ハッピーバースデー、トゥユー。

※合宿時期捏造してます。











 ぐらんぐらんと揺れる頭を、南條は眺めていた。ぐらんぐらん、ガクッ、ハッ。さっきからそんなような面白い様子を晒してくれているのは、北原である。

「廉、そんなに眠いなら寝れば? 俺的には、明日も朝から稽古なわけだし、夜更かしするだけアホって思うけど」

 今は、合宿の真っ最中。一時帰国した月皇遥斗が加わり、アンシエント総勢による厳しい稽古合宿である。朝から晩まで、休む間もないに等しいくらいにみっちり稽古漬け。それに加えて北原は普段と違う環境にテンションが上がってしまう子どものようなタイプだ。合宿前、同じ役を取り合うライバルである空閑愁に火をつけられたこともあって、普段よりも飛ばして稽古に励んでいるようだった。
 だから、始まってからというもの、初日を除いて、部屋に戻ればスイッチが切れたように眠っていたのだが。
 合宿中の日課とも言える漣との勝負にはいつも通り負けたのだろう、やっぱ漣先輩は強えと呟いてベッドに胡座をかいた北原は、そのまま座っていた。いつもだったらすぐに布団へ入って朝までぐっすりコースのところ、今夜ばかりは初日のように話しかけてくるのだ。今日は愁が、漣先輩が、そっちの調子はどうだ、とか。
 妙だな、となんとなく違和感を覚えていたものの、そういう気分の日もあるかと大して気にしていなかった。しかし、話しながらうつらうつらと舟を漕ぎ始めたので、寝なよ、と言ったところ、まだだ、と返され、違和感は確かなものに変わったのだ。
 これは、おかしい。初日もこんな風に限界が来るまで話に付き合わされたのだが、寝なよと言えば素直に従った。それがどうだ、今日はまだだと言ってむにゃむにゃと喋り、とうとう眠気と戦ってただ頭を揺らすだけになっても寝ようとしない。

「もーちょい…だ……」
「今にも寝そうなのに?」

 北原は、しきりに時間を気にしているようだった。話している最中はともかく、ほとんど喋らなくなってからはちょくちょくスマートフォンで時間を確認している。あ、今も。何がしたいんだろう、と首を傾げてみても北原の行動の謎は解けなかった。
 鞄に入れたままのスマートフォンを取り出すのが面倒で、北原を観察するだけにしていたのだが、いいかげん眠くなってきた。南條もチームリーダーの主義に則り、やるからには完璧に。ちゃんと稽古をこなしているから、当然疲れもあるのだ。

「俺はもう付き合い切れないから寝るけど」
「あ? 意味、なくなるだろーが…起きてろ…」
「意味?」

 こっくり、こっくり。今の寝言? と思わず聞きたくなるような状態だ。そこまでして起きている理由くらい、教えてくれたっていいのに。この夜更かしに付き合わせようとしているのなら、なおさら。
 北原が、またスマートフォンの画面を明るくした。時刻と関係があるなら、南條も確認すれば、ことによるとわかるかもしれない。北原よりも鞄の方が近いので、南條は謎解きに手を伸ばした。

 ──そうして表示された時刻と日付に、あ、と思ったのと、ほぼ同時であった。


「聖、誕生日おめでとう」


 北原が、眠たそうな声でそう言ったのは。

 え、と思わず声を漏らす。表示されたのは6月17日0:00という文字列であった。そう、南條の、誕生日。
 南條が慌てて顔を上げたのと、北原がこてんと横になったのも、ほぼ同時だった。ちょっと言い逃げ? 俺的にはそれは有罪って思うけど。

「廉、ちょっと、今の」
「……あ? んっだよ……俺は、ねる」
「それだけ? まさか、俺におめでとうって言うためだけに起きてたの?」
「んん……あたりまえ、だろーが」
「いやいやいや、どのへんが当たり前なのか、俺的にはかなり疑問なんだけど。おい廉、寝るなって。お前そういうお祝いとかしないタイプだろ、なんで?」
「なんで、って」

 のそりと、嫌そうに北原が起き上がった。目は閉じている。本当に限界らしい。

「テメーこそ、日付変わった瞬間におめでとうとか、ゼッテー言うタイプじゃ…ねえだろーが」
「……俺?」
「アァ? 聖テメー…忘れたとは言わせねーぞ。俺の誕生日の時に、テメーが一番乗りでおめでとう…っつってきたんだろーが」

 だから、俺も。

 そう言い切って、北原は今度こそ寝てしまった。ころんと横になって、直後にスースーという穏やかな寝息が聞こえ始める。

 え。
 えっ。

 一人取り残された南條は、自分のベッドの上で内心狼狽えていた。もしかすると表情にも出ていたかもしれないが、それはどうでもいい。何故なら、それを見られるのは北原だけであり、その北原は眠っているから。
 北原が限界まで起きていた理由。それがまさか、こんなことのためだとは思いもしなかった。そもそも合宿のせいで誕生日のことなんてすっかり忘れていたくらいだから。おそらく、他のチームメイトも忘れているだろう。しかし北原は覚えていて、こんな風に祝ってくれた。
 一番乗り。
 そう、一番乗りである。日付が変わる瞬間を今か今かと待って、その瞬間に『おめでとう』と言う。二ヶ月前、南條がしたのと同じことを。
 合宿中の今だけは、北原と同じ部屋で過ごしている。だから、普段よりもハードな稽古(に加えて、上がりすぎたテンション)の影響がなければ、このくらいの時間なら普通に起きていられる北原と雑談していて、その流れで日付が変わったことに気がついて、それで北原が覚えていたなら、おめでとう。そういうイベントならあり得る話、納得できる話だった。
 スヤスヤと眠る現実を見つめた。ああ、掛け布団の上に寝ちゃって。こいつがこんなことを企んでいたなんて、全く気がつかなかった。というか、南條のあれが、北原にとってそれなりに大きな出来事として記憶に残っていたということを、知ってしまった。もしかして、特別なことだったってバレているのでは。いや、まさか。いや、バレているんだろう。

 ──確かに俺は、こんな風に祝うタイプじゃないもんなあ。

 やっぱり送んなきゃよかった、と少しだけ思って、おかげさまで一番に祝ってもらえました、と過去の自分に報告した。そして、なんとなく、どうしても一番に伝えたいと思ってしまった当時の気持ちを、今になって理解できたような気がする。
 ただ年を重ねる日。誕生日って、そういうもんだと思ってた。
 ごろん、北原が寝返りをうった。大の字に転がって、気持ち良さそうに眠っている。布団かけてやった方がいいかな、と露わになった腹筋を見てそう思った。立ち上がって、下敷きになっている掛け布団を思い切り引っ張り救出する。それをかけてやって。
 パチンと、電気を消す。暗くなって見えなくなった姿の方向に顔を向けた。

 ──ねえ、これって、廉的には特別なことなの?

 なんて、聞けないことを考えながら。
 自分のベッドに戻り、布団に潜り込む。目を閉じて、眠ろうとした。
 普段、南條は夜が遅い方である。無闇やたらに夜更かしするわけではないが、これくらいの時間ならば起きていることも苦ではない。しかし今は稽古合宿中、普段とは違う。北原のようにガンガン体を動かしライバルとぶつかりながら稽古をこなして師である漣に勝負を挑むようなことはしていないが、南條も疲れているというのは事実として、これは祝われる前にも感じていた眠気である。抗う気はなかった。
 北原的には、一番乗りは無罪、らしい。
 ──が。

「……俺的には」

 小さな、北原の寝息よりも小さな声で、南條は呟いた。もぞもぞと布団から手を出して、そのまま髪をかきあげる。
 疲れているのだ。眠いのだ。目を閉じて、睡魔の誘いを待っている。
 それなのに。

「完全に有罪だよ、廉……」

 ──全然、寝つけない!
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