33話:ニセモノの行動理由

 この日は、雪が少しチラついていた。といっても、別に傘を差さなければいけない程のものではなく、積もるかどうかの話をするよりも前にすぐに止んでしまった。
 そんなつまらない状況の中、オレはひとり公園にいた。高校生がどうして公園にいるのかは、至極単純な話である。暇を潰していたのだ。例えばそれが、人と待ち合わせをしていて来ないなどといった事態だったらさほど違和感はなかったかもしれないが、生憎、そういう相手はいなかった。
 屋根のある休憩場所のようなところにあるベンチに腰をかけ、荷物を木のテーブルに置きそれを枕にして目を閉じ、既に意識は半分以上虚ろである。
 バイトまでの時間はあと二十分ほどだろうか? 余り早く行っても意味がないし、ただ単に暇を潰していた。
 いつもこうしているわけではなく、その辺りを散歩したりもするのだが、傘を持ち合わせていないということもあり、どうも今日は、そんな気分では無かったのだ。

(……あんな動揺して、馬鹿みたいだな)

 そして、余り乗り気じゃない理由は分からないというフリをしている最中でもあった。

(先輩、放っておいたら絶対動きそうなタイプだったな……っていうか、なんで神崎先輩もいたんだろう。いやまあ、居てもいいけど)

 宇栄原先輩と再会してからというもの、オレはずっとおんなじことばかりを考えていた。
 先輩に会いに自分から向かったのに、今となっては何故か会わないようにしなければと思ってしまっているのが、全く都合がいい奴だと思う。

(あれ、自分から先輩に会いに行ってたよな……?)

 あんなヒトガタのよく分からないやつなんて、記憶を掘り起こしてみても思い当たる節がない。手足や顔までもが見えないほどに辺りに深淵を纏い、あれが本当に祥吾であると言われても、否定してしまいたくなってくるほどだった。
 しかしその深淵の間を這うように、何かがキラリと光ったのが見えたのだ。その何かとは、祥吾が肌身離さず身につけていたネックレスである。意識しないと見逃してしまうほどのそれは、しっかりとオレの目に映ってしまったのだ。それを見つけて、思わず足が動いてしまったのを、今は少しだけ後悔している。

(……どうしよう)

 自分ではどうしようも出来ないことであるというのは最初から分かっていたのに、だからこそだろうか? とてつもない虚無感と罪悪感がオレを襲った。

「貴重な睡眠時間奪わないでよ……」

 別に独り言を言ったわけではなく、その独特な気配は、顔をあげなくてもすぐに分かった。

「別に、そのまま寝てても僕は構わないけど」
「だったら出て来ないで……」

 ふと湧いて出てきたかのようにオレに話しかけてくるこの男は、オレに構わず隣に座る。同じ制服である上着が、オレよりも規則正しくベンチの上に腰をかけた。
 目を開けて左隣をチラリと横を見る。

「……なんの用?」
「用という用があって話しかけたことなんて、今まであったっけ?」
「ない……」

 タカハラさんの、どこか浮世離れした空気感に思わず適当にそう口にしてしまうが、そんなことは全くない。
 瞑邪と逝邪について教えてくれたのもタカハラさんだし、いつだったかに祥吾との間を取り持ってくれたのも、昔、とある時に助けてくれたのだってタカハラさんだ。この人が居なかったら、今どうなっていたのかというのは、余り考えたくはないものである。

「そういう橋下くんは、どうしてこんなところにずっと要るの?」いつもの調子でニコニコしながら、タカハラさんはそう言った。
「……どうせその辺で見てたんでしょ? いちいち聞かなくたっていいのに」
「だって、聞かないとちゃんと教えてくれなさそうだし」

 その先、タカハラさんの言葉が続くことはなさそうだったところを見るに、今回は本当にただ話かけただけなのかもしれない。ぐずぐずしてても仕方がないし、オレは自分の疑問をさっさとぶつけた。

「あれ、さっきのヒトガタの黒いやつ……何なの?」
「ああ……そういえば話したことなかったね。でもごめん、ボクもそんなに詳しくないんだ」

 タカハラさんのような存在でも分からないことがあるのかと、この時少し驚いた。だが言われてみれば確かに、タカハラさんが逝邪というものになってせいぜい数十年といったところだろうし、知らないことがあってもおかしくはないだろう。それも、人の感覚に左右されるものであれば尚更だ。
 どう説明するべきか、というような思案の時間は、オレにとっては少し退屈だった。まあそれも比較的すぐに終わったのだが。

「祥吾くんを糧にした何か、っていうのが、いまのボクに出来る精一杯の説明かな。秘密にしてるとかじゃなくてね、なんというか……うん。ちょっと説明が難しいな」

 思考の時間を作っても尚、まだ何か言い淀むに値する要因は何なのか、このあとすぐに理解することになる。

「多分、祥吾くんがいなければあれは存在していないんだと思う」

 別に祥吾くんが悪いって話じゃなくてね。そう何かに配慮して、タカハラさんは続けてこう言った。

「祥吾く――瞑邪という存在の力が増すと、ああいうのが出てくるってことかな。ボクも余り会ったことが無いから、多分、そういうことなんだと思う。瞑邪の形を少し模しているのも、そういうことじゃないかな。明確な説明じゃなくてごめん」

 説明を終えたタカハラさんは、何故か少し申し訳無さそうにしていた。別にタカハラさんが悪いわけではないはずなのに。
 あくまでもタカハラさんは憶測であると言いたげだが、見立ては恐らく正しいのではないだろうか。タカハラさんは、オレよりも遥かに色んなものを見てきただろうし、オレだってあんなの始めて見たし、先輩達も難しい顔をしていた。瞑邪を糧にということは、もしかするとこれから先、ああいうのが増えていったりするのだろうか? ……思わず、視線を下にそらした。

「……さっきの、せっかく助けてくれそうな人だったのに言わなくてよかったの?」

 あからさまに話が変わり、この話はここで打ち止めになった。しかしその話も、オレにとっては余りいい話題ではない。
 本当なら、タカハラさんには関係ないと、そう言って終わりにしてしまいたかった。しかし、本当にタカハラさんに関係がないなんてことがあるわけもなく。

「……それで近づいたって思われるのも癪だし」

 最初は、確かに宇栄原先輩が力を持っていると思って近づいた。それは事実で、それが目的だった。
 だが数時間たった今、それはして欲しくないという気持ちが湧いている。オレは本当に、祥吾のことを助けたいのか。よくよく考えてみたのだが……。

「なんか、本当に助けてくれそうで嫌だった……」

 どうやら少し、事情が違うようだ。
 祥吾が瞑邪になっているというのを知った時、タカハラさんも傍にいた。あの時タカハラさんは、祥吾を消そうとしたのだが――。

(オレ、あの時もタカハラさんのこと止めたんだよな……)

 まだ瞑邪になりかけていた祥吾を消さないでとお願いしたのは、紛れもなくオレだ。オレがあの時タカハラを止めたのは一体なんの為だったのかを今一度考えた時、どうしても嫌な気持ちになってしまって余り考えないようにしていたのだが。
 先輩に会ったことで、そのことを思い出してしまっていた。

(消えて欲しく、無かったんだ……)

 宇栄原先輩は、自分に力なんてあるわけないと宣った。どうやら、宇栄原さんの周りにはそういった類いのことを知っている人物はいないようで、殆ど何も知らない状態だった。そんな人に変なことを吹き込んでしまったというのも頂けないし、何より、その後にもっと詳しいことを知りたいと思わせるような状況になってしまった。ああなってしまったら、良くも悪くも人の好奇心は動いてしまうものだ。遅かれ早かれ、祥吾のことを知る可能性はとても高くなってしまったことだろう。
 もし万が一、先輩が祥吾のことを消すというような状況になったとして、それをオレは許容出来るかといったら、難しい話だ。なんせ、逝邪であるタカハラさんが消すと言ったときですら、オレは嫌がったのだ。

「じゃあどうするの?」
「どうするって――」

 この時のタカハラさんは、オレを質問攻めにした。なんで、どうしてと、こちらの心情なんてお構いなしの子供のようである。
 それを今考えてるんだから邪魔しないでよ。そう言おうとした時、上着のポケットに入れていたオレの携帯がけたたましく揺れ動いた。バイト二十分前の合図である。

「タカハラさんは何もしないでよ、絶対!」

 みんなして難しい注文が多いなぁ。そう後ろから聞こえてきそうなのを、オレは自身の足音でかき消した。
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