06話:有限は虚空に映る

「エリオットねぇ……」

 抱えている数冊の本を棚に入れながら、僕とルシアンは雑談に似た会話を同時に並べていた。どうしてその名前が出たのかというと、単純に僕が見たので見た夢の話だったのだけれど……。

「知ってるの?」
「知ってるっていうか……」

 その僕の見た夢というのがどうやらあのリベリオさんの家と関係がありそうで、気付けば僕は夢の内容をルシアンに向けていた。
 あの時、リベリオさんの家で見た記憶の中に居なかったエリオットという人物と、そのエリオットと相当親しかったのではないかと思われる妖精のロデオが居たのが気になってしまい、どうにも自分だけでは処理が出来なかったのだ。出会ったばかりのロデオが夢に出てくるというのは往々にして起こりえることだし、普段だったらそこまで気にすることは無かったのかも知れないけど、そこに全く知らない人物が出てきて尚且つリベリオさんらの家に居たらしいとなっては、気になって仕方が無くなってしまうというものだ。
 それに、僕にはその夢が、どうしても起きた出来事を整理するだけのものとは思えなかったのだ。

「あの家に住んでたのってさ、リベリオさんと妹さんのニシュアさん。それに、執事だったゼフィルさんにメイドのティーナさんで、まあ、ここまでは別にいいんだけど、どうももうひとり居たらしくてさ」
「……それが、エリオットって人?」

 僕の質問に答えることはなく、ルシアンは更に言葉を続けていく。

「エリオットがあの家に居たっていう事実は多分どこにも残ってない。でもきっと、ちゃんと居たんだろうね。レイヴェンはその類の話を一切手元に残していなかったけど、リベリオさんの手記には急に妖精の食べ物について書いてあったり、後はこっちが把握してる人数と描いてある数が合わなかったりすることがあってさ。ただまあ、名前は出てきてないから証拠はなんにもないけどね」

 ルシアンの言い方で察するに、エリオットという人物については誰もが相当気を遣って誰にも悟られないようにしていたのだろう。夢の内容を鵜呑みにするのであれば、エリオットさんは亡命を計ったようだったから、それが一番の要因なのかもしれない。

「俺はさ、別にリベリオさんの家で何があったのかとか、正直どうでもいいんだけど……」

 ルシアンは、この会話をするにあたって初めて僕のことを視界に入れた。

「どうしてアオイは、そんな夢を見たんだろうね?」
「……どうしてだろうね?」
「いや知らないけど。聞いてるの俺だし」

 確かに、例えばリベリオさん達の夢を見たというだけだったら、単純な夢として捉えていたはずだ。あの時にことが忘れられなかったという子供じみた理由で済んだはずだ。でも、あの場所にいなかった人物に焦点が当たる夢を見るというのは違和感極まりない。勿論僕は、そのエリオットという人物を見た記憶がないのである。過去に会ったが忘れている、あるいはただすれ違っただけの人物が夢に出てきたという部分まで入ってしまうと、流石に何が正しいのか分からなくなってしまうから出来ればその考えはどこかに捨てておきたい。もっと言ってしまうなら、それこそ夢がないというものだ。

「ロデオに聞いたら、なにか分かったりするのかなぁ」
「かもね」

 僕の見た夢が史実だとするなら、確かにこの話に一番詳しいのは恐らくロデオだろう。ただ、その類いの話をロデオに振っていいものなのか少々判断に困る。彼は俗にいう泣き虫だから、余り踏み込み過ぎると収拾がつけられなくなってしまいそうだ。でも、ロデオはリベリオさんと知り合いだったに等しかったようなことを口にしている。聞いてみるには十分のものが揃っているのではないだろうか?

「……ロデオくん、まだ家に居るの?」
「え? ああ、うん。……本当に連れてきて良かったのかなぁ」
「良くはないだろうけど、あのまま置いていくのはちょっとって言ったのアオイでしょ?」
「そ、そうでした……」

 連れてきたというのはちょっと語弊がある言い方だけれど、ロデオは半分寝惚けてたし、大方そういうことになるだろう。

『ふあ……』

 花畑を出て暫く、呆けていた僕のすぐ近くで聞こえたのは、ロデオが欠伸をしている声だった。会った頃とはうって変わってすっかり大人しくなっていたロデオは、どういう訳かかなり眠そうで、今にもその辺りの石ころと同じように転がっていってしまいそうな勢いだった。

『……眠いの?』
『ちから使うと、こうなっちゃうの……』
『へえ、はじめて知った……』

 妖精という生体だからなのか、それともロデオだけなのかは分からないが、特殊な存在というのは力を使いすぎると姿を消してしまうなどという類の話は確かにいつの時代にも存在する。眠くなるというのも一種のそれなのかもしれない。

『……妖精くんって、家あるの?』
『んん……?』

 ふと、ルシアンがロデオに声をかける。それは確かに僕も気になるところではあるけど、言葉にならない声の他には、ロデオの言葉は返ってこない。その代わりにとでも言うように、静かな寝息が聞こえてきた。

『……寝ちゃったの?』
『おきてるよぉ』
『あ、そう……』

 ロデオはそう言うものの、これは起きてると言いつつ数秒後には寝入ってしまっているやつだというのはすぐに分かった。ルシアンが「そろそろお別れだから起きないと」と口にすると、ロデオは一応答えてはくれるが、それにしても答えがふにゃふにゃしており残念なことに言葉になっていなかった。このままだと夜にむけてすぐに暗くなってしまうし、かと言ってその辺りに置いておくというわけにもいかない。僕は別にいいけど、普段姿を見せることをしない妖精が街にいるというのは色々とよろしくないだろうし、何かがあっても困る。その何かというのが、例えば昔に行われていた妖精狩りに匹敵することだったら尚更だ。
 悩んだ挙句、「それなりに懐いてるし別にいいんじゃない?」と適当なことを言ったのルシアンに乗せられたかたちで、僕の家に連れていくことになったのだ。目が覚めたロデオは確かに驚いていたけどそれも最初だけで、敵意がないというのが分かっているからなのか、どちらかと言えば今はかなり落ち着いているように感じる。相変わらずビビってはいるけど、どうやら元はかなり温和な性格のようだ。
 特に何事もなければ今も家に居ると思うけど、果たしてこのままで良いのだろうかという気持ちは尽きない。追い出すというのも少し違う気がするし、こればっかりはロデオの意思次第といったところだろうか。

「……妖精ってさ、何食べると思う?」
「さあ……。というか聞けばいいのに」
「聞いたんだけど、なんかちゃんとした答えが返ってこなくて……。ああでも、グミは気に入ってくれたよ」
「ふうん」

 明らかに興味の無さそうな返答が返ってくるけど、僕からしたら結構な大問題だ。妖精が題材の小説は数あれど、だからと言って彼らが何を好んで食べるのかという部分なんて、書いてあったとしても信憑性に欠けるものばかりだろう。たまたま封を開けていないグミがあったから良かったが、お菓子ばかりという訳にもいかない。ああそうだ、帰る時にグランさんのところにでも寄ってロデオが好きそうなものを探してみるのも良いかもしれない。
 僅かに感じるルシアンの視線なんて気にも止めず、僕は考え込みながらも手持ちの本を棚に納めた。
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