第21話:行動力の限度

 一旦家に帰って荷物を置いたオレは、ネイケルと一緒に街の中を歩いていた。店で一番最初に会ったローザおばさんに、もう一度出かけることはちゃんと伝えている。アルセーヌの家に行くというのも当然伝えた。すると、どういうわけか少し嬉しそうに「いってらっしゃい」と言われてしまい、すぐに気恥ずかしくなって軽い返事だけして早々に足を翻してしまった。
 店の外で待っていたネイケルと再び合流し、アルセーヌの家に着くまで間の会話は、オレがどうしてアルセーヌの家に一緒に行こうと言い出したのかという部分に注力された。

「……オマエって結構無茶すんのな」

 ある程度の説明が終わった後、ネイケルの感想は確かこんな感じだった。
 無茶というよりは、オレが意図していないことが起きただけなのにとんだ言われようだ。

「だって、気付いたら居たんじゃどうしようもなかったし……」
「いやそこじゃねぇよ」
「違うの?」
「クレイヴって図書館館長だろ? デカい街一番の権力の象徴じゃん。その館長に助けられるって結構ヤバいっていうか」
「そ、そうか……そうだね……」

 確かに、クレイヴという人物を「図書館の館長」という認識だとそうでもないように感じるのだが、「街の象徴である図書館を運営している貴族」となると途端に緊張が走る。今さらだが全く単純なものだ。

「その人来なかったら、オマエ今生きてるか分かんねぇもんなー」

 日常の片鱗となりつつあるせいで忘そうになるのだが、市民が貴族と話をするというのもおかしな話である。今日だって、隣街のとはいえ貴族であるネイケルと一緒に、これまた貴族のアルセーヌの家に行こうとしているのだ。

「……なんだよ」
「いや……貴族と普通に話してるのも相当おかしいなと思って……」
「んーまあ、それもそうだけど」

 イマイチ歯切れの悪い返事が返ってくるよりも少し前、ようやく見えたアルセーヌの家に思わず気を取られてしまったお陰で、少々会話がズレてしまった。そうだ、確かにあの時クレイヴが来てくれなかったら一体どうなっていたか分からない。……もし仮にオレに対処出来る力があったとしても、例外ではなかったはずだ。
 一般的な家というには少々大きすぎる家を前に、ネイケルの足取りがピタリと止まる。

「マジで入るのか……」
「そりゃ……。だって、その為にここまで来たんだし」

 オレがそう口にした途端、沈黙が辺りを走った。さてどっちがいの一番に行動を起こすのかという、様子を伺っている時に起こるそれと全く同じモノだ。

「に、逃げないよね?」

 だから思わず、オレはネイケルの左腕を鷲掴みにした。特別逃げることをしなかった腕を掴まえるのは簡単だった。どちらかというと、逃げる気すらも起きないくらいに脱力しているといったほうが近いかもしれない。

「いや逃げはしねーけど……。こういうの、適当に行くとか言うもんじゃねーな……」
「今ならノリと勢いでいけるって。ほら、すぐそこだし」
「いや全然ノってねーから。あー、今なら吐けそう……」
「そ、そんなのオレだって同じだよ。オレより歳上でしょ? 頑張ってほら、呼び鈴」
「歳上って言うほど歳も離れてねーだろ。ってかオマエが押せよ」

 呼び鈴を押す押さない、言い換えればここまで来ておいて逃げる逃げないのやり取りを数回ほど繰り返す。一体ここで何分の時間を使ったのだろうか? そう思うくらいだったが、きっと一分も経っていないのだと思う。

「あのー……」

 どこかで聞き覚えのある声の方向は、どうやらオレらへと向いていたらしい。

「そろそろ退いて欲しいかなあ、なんて」

 両手で荷物を抱えたリアの顔は一応笑っていたが、言うまでもなく困っていたのだろう。こんな道のど真ん中で、しかも人の家の前で騒ぎ立ててしまっていることに、声をかけられてようやく気づく。

「というか……」

 少し言い辛そうにしながらも、リアの口は動くことを止めない。

「アルセーヌさん、お二人のことずっと見てたみたいですよ」

 リアの視線が向いた先は、アルセーヌの家の二階の小窓だ。窓の縁に腕を置き体重を任せていたらしいアルセーヌは、オレらが気づいたというのを確認するとひらひらと手を振って見せてきた。

「悪趣味……」

 それを見たネイケルに悪態をつかれているというのを、きっとアルセーヌは知らないだろう。

「……どうします?」

 一応意思を確認してきたリアの言葉に、オレとネイケルは気づけば顔をあわせていた。
2/4ページ
スキ!