱を影にして2人を見る。何やら不穏な空気だったのだ。しかも男の方が声を荒げている。
「なんでそうなるんだよ、こんなに俺が思ってるのに」
一方的に言われて琴璃は泣きそうな顔だった。昼休みに会った時は穏やかに笑っていたのに。今は肩を縮め俯いて男からの罵声に耐えている。これはどう見ても男が悪にしか見えない。理由が何であれ女の子に怒鳴るなんて有り得ない。そしてそれをスルーするほど忍足は愚かではない。男が琴璃の肩を掴んだ。もう見ていられなかった。
「ええ加減にせぇや」
琴璃も男もびっくりして忍足を見る。まさか他に人が居るなんて思わなかったようだ。でも、あれだけ大声で騒いでればそのうち誰かがやって来てただろう。
「困ってるやん、この子」
「何だよお前。関係ねぇだろ」
忍足はその言葉を無視して、琴璃の肩を掴む男の腕を掴んだ。
「なんだよ」
「女の子にでかい声出して。カッコ悪いと思わへんの?」
「うるせーなっ、放せ」
男は忍足の手を乱暴に振り解いた。そして、
「お前なんかこっちから願い下げだ」
琴璃を睨んで吐き捨てるように言うとさっさと行ってしまった。
「ほー。凄い捨て台詞やな」
「忍足くん……!」
振り向くと琴璃が心配そうに忍足を見ている。昼間に会った時とはまるで違って今にも泣きそうだった。
「部外者なのに割って入ってもうた。堪忍な」
「違うの、血が……」
言われて忍足はゆるゆると腕を持ち上げる。重力に従って落ちる赤い液体。指先を見た時、それは自分の血だと分かった。
「ありゃ」
「どうしよう、どうしよう……」
呑気にしている忍足に対し、琴璃は物凄く動揺している。少しだけ悩んだ後、
「保健室行こう」
と言って忍足の腕を掴んだ。半ば連行されるように、忍足は琴璃に引っ張られて保健室に向かった。とりあえず止血してもらおうと琴璃が言う。それは自分でも思ったから素直に従った。
保健室内には今日も保健医の姿は無かった。でもこの時間なら職員会議やらで居ない時もあるから仕方がない。琴璃は忍足と向かい合うように座って、指先に消毒液の染み込んだ綿球を当てた。昨日自分がされたから、場所とやり方は覚えている。ただし、許可なく使っている。
「痛む?」
「いや、全然」
さっき振り解かれた拍子に手が壁に当たって爪が割れたらしい。指先だからまあまあな流血だった。琴璃は大きめの絆創膏を貼ってやる。偶然にも、自分と同じ左手の人差し指だった。
「ごめんね、あんまり上手く貼れなくて」
「いや、じゅーぶんやで。それより堪忍な。またハンカチ汚してもうた」
保健室に来るまで血をおさえるものが無かったので琴璃が咄嗟にハンカチを傷口に当てたのだ。返したばかりのハンカチは、また忍足の手元に戻ってきてしまった。血で汚してしまうならあの時自分のを使えば良かったのだが、琴璃の行動のほうが早かった。花柄の可愛らしい色調のハンカチは、忍足の血で汚れてしまった。他人の血に怯まずに貸してくれる琴璃は、やっぱり優しい心の持ち主だと思った。だがそんな彼女は相変わらず顔を曇らせている。
「なんで謝るの?忍足くんは何も悪くないよ。謝るのはこっちだよ。……巻き込んでごめんね」
「けど、勝手に割り込んだのは俺やで」
「割り込んだとか、そんなことないよ。助けてもらったって思ってる。ほんとにありがとう」
やはり彼女は困っていた。琴璃は使ったピンセットたちを片付け、また忍足の目の前に座る。
「付き合ってた人だったの」
「過去形、っちゅーことはもしかして」
「うん、別れてほしいって私が話したら、いきなり怒り出しちゃって……」
なるほどだから不穏な空気やったんか、と忍足は1人納得する。別れ話を持ち掛けられて、逆上して詰め寄る男。なんちゅー小さい男や、と呆れもした。
「ねぇ忍足くん」
「ん?」
「男の人って、付き合ったら絶対に彼女に身体の関係を欲しがるの?」
「……は?」
一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。琴璃のことをよく知らないけど、今のところの印象は優しくて控えめな子。そんな子が、言いそうにないことを言った。だから理解するのに数秒かかった。
「そらまあ、ほとんどの男はそうやろな」
「どうして?」
「好きだから、ちゃうん?」
「……そっか」
悲しげに俯く琴璃。今のでなんとなく忍足は分かった。彼女は身体を求められたのが嫌だったんだろう。無理矢理とか強引は、忍足も良くないと思っている。世の中にはそうじゃない関係性の男女も居るけど、少なくとも一方の欲求だけで行うセックスはあまり良い気がしない。
「普通に、ただ普通に付き合いたかった」
ぽつりと琴璃が言った。ただなんとなく、独り言のように呟いた。でも忍足はちゃんと聞いている。
「その、琴璃ちゃんの言う普通って?」
「……よくわからないけど。たとえば、一緒に帰ったりデートしたり駅前のカフェに行ったり、とかかな」
「アイツはそーゆうことしてくれへんかったの?」
「うん。校内で会ったら喋るくらいで。付き合おうってなってから何日か経った日に、放課後一緒に帰ろうって言われて。初めて誘われたからちょっとうきうきしてたんだ、私。もしかしてデートかも、って。でも」
一度言葉が切れる。忍足は琴璃の膝の上にある両手が微かに震えているのを見逃さなかった。
「それは違って、着いたのが……変な、無人のホテルの前で」
その先に何が起こったのか忍足は聞かなかった。大体の想像はつく。男が誘った場所はカフェや遊園地のようなデートスポットでもない。琴璃がショックを受けるような所。
「でも、怖くなって私、彼を置いて逃げてきちゃったんだ。そしたら翌日すごい怒られた」
無理矢理襲われたわけではない事実に忍足は内心ホッとした。琴璃はさっきと同じ泣きそうな顔になっている。当時のことを思い出しているせいだ。彼氏について行ったらいきなりラブホテルだった。恋人同士なら可笑しくないのだろうけど、デートはおろか、手も繋いだことのない人とそんな行為をするなんて高校生の琴璃には考えられなかった。
「考えたらこんなのって付き合ってたってことにならないね」
忍足もそう思った。だけど否定も同意もしない。ただ、琴璃のことが不憫に思えた。初めてできた彼氏があんな男だったのが気の毒だと感じる。
「告白なんてされたの初めてで嬉しかった。あの人のこと全然知らなかったのに、私のことを好きだって言ってくれて」
でもそれは琴璃を手に入れる為の嘘だった。彼女はなかなか可愛いと思われる顔をしている。忍足も、純粋にそう思った。あの男も琴璃の見た目だけで寄ってきて告白をしたのだろう。そして本能のままの行動をした。
良くでもないが、男女間で聞く話だとは思う。男と女は脳の造りが違うから。男は女よりも本能に忠実。彼女の身体を求めたがる。それは忍足も理解できる。自分も男だから、好きな異性がいれば相手を抱きたいと思う。当然の感情。でもそれは相手を愛しているからそう思うことで。琴璃の元彼は、自分の性欲を満たしてくれれば誰でも良かった。そこに愛はない。もし琴璃を抱けたとして、その先は幸せに付き合えたのだろうか。琴璃は幸せと言えているのだろうか。そんなこと考えても意味がないけれど、今の彼女を見た限り確実に上手くいくわけないと忍足は思った。琴璃はただ
琴璃の膝に水滴が落ちる。でもそれは一滴だけだった。ギュッと握った拳が震えていた。これ以上泣くまいと我慢をしている。
初めての彼氏は数週間で終わりを告げた。自分から別れを告げたのに、好きだと思えるところまで行き着かなかったのに。ただただ、心がとても痛む。辛いのを我慢している琴璃を見て忍足は放っておけなかった。
「とりあえずここ出よか。琴璃ちゃん、帰るとこやったんやろ?」
忍足は俯く琴璃に自分のハンカチを差し出す。彼女のものは血で汚してしまったから自分のを。
「……ありがと」
琴璃は顔をあげる。赤く充血した目が忍足に向く。でも忍足は気付いてないふりをして笑い返す。
「ほな。一緒に帰ろ」