37話:ニセモノの詭弁

 四季の中で、よく好き嫌いの引き合いに出されるのは夏と冬だが、オレに限って言うなら夏は余り好きではなかった。
 春から夏に移り変わる時の梅雨はじめじめしていて余りいい気分ではないし、夏になると梅雨に太陽が出ていなかった時間をそのまま取り戻すかのように日差しが肌を射してくる。それに加えて、室内はクーラーが効きすぎていて半袖では寒くて仕方がなかったり、クーラーに頼りすぎだと文句を言いたくなるくらいの温度設定にしている場合もあるだろう。まあ、クーラーがついていなかったらそれはそれで怒るわけだが。

「……寒い」

 今オレがいる図書室はというと、寒くて長居なんて到底出来ないくらいには冷房が効いていた。一学期も終わろうかという頃、いつものようにと言ってしまいたくなるくらいに放課後は図書室にることが増えた。
 オレが図書室で何かをすることは余りなく暇を持て余しているのだが、だからといって帰るということはしなかった。バイトの時は話は別だが、そもそも部活に入っていないのだから図書室に寄ってちょっとダラダラするくらいなら寧ろお釣りが出るというものである。

「先輩、寒いんですけど」余りにも暇だったので、オレは神崎先輩に話を振った。
「お前パーカー持ってるだろ」
「そうですね……」

 隣の席にいる神崎先輩は、いつものように面倒くさそうにオレをいなした。本当に嫌ならもっと苦言を言われるか最悪無視をされるということは知っているから、これくらいはどうということはなかった。あえて不満を言うのであれば、会話がすぐに終わってしまって面白くないということくらいである。

「先輩は寒くないんですか?」だらしなく机に頬をくっつけながら、先輩にそういった。
「いや別に……。お前の席が悪いんじゃないのか?」
「たった数センチしか離れてないのにそんなことあります? この差は一体……」

 晒されている腕がすっかり冷えてしまっているのを確認し、仕方なく鞄のファスナーを開ける。適当にしまい込んだお陰でぐちゃぐちゃになってしまっているパーカーを取り出し、すぐに袖を通した。

「マシにはなった……気がしないでもない……」

 パーカーを着ただけでは当然簡単には暖かくはならないし、正直余り変わった感覚はなかった。
 オレが喋らなくなった途端に再び静かになるこの空間は嫌いではないが、オレが居ない時は一体どういう会話をするのだろうかというのが気になるところである。
 もしかすると本当にオレが喋らなくなったこの感じのままなのかもしれないし、オレの代わりを誰かが務めるのかもしれない。その場合は恐らく宇栄原先輩がその責を負うのだろうが、だからといってオレのように五月蠅くはならないのだろう。そういった想像は容易についた。

「先輩、それ何読んでるんですか?」

 だからこそ、オレは恐ろしかった。

「昨日もその質問してただろ。同じやつだよ」
「そんなこともあったような無いような……もう覚えてないですね」
「お前はそういう奴だよな」

 この空間で、オレは決して必要ではないということが。

「……寒」

 ガラリとドアを開けたと同時に、そんな呟きが漏れたのが聞こえた。聞き覚えのある声の主は宇栄原先輩だった。後ろには、何故か身を隠すようにして相谷君がいる。
 先輩は、図書室の電気のスイッチ付近にあるモニターのようなものを操作し始めた。

「クーラー何度になってました?」オレは宇栄原先輩に問いかけた。
「二十二度とか意味不明な温度設定になってたけど……犯人拓真だよ」
「な、なんでそうなるんだよ……」
「いや……前もそういうことあったでしょ。去年だって何回言ったか」
「いつの話をしてるんだお前は……」

 最初は犯人だと断定されて嫌そうな顔をしていたのに、すぐにばつが悪そうにそっぽを向いた。どうやら心当たりがあったらしい。やっぱり、オレの体感温度は間違ってはいなかったようである。

「危うく先輩に殺されるところだった……」わざとらしく、先輩に向けてそう言った。
「悪かった悪かった。全部オレのせいだよ」

 謝る気なんて全くなさそうに、ため息をつきながら先輩はそう言った。頬杖をついてふて腐れる先輩を見たのは、もしかしたらこれが初めてだったのかもしれない。
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