悪戯なPumpkin

※星劇公式ツイのハロウィン企画ネタです。


















「ったく、ハロウィンだなんだって騒ぐのは勝手だけどよ、俺をそういうイベント事に巻き込むっつーのは解せねー……有罪だ。つーか神父かよ、どっちかっていうとこれは聖の役じゃねーか? ……にしても、あのカボチャ野郎……誰だったんだ? ミラクル星谷か、それとも…」




 ぶつくさ、ぶつくさ。

 様子を見に行ってやってよ、と頼まれて向かった先には、ぶつける相手はもうとっくにいないというのにまだ文句を言っている北原の姿があった。悪戯の衣装は神父──文句の内容は反抗期の子どものようだが、口元に手を当てて何か考え込んでいるような立ち姿はなかなか様になっている。
 クスッと南條は笑って、まだこちらに気がついていないらしい北原に声をかけた。


「や、廉」
「ア? 聖──ってテメーなんだそのクモ!?」
「ああ、たつ……カボチャ頭の悪戯っ子の餌食になっちゃってさ」
「んだよ、テメーもかよ……ったく、誰だったんだ? どーせteam鳳かteam柊の奴だとは思うけどな」
「あはは、やっぱり気づいてなかったか」
「あ?」
「いやいや、こっちの話」


 カボチャ野郎、カボチャ頭の悪戯っ子、それは二人に仮装の悪戯を仕掛けてきた人物であり、南條に北原の様子を見に行くよう頼んだ張本人でもある。顔こそ隠しているものの、声や喋り方はそのままでわかりやすい辰己の仮装を南條はあっさり見破ったが、北原は気がついていないようだ。大まかな予想まではできても、個人までは特定できていないらしい。

 ──まあ、そういう鈍いところも可愛いって思うけど。

 うーむと唸っている北原を、体育座りの姿勢のまま首を傾げながら見上げて微笑んだ。


「廉は神父様なんだね?」
「ああ。テメーはなんだ、それ」
「さあ? 蜘蛛男? 辰己姫のチョイスもなかなか謎だよなあ」
「あれ姫かよ?!」
「あ」


 別に、隠していたわけではないが。口元を覆って、しまった、とでも言うようなリアクションをとってみせる。意味のないアクションだとはわかっているが、なんとなく。
 北原にとっては少し意外な人物だったらしい、目を丸くして驚く姿も可愛いと思った。

 それにしても。

 神父の格好をさせられている北原を、頭のてっぺんからつま先までじっくりと見る。紫がかった黒い衣装はまるで南條とセットのような色合いだ。
 似合うか似合わないか、純粋にそのルックスだけで言えば、似合う。さすがモデルと言ったところか、顔とスタイルの良さで大抵のものは着こなせてしまうのだろう。

 ──しかし。
 それはあくまで外見に限った話である。

 北原と言えば。
 言葉遣いが荒っぽいこともさることながら、口を開けばすぐに『有罪』、また『有罪』、空閑が現れれば『無罪』、そしてやっぱり『有罪』。神父とはあまりにもかけ離れた存在で、この衣装が選ばれたことさえ驚きなくらいだ。実際、北原にこの仮装をさせた辰己自身も『悪戯した俺が言うのもなんだけど…文句がすごかったよ。チョイスを間違えたかな』と言っていた。大正解である。
 北原の名前である『廉』には、清く正しい、という意味があるため、その点では聖職者である神父でもおかしくはないのかもしれない。ことによると、辰己はそれで神父を選んだ可能性もある。だったら、南條の方が『聖』でもっとわかりやすい気もするが。
 加えて、確かに外見としては似合っているものの、脳筋たる北原の体躯のせいで、完全に武闘派の神父様だ。神に祈りを捧げたり人々を導き教えたり、なんて可愛らしい正統派なんかではなく、信者を誑かす悪魔どもをぶっ倒しに行くぜとでも言わんばかりである。


「………なに笑ってんだよ」


 ふっ、なんだか可笑しくなってきて、南條は思わず吹き出してしまった。
 見れば見るほど、武力で物事を進めそうな神父に見える。本当に純粋にルックスだけを切り取って見ればいいのかもしれないが、北原の性格を知り尽くしている南條には無理だった。
 ムッとしたような、というより、急に笑い出してなんだこいつ、と言いたげな目でジロジロと見られる。自覚はないんだろうなあ、と思うと余計に可愛い。


「いや……ふふ…、廉が神父かあ、って思ったら可笑しくて」
「アァ? どういう意味だ」
「だって、ほら、武闘派の神父って感じだろ? 悪魔退治してそう。ちなみに俺的には、お前はどっちかっていうと退治される小悪魔の方って思うけど」
「小悪魔ぁ? そこは悪魔でいいだろーが。なんなら、魔王様でもいいぜ?」
「ふっ……あはは! そういうところがさぁ、神父様って柄じゃないよねえ、って話。廉が神父、ねえ……神父……くくっ」
「さすがに笑いすぎだろーが。有罪」


 今度こそ、ムッとしたような顔で。確かにそれを選んだのは北原ではない、自ら着たわけでもない。けれど追い討ちのようにお決まりの口癖──これも無自覚だが──を言われて、また笑いがこみ上げてくる。
 なおも笑い続ける南條に腹を立てたのか、北原はピンと南條の帽子を弾いて奪い取った。それを自分の頭に被せて、ニヤッと唇の端を吊り上げて南條を睨みつけるように挑発してきた。


「で。この神父サマをコケにしてやがる蜘蛛男サンは、何をお望みだって?」
「──え?」


 ツン、人差し指で額を突かれる。思わず少し仰け反って、ぱちくりと北原を見つめた。
 望み? なんの話か。北原が予想外の言動で南條を驚かせるのは珍しいことではない。


「要は、似合わねーって言いたいんだろ? だから、テメーが俺にハロウィンの仮装を選ぶんだったら何を選ぶんだ、って聞いてんだ」
「俺が……廉の仮装を、選ぶ?」
「そうだ。これが似合わねえっつーなら、どんな仮装させてえんだよ」


 ──させたい仮装。

 まさかそんな質問が来るとは思わなくて、もう一度視線を上から下まで三往復。北原にしてほしいハロウィンの仮装、か。なんだろう。
 例えば、狼男。狼のような耳と尻尾をつけた北原はきっと可愛らしいだろう。例えば、ドラキュラ。定番といえば定番だが、あの勝気な笑みから牙が覗いたらなかなか魅力的だろう。例えば、海賊。剣を掲げて黒いアイパッチでもしていたら格好良さそうだ。例えば、例えば、例えば。
 考え出したら案外キリがないものだ。あれもこれもそれも、なんて欲が出てくる。また、北原を見つめた。似合いそうなもの、着てほしいもの。

 ──困った。
 なに着てても好きだな、なんて。

 この神父の仮装だって、あくまで北原のイメージにないというだけで似合っていないわけではない。むしろ意外性があって少しドキッとしてしまう。少なくとも南條だったら選ばないからだ。他人から見た北原というのは格好良いというイメージなのかもしれない。南條からしてみれば、北原は可愛い奴、なのだが。
 さて、この可愛い神父様を満足させられる回答は一体なんだろう。北原は南條から奪い取った帽子で遊んでいる。深く被ったり、脱いでみたり、中を覗いたり、また被ったり。
 ああ可愛い、可愛いなあ。南條は微笑んだ。


「そういうお前は、俺に何着せたい?」
「ハ? 質問返しかよ。有罪」
「まあまあ。廉のお願いだったら多少は聞いてやってもいいよ? 常識の範囲内でなら、だけど」
「へえ」


 面白い、という風に、北原が笑った。一歩近づいて、座ったままの南條の顎に指をかけクイッと上を向かせてきた。


「Trick or Treat──菓子、持ってねえだろ? 悪戯させろ」


 青みがかった深い緑色の瞳が、南條をじっと見つめた。そこに反射した光が楽しそうにキラキラしている。
 定番のフレーズを紡いだ唇は触れそうなほど近くにあって、それこそ楽しそうに歪められていた。ああこの顔、この目、やっぱり好きだ。


「……それ、俺の質問の答えになってないけど?」
「テメーも質問返しで答えてねえだろーが」
「んー、じゃあ、俺も。Trick or Treat──お前もお菓子なんか持ってないだろ? なにしちゃおうかな」
「あ? 持ってるぜ、とびきり甘いのをな」
「ええ? どこに──っ」



 ちゅ。

 近づきすぎた唇が、幼い音を立ててとうとう重なった。
 すぐに離れた北原は、悪戯が成功して喜ぶ子どものように楽しげな笑みを浮かべていた。確かにこれは、胸焼けを起こしそうなほどに甘ったるい。やっぱり神父は似合わないな、と改めて感じた。
 仕返し、南條は北原の頬を両手で挟んだ。ぺろりと唇を舐めて開けさせて、伸びてきた舌に自分の舌を擦り合わせる。北原が被っていた帽子にぶつかってそれが床に落ちたことなんて、気にする必要などなかった。しばらく夢中で、甘い菓子代わりのキスを堪能した。
 視線が絡まる。ハロウィンもまあ悪くないかな、なんて。普段と違う衣装、選ばないだろう衣装、というのも面白い。


「──で、質問の答えだけど」
「あれ、答える気あったんだ?」
「あとでこれ着ろ。テメーの神父ってのも見てえ」
「あはは、神父か。オーケー」
「まあ、裏で悪魔と繋がってそうな神父に見えそうだけどな」
「ええー? 神父、『聖』って名前にぴったりじゃない?」
「漢字だけだろーが」
「ま、それは否定できないけど」


 アハハハハ、と高らかに二人で笑って。それから見つめ合ってもう一度キスをした。
 お楽しみはもう少し後──事の発端の姫君から、様子見ついでに呼んできて、と頼まれていたから。お菓子パーティーなんてもの、まあたまには乗ってやるのもいいだろう。


「あっちで呼ばれてるからさ、廉も行かない?」
「んだよ、このまま俺の部屋でいいだろーが」
「まあまあ。俺的には、芸能界での成功を目指す身として付き合いも大事って思うよ?」
「ま、それは言えてんな。仕方ねー、仮装ついでに付き合ってやるか」


 北原が帽子を拾い上げて、それを南條の頭に被せた。あっち、と南條が指差した方向へ、行くぞとさっさと歩いていく。行き先を詳しくは知らないというのに迷いがない、さすがは人々を導く神父様だ。
 まあ今の俺は人ならざるモノって感じだけど──南條は妖艶な微笑みを浮かべて、北原の背中についていったのだった。
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