28話:ヒミツに触れる

 クーラーの機械的な風に慣れてしまっていた僕らに、外の空気は少々痛々しく肌に刺さっていった。

「き、今日はありがとうございました……」
「……俺は別に何もしてない」
「そんなことはないと思いますけど……」

 僕と神崎さんが図書館で鉢合わせをしてから、時間は既に一時間以上経過していた。それに気づいた神崎さんが、すぐさま帰ると言い出し、手にしていた本を返しに向かった。最初は何か用事でもあるのかと思っていたのだけど、どうやら我に返って急に居たたまれなくなっただけのようだった。しかしそんな態度を取られてしまうと僕もそれにつられてしまうというもので、図書館を出るとなったときはやけに忙しなかった。行動がと言うよりは、気持ちだけが急いたのである。
 時刻はまだ夕方と呼ぶにはふさわしくなく、それを体現するかのように空はまだ青々としている。そのせいもあってか、僕が図書館へと向かっていた時間と比べても、気温が下がっているような気配は一向に感じなかった。
 生ぬるい風が静かに辺りで靡く。その時、何かが横切ったようなそんな気がして僕は後ろを振り向いた。

「……相谷?」
「あ、はい……」

 しかし振り向いた先に誰がいるわけでもなく、ただただ風が頬を撫でてくるだけに留まった。もしかすると風に感化されて身体が動いただけかもしれないが、それにしては視界に何かが映ったようなそんな気がしてならなかった。しいて言うのであれば遠くの方に数人の姿が見えるものの、それは到底さっき誰かが横を通って行ったと呼べるほど近い距離でもない。

(気のせいか……)

 神崎さんも特に気にしていないようだし、僕もこれ以上どうというわけではなかったのもあり、すぐに足を翻した。少し後ろ髪を引かれる何かを感じながらも、見据えていたのは先を歩く神崎さんの姿だけである。
 これはあくまでも例えばの話だが、そこでどちらかが何かを認識できていたなら、また少し違う状況が待っていたのだろうか? しかし今更、流れ過ぎた時間のことを考えたところで意味はないというものである。
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