セレスティアルブルー
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5分ほど歩くと獣道だったのがいくらか開けてきた。崖の上の合宿所がすぐ近くに見える。あともう数分歩けば辿り着くだろうという距離で。
「ちょ、ちょっと待ってください」
いきなり琴璃が声をあげる。前のめりになって明らかに焦った表情だった。
「どうした」
「もしかして……ここを通るんですか?」
獣道が終わったかと思うと、目の前にはトンネルが姿を現した。普段見慣れた車道にあるそれとは全く違う見た目で、山道を繋ぐ為の簡易的なものだった。勿論、避難誘導灯なんてものはない。昼間なのに薄暗くて、所謂心霊スポットに使われそうな雰囲気を醸し出している。
「跡部さん、ここを通ってきたんですか」
「そうだが」
「ひえ」
「ここを抜ければ合宿所はすぐだ。2、300メートルぐらいか」
「に、さんびゃく……」
「なんだ、怖いのかよ?」
跡部がニヤリと笑って聞いた。だが琴璃は何も答えない。
「おい、どうした。顔色が悪いぜ」
「え、あ、はぁ」
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「えっと、その、暗いところが、あまり……得意ではなくてですね」
苦し紛れに打ち明ける。もうこれ以上あの真っ暗な入り口を見ていられなくて、琴璃は目を逸らした。跡部が見てもすぐ分かるくらい顔色が冴えない。冗談抜きで、本当に怖いようだ。
「すいません。そんなこと言ってられないですよね」
「まぁな」
「目を瞑って歩きます」
「馬鹿か、こんな道で出来るわけねぇだろ。まだ怪我したいのか」
目を閉じて何も見えなくなるぶんには平気らしい。
「でもほら、壁に手をついていけば」
そう言って、固く目を閉じながら入ってゆこうとする。コンクリートで補整されていない道を視力に頼らず進もうとしている。そんな危険な行為はテニスの特訓ですらしない。コイツは馬鹿なのか、それともまさか出来ると思ってるのか。やれやれ、と跡部は小さく息を吐いた。おっかなびっくり歩く琴璃の腕を掴んで止めた。
「強情なヤツだな」
「え、わ、ひゃっ」
琴璃は思わず目を開く。自分の身体が浮いた。すぐ近くに跡部の顔があって更に動揺する。自分が跡部に抱きかかえられていると知るまで数秒かかった。
「わ、あ、とべさん」
「おら、進むぜ。怖いんだったら目を閉じろ」
「でもあの、重いですから、私。跡部さんの腕が疲れちゃう」
「んなわけねーだろ」
逆に軽すぎて不審に思うくらいだ。跡部は琴璃の抵抗を無視したまま否応なく進んでゆく。トンネルの中に入ったら琴璃は大人しくなった。薄暗くてよく分からないがおそらく目を瞑っている。耐えるように身体を固くしているのが跡部にも伝わってきた。
「お前、それじゃ落ちる。俺の首に腕をまわせ」
「え、あ、はい。……失礼します」
「フン、手塚じゃなくて悪かったなぁ?」
「はい、あ、いえ」
自分が何を言っているかあんまりよく分かっていない。もう会話をするのにも必死だった。怖いのなら何か話していたほうが気が紛れるだろう。跡部はそう思ったけれど、琴璃との共通の話題なんて手塚くらいしかない。もしくはこないだの関東大会の話。でも青学に負けたのに話題にするのは気乗りしない。それにこの状態じゃ、何を言っても意味がないと思った。しがみつく琴璃の手の強さから分かる。だから無駄な会話はやめてさっさと出口を目指すことにした。相変わらずがっちりと跡部の首にしがみついている。別に痛くはないけど、ここまで怯えることなのか。ただのトンネルじゃねぇか。思ったけど口には出さない。こういう時にからかったりするのは違う。琴璃は崖から落ちたことよりもこの数百メートルの暗闇が怖いのだ。わざわざ恐怖感を煽るようなことはしない。この女が気に食わないとかそれ以前の話だ。
「大丈夫か」
「……あんまり大丈夫じゃ、ないです」
「ハッ、素直なこった」
それ以上の会話は続かなかった。跡部1人の足音だけが響き渡る。ここは地下ではないのにひんやりしていて涼しい。琴璃の手も冷たくなっていた。外気のせいというよりも緊張からくるもの。
「もうすぐ抜ける」
気持ち、跡部にしがみつく手の力が弱まった。でもぎゅっと目を閉じているのは相変わらず。今まで自分に対抗してくる顔しか見てなかったから、こんなふうに弱く縮こまる琴璃は初めて見ることになる。
「すみません」
唐突に、琴璃がそんなことを言う。
「なんだ、俺様に借りを作っちまったとでも思ってんのか」
「別に、そんなんじゃないです」
ふるふると、腕の中で琴璃が首を振る。
「こないだ、私は跡部さんに失礼なこと言いました。ごめんなさい」
「あぁ、あれか」
「本当は、跡部さんのこと、そんなふうに思ってないです。部長が負けて悔しかったけど、あの試合はすごく感動した。対戦相手なのに見入っちゃって、すごく綺麗なフォームで打つ人だなって思いました」
跡部は黙って聞いていた。琴璃はまともに喋れるほどに落ち着いてきたようだ。
「もちろん、部長もとっても凄いですけど」
「そうかよ」
あくまでも、手塚を差し置いての褒め言葉はないらしい。でもその言葉に嘘偽りは無いから。素直に受け取ろうと思う。
「初見の素人にこんなこと言われても、って思うかもしれませんけど、跡部さんのテニス凄かったです」
他人から称賛されることに慣れている。もっと地位のある人から認められたりもする。他校のただのマネージャーにテニスが凄いと言われただけなのに。普通は何とも思わないけれど、今日はいい気分になった。可愛くねえ女だと思ったのを訂正しようと思った。
「んなこと別に思っちゃいねぇよ。おら、出たぞ」
琴璃ははっとして目を開ける。眼の前が眩しくなる。外はもう陽が傾きかけていた。建物の屋根が見えて、戻ってきたんだと実感する。
「お迎えが来たようだぜ」
建物のほうから手塚が走ってやって来るのが見えた。琴璃は思わずほっとした。
「よく耐えたな」
そんな言葉が頭上から降ってきて。琴璃は視線を手塚から跡部へ移す。彼は優しい眼差しをしていた。とても綺麗な青い瞳で。琴璃のことを見下ろしていた。夕陽を背負った彼はこれ以上ないほどに格好良かった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
いきなり琴璃が声をあげる。前のめりになって明らかに焦った表情だった。
「どうした」
「もしかして……ここを通るんですか?」
獣道が終わったかと思うと、目の前にはトンネルが姿を現した。普段見慣れた車道にあるそれとは全く違う見た目で、山道を繋ぐ為の簡易的なものだった。勿論、避難誘導灯なんてものはない。昼間なのに薄暗くて、所謂心霊スポットに使われそうな雰囲気を醸し出している。
「跡部さん、ここを通ってきたんですか」
「そうだが」
「ひえ」
「ここを抜ければ合宿所はすぐだ。2、300メートルぐらいか」
「に、さんびゃく……」
「なんだ、怖いのかよ?」
跡部がニヤリと笑って聞いた。だが琴璃は何も答えない。
「おい、どうした。顔色が悪いぜ」
「え、あ、はぁ」
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「えっと、その、暗いところが、あまり……得意ではなくてですね」
苦し紛れに打ち明ける。もうこれ以上あの真っ暗な入り口を見ていられなくて、琴璃は目を逸らした。跡部が見てもすぐ分かるくらい顔色が冴えない。冗談抜きで、本当に怖いようだ。
「すいません。そんなこと言ってられないですよね」
「まぁな」
「目を瞑って歩きます」
「馬鹿か、こんな道で出来るわけねぇだろ。まだ怪我したいのか」
目を閉じて何も見えなくなるぶんには平気らしい。
「でもほら、壁に手をついていけば」
そう言って、固く目を閉じながら入ってゆこうとする。コンクリートで補整されていない道を視力に頼らず進もうとしている。そんな危険な行為はテニスの特訓ですらしない。コイツは馬鹿なのか、それともまさか出来ると思ってるのか。やれやれ、と跡部は小さく息を吐いた。おっかなびっくり歩く琴璃の腕を掴んで止めた。
「強情なヤツだな」
「え、わ、ひゃっ」
琴璃は思わず目を開く。自分の身体が浮いた。すぐ近くに跡部の顔があって更に動揺する。自分が跡部に抱きかかえられていると知るまで数秒かかった。
「わ、あ、とべさん」
「おら、進むぜ。怖いんだったら目を閉じろ」
「でもあの、重いですから、私。跡部さんの腕が疲れちゃう」
「んなわけねーだろ」
逆に軽すぎて不審に思うくらいだ。跡部は琴璃の抵抗を無視したまま否応なく進んでゆく。トンネルの中に入ったら琴璃は大人しくなった。薄暗くてよく分からないがおそらく目を瞑っている。耐えるように身体を固くしているのが跡部にも伝わってきた。
「お前、それじゃ落ちる。俺の首に腕をまわせ」
「え、あ、はい。……失礼します」
「フン、手塚じゃなくて悪かったなぁ?」
「はい、あ、いえ」
自分が何を言っているかあんまりよく分かっていない。もう会話をするのにも必死だった。怖いのなら何か話していたほうが気が紛れるだろう。跡部はそう思ったけれど、琴璃との共通の話題なんて手塚くらいしかない。もしくはこないだの関東大会の話。でも青学に負けたのに話題にするのは気乗りしない。それにこの状態じゃ、何を言っても意味がないと思った。しがみつく琴璃の手の強さから分かる。だから無駄な会話はやめてさっさと出口を目指すことにした。相変わらずがっちりと跡部の首にしがみついている。別に痛くはないけど、ここまで怯えることなのか。ただのトンネルじゃねぇか。思ったけど口には出さない。こういう時にからかったりするのは違う。琴璃は崖から落ちたことよりもこの数百メートルの暗闇が怖いのだ。わざわざ恐怖感を煽るようなことはしない。この女が気に食わないとかそれ以前の話だ。
「大丈夫か」
「……あんまり大丈夫じゃ、ないです」
「ハッ、素直なこった」
それ以上の会話は続かなかった。跡部1人の足音だけが響き渡る。ここは地下ではないのにひんやりしていて涼しい。琴璃の手も冷たくなっていた。外気のせいというよりも緊張からくるもの。
「もうすぐ抜ける」
気持ち、跡部にしがみつく手の力が弱まった。でもぎゅっと目を閉じているのは相変わらず。今まで自分に対抗してくる顔しか見てなかったから、こんなふうに弱く縮こまる琴璃は初めて見ることになる。
「すみません」
唐突に、琴璃がそんなことを言う。
「なんだ、俺様に借りを作っちまったとでも思ってんのか」
「別に、そんなんじゃないです」
ふるふると、腕の中で琴璃が首を振る。
「こないだ、私は跡部さんに失礼なこと言いました。ごめんなさい」
「あぁ、あれか」
「本当は、跡部さんのこと、そんなふうに思ってないです。部長が負けて悔しかったけど、あの試合はすごく感動した。対戦相手なのに見入っちゃって、すごく綺麗なフォームで打つ人だなって思いました」
跡部は黙って聞いていた。琴璃はまともに喋れるほどに落ち着いてきたようだ。
「もちろん、部長もとっても凄いですけど」
「そうかよ」
あくまでも、手塚を差し置いての褒め言葉はないらしい。でもその言葉に嘘偽りは無いから。素直に受け取ろうと思う。
「初見の素人にこんなこと言われても、って思うかもしれませんけど、跡部さんのテニス凄かったです」
他人から称賛されることに慣れている。もっと地位のある人から認められたりもする。他校のただのマネージャーにテニスが凄いと言われただけなのに。普通は何とも思わないけれど、今日はいい気分になった。可愛くねえ女だと思ったのを訂正しようと思った。
「んなこと別に思っちゃいねぇよ。おら、出たぞ」
琴璃ははっとして目を開ける。眼の前が眩しくなる。外はもう陽が傾きかけていた。建物の屋根が見えて、戻ってきたんだと実感する。
「お迎えが来たようだぜ」
建物のほうから手塚が走ってやって来るのが見えた。琴璃は思わずほっとした。
「よく耐えたな」
そんな言葉が頭上から降ってきて。琴璃は視線を手塚から跡部へ移す。彼は優しい眼差しをしていた。とても綺麗な青い瞳で。琴璃のことを見下ろしていた。夕陽を背負った彼はこれ以上ないほどに格好良かった。