セレスティアルブルー
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合宿が終わってからもう1週間ほど経って、暦は9月になった。普通に学校が始まって、琴璃も普通にテニス部のマネージャーとして活動している。なのに今、自分は氷帝学園の正門前にいる。時刻は部活が終わって6時を過ぎた頃だがまだまだ陽は高く辺りは明るい。
今さら、というよりはようやく、のほうが正しい。本当ならもっと早く、なんなら合宿が終わった翌日にでも来るつもりだった。でもなんとなく、本当に来て良いのかとか、自分の宿題の進捗状況が不味すぎたから後回しになってしまった。そんなこんなでもたもたしてたら日が空いてしまったのだ。
「わ……」
早速、正門の雰囲気に圧倒される。敷地外から少しだけ様子が分かるけど、とにかく青学とは全く違うものだった。下校する在校生たちからはどこか品の良さが漂っている。そんな中で1人、しかも青学の制服で居るもんだから琴璃は物凄く浮いていた。来たのは良いけど、中に入ってもいいのだろうか。そもそも彼はまだ残っているのかも分からない。アポもないのに会えるのか、とか不安ばかりが浮かんでしまう。
「琴璃ちゃん?」
確かに自分の名を呼ばれた。振り向くと見覚えのある人物が歩いてくる。
「へっ、あっ、忍足さん」
「なんでこんなとこにおんの?1人?」
忍足はちょうど練習からあがって帰るところだった。その隣にはもう1人の氷帝生が居た。忍足と同じようにテニスバッグを肩に担いでいる。
「侑士、誰?」
「青学のマネージャーやっとる子」
へー、と琴璃のことを物珍しげに見てくる。彼の顔には、青学のマネージャーがなんでこんなところに、とばっちり書いてある。
「岳人、ちょっと待っとって。おいで琴璃ちゃん、案内するわ」
琴璃を手招きして忍足は歩いてきた道を引き返す。そろりと、氷帝の敷地へ足を一歩踏み入れた。周りの視線がどうしようもなく気になるけど必死に忍足について行く。
「あの忍足さん、なんで……」
「凄いわ、ホンマに会えた。言ったとおりや」
「はい?」
「や、こっちの話。跡部に会いに来たんやろ?アイツやったらまだ1人で練習しとんで」
忍足は当然のように言った。理由は聞いてこない。聞かれたら普通に、忘れ物を返しに来ました、と言うつもりだった。でも彼にとってはどうでもいいらしい。琴璃ちゃんにまた会えてラッキーやわ、とか、呑気なことを言っている。
合宿最終日の日、帰宅して服を部屋着に着替えていた時だった。パーカーを脱いで洗濯籠に放り込もうとした時、何かが落ちた。それはボールペンだった。そこら辺に売ってるようなやつじゃなくて。日本製じゃなさそうなそれは、黒いボディで金色に縁取られてる。見るからに高そうなもの。何でこんなものが自分のフードの中に。くるくる回して眺めてみた。あっ、と思わず声が漏れる。そこにはイニシャルが刻印されてあった。そして目を見張る。自分の知ってる人で、K.Aのイニシャルで、こんなお高いペンを持ってる人は1人しか浮かばなかった。
「……どうしよう」
最初は家に送り付けようとか、そんなふうに考えていた。でも住所なんて知らない。合宿が終わったら跡部には簡単に会えないのだと、早速思い知らされる。
大事なものだったらどうしよう。でもたかがボールペンだ。だけど、もしかして彼にとっては特別なものかもしれない。そんなことを頭の中でぐるぐる考えて。残り僅かな夏休みの日にちで宿題と格闘しながらも、心のどこかにボールペンの存在が常にあった。9月になって学校が始まったら手塚から跡部に連絡してもらおう。いったんそれで結論が出た。けれど9月になっても琴璃は手塚に頼みに行かなかった。何やら手塚も忙しそうだったから頼みづらいのもあった。ならばやっぱり自分で届けに行こう。そう決めた途端に頭の中が軽くなった。そうして気付いた。自分が会いたがっているんだと。
「あれが部室。コートに居ないっちゅーことは多分、着替えとるんかな」
前方に見えてくる建物。これが部室なのか、と驚くくらい青学とは造りが違った。学校の建物らしさが無いと言うか。校舎も部室もこんなにスタイリッシュな外見の学校があるのかと思った。
取っ手に手をかけ開けようとする忍足。でもその前に琴璃のほうに振り向く。何故か笑っている。
「跡部が言っとったで。またすぐ琴璃ちゃんに会うことになるって」
それを聞いて思わずボールペンを見る。どう考えても変だった。やっぱりこれはアクシデントで琴璃のもとに来たわけではない。そう確信する。じゃあ跡部は何のためにこんなことを。
「跡部」
忍足の後ろから顔を覗かせる。いくつも並ぶロッカーの前に跡部は居た。1週間ぶりに見る彼。最後に別れた時みたいに不機嫌な表情ではなかった。琴璃の姿に驚くこともなく、ネクタイを結んでいる。
「あ、まだ着換え途中やった?」
「別に構わない。今、終わった」
「ほなら琴璃ちゃん。俺はここで」
「え?」
「まぁまた近いうちに会えそうやし、そん時にでもゆっくり話そ」
「テメェに会いに来る用事があればだけどな」
すぐ後ろに跡部が居た。あまりに声が近かったので驚いて琴璃は後ずさる。
「どうした。入らねぇのか」
「いえ、ここで平気です」
部室に入ることはせず、開けられたドアの前で跡部と向き合う。なんとなく、自分は青学のテニス部マネージャーで、ライバルのテニス部の部室に入るのは気が引けた。
「これを返しにきました」
「あぁ、そうか」
跡部はしれっとした態度で琴璃の持ってきたものを見る。そばの壁にもたれて腕を組んでいる。受け取る素振りを見せない。だから琴璃も、差し出したそのペンをまた自身の胸の前まで引き戻す。
「でも」
今日も跡部の瞳は青い。吸い込まれそうな威力と魅力。しっかりと琴璃を捉えている。琴璃はほんの少しだけ息を吐いた。ちゃんと、言う。そのためにここまで来たんだから。
「これを返したら、今度こそ跡部さんに会う理由が無くなるんです。私はそれが、嫌です」
学校も学年も違う。むしろ互いにライバル校同士。なんの接点もない。もう少しすれば跡部は3年だから引退をする。どんな道に進むのか琴璃には分からないけど、きっともう、偶然でも会うような展開にはならないと思う。世界の違う人だと思ったこともあったくらいだから。きっと跡部はこれから先、自分の知らない遠い遠い世界に行ってしまう気がする。
「そうか」
それだけ言って跡部は琴璃の手を掴んで引き寄せた。ペンを取りあげて胸ポケットにしまう。でも手はまだ放さない。更にぐっと強く引き寄せる。琴璃がバランスを崩して倒れ込んでしまうくらいに。
「わっ」
倒れ込んだ先は跡部の腕の中。抱き締められている。とてもいい匂いがした。はっとして離れようとしたが無理だった。琴璃を閉じ込める腕がなかなか強い力だったから。
「お前と会わない1週間は実に退屈だった」
頭の上でそんな呟きが聞こえた。いつもの、自身に満ちた口調ではなくて。どこか拗ねた雰囲気をはらんでいる。
「……なんか、ちょっと怒ってます?」
「お前が合宿最終日に素直に認めてればこんなにややこしいことにならなかった」
「私の気持ち、知ってたんですか」
「当たり前だ」
「そう、だったんだ」
あの時確かに跡部は忍足のせいで不機嫌だったけど。ちゃんと琴璃のことを待っていた。自分に必ず会いに来るだろうと。確信があったのだ。だが姿を現した琴璃は丁寧な謝辞だけ述べてあっさりと跡部の前から姿を消した。ものの数分の出来事。追いかけるような真似なんてしないけれど、内心は少し驚いた。俺に言うことがあるんじゃねぇのか。遠ざかる琴璃の背を見ながら思った。相手をただ遠くから見つめているだけでそれで満足する琴璃の気が知れない。これで終わらせるなんて許すわけがない。だから琴璃がまた自分に会いに来る用事を作った。そして、ちゃんと彼女は氷帝に来た。跡部に会いに、思いを告げに。
「あの日のお前は未練たらたらな顔してたぜ」
「……そうですよね。やっぱり、最後だから伝えたいことはちゃんと伝えないと、と思って今日来ました」
「そうだろう」
琴璃を腕の中から開放して真正面から彼女を見た。瞳が少し潤んでいる。あらゆる感情が頭の中でうごめいているせい。
「最後にこんな機会ができて、ほんとに良かったです」
「おい、さっきからなんだ。その最後、ってのは」
一体どういう意味の“最後”なのか跡部は理解できない。琴璃の顔を覗き込むと、何故か睨まれた。
「だ、だって跡部さんには年上の彼女がいるんです」
「はぁ?」
唐突すぎて思わず間抜けな声が出る。でも琴璃はそんなこと気にせず跡部を睨んでくる。少しだけ充血していた。
「前に言ってたじゃないですか。年下の女に気を使ったことないって」
「それがどうして年上の女がいるってことになるんだ」
「だって、年下には気を使わなくても年上の人には気を使ってるって意味でしょう?だから気を使うような年上の女性が……いて」
琴璃はぐしぐしと鼻を鳴らしている。バツが悪そうに跡部から目を逸らした。その様子が可笑しくて、跡部は声を出して笑いたくなった。全て彼女の被害妄想。でも琴璃は真剣な目を向けてくる。どうなんですか、と訴えている。
「そりゃあ年上の女性には気を使うもんだろう。母親にも、担任の教師にも」
「へ……」
跡部がニヤリと笑う。琴璃はもう何も言い返す言葉が出なかった。口を半開きにしてただ突っ立っているだけ。
「アホ面だな」
「ぐ、しょうが、ないでしょ」
「成る程、モタモタしてた理由は俺に年上の女が居ると勝手に思い込んでいたからか」
嬉しそうにそんなことを言う。琴璃は恥ずかしくて逃げ出したくなった。でもそれは出来ない。何のためにここに来たのか。1番大切なことをまだ伝えられていない。喉がカラカラだった。ごくりと唾を飲み込む。緊張しながらも目の前の青い瞳を真正面から見つめて。
「好きなんです」
ぼろり、と琴璃の目からひと粒の涙が落ちる。溢れる思いが形となって現れる。好き、という二文字がこんなにも重いものなのか。
「なんで泣くんだよ。悲しいことでもあったのか」
その濡れた頬に唇を落とす。跡部のその動作にびっくりした琴璃は固まる。今度こそ自分の意志では動けなくなる。
「まぁ、これからは年下にも気を使うようになりそうだ」
他人事のように言った。
「これからは、明るい時でも素直になれよ」
合宿の時に見たのは青空ばかりだった。けれど今はオレンジ色の夕焼けが広がっていて、その優しい色が2人を包んでいた。
でも跡部の瞳の色は変わらなくて。いつもと変わらず澄んだ青。その青が真っ直ぐ琴璃を射抜いていた。琴璃が大好きな、突き抜ける青さが、そこにあった。
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劇場版の跡部様の碧眼が大好きです
今さら、というよりはようやく、のほうが正しい。本当ならもっと早く、なんなら合宿が終わった翌日にでも来るつもりだった。でもなんとなく、本当に来て良いのかとか、自分の宿題の進捗状況が不味すぎたから後回しになってしまった。そんなこんなでもたもたしてたら日が空いてしまったのだ。
「わ……」
早速、正門の雰囲気に圧倒される。敷地外から少しだけ様子が分かるけど、とにかく青学とは全く違うものだった。下校する在校生たちからはどこか品の良さが漂っている。そんな中で1人、しかも青学の制服で居るもんだから琴璃は物凄く浮いていた。来たのは良いけど、中に入ってもいいのだろうか。そもそも彼はまだ残っているのかも分からない。アポもないのに会えるのか、とか不安ばかりが浮かんでしまう。
「琴璃ちゃん?」
確かに自分の名を呼ばれた。振り向くと見覚えのある人物が歩いてくる。
「へっ、あっ、忍足さん」
「なんでこんなとこにおんの?1人?」
忍足はちょうど練習からあがって帰るところだった。その隣にはもう1人の氷帝生が居た。忍足と同じようにテニスバッグを肩に担いでいる。
「侑士、誰?」
「青学のマネージャーやっとる子」
へー、と琴璃のことを物珍しげに見てくる。彼の顔には、青学のマネージャーがなんでこんなところに、とばっちり書いてある。
「岳人、ちょっと待っとって。おいで琴璃ちゃん、案内するわ」
琴璃を手招きして忍足は歩いてきた道を引き返す。そろりと、氷帝の敷地へ足を一歩踏み入れた。周りの視線がどうしようもなく気になるけど必死に忍足について行く。
「あの忍足さん、なんで……」
「凄いわ、ホンマに会えた。言ったとおりや」
「はい?」
「や、こっちの話。跡部に会いに来たんやろ?アイツやったらまだ1人で練習しとんで」
忍足は当然のように言った。理由は聞いてこない。聞かれたら普通に、忘れ物を返しに来ました、と言うつもりだった。でも彼にとってはどうでもいいらしい。琴璃ちゃんにまた会えてラッキーやわ、とか、呑気なことを言っている。
合宿最終日の日、帰宅して服を部屋着に着替えていた時だった。パーカーを脱いで洗濯籠に放り込もうとした時、何かが落ちた。それはボールペンだった。そこら辺に売ってるようなやつじゃなくて。日本製じゃなさそうなそれは、黒いボディで金色に縁取られてる。見るからに高そうなもの。何でこんなものが自分のフードの中に。くるくる回して眺めてみた。あっ、と思わず声が漏れる。そこにはイニシャルが刻印されてあった。そして目を見張る。自分の知ってる人で、K.Aのイニシャルで、こんなお高いペンを持ってる人は1人しか浮かばなかった。
「……どうしよう」
最初は家に送り付けようとか、そんなふうに考えていた。でも住所なんて知らない。合宿が終わったら跡部には簡単に会えないのだと、早速思い知らされる。
大事なものだったらどうしよう。でもたかがボールペンだ。だけど、もしかして彼にとっては特別なものかもしれない。そんなことを頭の中でぐるぐる考えて。残り僅かな夏休みの日にちで宿題と格闘しながらも、心のどこかにボールペンの存在が常にあった。9月になって学校が始まったら手塚から跡部に連絡してもらおう。いったんそれで結論が出た。けれど9月になっても琴璃は手塚に頼みに行かなかった。何やら手塚も忙しそうだったから頼みづらいのもあった。ならばやっぱり自分で届けに行こう。そう決めた途端に頭の中が軽くなった。そうして気付いた。自分が会いたがっているんだと。
「あれが部室。コートに居ないっちゅーことは多分、着替えとるんかな」
前方に見えてくる建物。これが部室なのか、と驚くくらい青学とは造りが違った。学校の建物らしさが無いと言うか。校舎も部室もこんなにスタイリッシュな外見の学校があるのかと思った。
取っ手に手をかけ開けようとする忍足。でもその前に琴璃のほうに振り向く。何故か笑っている。
「跡部が言っとったで。またすぐ琴璃ちゃんに会うことになるって」
それを聞いて思わずボールペンを見る。どう考えても変だった。やっぱりこれはアクシデントで琴璃のもとに来たわけではない。そう確信する。じゃあ跡部は何のためにこんなことを。
「跡部」
忍足の後ろから顔を覗かせる。いくつも並ぶロッカーの前に跡部は居た。1週間ぶりに見る彼。最後に別れた時みたいに不機嫌な表情ではなかった。琴璃の姿に驚くこともなく、ネクタイを結んでいる。
「あ、まだ着換え途中やった?」
「別に構わない。今、終わった」
「ほなら琴璃ちゃん。俺はここで」
「え?」
「まぁまた近いうちに会えそうやし、そん時にでもゆっくり話そ」
「テメェに会いに来る用事があればだけどな」
すぐ後ろに跡部が居た。あまりに声が近かったので驚いて琴璃は後ずさる。
「どうした。入らねぇのか」
「いえ、ここで平気です」
部室に入ることはせず、開けられたドアの前で跡部と向き合う。なんとなく、自分は青学のテニス部マネージャーで、ライバルのテニス部の部室に入るのは気が引けた。
「これを返しにきました」
「あぁ、そうか」
跡部はしれっとした態度で琴璃の持ってきたものを見る。そばの壁にもたれて腕を組んでいる。受け取る素振りを見せない。だから琴璃も、差し出したそのペンをまた自身の胸の前まで引き戻す。
「でも」
今日も跡部の瞳は青い。吸い込まれそうな威力と魅力。しっかりと琴璃を捉えている。琴璃はほんの少しだけ息を吐いた。ちゃんと、言う。そのためにここまで来たんだから。
「これを返したら、今度こそ跡部さんに会う理由が無くなるんです。私はそれが、嫌です」
学校も学年も違う。むしろ互いにライバル校同士。なんの接点もない。もう少しすれば跡部は3年だから引退をする。どんな道に進むのか琴璃には分からないけど、きっともう、偶然でも会うような展開にはならないと思う。世界の違う人だと思ったこともあったくらいだから。きっと跡部はこれから先、自分の知らない遠い遠い世界に行ってしまう気がする。
「そうか」
それだけ言って跡部は琴璃の手を掴んで引き寄せた。ペンを取りあげて胸ポケットにしまう。でも手はまだ放さない。更にぐっと強く引き寄せる。琴璃がバランスを崩して倒れ込んでしまうくらいに。
「わっ」
倒れ込んだ先は跡部の腕の中。抱き締められている。とてもいい匂いがした。はっとして離れようとしたが無理だった。琴璃を閉じ込める腕がなかなか強い力だったから。
「お前と会わない1週間は実に退屈だった」
頭の上でそんな呟きが聞こえた。いつもの、自身に満ちた口調ではなくて。どこか拗ねた雰囲気をはらんでいる。
「……なんか、ちょっと怒ってます?」
「お前が合宿最終日に素直に認めてればこんなにややこしいことにならなかった」
「私の気持ち、知ってたんですか」
「当たり前だ」
「そう、だったんだ」
あの時確かに跡部は忍足のせいで不機嫌だったけど。ちゃんと琴璃のことを待っていた。自分に必ず会いに来るだろうと。確信があったのだ。だが姿を現した琴璃は丁寧な謝辞だけ述べてあっさりと跡部の前から姿を消した。ものの数分の出来事。追いかけるような真似なんてしないけれど、内心は少し驚いた。俺に言うことがあるんじゃねぇのか。遠ざかる琴璃の背を見ながら思った。相手をただ遠くから見つめているだけでそれで満足する琴璃の気が知れない。これで終わらせるなんて許すわけがない。だから琴璃がまた自分に会いに来る用事を作った。そして、ちゃんと彼女は氷帝に来た。跡部に会いに、思いを告げに。
「あの日のお前は未練たらたらな顔してたぜ」
「……そうですよね。やっぱり、最後だから伝えたいことはちゃんと伝えないと、と思って今日来ました」
「そうだろう」
琴璃を腕の中から開放して真正面から彼女を見た。瞳が少し潤んでいる。あらゆる感情が頭の中でうごめいているせい。
「最後にこんな機会ができて、ほんとに良かったです」
「おい、さっきからなんだ。その最後、ってのは」
一体どういう意味の“最後”なのか跡部は理解できない。琴璃の顔を覗き込むと、何故か睨まれた。
「だ、だって跡部さんには年上の彼女がいるんです」
「はぁ?」
唐突すぎて思わず間抜けな声が出る。でも琴璃はそんなこと気にせず跡部を睨んでくる。少しだけ充血していた。
「前に言ってたじゃないですか。年下の女に気を使ったことないって」
「それがどうして年上の女がいるってことになるんだ」
「だって、年下には気を使わなくても年上の人には気を使ってるって意味でしょう?だから気を使うような年上の女性が……いて」
琴璃はぐしぐしと鼻を鳴らしている。バツが悪そうに跡部から目を逸らした。その様子が可笑しくて、跡部は声を出して笑いたくなった。全て彼女の被害妄想。でも琴璃は真剣な目を向けてくる。どうなんですか、と訴えている。
「そりゃあ年上の女性には気を使うもんだろう。母親にも、担任の教師にも」
「へ……」
跡部がニヤリと笑う。琴璃はもう何も言い返す言葉が出なかった。口を半開きにしてただ突っ立っているだけ。
「アホ面だな」
「ぐ、しょうが、ないでしょ」
「成る程、モタモタしてた理由は俺に年上の女が居ると勝手に思い込んでいたからか」
嬉しそうにそんなことを言う。琴璃は恥ずかしくて逃げ出したくなった。でもそれは出来ない。何のためにここに来たのか。1番大切なことをまだ伝えられていない。喉がカラカラだった。ごくりと唾を飲み込む。緊張しながらも目の前の青い瞳を真正面から見つめて。
「好きなんです」
ぼろり、と琴璃の目からひと粒の涙が落ちる。溢れる思いが形となって現れる。好き、という二文字がこんなにも重いものなのか。
「なんで泣くんだよ。悲しいことでもあったのか」
その濡れた頬に唇を落とす。跡部のその動作にびっくりした琴璃は固まる。今度こそ自分の意志では動けなくなる。
「まぁ、これからは年下にも気を使うようになりそうだ」
他人事のように言った。
「これからは、明るい時でも素直になれよ」
合宿の時に見たのは青空ばかりだった。けれど今はオレンジ色の夕焼けが広がっていて、その優しい色が2人を包んでいた。
でも跡部の瞳の色は変わらなくて。いつもと変わらず澄んだ青。その青が真っ直ぐ琴璃を射抜いていた。琴璃が大好きな、突き抜ける青さが、そこにあった。
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