セレスティアルブルー
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「跡部くーん」
優雅な朝に呑気な呼び声がする。跡部はロビーで雑誌を広げていた。高校生が読みそうにない経済誌。呼ばれても無視していたのに、千石はわざと跡部の前の椅子に座ってみせた。
「ねぇねぇ、今日はどうしてるの?」
「テメェに関係ねぇだろが」
「そんな冷たいこと言わないでよ、暇なら俺と打とうよ」
「お前には俺が今、暇してるように見えるのか?」
明日で合宿は終わるのだが、最終日前日の今日は各自が自由に使って良いことになっていた。自主練に充てている者もいるし、合宿所近辺を散策したり出掛けた者もいる。合宿、と言っても此度のものはそこまで本格的でもなかった。他校同士の親睦を深める狙いに近いようなもの。協会のお偉方が勝手に企画したようなものらしいから、そんなに躍起にならなくていい、と暗に意味されていた。だから、最初から全力で打ち込むのは真田くらいでそこまで真剣に取り組む者は見当たらなかった。
跡部はもともとこの合宿を面倒くさがっていたくらいだから、今日をたっぷりオフの日にしようと思っていた。なのに目の前の男は試合をしようと言ってくる。珍しく女子たちのもとへは行かないらしい。だが跡部は相手にする気なんて1ミリもない。なので変わらず無視を続けた。
そこへロビーの突き当りにあるエレベーターの扉が開いた。出てくる人物が2人。
「琴璃」
呼ばれて琴璃は跡部のほうを見る。一緒にいた山吹の子は呼び止めたのが跡部だと分かって小さな悲鳴をあげた。
2人の格好はいつものジャージ姿ではなくて完全な私服だった。琴璃はシャツワンピースにカーディガンを羽織っている。わりと女の子らしい格好。いつも短パンとかジャージだったのでギャップを感じる。でもなかなか似合っている。ワンピースの丈は膝が隠れるくらいで、崖から落ちた時の怪我は見えない。上半身も同様、長袖だからあの痛々しい傷も隠れている。せっかく可愛い格好をしているのに、傷だらけの腕や足が見えたら台無しだっただろう。
「何処かへ出掛けるのか」
「あ、はい。ひと駅隣に色々お店があるので2人で買い物しようと思って」
「そうか」
「えー、琴璃ちゃんショッピング行くの?んじゃあ俺も行っちゃおうかな」
いつの間にか、千石も側までやって来ていた。調子の良い先輩と対峙するように山吹の子が一歩前へ出る。
「駄目ですよ、先輩は。女の子同士のお買い物なんだからついて来ないで」
「あぁ、そなの」
「まったくもー、千石先輩はすぐそーやってチャラチャラするんだから」
「だとよ。言われてるぜ、千石」
鼻で笑う跡部を見て彼女は顔を少し赤らめた。言いすぎちゃったかな、と琴璃にこっそり耳打ちしてきたがかなり嬉しそうだ。不意に琴璃は跡部と目が合った。彼女と喋ってて笑っただけなのに、琴璃が跡部に笑いかけたみたいになる。慌てて琴璃は平生の顔に戻す、が、跡部はその様子を見てニヤリと笑い返した。間違いなく、琴璃は跡部を意識している。何とも思わなかった跡部を見る目が多少は変わった。今の反応でそれを確信する。
琴璃の服の襟元には華奢なリボンがついている。蝶々結びがほんの少しだけ曲がっているのに気付いた跡部はそれをあっさりと解いてしまう。
「あ、跡部さん?」
手慣れた手付きで綺麗に結び直してやった。そして、突然のことであたふたする琴璃の頭に手を乗せる。
「気をつけて行けよ。あんまり高い所に行くとまた落ちるぜ」
「そ、そんなところ行きませんし、もう落ちません!」
顔が真っ赤になっている。取り乱した琴璃を見て跡部は満足気に笑った。今の一連の動作を隣の彼女はただぼーっと見つめるだけだった。なんてスマートなんだろう、とうっとりしている。
そして彼女たちは仲良く出掛けていった。2人を見送ると再びソファに腰を下ろしさっきの雑誌に目をやる。
「そうそう聞いた?跡部くん」
「何がだ」
2人が出掛けた後でもまだ千石はここに居る。本当に何もすることがなくて暇らしい。特に邪魔をしてくるようでもないので跡部は放っておくことにした。でも、話しかけられたので一応返事はする。
「亜久津がさ、昨日冷蔵庫にケーキ入れといたんだって。そしたら誰かに食べられたらしくて、今犯人探しに燃えてんの。目が合ったヤツ片っ端から喧嘩挑んでるからキミも気をつけたほうがいいよ」
「なんだと」
「犯人、見つかったら半殺しだろうなぁ。あれは相当キレてた。俺のモンブラン食ったヤツぶち殺すって言ってたから」
てっきりあれは琴璃のケーキかと思っていたのに。所有者が分からないのに手をつけたのか。大胆なことをしやがるなと可笑しくなった。お陰で自分は犯人になってしまった。まぁ、半分以上食べた琴璃も共犯だ。むしろ首謀者は彼女のほうである。でも、琴璃がこんな騒動が起きていると知ったら間違いなく素直に名乗り出るだろうから。きっと何が何でも弁償する、そんな気がする。申し訳なさそうに落ち込む琴璃の顔を想像すると後味が悪くなった。
だからちょうど出掛けてくれて良かったと思った。
電車に乗って、合宿所の最寄駅からひと駅隣に降り立った。そこは小さな商店街があったり、程よく飲食店が立ち並んでいた。いつもの、学校の周りの都会のような華やかさはないけれど、懐かしい雰囲気が溢れている。レトロ、という表現が似合う街。
昔ながらのような喫茶店で2人してかき氷を食べた。琴璃はブルーハワイにした。昨日のケーキは凄く悩んだのに、今は迷わずそれを選んだ。綺麗な青だったから。彼女は山吹カラーだ、と言ってメロンにしていた。お互いに舌を出して凄い色だね、と笑い合う。
その後も買い物をしたり食べ歩きをしたり。女子高生らしいことをして1日満喫した。テニスの合宿に来ているのに、こんなふうに羽を伸ばせてとても楽しい。
「わーかわいい」
駅に戻るまでの道のりの途中で、小さな雑貨店に立ち寄る。行きに、帰りに絶対寄ろうね、と話していた。女子が好きそうな文房具とかハンカチといった小物類が並べられている。玩具のようだけど可愛いアクセサリーもあった。値段からしてやはり紛い物には違いないが、可愛いね、と言いながら2人で見ていた。
「見て見て琴璃ちゃん」
彼女が指さしたもの。琥珀糖、と書かれた菓子だった。涼しげな見た目をしている。他に金平糖やガラスみたいな飴も売っていて、面白いことにそれらは宝石がモチーフになっている。まるで本物のようにキラキラと輝いている。
「左から、エメラルド、アメジスト、オニキス、だって」
宝石に詳しくない琴璃もなんとなく聞いたことがある名前だった。その中で1つの商品に目が留まる。それは透明な青い色をした飴だった。
「天青石、だって。『別名セレスタイト』とも言うんだって」
彼女の説明を横で聞きながら、その砂糖菓子に琴璃は釘付けだった。どこまでも透き通った、それでいて深くも見える青。空にも海にも近いけど違う、名前の通りこの青は天に近い色なんだろう。聡明と高貴さを纏ったような特別感がある。
琴璃がいつまでも見つめているので、山吹の子は顔を覗き込んできた。
「琴璃ちゃんは青が好きなんだね」
「うん。……好き、かも」
言葉にしただけなのに。それは青色に対しての“好き”なのに。変にキドキしてしまう。
琴璃はこの青色を知っている。この数日間でもう何度も目にしている。惹きつけられる、青。まさしく彼の瞳の色と同じ色。
優雅な朝に呑気な呼び声がする。跡部はロビーで雑誌を広げていた。高校生が読みそうにない経済誌。呼ばれても無視していたのに、千石はわざと跡部の前の椅子に座ってみせた。
「ねぇねぇ、今日はどうしてるの?」
「テメェに関係ねぇだろが」
「そんな冷たいこと言わないでよ、暇なら俺と打とうよ」
「お前には俺が今、暇してるように見えるのか?」
明日で合宿は終わるのだが、最終日前日の今日は各自が自由に使って良いことになっていた。自主練に充てている者もいるし、合宿所近辺を散策したり出掛けた者もいる。合宿、と言っても此度のものはそこまで本格的でもなかった。他校同士の親睦を深める狙いに近いようなもの。協会のお偉方が勝手に企画したようなものらしいから、そんなに躍起にならなくていい、と暗に意味されていた。だから、最初から全力で打ち込むのは真田くらいでそこまで真剣に取り組む者は見当たらなかった。
跡部はもともとこの合宿を面倒くさがっていたくらいだから、今日をたっぷりオフの日にしようと思っていた。なのに目の前の男は試合をしようと言ってくる。珍しく女子たちのもとへは行かないらしい。だが跡部は相手にする気なんて1ミリもない。なので変わらず無視を続けた。
そこへロビーの突き当りにあるエレベーターの扉が開いた。出てくる人物が2人。
「琴璃」
呼ばれて琴璃は跡部のほうを見る。一緒にいた山吹の子は呼び止めたのが跡部だと分かって小さな悲鳴をあげた。
2人の格好はいつものジャージ姿ではなくて完全な私服だった。琴璃はシャツワンピースにカーディガンを羽織っている。わりと女の子らしい格好。いつも短パンとかジャージだったのでギャップを感じる。でもなかなか似合っている。ワンピースの丈は膝が隠れるくらいで、崖から落ちた時の怪我は見えない。上半身も同様、長袖だからあの痛々しい傷も隠れている。せっかく可愛い格好をしているのに、傷だらけの腕や足が見えたら台無しだっただろう。
「何処かへ出掛けるのか」
「あ、はい。ひと駅隣に色々お店があるので2人で買い物しようと思って」
「そうか」
「えー、琴璃ちゃんショッピング行くの?んじゃあ俺も行っちゃおうかな」
いつの間にか、千石も側までやって来ていた。調子の良い先輩と対峙するように山吹の子が一歩前へ出る。
「駄目ですよ、先輩は。女の子同士のお買い物なんだからついて来ないで」
「あぁ、そなの」
「まったくもー、千石先輩はすぐそーやってチャラチャラするんだから」
「だとよ。言われてるぜ、千石」
鼻で笑う跡部を見て彼女は顔を少し赤らめた。言いすぎちゃったかな、と琴璃にこっそり耳打ちしてきたがかなり嬉しそうだ。不意に琴璃は跡部と目が合った。彼女と喋ってて笑っただけなのに、琴璃が跡部に笑いかけたみたいになる。慌てて琴璃は平生の顔に戻す、が、跡部はその様子を見てニヤリと笑い返した。間違いなく、琴璃は跡部を意識している。何とも思わなかった跡部を見る目が多少は変わった。今の反応でそれを確信する。
琴璃の服の襟元には華奢なリボンがついている。蝶々結びがほんの少しだけ曲がっているのに気付いた跡部はそれをあっさりと解いてしまう。
「あ、跡部さん?」
手慣れた手付きで綺麗に結び直してやった。そして、突然のことであたふたする琴璃の頭に手を乗せる。
「気をつけて行けよ。あんまり高い所に行くとまた落ちるぜ」
「そ、そんなところ行きませんし、もう落ちません!」
顔が真っ赤になっている。取り乱した琴璃を見て跡部は満足気に笑った。今の一連の動作を隣の彼女はただぼーっと見つめるだけだった。なんてスマートなんだろう、とうっとりしている。
そして彼女たちは仲良く出掛けていった。2人を見送ると再びソファに腰を下ろしさっきの雑誌に目をやる。
「そうそう聞いた?跡部くん」
「何がだ」
2人が出掛けた後でもまだ千石はここに居る。本当に何もすることがなくて暇らしい。特に邪魔をしてくるようでもないので跡部は放っておくことにした。でも、話しかけられたので一応返事はする。
「亜久津がさ、昨日冷蔵庫にケーキ入れといたんだって。そしたら誰かに食べられたらしくて、今犯人探しに燃えてんの。目が合ったヤツ片っ端から喧嘩挑んでるからキミも気をつけたほうがいいよ」
「なんだと」
「犯人、見つかったら半殺しだろうなぁ。あれは相当キレてた。俺のモンブラン食ったヤツぶち殺すって言ってたから」
てっきりあれは琴璃のケーキかと思っていたのに。所有者が分からないのに手をつけたのか。大胆なことをしやがるなと可笑しくなった。お陰で自分は犯人になってしまった。まぁ、半分以上食べた琴璃も共犯だ。むしろ首謀者は彼女のほうである。でも、琴璃がこんな騒動が起きていると知ったら間違いなく素直に名乗り出るだろうから。きっと何が何でも弁償する、そんな気がする。申し訳なさそうに落ち込む琴璃の顔を想像すると後味が悪くなった。
だからちょうど出掛けてくれて良かったと思った。
電車に乗って、合宿所の最寄駅からひと駅隣に降り立った。そこは小さな商店街があったり、程よく飲食店が立ち並んでいた。いつもの、学校の周りの都会のような華やかさはないけれど、懐かしい雰囲気が溢れている。レトロ、という表現が似合う街。
昔ながらのような喫茶店で2人してかき氷を食べた。琴璃はブルーハワイにした。昨日のケーキは凄く悩んだのに、今は迷わずそれを選んだ。綺麗な青だったから。彼女は山吹カラーだ、と言ってメロンにしていた。お互いに舌を出して凄い色だね、と笑い合う。
その後も買い物をしたり食べ歩きをしたり。女子高生らしいことをして1日満喫した。テニスの合宿に来ているのに、こんなふうに羽を伸ばせてとても楽しい。
「わーかわいい」
駅に戻るまでの道のりの途中で、小さな雑貨店に立ち寄る。行きに、帰りに絶対寄ろうね、と話していた。女子が好きそうな文房具とかハンカチといった小物類が並べられている。玩具のようだけど可愛いアクセサリーもあった。値段からしてやはり紛い物には違いないが、可愛いね、と言いながら2人で見ていた。
「見て見て琴璃ちゃん」
彼女が指さしたもの。琥珀糖、と書かれた菓子だった。涼しげな見た目をしている。他に金平糖やガラスみたいな飴も売っていて、面白いことにそれらは宝石がモチーフになっている。まるで本物のようにキラキラと輝いている。
「左から、エメラルド、アメジスト、オニキス、だって」
宝石に詳しくない琴璃もなんとなく聞いたことがある名前だった。その中で1つの商品に目が留まる。それは透明な青い色をした飴だった。
「天青石、だって。『別名セレスタイト』とも言うんだって」
彼女の説明を横で聞きながら、その砂糖菓子に琴璃は釘付けだった。どこまでも透き通った、それでいて深くも見える青。空にも海にも近いけど違う、名前の通りこの青は天に近い色なんだろう。聡明と高貴さを纏ったような特別感がある。
琴璃がいつまでも見つめているので、山吹の子は顔を覗き込んできた。
「琴璃ちゃんは青が好きなんだね」
「うん。……好き、かも」
言葉にしただけなのに。それは青色に対しての“好き”なのに。変にキドキしてしまう。
琴璃はこの青色を知っている。この数日間でもう何度も目にしている。惹きつけられる、青。まさしく彼の瞳の色と同じ色。