27話:ヒミツが溶ける

「だから言ったでしょ? おれは別にすぐにバレるような嘘なんてつかないし」
「そ、そうですね……」
「一番嘘つきそうな顔してるのに」橋下さんが茶化すようにそんなことを口にする。
「何か言った?」
「オレは何も言ってません」

 橋下さんが適当に話に割って入ってくるような会話を、今は真面目に聞く気力は全くない。いや、橋下さんの話は基本的に右から左に聞き流してはいるのだが、それにしてもこの時だけは耳に入ってすらこなかった。
 期末テストの結果を半強制的に見に行くことになり、その後何だかんだと図書室に行くことになった。テストの結果は……まあなんというか、宇栄原さんの言う通りだった。こればっかりは、完全に僕が考えすぎてしまっていたといっても過言ではないだろう。しかし、だからこそとでも言えばいいのだろうか?

「いやぁ、今回は結構難しかったのでどうなるかと思ったんですけど、全体的に点数が低かったお陰で順位上がっちゃいましたよ」
「そんな自慢げに言われてもね……」

 これが頑張ったからこその順位であるのかどうか、よく分からなくなっていた。いや。確かに順位は上がっていたし、テストの点数も上がっていた。それは事実である。しかし……。

(……なんか、あんまり嬉しくないな)

 どういうわけか、達成感のような感覚も解放感に近いものも感じなかった。この感情は、これが最初というわけではない。中間テストの時もそうだったのだ。そればかりか、寧ろ中間テストのときに比べてその気持ちが膨らんでしまったような、そんな感覚だった。

「宇栄原先輩のテストの点数、去年から見てますけどずっと四百七十点辺り行ったり来たりしてますよね。そういう遊びしてるんですか?」
「……なんでおれのテストの点数覚えてるの?」
「なんなら先輩たちのこれまでの点数も言えますけど」
「いやめっちゃ怖い」

 四百七十点当たりと言うと、大抵の場合一桁になるかならないかくらいの順位だろう。単純に宇栄原さんの実力がその辺りであるという可能性も大いにあるが、毎回似たような点数を取るというのは寧ろ調整が必要で、中々に難しいのではないかという気がする。
 それにしても、橋下さんは宇栄原さんと神崎さんのテストの点数を覚えていると言ったが本当なのだろうか? そうだとしたら、宇栄原さんの言う通り正直かなり怖い。
 ため息をついた宇栄原さんが、仕切り直しに再び会話を発生させた。

「おれの目標は現状維持だから、別にそれでいいの」
「それってつまり、俺は本気出してないだけだ……ってやつですね?」
「そんないかにも勉強してない人の台詞と一緒にしないでくれる?」
「いやでも、ということはですよ? 先輩って絶対もうちょっと上位に行けるってことですよね? どうせなら狙えばいいのに、普通にもったいないと思いません?」
「そうは言ってもね……。上位になってあんまり目立ちたくないし」
「貼り紙に名前載ってる時点で手遅れじゃないですか?」
「……こいつはそういう奴だぞ」

 少々呆れぎみに、ずっと沈黙を保っていた神崎さんが、ここでようやく話に割って入ってきた。

「先輩は万年二位ですけど、そういう遊びでもしてるんですか?」
「相変わらず失礼だな……。別に、一位になりたくてやってる訳じゃないからな」
「なんで?」
「なんで……? じゃあ、お前は一位取る気あんのかよ」
「別にないですけど」
「なら、そういうことだろ」
「うーんそっか……そうなの?」
「そうだって言ってんだからそうなんだよ。黙ってこれでも食ってろ」
「わーい」

 神崎さんがおもむろに懐から取り出した謎の飴に橋下さんは意気揚々と釣られ、ようやく少し静かになる。図書室って普通は飲食禁止じゃないのだろうかという疑問を、提示することはもはや誰もしなかった。
 橋下さんがいなければ静かなままであるというのを突き付けられるような気がして、どういうわけか余計落ち着かなくなってしまった。五月蠅いのは確かに余り好きではないが、この慣れてしまった状況下で急にごく普通の生活音にまで成り下がるのは、まるで日常を取り乱されたような気持ちになる。全く我儘なものだ。
 そしてもう一つ、僕が落ち着かない理由があるとするなら、人が多いことで雲隠れが出来ないからだろう。静かな場所で僕に視点を向けられては、逃げ道がまるでなくなってしまうというものだ。

「……な、なんですか?」神崎さんからの視線に、僕は思わず反応してしまう。
「いや……」

 このように、誰かに視線を振られる確率が高くなってしまうのである。
 神崎さんはそれだけ言うと、ばつが悪いといったように比較的すぐに視線を外してくれた。肝心の、どうして僕のことをそんなまじまじと見ていたのかは教えてはくれなかった。
 自分のことを棚にあげたうえでこんなことを思うのはどうかと思うのだが、神崎さんは、いつも僕には何も話してくれないのである。
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