29話:ヒミツと疑心
昔の夢というのは、少なからず変な補正が入るものだが、この時に限っては少し違った。まるで昨日のことのように鮮明だったのだ。しかし、まるで幼い頃遠い場所に出かけたことをふと思い出した時のような、なんとも曖昧な感覚が頭をいっぱいにしていた。それは決していい感情ではなく、本来忘れてはいけないものを、誰かが無理矢理思い出させてきたかのような、そんな嫌な感覚である。
(なんで今になって……)
当然、姉さんや母のことを忘れたことは一度も無い。どんなに努力をしたところで、忘れられる出来事であるわけがないからだ。
だが、それでも忘れたフリということを今までずっと続けていた。学校での噂だってなんのことだかよく分からないし、自分に姉という存在が居たかどうかということすらもねじ曲げて、最初から一人っ子であるかのように生活してきた。そうすることでしか、僕という人間を創ることが出来なかったのだ。
それなのに、高校に入学してからの状況は最悪だった。出来ることなら本当に忘れたいことであるには変わりなかったのに、それが高校に入ってから如実につきまとってきたのが、鬱陶しくて仕方が無かった。だからあの時、自分でも驚くくらいに少々強引な手を取って、飛び降り自殺の真似事をしてしまったのだろう。結局、どこかの誰かに止められてしまってそんなことは起こらなかったが。
姉さんが亡くなって約三年。両親に至っては、ようやく一年が過ぎようとしているところだ。
『――あいつ、人殺したんだってよ』
一番飛躍した噂といえば、恐らくはこの類いの言葉だろう。適当な噂を流した人物もそうだが、それを疑いもせず面白がっている人らは、一体何が楽しくてそうしてるのか、僕には全くもって理解が出来ない。
しかしこの噂は、あながち間違いではないと僕はそう思っている。無論ただの噂であるには違いなく、夏休みを挟んで自然消滅するのが当然望ましいことだとも思っている。しかし、実際のところはどうだろう? もし本当に噂なんていうものが無くなったとしても、僕の頭からはこびりついて離れてはくれないはずだ。
『あなたが光莉を殺した』
母が僕に向けた言葉。
『……光季のせいじゃないだろう?』
そして、いつだったか後になって父が半ば憐れみに近い顔で発した言葉。果たしてどちらが僕の耳からこびりついて離れないのかなんて、考えなくても明白だ。
「相谷くん」
聞き馴染みのある僕のことを呼ぶ声に、思わず肩が跳ねた。
「何考えてるの?」
声のする方へ顔を向けると、そこには橋下さんの姿があった。周りを少し見渡すと、神崎さんと宇栄原さんが前の席に座っている。まるで今日、初めてその姿を見たような気持ちだったが、それくらい今日の僕は上の空だったということなのかもしれない。
「な、なにも考えてないですけど……」
「そうなの?」
自ら足を踏み入れたはずの図書室なのに、今日はどういうわけかやけに白々しく、僕の目には映ってしまっている。そう、二学期は既に始まっているのである。
それだけ言うと、橋下さんはすぐに退いてはくれたものの不思議そうに僕のことを見つめていた。何も考えていない訳がないというのがバレてしまっているのだろうか? しかしこんなこと、とてもじゃないが誰にも言えたものではない。
やはり、僕は姉である相谷 光莉を交通事故という事象にかこつけて殺したのかも知れないと思ってしまっているということなんて、到底口に出来るはずがなかったのだ。
(なんで今になって……)
当然、姉さんや母のことを忘れたことは一度も無い。どんなに努力をしたところで、忘れられる出来事であるわけがないからだ。
だが、それでも忘れたフリということを今までずっと続けていた。学校での噂だってなんのことだかよく分からないし、自分に姉という存在が居たかどうかということすらもねじ曲げて、最初から一人っ子であるかのように生活してきた。そうすることでしか、僕という人間を創ることが出来なかったのだ。
それなのに、高校に入学してからの状況は最悪だった。出来ることなら本当に忘れたいことであるには変わりなかったのに、それが高校に入ってから如実につきまとってきたのが、鬱陶しくて仕方が無かった。だからあの時、自分でも驚くくらいに少々強引な手を取って、飛び降り自殺の真似事をしてしまったのだろう。結局、どこかの誰かに止められてしまってそんなことは起こらなかったが。
姉さんが亡くなって約三年。両親に至っては、ようやく一年が過ぎようとしているところだ。
『――あいつ、人殺したんだってよ』
一番飛躍した噂といえば、恐らくはこの類いの言葉だろう。適当な噂を流した人物もそうだが、それを疑いもせず面白がっている人らは、一体何が楽しくてそうしてるのか、僕には全くもって理解が出来ない。
しかしこの噂は、あながち間違いではないと僕はそう思っている。無論ただの噂であるには違いなく、夏休みを挟んで自然消滅するのが当然望ましいことだとも思っている。しかし、実際のところはどうだろう? もし本当に噂なんていうものが無くなったとしても、僕の頭からはこびりついて離れてはくれないはずだ。
『あなたが光莉を殺した』
母が僕に向けた言葉。
『……光季のせいじゃないだろう?』
そして、いつだったか後になって父が半ば憐れみに近い顔で発した言葉。果たしてどちらが僕の耳からこびりついて離れないのかなんて、考えなくても明白だ。
「相谷くん」
聞き馴染みのある僕のことを呼ぶ声に、思わず肩が跳ねた。
「何考えてるの?」
声のする方へ顔を向けると、そこには橋下さんの姿があった。周りを少し見渡すと、神崎さんと宇栄原さんが前の席に座っている。まるで今日、初めてその姿を見たような気持ちだったが、それくらい今日の僕は上の空だったということなのかもしれない。
「な、なにも考えてないですけど……」
「そうなの?」
自ら足を踏み入れたはずの図書室なのに、今日はどういうわけかやけに白々しく、僕の目には映ってしまっている。そう、二学期は既に始まっているのである。
それだけ言うと、橋下さんはすぐに退いてはくれたものの不思議そうに僕のことを見つめていた。何も考えていない訳がないというのがバレてしまっているのだろうか? しかしこんなこと、とてもじゃないが誰にも言えたものではない。
やはり、僕は姉である相谷 光莉を交通事故という事象にかこつけて殺したのかも知れないと思ってしまっているということなんて、到底口に出来るはずがなかったのだ。