セレスティアルブルー
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練習が終われば夕食も風呂も自由な時間に利用して良いことになっている。逆を言えば自主的に練習を続けるのも自由だ。そんな者は居ないだろう、と思っていたが真田はいつまでもコートで打っていた。無論、誰も彼の練習に付き合う者は居ない。同じ立海の幸村でさえも、
「まだやんの真田。本当にテニス馬鹿だなあ」
とうんざり顔で彼を残して合宿所に戻っていった。跡部はシャワールームへと向かった。あの後、琴璃を手塚に引き渡してから練習へ戻ったのだ。わずか1時間あまりだったけれどハードに動いたので汗をさっさと流したかった。その後食堂へ行くと自分と入れ替わりに浴場へ行く者たちが多かった。混雑ピークは過ぎたようで、食堂内は閑散としていた。
「跡部」
1人で夕食をとっていたら名前を呼ばれた。顔を上げると手塚が、食事の乗ったトレーを持って立っていた。
「うちの藤白が世話になったな。礼を言う。有難う」
「そういやアイツの姿が見えねえな」
「医療班に念の為診てもらっている。随分な所から滑り落ちたようだが、骨には異常ないそうだ」
「そうか」
さっきまで手塚は琴璃に付き添って医務室へ行っていた。ようやく事が落ち着いたので面と向かって跡部に礼を言いに来たのだ。彼も今から食事らしい。座ってもいいだろうか、と聞いてきたので好きにしろと言って向かいの席を視線で示す。
「お前が彼女を抱き抱えて帰ってきたから、もっと深刻な事態かと思ったが」
「フン。ああでもしなけりゃ目を閉じて進む気でいたんだぜ、あいつは」
「どういうことだ?それは」
手塚は良く分からないといった表情をしたので瞬時に分かった。琴璃が暗所恐怖症なことをこいつは知らない。
「なんでもねぇよ」
余計なことを言うつもりはない。それにいちいち説明するのも面倒だった。食事も終えたし明日に備えて部屋で休みたい。まだ食事を始めたばかりの手塚を残し席を立った。食器を配膳台に片付けてから側のコーヒーサーバーを手に取る。部屋に持ち帰れるよう設置されているもの。紙のカップを手にとってそれに注いだ。高校生のテニス合宿にしてはまずまずなサービスだと思う。
「跡部」
背後から呼ばれる。今度は誰だ、と振り向くと不二が立っていた。
「うちの琴璃が世話になったね。ありがとう」
「あぁ」
今し方言われたセリフを再び耳にする。手塚も不二も今から夕食を取ろうとしていた。琴璃のことでそれどころじゃなかったのだろう。
「大事にならなくて良かったよ。もし時間があったらさ、琴璃の様子を見に行ってあげてくれない?」
「別に明日でいいだろう、もう。こんな時間だ」
顎で壁の時計を指した。21時を回った頃だった。
「うん、まぁそれもそうなんだけどさ。なんだか琴璃、跡部のこと気にしてたみたいだったから」
「迷惑かけたとか思ってんじゃねぇの」
「それもあると思うけど。なんか他に落ち着かない様子だったから」
まぁ、気が向いたら頼むよ。だが不二が言い終わる前に跡部はもう歩き出していた。
「どうした」
皆、部屋に戻ったようでほとんど人が残っていなかった。不二は手塚の向かい側に座る。さっきまで跡部が座っていた場所。手塚は丁寧に魚の骨を取り除いていた。
「琴璃が元気なかったからさ。跡部に、見に行ってあげてくれって言ったんだ。余計なことだったかな」
「藤白は悪いと思っているんだろう。跡部にも、俺たちにも」
「琴璃ってさぁ、なんとなくキミに似てるよね」
黙々と箸を動かす手塚の手が止まった。
「それはどういう意味だ」
「フフ。真面目なところとか、頭が少し固いところとか。いい意味で実直。悪く言えば頑固」
「……不二」
「キミも琴璃も、派手好きの跡部とは正反対だね」
手塚は何かを言おうとしたけど。否定するのも琴璃に失礼かと思ってそれ以上言わなかった。
階段を上がった先に小さなロビースペースがある。跡部はそこに居た。片手でコーヒーの入ったカップを持っているからいつものように腕も組めない。跡部の部屋はこのフロアではない。それなのにここに居る。不二の願いを聞いてやるつもりは無かったが、琴璃の様子は少なからず気になっていた。怪我の具合もそうだがトンネルを越える前の琴璃の動揺ぶりは確かだった。本当に暗いところが苦手な証拠だと思う。
しかし来たのはいいが琴璃の部屋がどれなのか知らない。一応、選手以外の参加者の部屋は2階だということだけは知っていた。でもそれ以上は全く分からない。あの野郎、訪ねてほしいなら教えとけよ、と不二を思い出しながら悪態をつく。5分ほど経っても女子は1人も姿を現すことはなかった。このままここに居ても馬鹿らしいので自分の部屋のフロアへ上がった。男子、というか主に選抜選手の部屋はその上にある。エントランスホールは吹き抜けになっていて、今居た2階の様子も下を覗き込めば見える。
なんとなく、最後にもう一度下の階を見下ろした。さっきまで皆が集まっていた食堂の方はすっかり明かりが消えている。自分や手塚たちが利用していたのは思ったよりもぎりぎりの利用時間だったらしい。
3階にも2階と同じロビーがあってそこに誰かが座っていた。その人物は跡部の気配に気付いて振り向いた。
「あ、跡部さん。良かった」
「お前、なんでこんな所に居るんだ」
琴璃がほっとした顔で近寄ってくる。
「跡部さんを訪ねようと思ったんですが、どの部屋か分からなくて。どうしようか考えてたら本物が現れたんです」
彼女も自分と同じことを考えていた。たまたまここに現れたから良かったものの、もし部屋に戻っていたらどうするつもりだったんだろうか。
「あの、これ。お借りしたままですみませんでした」
琴璃が差し出してきたのはジャージだった。昼間、助けに行った時に跡部が貸してやったもの。
「そういやそうだったな」
コーヒーを持っている手と反対の手で受け取る。
「それと、まだちゃんとお礼を言ってませんでした。今日は本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる琴璃。今は昼間と違って上下長袖の服なので怪我の程度が分からない。顔色は見違えるほど良くなっていた。やっぱりあの時はどう見てもおかしかったのだ。
「あの、それで」
「あ?」
「今日のこと……部長や不二先輩に話しましたか?」
「話すも何も、俺がお前を抱えて合宿所に戻った時、既に手塚が待ち構えてただろうが」
「いえ、あの、そこじゃなくて」
「なんだよ、はっきり言え」
「私が、トンネルを怖がったことです」
跡部が告げ口したのではないか、と琴璃は気にしていた。
彼女の中ではバラされたら困るらしい。跡部が変なことを言わないかとそわそわしていた。その様子を見て不二は、彼女が気に病んでいたと解釈したのだ。言ったところでどうにかなるのか。跡部はそう思ったけど聞かなかった。琴璃が真剣な顔だからからかう空気ではなかった。
「別に誰に何も言ってねぇよ」
「そうですか……良かった」
跡部の答えにホッとしたのか琴璃は胸に手を当てる。その手が絆創膏だらけになっているのに跡部は気付いた。
「遅くにすみませんでした」
一礼してここから避ろうとする、その時。ぐう、と間抜けな音が鳴った。お互いが沈黙して見つめ合うこと数秒間。次第に琴璃の顔が赤くなってゆく。
「あっ……はは、実は夕飯食べそこねちゃって」
医者の診察が終わって、そこから急いで跡部のジャージを洗濯にかけた。乾燥が終わる間に泥塗れの身体を何とかするべく浴場に行っていたら、食事をとる時間が無くなってしまったのだ。
「食堂は自由に使っていいんだろ。何かしらあるんじゃねぇか」
「そ、そうですね」
けれど琴璃は浮かない顔をして目を跡部から別の方へ移した。跡部もその視線を追う。その先にあるのは吹き抜けから見える1階フロアだった。節電対策の意図もあり時間通りに消灯している。ここから見ても吸い込まれるように暗い。暗所恐怖症の人間はまず無理だと思える。琴璃の憂鬱そうな様子の正体が分かった。何か食べに行きたくても、行けないのだ。
跡部は手にしていたカップを見る。一口も口をつけてないコーヒーはもうとっくに冷めていた。やれやれ、と思いながらジャージを脇に抱えると。
「コーヒーが冷めちまったから淹れ直せ」
「え?」
「俺様も行ってやるって言ってんだよ」
そう言って階段を降りてゆく。意味がよく分かってないまま、琴璃もその背を追いかけた。
「まだやんの真田。本当にテニス馬鹿だなあ」
とうんざり顔で彼を残して合宿所に戻っていった。跡部はシャワールームへと向かった。あの後、琴璃を手塚に引き渡してから練習へ戻ったのだ。わずか1時間あまりだったけれどハードに動いたので汗をさっさと流したかった。その後食堂へ行くと自分と入れ替わりに浴場へ行く者たちが多かった。混雑ピークは過ぎたようで、食堂内は閑散としていた。
「跡部」
1人で夕食をとっていたら名前を呼ばれた。顔を上げると手塚が、食事の乗ったトレーを持って立っていた。
「うちの藤白が世話になったな。礼を言う。有難う」
「そういやアイツの姿が見えねえな」
「医療班に念の為診てもらっている。随分な所から滑り落ちたようだが、骨には異常ないそうだ」
「そうか」
さっきまで手塚は琴璃に付き添って医務室へ行っていた。ようやく事が落ち着いたので面と向かって跡部に礼を言いに来たのだ。彼も今から食事らしい。座ってもいいだろうか、と聞いてきたので好きにしろと言って向かいの席を視線で示す。
「お前が彼女を抱き抱えて帰ってきたから、もっと深刻な事態かと思ったが」
「フン。ああでもしなけりゃ目を閉じて進む気でいたんだぜ、あいつは」
「どういうことだ?それは」
手塚は良く分からないといった表情をしたので瞬時に分かった。琴璃が暗所恐怖症なことをこいつは知らない。
「なんでもねぇよ」
余計なことを言うつもりはない。それにいちいち説明するのも面倒だった。食事も終えたし明日に備えて部屋で休みたい。まだ食事を始めたばかりの手塚を残し席を立った。食器を配膳台に片付けてから側のコーヒーサーバーを手に取る。部屋に持ち帰れるよう設置されているもの。紙のカップを手にとってそれに注いだ。高校生のテニス合宿にしてはまずまずなサービスだと思う。
「跡部」
背後から呼ばれる。今度は誰だ、と振り向くと不二が立っていた。
「うちの琴璃が世話になったね。ありがとう」
「あぁ」
今し方言われたセリフを再び耳にする。手塚も不二も今から夕食を取ろうとしていた。琴璃のことでそれどころじゃなかったのだろう。
「大事にならなくて良かったよ。もし時間があったらさ、琴璃の様子を見に行ってあげてくれない?」
「別に明日でいいだろう、もう。こんな時間だ」
顎で壁の時計を指した。21時を回った頃だった。
「うん、まぁそれもそうなんだけどさ。なんだか琴璃、跡部のこと気にしてたみたいだったから」
「迷惑かけたとか思ってんじゃねぇの」
「それもあると思うけど。なんか他に落ち着かない様子だったから」
まぁ、気が向いたら頼むよ。だが不二が言い終わる前に跡部はもう歩き出していた。
「どうした」
皆、部屋に戻ったようでほとんど人が残っていなかった。不二は手塚の向かい側に座る。さっきまで跡部が座っていた場所。手塚は丁寧に魚の骨を取り除いていた。
「琴璃が元気なかったからさ。跡部に、見に行ってあげてくれって言ったんだ。余計なことだったかな」
「藤白は悪いと思っているんだろう。跡部にも、俺たちにも」
「琴璃ってさぁ、なんとなくキミに似てるよね」
黙々と箸を動かす手塚の手が止まった。
「それはどういう意味だ」
「フフ。真面目なところとか、頭が少し固いところとか。いい意味で実直。悪く言えば頑固」
「……不二」
「キミも琴璃も、派手好きの跡部とは正反対だね」
手塚は何かを言おうとしたけど。否定するのも琴璃に失礼かと思ってそれ以上言わなかった。
階段を上がった先に小さなロビースペースがある。跡部はそこに居た。片手でコーヒーの入ったカップを持っているからいつものように腕も組めない。跡部の部屋はこのフロアではない。それなのにここに居る。不二の願いを聞いてやるつもりは無かったが、琴璃の様子は少なからず気になっていた。怪我の具合もそうだがトンネルを越える前の琴璃の動揺ぶりは確かだった。本当に暗いところが苦手な証拠だと思う。
しかし来たのはいいが琴璃の部屋がどれなのか知らない。一応、選手以外の参加者の部屋は2階だということだけは知っていた。でもそれ以上は全く分からない。あの野郎、訪ねてほしいなら教えとけよ、と不二を思い出しながら悪態をつく。5分ほど経っても女子は1人も姿を現すことはなかった。このままここに居ても馬鹿らしいので自分の部屋のフロアへ上がった。男子、というか主に選抜選手の部屋はその上にある。エントランスホールは吹き抜けになっていて、今居た2階の様子も下を覗き込めば見える。
なんとなく、最後にもう一度下の階を見下ろした。さっきまで皆が集まっていた食堂の方はすっかり明かりが消えている。自分や手塚たちが利用していたのは思ったよりもぎりぎりの利用時間だったらしい。
3階にも2階と同じロビーがあってそこに誰かが座っていた。その人物は跡部の気配に気付いて振り向いた。
「あ、跡部さん。良かった」
「お前、なんでこんな所に居るんだ」
琴璃がほっとした顔で近寄ってくる。
「跡部さんを訪ねようと思ったんですが、どの部屋か分からなくて。どうしようか考えてたら本物が現れたんです」
彼女も自分と同じことを考えていた。たまたまここに現れたから良かったものの、もし部屋に戻っていたらどうするつもりだったんだろうか。
「あの、これ。お借りしたままですみませんでした」
琴璃が差し出してきたのはジャージだった。昼間、助けに行った時に跡部が貸してやったもの。
「そういやそうだったな」
コーヒーを持っている手と反対の手で受け取る。
「それと、まだちゃんとお礼を言ってませんでした。今日は本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる琴璃。今は昼間と違って上下長袖の服なので怪我の程度が分からない。顔色は見違えるほど良くなっていた。やっぱりあの時はどう見てもおかしかったのだ。
「あの、それで」
「あ?」
「今日のこと……部長や不二先輩に話しましたか?」
「話すも何も、俺がお前を抱えて合宿所に戻った時、既に手塚が待ち構えてただろうが」
「いえ、あの、そこじゃなくて」
「なんだよ、はっきり言え」
「私が、トンネルを怖がったことです」
跡部が告げ口したのではないか、と琴璃は気にしていた。
彼女の中ではバラされたら困るらしい。跡部が変なことを言わないかとそわそわしていた。その様子を見て不二は、彼女が気に病んでいたと解釈したのだ。言ったところでどうにかなるのか。跡部はそう思ったけど聞かなかった。琴璃が真剣な顔だからからかう空気ではなかった。
「別に誰に何も言ってねぇよ」
「そうですか……良かった」
跡部の答えにホッとしたのか琴璃は胸に手を当てる。その手が絆創膏だらけになっているのに跡部は気付いた。
「遅くにすみませんでした」
一礼してここから避ろうとする、その時。ぐう、と間抜けな音が鳴った。お互いが沈黙して見つめ合うこと数秒間。次第に琴璃の顔が赤くなってゆく。
「あっ……はは、実は夕飯食べそこねちゃって」
医者の診察が終わって、そこから急いで跡部のジャージを洗濯にかけた。乾燥が終わる間に泥塗れの身体を何とかするべく浴場に行っていたら、食事をとる時間が無くなってしまったのだ。
「食堂は自由に使っていいんだろ。何かしらあるんじゃねぇか」
「そ、そうですね」
けれど琴璃は浮かない顔をして目を跡部から別の方へ移した。跡部もその視線を追う。その先にあるのは吹き抜けから見える1階フロアだった。節電対策の意図もあり時間通りに消灯している。ここから見ても吸い込まれるように暗い。暗所恐怖症の人間はまず無理だと思える。琴璃の憂鬱そうな様子の正体が分かった。何か食べに行きたくても、行けないのだ。
跡部は手にしていたカップを見る。一口も口をつけてないコーヒーはもうとっくに冷めていた。やれやれ、と思いながらジャージを脇に抱えると。
「コーヒーが冷めちまったから淹れ直せ」
「え?」
「俺様も行ってやるって言ってんだよ」
そう言って階段を降りてゆく。意味がよく分かってないまま、琴璃もその背を追いかけた。