28話:ヒミツに触れる
その後、神崎さんはすぐに僕の側から消えてどこかにいってしまった。僕はと言えば、なるべくもう神崎さんに会わないようにと、少々忍び足で探りながら歩き、適当な席へとついた。一応、余り一目につかないような場所を選んだつもりではあるが、夏休みだからなのか平日なのにそれなりに席が埋まっており、その辺りのことは余り期待は出来ないだろう。
荷物をこじんまりとテーブルに広げ、特に意味のない夏休みの宿題に仕方なく手をつけていた。
夏休みの宿題なんて、普通にやっても七月中には終わってしまうくらいの量だったから、別にこんなところでやる必要なんてないのだが、かといってそれ以外にやることがあるわけでもなかった。
せっかく図書館に来たのだから本くらい見てみればいいのにと思わなくもないが、図書館にある本というと専門学的なものが多く、一般的な学生が見るものは正直そこまで多くないというのを僕は知っていた。これなら、学校の図書室で暇を潰すほうが幾らかマシである。最も、夏休みの間図書室が空いているわけでもないが。
それに、一応もうひとつ理由があった。
(動いたら、神崎さんに会う確率上がっちゃうし……)
今もまだ図書館にいるのかどうかは分からないが、どちらにしても、確率が上がることは極力避けたいものである。
僕が席についてから、恐らくは数十分は経っていたことだろう。手元にある教科書は、始めてから既に三ページ目が終わろうとしていた。ページを捲ろうと手を伸ばした時、誰かが僕の隣の席に近づいてくる気配を感じ、ここに来てから久しく顔をあげた。
「な、なんですか……?」
「……別に、どこ座ったっていいだろ」
「それはまあ……そうですね」
こうして大人しく座っていても神崎さんのほうから来てしまうのだから、もうこれ以上はどうしようもないというものである。
神崎さんの言っていることは概ね正しく、思わず納得してしまった僕は、それ以上深く詮索するのを止めた。別に席が決まっている映画館ではないのだから、僕がこれ以上どうこう言えるわけがなかった。
取りあえず一旦見なかったことにしようと思い、再びノートと向かいあう。神崎さんは手元にある本を読んでいるのかいないのか、ページを行ったり来たりしていてとても落ち着きがいように見えた。その神崎さんの様子に、いつだったかの既視感を覚えてしまう。
「……もしかして、僕が一段落するの待ってます?」
ここで僕は、どういうわけか神崎さんに話しかけるという選択肢を選んだ。小さな声で、しかし神崎さんには聞こえているであろう声量でそう口にする。すると、一度は僕と目が合いはしたもののすぐに目を逸らして難しい顔になった。ばつが悪かったというのが正しいのか、しかしそういう反応をするということは本当に僕に話しかけるタイミングを見計らっていたのだろう。
「そ、それならそうだって言ってくれればよかったのに……」
「……なにも言ってないだろ」
「そういう顔してますよ……」
今日、こうしてばったり出会ってしまったのは確かに偶然のはずだ。そうじゃないと言うのなら、神崎さんが僕の家に盗聴機を仕掛けて居場所を把握しているストーカーになってしまう。
「……この前、僕に何か聞きたがってましたよね」
正直、ここまでして神崎さんが一体僕の何を知りたがっているのかは、いまいちよく分からない。……否、よく分からないと思うことで、心当たりなんて何もないと思いたかったのだろう。
しかしまあ、それも神崎さんと二人きりになったら余り意味がないというものである。どちらかというとそれは、諦めに近かった。どうも神崎さんは僕と二人で話がしたいようだから、遅かれ早かれこうして捕まってしまうだろう。それがたまたま、この図書館だったというだけの話だ。
「あと二十分、待ってもらってもいいですか?」
この三十分という猶予は、別に今手元にある作業が終わるのに本当にそれだけの時間がかかるというわけではない。少しだけ、頭の中を整理する時間が欲しかったのである。
荷物をこじんまりとテーブルに広げ、特に意味のない夏休みの宿題に仕方なく手をつけていた。
夏休みの宿題なんて、普通にやっても七月中には終わってしまうくらいの量だったから、別にこんなところでやる必要なんてないのだが、かといってそれ以外にやることがあるわけでもなかった。
せっかく図書館に来たのだから本くらい見てみればいいのにと思わなくもないが、図書館にある本というと専門学的なものが多く、一般的な学生が見るものは正直そこまで多くないというのを僕は知っていた。これなら、学校の図書室で暇を潰すほうが幾らかマシである。最も、夏休みの間図書室が空いているわけでもないが。
それに、一応もうひとつ理由があった。
(動いたら、神崎さんに会う確率上がっちゃうし……)
今もまだ図書館にいるのかどうかは分からないが、どちらにしても、確率が上がることは極力避けたいものである。
僕が席についてから、恐らくは数十分は経っていたことだろう。手元にある教科書は、始めてから既に三ページ目が終わろうとしていた。ページを捲ろうと手を伸ばした時、誰かが僕の隣の席に近づいてくる気配を感じ、ここに来てから久しく顔をあげた。
「な、なんですか……?」
「……別に、どこ座ったっていいだろ」
「それはまあ……そうですね」
こうして大人しく座っていても神崎さんのほうから来てしまうのだから、もうこれ以上はどうしようもないというものである。
神崎さんの言っていることは概ね正しく、思わず納得してしまった僕は、それ以上深く詮索するのを止めた。別に席が決まっている映画館ではないのだから、僕がこれ以上どうこう言えるわけがなかった。
取りあえず一旦見なかったことにしようと思い、再びノートと向かいあう。神崎さんは手元にある本を読んでいるのかいないのか、ページを行ったり来たりしていてとても落ち着きがいように見えた。その神崎さんの様子に、いつだったかの既視感を覚えてしまう。
「……もしかして、僕が一段落するの待ってます?」
ここで僕は、どういうわけか神崎さんに話しかけるという選択肢を選んだ。小さな声で、しかし神崎さんには聞こえているであろう声量でそう口にする。すると、一度は僕と目が合いはしたもののすぐに目を逸らして難しい顔になった。ばつが悪かったというのが正しいのか、しかしそういう反応をするということは本当に僕に話しかけるタイミングを見計らっていたのだろう。
「そ、それならそうだって言ってくれればよかったのに……」
「……なにも言ってないだろ」
「そういう顔してますよ……」
今日、こうしてばったり出会ってしまったのは確かに偶然のはずだ。そうじゃないと言うのなら、神崎さんが僕の家に盗聴機を仕掛けて居場所を把握しているストーカーになってしまう。
「……この前、僕に何か聞きたがってましたよね」
正直、ここまでして神崎さんが一体僕の何を知りたがっているのかは、いまいちよく分からない。……否、よく分からないと思うことで、心当たりなんて何もないと思いたかったのだろう。
しかしまあ、それも神崎さんと二人きりになったら余り意味がないというものである。どちらかというとそれは、諦めに近かった。どうも神崎さんは僕と二人で話がしたいようだから、遅かれ早かれこうして捕まってしまうだろう。それがたまたま、この図書館だったというだけの話だ。
「あと二十分、待ってもらってもいいですか?」
この三十分という猶予は、別に今手元にある作業が終わるのに本当にそれだけの時間がかかるというわけではない。少しだけ、頭の中を整理する時間が欲しかったのである。