セレスティアルブルー
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食堂にある業務用の大きな冷蔵庫の中に顔を突っ込んで、何か手頃なものはないかと物色している。その不思議な後ろ姿を跡部は黙って見ていた。
「あ、ゼリーがある」
カップのゼリーを見つけて喜ぶ琴璃。その間跡部はずっと退屈そうにしている。携帯も本も持ってきていないから湯が湧くまで大人しく待つしかない。本当はもうコーヒーなんてどうでも良くなっていたが、淹れ直せと言った以上は飲もうと思った。隣に座った琴璃が嬉しそうにゼリーの蓋を捲っているのを横目で見る。
「そんなものが食事になるか。もっとちゃんとした物を食べろ」
「だって、こんな遅い時間に食べたら太りますもん」
「お前はもう少し太ったほうが良い」
普段ならそんなことを女にいちいち指摘しないけれど。今日、彼女を抱き上げた時にその軽さに驚いたから言ってみた。女子ならこんなこと言われれば嬉しいものだろう。痩せていると言われてるようなものだから悪い気はしない。だが琴璃は違った。跡部を横から軽く睨む。
「もう。そんなフォローしてくれなくていいですよ」
「俺様はこれまでに年下の女をフォローしたことなんざねぇな」
「……それ、自慢できることじゃないですよ」
そんなことを堂々と言える気が知れない。やっぱり彼は普通の人じゃないんだ。助けてもらう前から、他の選手たちとはオーラが違っていたのは琴璃でも感じ取れた。うまく言えないが纏っている雰囲気が違う。育ちが良いんだと思う。他の人より品があるから。
それと同時に今の跡部の言葉が引っ掛かった。何とはなしに彼はわざわざ“年下”と付けたこと。そういう言い方をするということは、跡部の彼女は年上の人なんだろうか。見るからに彼はモテる。琴璃の中では、跡部に彼女が居ること前提で考えていた。高校生とかじゃなくて社会人くらいの歳の相手がいてもおかしくない。それは跡部が大人っぽく見えるからというのもあるけれど。琴璃の知らない世界を沢山知っていそうな。良く分からないけど、跡部は芸能人の類いに近い、雲の上の存在のような感じ。
そこでちょうどケトルが鳴った。琴璃が食べる手を止めてフィルターをセットする。
「インスタントのでいいですか?それしか無いみたいで」
「仕方ねぇな」
世界が違うからきっと普段はこんな安いコーヒーは飲まないんだろうなと思った。でも、彼が飲むと安かろうが様になる。跡部は美味いとも不味いとも言わずに琴璃の淹れたコーヒーを黙って飲んでいた。
そのまま静かな時間が流れる。コーヒーの仄かな香りと、冷蔵庫などの家電製品が出すモーター音だけ。今この場所は電気が点いているから平気だけど、だんだんと沈黙のほうに耐えられなくなってきた。だから、琴璃はぽつぽつと語りだす。
「小学生の頃に隠れんぼして遊んでて、体育倉庫から出られなくなっちゃったことがあったんです」
別に跡部は話すように促しちゃいないのだから黙って食べれば良い。でも琴璃はこの静かな空間が少し居づらかった。だから、聞かれてもいないけれど自分の話をし始めた。
「先生が気付かないで鍵かけちゃって。それから苦手になりました」
日が落ちて、誰も見つけに来てくれなくてとうとう泣いて助けを求めた。暗くて大して広くない場所にどれくらい居たのか覚えてない。けれどあの時間は地獄だった。
その後、体育館のどこかに隠れたのを知ってた子が先生に知らせて探しに来てくれた。すごく怒られたのもよく覚えている。真っ暗の中に閉じ込められて、二度と出られないんじゃないかって思った。それがトラウマとなって暗闇が怖くなってしまった。
「あの日は冬で、いっそう暗いし寒いしで……凄く怖い思い出になっちゃいました」
跡部は何も言わずコーヒーを飲んでいる。別に、この件に関して琴璃をからかう気はなかった。あの時の彼女は酷く怯えていた。人間誰にでも精神的に辛いものがあるから。自分にとっては何てことなくても彼女にとっては脅威。それを容易く笑い飛ばすほど冷淡ではない。
そして何となく察しもついた。青学の連中に自分の弱点を打ち明けないわけを。話せばきっと、テニス部みんなが彼女に気を使う。或いはマネージャーとしての仕事の一部をさせてもらえないかもしれない。この合宿同伴も実現しなかったかもしれない。彼女の性格からして特別扱いされるのは嫌なんだろう。手塚がそんなことで特別扱いするとは思えないが、それでも心配はする。琴璃はそんな余計な迷惑をかけたくなかったから言わなかった。多分、これからも。跡部に不本意にも知られてしまったが、彼女は自分からそんな弱みを話さない。手塚が腕の故障を言い訳にしなかったように、彼女も自分の不利を利用しようとは思っていない。そんなところが手塚に似ているとも思った。強情なヤツだ。だから同じようにからかいたくなるのかもしれない。
「それで食べるのか」
「え?あ」
喋っている間、無意識にゼリーをかき混ぜていた。固形だったはずのそれがぐちゃぐちゃになっている。
「……味は変わりません」
跡部はそうは思えなかった。気にせず琴璃はすっかり液状になったそれを一気に流し込む。
「そうだ。他にも発見したんですよ」
琴璃が冷蔵庫から出してきたのは白い四角い箱だった。中身はケーキだと予想できる。案の定それで2つのケーキが跡部の目の前に並ぶ。
「ちょうど2つある。跡部さん、食べましょう。どっちがいいですか?」
いそいそと2人分の皿とフォークを持ってきた。
「お前の好きにしろ」
「良いんですか?じゃあ……」
良いも何もこのケーキは跡部のものではない。琴璃はじっくり悩んだ後チョコレートケーキのほうを選び取った。残りのモンブランも皿に乗せ跡部の前に差し出す。
「こっちにします。はい、どうぞ跡部さん」
何故ケーキなんか食べる気になったのか。分からないが、久しぶりに口にするそれはとても甘く感じる。この安いコーヒーがとても引き立っている。夜に甘い物を欲しくなるというのはこういう気持ちからなのか。
「おいしい。しあわせ」
そんな簡素な感想を言って琴璃は顔を綻ばせる。別に、その笑顔は跡部に向けられたものじゃない。直接的に琴璃を笑顔にしたのはケーキなのだけれど。とにかく琴璃が笑った。そのことに反応してしまう。これまで彼女が跡部に向けてきたのはいつも警戒の目だった。それが今、大きく変わったのだ。何故か気分が良い。笑っていると可愛い女なのだと気付いた。琴璃には笑顔が似合うのだと。
「どうですか、そっちのモンブラン」
跡部がそんなことを思ってるとは露知らずに物欲しそうに見つめてくる琴璃。なんだか笑えてくる。忍足の言った通り、まるで小動物のような顔をしている。でも笑ったのにはもう1つ。
「欲しいなら食えよ」
「え、いいんですか。それじゃ失礼して……」
遠慮がちな態度だったが、跡部の食べかけを結構豪快に取った。
「もいしぃ」
跡部景吾の隣にいるのに。そんなことは彼女にはどうでもよくて、興味あるのはケーキなのだ。幸せそうに咀嚼する。美味そうに食いやがる、と思った。本当は教えてやろうかと思ったけど辞めておいた。エネルギー消費の低い夜中にこんな糖質の塊を摂るのが1番肥満になりやすいんだと。せっかく満面の笑顔になったのに、そんなことを教えてやったらまたしかめっ面になるだろうから。
相も変わらず跡部のほうには目もくれずにケーキに夢中になっている。おかしな女だ。
「お前は色気より食い気なんだな」
「はい?」
琴璃はようやく跡部のほうに顔を向けた。口角にお決まり通りのクリームを付けて。
「まさかそれはわざとなのか?俺様にどうしてほしいんだ?」
きょとんとする琴璃。そういう顔もできるんだな、と関心する。初対面であまりにも可愛げがないから勘違いしていたが、実際は暗闇を怖がり甘いものが好きな、わりと普通の高校生だと知る。
ふと思った。彼女は跡部を相手に焦ったり恥じらったりしないのだろうか。今日抱き上げて運んだ時だってとにかく慌てた様子だった。申し訳無さ100%の表情で跡部を見ていた。恥ずかしそうな素振りはまるでない。他の女子マネージャーのように自分を見てキャーキャーとも騒がない。かと言って好奇の目を向けてくるわけでもない。言い換えれば意識されてないのだということになる。現に今もケーキに夢中だ。
「そいつは面白くねえなァ」
「何です?」
お前が本当に何も思わないのか、試してみようじゃねぇの。そんな賭けみたいなことを思いながら琴璃の顎に手を添える。そして、クリームのついた彼女の口の端を舐めた。ほとんどそれはキスと呼んでいいものだった。ほんの1、2秒の出来事。
最初はぽかんとしてた琴璃だが、口は半開きのまま次第に頬に色が現れてくる。さあどうする。また、手塚をからかった時みたいに激昂するのか。彼女が怒ったら、バァカ、こんなことで意識してんじゃねぇよ、と、鼻で笑い飛ばしてやろうと思っていた。
なのに。
跡部の予想は外れた。
琴璃は静かにフォークを置いた。かちゃり、という音がやたら響いた。
そして顔を真っ赤にし、何度も瞬きを繰り返し、恥ずかしそうに俯いたのだった。
「あ、ゼリーがある」
カップのゼリーを見つけて喜ぶ琴璃。その間跡部はずっと退屈そうにしている。携帯も本も持ってきていないから湯が湧くまで大人しく待つしかない。本当はもうコーヒーなんてどうでも良くなっていたが、淹れ直せと言った以上は飲もうと思った。隣に座った琴璃が嬉しそうにゼリーの蓋を捲っているのを横目で見る。
「そんなものが食事になるか。もっとちゃんとした物を食べろ」
「だって、こんな遅い時間に食べたら太りますもん」
「お前はもう少し太ったほうが良い」
普段ならそんなことを女にいちいち指摘しないけれど。今日、彼女を抱き上げた時にその軽さに驚いたから言ってみた。女子ならこんなこと言われれば嬉しいものだろう。痩せていると言われてるようなものだから悪い気はしない。だが琴璃は違った。跡部を横から軽く睨む。
「もう。そんなフォローしてくれなくていいですよ」
「俺様はこれまでに年下の女をフォローしたことなんざねぇな」
「……それ、自慢できることじゃないですよ」
そんなことを堂々と言える気が知れない。やっぱり彼は普通の人じゃないんだ。助けてもらう前から、他の選手たちとはオーラが違っていたのは琴璃でも感じ取れた。うまく言えないが纏っている雰囲気が違う。育ちが良いんだと思う。他の人より品があるから。
それと同時に今の跡部の言葉が引っ掛かった。何とはなしに彼はわざわざ“年下”と付けたこと。そういう言い方をするということは、跡部の彼女は年上の人なんだろうか。見るからに彼はモテる。琴璃の中では、跡部に彼女が居ること前提で考えていた。高校生とかじゃなくて社会人くらいの歳の相手がいてもおかしくない。それは跡部が大人っぽく見えるからというのもあるけれど。琴璃の知らない世界を沢山知っていそうな。良く分からないけど、跡部は芸能人の類いに近い、雲の上の存在のような感じ。
そこでちょうどケトルが鳴った。琴璃が食べる手を止めてフィルターをセットする。
「インスタントのでいいですか?それしか無いみたいで」
「仕方ねぇな」
世界が違うからきっと普段はこんな安いコーヒーは飲まないんだろうなと思った。でも、彼が飲むと安かろうが様になる。跡部は美味いとも不味いとも言わずに琴璃の淹れたコーヒーを黙って飲んでいた。
そのまま静かな時間が流れる。コーヒーの仄かな香りと、冷蔵庫などの家電製品が出すモーター音だけ。今この場所は電気が点いているから平気だけど、だんだんと沈黙のほうに耐えられなくなってきた。だから、琴璃はぽつぽつと語りだす。
「小学生の頃に隠れんぼして遊んでて、体育倉庫から出られなくなっちゃったことがあったんです」
別に跡部は話すように促しちゃいないのだから黙って食べれば良い。でも琴璃はこの静かな空間が少し居づらかった。だから、聞かれてもいないけれど自分の話をし始めた。
「先生が気付かないで鍵かけちゃって。それから苦手になりました」
日が落ちて、誰も見つけに来てくれなくてとうとう泣いて助けを求めた。暗くて大して広くない場所にどれくらい居たのか覚えてない。けれどあの時間は地獄だった。
その後、体育館のどこかに隠れたのを知ってた子が先生に知らせて探しに来てくれた。すごく怒られたのもよく覚えている。真っ暗の中に閉じ込められて、二度と出られないんじゃないかって思った。それがトラウマとなって暗闇が怖くなってしまった。
「あの日は冬で、いっそう暗いし寒いしで……凄く怖い思い出になっちゃいました」
跡部は何も言わずコーヒーを飲んでいる。別に、この件に関して琴璃をからかう気はなかった。あの時の彼女は酷く怯えていた。人間誰にでも精神的に辛いものがあるから。自分にとっては何てことなくても彼女にとっては脅威。それを容易く笑い飛ばすほど冷淡ではない。
そして何となく察しもついた。青学の連中に自分の弱点を打ち明けないわけを。話せばきっと、テニス部みんなが彼女に気を使う。或いはマネージャーとしての仕事の一部をさせてもらえないかもしれない。この合宿同伴も実現しなかったかもしれない。彼女の性格からして特別扱いされるのは嫌なんだろう。手塚がそんなことで特別扱いするとは思えないが、それでも心配はする。琴璃はそんな余計な迷惑をかけたくなかったから言わなかった。多分、これからも。跡部に不本意にも知られてしまったが、彼女は自分からそんな弱みを話さない。手塚が腕の故障を言い訳にしなかったように、彼女も自分の不利を利用しようとは思っていない。そんなところが手塚に似ているとも思った。強情なヤツだ。だから同じようにからかいたくなるのかもしれない。
「それで食べるのか」
「え?あ」
喋っている間、無意識にゼリーをかき混ぜていた。固形だったはずのそれがぐちゃぐちゃになっている。
「……味は変わりません」
跡部はそうは思えなかった。気にせず琴璃はすっかり液状になったそれを一気に流し込む。
「そうだ。他にも発見したんですよ」
琴璃が冷蔵庫から出してきたのは白い四角い箱だった。中身はケーキだと予想できる。案の定それで2つのケーキが跡部の目の前に並ぶ。
「ちょうど2つある。跡部さん、食べましょう。どっちがいいですか?」
いそいそと2人分の皿とフォークを持ってきた。
「お前の好きにしろ」
「良いんですか?じゃあ……」
良いも何もこのケーキは跡部のものではない。琴璃はじっくり悩んだ後チョコレートケーキのほうを選び取った。残りのモンブランも皿に乗せ跡部の前に差し出す。
「こっちにします。はい、どうぞ跡部さん」
何故ケーキなんか食べる気になったのか。分からないが、久しぶりに口にするそれはとても甘く感じる。この安いコーヒーがとても引き立っている。夜に甘い物を欲しくなるというのはこういう気持ちからなのか。
「おいしい。しあわせ」
そんな簡素な感想を言って琴璃は顔を綻ばせる。別に、その笑顔は跡部に向けられたものじゃない。直接的に琴璃を笑顔にしたのはケーキなのだけれど。とにかく琴璃が笑った。そのことに反応してしまう。これまで彼女が跡部に向けてきたのはいつも警戒の目だった。それが今、大きく変わったのだ。何故か気分が良い。笑っていると可愛い女なのだと気付いた。琴璃には笑顔が似合うのだと。
「どうですか、そっちのモンブラン」
跡部がそんなことを思ってるとは露知らずに物欲しそうに見つめてくる琴璃。なんだか笑えてくる。忍足の言った通り、まるで小動物のような顔をしている。でも笑ったのにはもう1つ。
「欲しいなら食えよ」
「え、いいんですか。それじゃ失礼して……」
遠慮がちな態度だったが、跡部の食べかけを結構豪快に取った。
「もいしぃ」
跡部景吾の隣にいるのに。そんなことは彼女にはどうでもよくて、興味あるのはケーキなのだ。幸せそうに咀嚼する。美味そうに食いやがる、と思った。本当は教えてやろうかと思ったけど辞めておいた。エネルギー消費の低い夜中にこんな糖質の塊を摂るのが1番肥満になりやすいんだと。せっかく満面の笑顔になったのに、そんなことを教えてやったらまたしかめっ面になるだろうから。
相も変わらず跡部のほうには目もくれずにケーキに夢中になっている。おかしな女だ。
「お前は色気より食い気なんだな」
「はい?」
琴璃はようやく跡部のほうに顔を向けた。口角にお決まり通りのクリームを付けて。
「まさかそれはわざとなのか?俺様にどうしてほしいんだ?」
きょとんとする琴璃。そういう顔もできるんだな、と関心する。初対面であまりにも可愛げがないから勘違いしていたが、実際は暗闇を怖がり甘いものが好きな、わりと普通の高校生だと知る。
ふと思った。彼女は跡部を相手に焦ったり恥じらったりしないのだろうか。今日抱き上げて運んだ時だってとにかく慌てた様子だった。申し訳無さ100%の表情で跡部を見ていた。恥ずかしそうな素振りはまるでない。他の女子マネージャーのように自分を見てキャーキャーとも騒がない。かと言って好奇の目を向けてくるわけでもない。言い換えれば意識されてないのだということになる。現に今もケーキに夢中だ。
「そいつは面白くねえなァ」
「何です?」
お前が本当に何も思わないのか、試してみようじゃねぇの。そんな賭けみたいなことを思いながら琴璃の顎に手を添える。そして、クリームのついた彼女の口の端を舐めた。ほとんどそれはキスと呼んでいいものだった。ほんの1、2秒の出来事。
最初はぽかんとしてた琴璃だが、口は半開きのまま次第に頬に色が現れてくる。さあどうする。また、手塚をからかった時みたいに激昂するのか。彼女が怒ったら、バァカ、こんなことで意識してんじゃねぇよ、と、鼻で笑い飛ばしてやろうと思っていた。
なのに。
跡部の予想は外れた。
琴璃は静かにフォークを置いた。かちゃり、という音がやたら響いた。
そして顔を真っ赤にし、何度も瞬きを繰り返し、恥ずかしそうに俯いたのだった。