34話:ニセモノとヒミツ

 午前の授業が終わりを告げる合図というのは、普通の休み時間とは心なしか開放感が少し違う。このまま学校が終わればいいのにと思わざるを得ないが、そんな都合のいいことは起こるわけがなかった。
 貴重品とコンビニの袋をだけを持ち、少しだけまばらになった教室を抜け、クラスメイトと言葉を交わすこともなく教室を出た。別に話す相手が全くいないわけでもないのだが、かといって話したいと思うような人物もいなかった。そこまでオレに興味のある人間もいないだろうから、比較的スムーズに教室を出ることが出来たし、廊下に出たからといって言葉を交わすほどの知り合いがいるわけでもなかった。最も、知り合いが出来ないほどに協調性がないわけでもないから、知り合いが全くいないというわけでもなく。

「あ、先輩だ」神崎先輩を視界に捉え、オレは思わず声をかけた。
「なんだよ……」
「会っただけでなんだよは流石におかしくないですか?」

 学食堂に向かう途中、神崎先輩に遭遇して思わず声をかえてしまった。既にバイト先でご飯は買っていたのだが、飲み物を買い忘れるという失態を犯してしまったお陰で、仕方なく足を運んだのである。
 先輩は少々迷惑そうで、かつそれを隠すことはしなかった。オレという人間に会ったからそうだったのか、それとも一人で居たかったのかは分からないが、なんにせよ余り話しかけていい雰囲気でもなかった。といっても、神崎先輩は元から話かけやすいほうではないとは思うが。
 オレは、まるでこれから悪い話をする時のように辺りを見回した。

「宇栄原先輩はいないんですね」
「いつも一緒な訳ないだろ。それにクラスも違う」
「ふーん」

 そういえば、二人は同じクラスじゃなかったなと心の中で自分に言った。聞くところによると、二人は小学校からの仲で、中学の時は同じクラスになったこともあったようだが、高校では同じクラスになったことはないらしい。

「……会ったのが俺で悪かったな」先輩は、唐突にそんなことを口にした。
「誰もそんなこと言ってないじゃないですか」
「顔が言ってんだよ」
「言ってない言ってない」

 どうやら先輩は、オレが宇栄原先輩を探していたものだと思っているらしい。もしかすると、宇栄原先輩に纏わりつく変な奴だと思われているのかもしれない。あながち間違ってはいないのだろうが、そう思われるのは正直心外だし、宇栄原先輩が幽霊が視えるということを知っているくらいだから、神崎先輩にも多少なりとも興味があった。
 相変わらずなんだか嫌そうにしている先輩の後ろについて歩いていたのだが、オレは先輩の制服の腕を引っ張り、学食に行くのを引き留めた。

「あ、先輩。オレあっちの自動販売機に行きたい」
「じゃあな」
「まあまあ、三秒で終わりますから」
「ほう……」

 やれるものならやってみろとでも言いたげに先輩は一声上げ、今度は先輩がオレの後ろをついて歩いた。オレが引っ張って行っただけなのだが、なんだかんだこうして付き合ってくれるのは、恐らく先輩が本当は優しいからだろう。まだ出会って数ヶ月も経っていないが、それくらいのことは既に何となく理解していた。
 自動販売機にたどり着くまでに既に三秒が経過しているような気がするが、そんなことは最早この場にいる誰もが気にも留めていなかった。

「何買うんだったっけな……」

 オレの独り言を、先輩は拾うこともしなかった。ここに来るまでにどの飲み物を買おうか考えようと思っていたのに、先輩に会ったお陰ですっかりと忘れていたのだ。
 何も考えずに自動販売機の前に立つと、一体何を飲もうかといつも以上に考えてしまうというものだ。お茶と水は勿論あるが、そのほかにも何故学校に設置されているのかよく分からない飲むゼリーや、飲んだこともないし余り飲みたいとも思わない変なジュースが並んでいる。
 オレは販売機の一番下にある、食事と共にというには余り相応しくなさそうなとある飲み物に目を付け、販売中と書かれてたボタンを押した。少しだけ間を開けて、取り出し口からガタンッ、と音が鳴る。
 少し屈み、少々取りにくい取り出し口に手を突っ込んだ。ピンク色をしたパックにいちごの絵が書かれており、既に少し水が滴っていた。

「……やっぱり普通に水とかにすれば良かったかも。そういう時ありません?」
「あるにはあるけど、昼時にいちご牛乳は目に入らない」
「うーん、そっか……」

 特に理由もなく選びはしたものの、確かにお昼時に真っ先に選ぶものではなかったかもしれないと、先輩に言われた初めて気づいた。

「……ここって当たりあるんだな」
「え?」

 少々後悔したのもつかの間、お金を入れる当たりにある、デジタル式の時計のような部分には四桁の数字が表示されるようになっているのだが、二という数字が四桁綺麗に並んでいた。つまりこれは、もう一つ好きな飲み物を選んでいいというわけだ。

「えぇー……どれがいいですか?」こんなところにある自動販売機で当たるとは思っておらず、オレは思わず先輩に押しつけた。
「お前の好きにすればいいだろ」
「先輩にあげますよ」
「いらん」
「なんで?」
「いらないっての」
「うーん……」

 確か、三十秒以内に選ばなければその当たりは無かったことになったと記憶しているから、別に飲みたいものがなければ選ばなければ別にどうということもないのだが、当たりが出ているということを認識してしまっているせいでそれも何だか癪に障るような気がした。
 オレは再び自動販売機に並べられている飲み物を軽く見回し、考え無しに適当にボタンを押した。取り出し口から、再び少し大きな音が響く。

「……先輩にあげる」
「何度も言わせんな」
「ごめんなさい」

 取り出し口から出てきたパックのコーヒー牛乳を前に、オレと先輩は何とも形容しがたい感情に取り憑かれていた。
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