セレスティアルブルー
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青い空。緑は何処までも続き遠くで聞いたことのない鳥の鳴き声がする。今日も良い天気だ。けれどもうすぐ夕刻になるはずだ、多分。時計をしてくればよかったと思った。
人間は予期せぬ出来事が起きると冷静になれるんだなと知った。今、自分は脚を投げ出して座り込んで呑気に空を見上げている。ぐるっと首を回すと背後にはなかなかの高さの崖。自分はこの上から落ちてきたのだ。早く帰らないと。でも、果たしてこれを登って合宿所に戻れるのか。
「はあ」
意外にもそこまで狼狽えなかった。全く動じていないわけではないけれど。手すりで滑った瞬間にやばい、とは思った。でもそのまま滑り落ちるしかなかった。頭では分かっていてもどうすることもできない状況だったのだ。
今日の琴璃は青学の指定の体育着を身に着けていた。半袖半ズボンで動きやすさを重視したもの。汚れても良いし、何か作業があるかもしれないと思って合宿に持ってきていたのだ。でもそれがまさか仇となるとは思わなかった。短パンで剥き出しの両膝は泥だらけになっている。血も出ていた。これは多分、汚れを洗い流したら痣もできている。上半身も無傷ではなかった。腕に小さな掠り傷が幾つもついている。肌が切れたり擦れたりして酷い色になっている。どうやったらこんな傷が出来るのか分からないものもある。言わずもがな、服は派手に汚れていた。
少し慎重に腰を上げてみた。とりあえず歩けるので骨に異常はないらしい。さてどうしようと思う。やっぱりここを登るのは気が引ける。合宿に来ている彼らならこんな崖は軽々と登りきれるだろうけど。でも自分は違う。選手のサポートに来ている身だ。運動神経だって平均並みの琴璃が登るのは無理に等しい。いよいよ事の重大さを感じてくる。
「どうしよう」
「琴璃」
2回目の独り言に被さるように名前を呼ばれた。気のせいだろうか、と思いつつ振り向くと誰かが向こうからやってくる。見間違いだと思った。
「無事か」
「え、あ、とべさん。なんで」
「お前が落ちる瞬間を目撃した」
跡部は合宿所の裏からここまで歩いてきたらしい。見れば彼の後ろには獣道がある。かろうじて歩けるような細い道。合宿所に繋がる裏道があったのか、と驚いた。
「歩けるか?どこか痛むところはあるか」
「あ、はい、大丈夫ですし歩けます」
本人がそう言っても跡部は信用していなかった。ハプニングに気が動転して逆に強がっている可能性もある。だがひとまず琴璃はしっかりと両足で立っているので深刻な事態ではないと判断する。
「なら、戻るぞ」
跡部は着ていたジャージを脱ぎ琴璃に羽織らせた。ついでに彼女の頬に手を滑らせる。付いていた土を拭い取ってやった。
「あ、す、すいません」
琴璃は思わず下を向く。今の自分の姿を思い出したのだ。こんな格好はあまり見られたくはない。跡部はそんな琴璃のいたたまれない気持ちを察した。だから、黙ってもと来た道を歩き出す。琴璃もそれに続いた。
「まさか跡部さんが助けに来てくれるなんて」
「フン、手塚じゃなくて悪かったな」
「そ、そんなこと思ってません!」
この前のことを今更思い出した。手塚を巡って、というのは少し語弊があるが跡部とは手塚のことで険悪な雰囲気になっていた。別に跡部のほうは1ミリも気にしちゃいないが、琴璃が一方的に敵視していた。そのことを今の今まで忘れてたけど、思い出したからには警戒心を跡部に向ける。
「お前は手塚の何処に惚れてるんだ?」
しかし跡部は琴璃の真意を知ってか知らずか話を続ける。
「だから、私は部長のことそんなふうに思ってませんから。誤解です」
「なんだ、本当に違うのかよ」
知ってるのにそんなことを言う。琴璃の調子が戻ってきた。何か話をしていたほうが痛みも紛れるんじゃないかと思った。
山道はそれなりの上り坂だった。でも前を歩く跡部との距離は開かない。さり気なく歩を緩めている。女の体力ではそれなりに厳しい上に怪我もしているからちゃんと気にかけている。
「でも、とても憧れてます」
ぽそりと琴璃が言った。もう、跡部に対して無視を決め込むのは辞めた。一応助けに来てくれたわけだし、手塚と琴璃が付き合ってると本気で思ってないようだから。誂いにいちいち目くじらを立てるのは辞めることにする。
琴璃は恋愛的な気持ちではなくて、ただ純粋に、手塚のことは凄い人間なんだと思っている。部長としてみんなをまとめる姿もそうだし、マネージャーである自分に指示を出す時も的確でいて冷静だった。手塚の年相応とは見えない落ち着きがいつも見習うべきところだと思っていた。
でも、やっぱり何よりもテニスをしている時の手塚を見て凄いと感じる。
「部長のテニスは、完璧で凄いなあって思います」
ちらりと跡部は後ろを見た。琴璃がせっせと自分のあとをついて歩いている。少し早いかと思ってほんの僅かに速度を落とした。そんな微かな気遣いだから琴璃は気付いていない。
「私がマネージャーになってから今日まで、部長が負けたのは1回しか見たことがなかった。それがこの前の関東大会の跡部さんとの試合です」
あの手塚部長に勝ったんだから、対戦相手の跡部も凄い人なんだなと思った。1年の琴璃は氷帝と当たるまでどんな学校か知らなかった。だから跡部の派手なパフォーマンスも関東大会の時に初めて目にした。集まるギャラリーの中心で一際目立っていた。目立ちたがり屋なんだな、くらいにしか思っていなかったけど。実際に手塚とぶつかる試合を目の当たりにして、強い人だと分かった。美技がどうとか自分で言ってたけど、本当に琴璃をも魅了するプレーをしていた。彼も手塚と並ぶような凄いアスリートなんだ。それが良く分かった。
だから彼がどれだけ凄いのかは知っていた。なのに、あの時はどうしても受け流せなくて。あんな負け惜しみみたいな言い方をしたこと。言った本人が1番気にしていた。跡部のほうは別に気にも留めていなかったけど。でも、仮にもテニス部のマネージャーをやってるのに、怪我がどうで負けたなんて言うべきじゃなかった。手塚にも失礼ではないか。それが分かった。
前を歩く跡部の背を見つめる。借りたジャージからとてもいい匂いがする。琴璃のことを許してくれさえしそうな優しい匂いだった。袖を通すとぶかぶかな彼のジャージに、こっそりと鼻をうずめた。
人間は予期せぬ出来事が起きると冷静になれるんだなと知った。今、自分は脚を投げ出して座り込んで呑気に空を見上げている。ぐるっと首を回すと背後にはなかなかの高さの崖。自分はこの上から落ちてきたのだ。早く帰らないと。でも、果たしてこれを登って合宿所に戻れるのか。
「はあ」
意外にもそこまで狼狽えなかった。全く動じていないわけではないけれど。手すりで滑った瞬間にやばい、とは思った。でもそのまま滑り落ちるしかなかった。頭では分かっていてもどうすることもできない状況だったのだ。
今日の琴璃は青学の指定の体育着を身に着けていた。半袖半ズボンで動きやすさを重視したもの。汚れても良いし、何か作業があるかもしれないと思って合宿に持ってきていたのだ。でもそれがまさか仇となるとは思わなかった。短パンで剥き出しの両膝は泥だらけになっている。血も出ていた。これは多分、汚れを洗い流したら痣もできている。上半身も無傷ではなかった。腕に小さな掠り傷が幾つもついている。肌が切れたり擦れたりして酷い色になっている。どうやったらこんな傷が出来るのか分からないものもある。言わずもがな、服は派手に汚れていた。
少し慎重に腰を上げてみた。とりあえず歩けるので骨に異常はないらしい。さてどうしようと思う。やっぱりここを登るのは気が引ける。合宿に来ている彼らならこんな崖は軽々と登りきれるだろうけど。でも自分は違う。選手のサポートに来ている身だ。運動神経だって平均並みの琴璃が登るのは無理に等しい。いよいよ事の重大さを感じてくる。
「どうしよう」
「琴璃」
2回目の独り言に被さるように名前を呼ばれた。気のせいだろうか、と思いつつ振り向くと誰かが向こうからやってくる。見間違いだと思った。
「無事か」
「え、あ、とべさん。なんで」
「お前が落ちる瞬間を目撃した」
跡部は合宿所の裏からここまで歩いてきたらしい。見れば彼の後ろには獣道がある。かろうじて歩けるような細い道。合宿所に繋がる裏道があったのか、と驚いた。
「歩けるか?どこか痛むところはあるか」
「あ、はい、大丈夫ですし歩けます」
本人がそう言っても跡部は信用していなかった。ハプニングに気が動転して逆に強がっている可能性もある。だがひとまず琴璃はしっかりと両足で立っているので深刻な事態ではないと判断する。
「なら、戻るぞ」
跡部は着ていたジャージを脱ぎ琴璃に羽織らせた。ついでに彼女の頬に手を滑らせる。付いていた土を拭い取ってやった。
「あ、す、すいません」
琴璃は思わず下を向く。今の自分の姿を思い出したのだ。こんな格好はあまり見られたくはない。跡部はそんな琴璃のいたたまれない気持ちを察した。だから、黙ってもと来た道を歩き出す。琴璃もそれに続いた。
「まさか跡部さんが助けに来てくれるなんて」
「フン、手塚じゃなくて悪かったな」
「そ、そんなこと思ってません!」
この前のことを今更思い出した。手塚を巡って、というのは少し語弊があるが跡部とは手塚のことで険悪な雰囲気になっていた。別に跡部のほうは1ミリも気にしちゃいないが、琴璃が一方的に敵視していた。そのことを今の今まで忘れてたけど、思い出したからには警戒心を跡部に向ける。
「お前は手塚の何処に惚れてるんだ?」
しかし跡部は琴璃の真意を知ってか知らずか話を続ける。
「だから、私は部長のことそんなふうに思ってませんから。誤解です」
「なんだ、本当に違うのかよ」
知ってるのにそんなことを言う。琴璃の調子が戻ってきた。何か話をしていたほうが痛みも紛れるんじゃないかと思った。
山道はそれなりの上り坂だった。でも前を歩く跡部との距離は開かない。さり気なく歩を緩めている。女の体力ではそれなりに厳しい上に怪我もしているからちゃんと気にかけている。
「でも、とても憧れてます」
ぽそりと琴璃が言った。もう、跡部に対して無視を決め込むのは辞めた。一応助けに来てくれたわけだし、手塚と琴璃が付き合ってると本気で思ってないようだから。誂いにいちいち目くじらを立てるのは辞めることにする。
琴璃は恋愛的な気持ちではなくて、ただ純粋に、手塚のことは凄い人間なんだと思っている。部長としてみんなをまとめる姿もそうだし、マネージャーである自分に指示を出す時も的確でいて冷静だった。手塚の年相応とは見えない落ち着きがいつも見習うべきところだと思っていた。
でも、やっぱり何よりもテニスをしている時の手塚を見て凄いと感じる。
「部長のテニスは、完璧で凄いなあって思います」
ちらりと跡部は後ろを見た。琴璃がせっせと自分のあとをついて歩いている。少し早いかと思ってほんの僅かに速度を落とした。そんな微かな気遣いだから琴璃は気付いていない。
「私がマネージャーになってから今日まで、部長が負けたのは1回しか見たことがなかった。それがこの前の関東大会の跡部さんとの試合です」
あの手塚部長に勝ったんだから、対戦相手の跡部も凄い人なんだなと思った。1年の琴璃は氷帝と当たるまでどんな学校か知らなかった。だから跡部の派手なパフォーマンスも関東大会の時に初めて目にした。集まるギャラリーの中心で一際目立っていた。目立ちたがり屋なんだな、くらいにしか思っていなかったけど。実際に手塚とぶつかる試合を目の当たりにして、強い人だと分かった。美技がどうとか自分で言ってたけど、本当に琴璃をも魅了するプレーをしていた。彼も手塚と並ぶような凄いアスリートなんだ。それが良く分かった。
だから彼がどれだけ凄いのかは知っていた。なのに、あの時はどうしても受け流せなくて。あんな負け惜しみみたいな言い方をしたこと。言った本人が1番気にしていた。跡部のほうは別に気にも留めていなかったけど。でも、仮にもテニス部のマネージャーをやってるのに、怪我がどうで負けたなんて言うべきじゃなかった。手塚にも失礼ではないか。それが分かった。
前を歩く跡部の背を見つめる。借りたジャージからとてもいい匂いがする。琴璃のことを許してくれさえしそうな優しい匂いだった。袖を通すとぶかぶかな彼のジャージに、こっそりと鼻をうずめた。