33話:ニセモノの行動理由

 全く、オレは本当に馬鹿だと思う。……いや、どちらかと言うとズルいと言った方が適切なのかもしれない。
 適当な説明をするだけして、オレは逃げるように先輩たちの元を去った。思っていたよりも外に寒気が溜まっていたのには目もくれず、当てもなく外を歩いていた。
 家に今帰ったところでバイトに行くのにまた外に出なければならないし、家に帰るというワンクッションをわざわざ挟みたくない。

(会って早々頼みごととか普通に失礼だし……あんな話するとか超ヤバイ奴だったな)

 別にいいけど、と飲みこみそうになったが、状況としては全く良くない。あんな話をしておいて結論もなく帰るとか、どういう神経をしているのだろうと自分を疑ってしまう。

(少し、逸りすぎたかも……)

 状況としてはさっさと終わらせてしまった方がいいのはよく分かっているのだが、誰かに頼るということであれば、その為にはまず人と仲良くならないといけないし、相応の信頼関係が必要になる。それに、人に何かをお願いするにはお願いする側が真剣にならないといけないし、何かしらのリスクが相手には付きまとうことになるだろう。
 タカハラさんの言い方からして悠長にしている時間は余りなさそうではあるのだが、だからといって人を巻き込んでいいのだろうか? いつだったかにその提案をしたタカハラさんにどうこう言うつもりは無いのだが、オレがしてしまった選択は、余りいいものではなかったかもしれないと、この時初めて思った。

「……祥吾は、消えたらどこに行くんだろう」

 幽霊は除霊して本来行くべき場所に……という話はよく聞くが、それが本当に正しいのだとするのなら、祥吾は一体どこに行くのだろうか?
 幽霊という括りの中に祥吾がいるのは違いないのだが、天国と地獄があると昔から言われているように、幽霊にもそういうことが適用されるのだとしたら、恐らくは……。

(か、考えるの止めよう)

 そうしてわざとらしく、オレは頭を振った。考えたところでどうにもならないことを考えてしまうのは世の常だが、そういう時は強制的に考えるのを止めてしまうのが一番いい。……そう思っていた、矢先のことだった。

「なんか寒……」

 普段天気予報なんて見る暇がなく適当に過ごしているのだが、確かに今日、学校内で雪が降るとか降らないとかいう話を誰かがしていたような、そんな気がする。が、これはそういう類いの寒さとは少し異なるようだ。
 外的な寒さを隠れ蓑にしているような、内から感じる悪寒という方が近いように思う。そして似たような感覚は、これまで何度か体験したことがある。

(幽霊っぽいな……。でも違うかも)

 端的にそれが幽霊であるとしたが、それでもこの感じはいつものそれとは少々異なっていた。なんというか、いつにも増してそれが色濃く感じてしまい、何故だかそわそわした。ひとつ、嫌な心当たりがあったからだ。
 なにが出来るわけでもないということは分かっているつもりなのに、オレはその気配のある場所を探した。オレのいる場所から近いということは分かるのだが、だからといって何かあてがあるわけでもない。走りながら、自分の感覚を便りにそこを探し当てるしかなかった。
 先輩にあんな説明をしてしまった後というのもあり、嫌な想像ばかりしてしまっているというのもあるが……それが余計、オレの足の動きを早めていたように思う。その気配が、祥吾のものにとても近かったのだ。
 もしそれが本当に祥吾のものだったら?
 タカハラさんの見立てよりも早く、何か嫌なことが起こってしまったら?
 その時、オレは祥吾の味方でいられるだろうか?
 出来ればオレの感覚がまるで見当違いであってほしいと思いながら、それを確かめないままでいることが出来るわけもなく、とにかく辺りを探した。
 答え合わせは、露骨に人通りが少なくなったと思ったら比較的すぐに訪れた。見覚えのある黒く漂うもやが、あの角を曲がった先から漂っている。一瞬足を止めてしまいそうになったが、勢いに任せてその角を曲がった。
 オレの視界に入ったのは、家と道路を分ける塀と、どこにでもある電柱。そして――。

「お前それで追ったのか?」

 オレにとっては、ある意味で誤算のような人物の姿。

「いやさ、おれだっていつもだったら追わないけど……これは予想してなかったっていうか」
「お前の追わないは信用できない」

 オレが到着するよりも前に、そこには宇栄原先輩と神崎先輩がすでに居たのである。

(うわ、最悪だ……)

 何を見てそう思ったのかはよく分からない。しかし紛れもなく、ふたりがそこに居たお陰で奥にいる「何か」を認識するのが少々遅れてしまったように思う。
 人形の黒い影。粒子の集まりがそれを形成し、意思があるのかどうなのか、ゆらゆらと蠢いている。それが果たしてただの幽霊なのか、それとも祥吾と呼んでいいものなのか分からないまま。

「あれ、また会いましたね」

 オレは軽快に、そんなことを口にしてしまっていたのだ。
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