36話:ニセモノは口を割らない

 先輩とああでもないこうでもないと言いながら花を選び終えたのは、約一時間したころだった。
 最終的に先輩のお姉さんが現れ、ぐずぐずしていたオレの気持ちをしっかりと区分けしてくれて、そうなってしまえば話は早かった。
 別に先輩の仕事ぶりがどうというわけではなく、オレと先輩が知り合いだからこその気持ちの推し量りが、そこまで時間がかかってしまった要因だった。つまり、先輩はなるべくオレの意を尊重しようとしていたということだ。そんなことを言ったら「何言ってんの?」と一蹴りされてしまいそうだが。
 二人が選んでくれたのは、余り大きな花ではなくて下さい小さな花と蕾が混ざったこじんまりとしたものだ。淡い青と紫でまとまっており、オレとは正反対に落ち着いた雰囲気の花束である(このサイズのものを花束と言っていいのか解らないが)。

 家に帰ると、いつものように冷たい風が漂っていた。オレに兄妹がいれば、もう少し賑やかに人の声が聞こえていただろうに、生憎この家にはオレと母しか住んでいない。その母も、この時間はまだ帰って来る時間ではないはずだから、暫くは、オレしかいない時間が続く。さっきまでの出来事とは確立された現実が、一気に襲ってきたような、そんな気がした。
 お店の紙袋を持ったまま、中身を誰に見せびらかすこともなくオレは自室に入る。少し暗がりの部屋の電気をつけることもせず、勉強机の上に鞄を置き、紙袋を適当に床に置いてベットに転がり込んだ。
 ベットで天井を眺めるのは、すぐに飽きてしまった。外から僅かに聞こえてくる車の音や、隣人の足音がオレに無理やり干渉してくるのが分かると、嫌々上半身を起こした。乱れた髪の毛をなんて、今は気にする者は誰もいない。

(……何やってるんだろう、オレ)

 気付けば、深いため息をついてしまっていた。外ではこんなことはしないし、母の前でもこういうことはしないのだか、今日ばかりは話は違った。
 先輩が繕ってくれた花束が入った紙袋を、オレは再び覗き込んだ。それを見るたびに、何故か気が晴れたような気がした。だがこれは、正確に言うとこれはオレの為ではなく、オレが渡すと思われる誰かを想定して作られたものだ。そこになんだか虚しさを感じてしまうのは、恐らくその渡す相手というのが虚空の存在だからなのだろう。きっと、そうに決まっている。

「……まあ、いいか」

 聞きそびれてしまったことはいくつもあるし、それに関しては少々後悔しているが、いつもだったら見れない先輩の姿を見たということもあり、それが僅かな充実感を生み出してしまっていた。それはもう、しょうがないことである。

「花瓶、買わなきゃな……」

 綺麗に整えられたこの部屋には余り似合わない花束を飾るものを探しに、オレは一度部屋を出る。
 この花束はもはやオレののものであり、誰かに渡すなんてことは起こり得ないのだ。
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