24話:ヒミツのやり取り

 いい加減意味のない行為に飽き飽きした僕は、三巻と四巻を手に見覚えのある筆箱が置いてあるテーブルへと向かった。筆箱が置いてある付近の椅子には僕の鞄が置いてあり、その向かいの席には暇を持て余しているらしい橋下さんが座っていた。神崎さんは、どうやら受付のところに戻ったらしい。

「あれ……?」

 思わず声を出してしまったのは、別に橋下さんが何かをしたからというわけではない。筆箱の隣に、見覚えのない本が隠れるようにして置いてあったのだ。
 一体誰のものなのかと考えあぐねようかというところ、手に取るまでもなく本のタイトルに見覚えがあった。今僕が持っている本とタイトルが同じだったのだ。タイトルのすぐ傍には”二”という数文字が書かれている。僕が探し求めていた本の二巻だった。
 僕は、思わずその二巻を手に取った。考えなしに取ってしまったせいで、両手は本でいっぱいだ。

「さっき、先輩が徐に置いて逃げていったよ」

 僕の挙動を見ていた橋下さんの言葉の通りにすぐ近くの受付のところにいる神崎さんのほうを見ると、またしてもばっちりと目が合ってしまった。先に目を反らしたのは神崎さんのほうだったけれど、その後もかなり目を泳がせているのがよく分かった。
 このまま何も見なかったことにして椅子に座る、などということは流石に出来るわけがなく、三巻と四巻は机の上に置き二巻だけを手に僕は受付に向かった。……目の前にして改めて思うのだけれど、この人に話しかけるというのは中々の胆力が必要な気がした。

「あ、あの……神崎さん」

 特別何をされたわけでもないし、寧ろ今まで全く会話という会話もなかったわけだけれど、それが余計そう思わせるのかも知れない。しかしそれは、ひとつ壁を越えてしまえば、なんら気にする必要のなかったことだったのかもしれない。
 僕が何とか言葉を発してからというもの、返事が中々返ってこない。そう思った矢先だった。

「……いらないなら返せ」
「そんなこと一言も言ってません……」

 思いもよらない言葉に、思わず反射的に口を出してしまった。二巻だけ持ってきてしまったのがいけなかったのかも知れない。

「えっと、ありがとうございます……」
「……別に、返されたままで棚に戻ってなかったから置いただけ」
「そ、そうですね……?」

 頑なに肯定しようとしない神崎さんに思わず乗ってしまいそうになったものの、なんとか疑問符をつけることは成功した。これは神崎さんなりの照れ隠しと言っていいのか、一向に僕を視界に入れようとはしてくれない。

「その、なんだ……」

 まるで空を纏う見えない言葉を探しているように、神崎さんの目はよく動いていた。

「それ、俺は読んだことないから……一通り終わったら感想教えてくれ」
「あ、えっと……頑張ります……」
「……頑張らないと無理ならやっぱりいいわ」

 結局僕自身も何を言いに行ったのかよく分からなくなってしまったが、これはそれなりにちゃんと本を読んで感想を言う準備をしなければならなくなってしまったのだろう。神崎さんは「やっぱりいい」と言っていたけど、さてどうすればちゃんと言葉に出来るだろうか? まだ一巻しか読んでいないのだからそう簡単に感想という感想なんて出てこないというのを、僕はすっかりと忘れていた。それくらい、考え込んでしまったのだ。

「先輩と仲良くなった?」

 一体いつからそこに居たのか、橋下さんは後ろから顔を覗き込ませてきた。

「あんまり……」問いの意図はよく分からなかったが、真面目に答えようとするならこう言うしかなかった。
「えぇ? ちょっと先輩、折角の相谷くんとキャッキャウフフ出来るチャンスを棒に振ったんですか?」
「な、なんだよお前……入ってくんな」

 ようやく暇つぶしを見つけたとでもいうように、橋下さんの行動はとても速かった。関係者以外は普通入ってはいけないのであろう、神崎さんのいる受付に潜り込んでいったのだ。
 橋下さんはああやって言っているけど、別に僕は神崎さんとキャッキャウフフなんてしたくはない。というよりも、別にそういうことではないような気がしたのである。

「なんの本ですかそれ?」
「……ただの短編集だよ」
「ふーん」
「お前って興味ないくせにイチイチ聞くよな」
「暇なんですよ、図書室って」
「帰れよ。面倒臭いな……」
「あ、本音だ」

 神崎さんが好い人だというのはよく分かったから、もう少し話せるようになったらいいかも知れない。でもやっぱり、これくらいの距離感のほうがいいのだろうか? 答えを見つけるのは、今の僕には中々の無理難題だ。
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