16本のバラ

※星箱有料会員限定SS・OVA EDシリーズの内容です。


















 綾薙学園の男子寮の玄関、いくら芸能関係の学校で美形が多いとはいえ男ばかりで少々むさ苦しい場に、十六本のバラ。花瓶は白いシンプルなものだったが、それだけでちょうどいいくらいに華やかだった。それを見て、空閑はフッと目を細めた。やっぱり、花は飾られている方がいい。
 あのバラは、空閑に贈られたものだ。虎石が謝罪を込めて、歳の数だけのバラを。男に花を贈るなんて、らしくないことをした。周りに言われて、空閑が怒ってると思って、精一杯の謝罪だったそうだ。
 虎石の少々無責任なことには慣れている。いちいちキレてたらそれこそ持たない。どうでもいいわけではないが、いや、どうでもよくないからこそ、大したことではないと放っておく。謝ったり、謝られたり、そういうのはその都度しなくても、どこか別の時に埋め合わせがあるから構わないのだ。

 ──けど、こういうのは、これはこれでまた、悪くない。


「空閑」
「……月皇か」

 バラを眺めていたら、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには月皇が立っていた。そのまま隣にやってきて、空閑と同じようにバラを眺め、お見通しとでも言いたげに笑みを浮かべる。月皇は、花瓶、と呟いて、

「あったら受け取っていたのか?」

 空閑を見上げた。空閑はぱちくりと目をしばたかせただけで、返事はしなかった。あの時、いらねえ、花瓶がねえ、と言って断ったのは空閑だった。

「虎石が、」

 ごねていたぞ、と月皇はため息をついた。寮母さん喜んでくれたからいーけど普通受け取んだろ、と愚痴を言われたらしい。いつの間にそんなことを言っていたのか。

「男に花なんて、とか言いながら、必死で花屋を探していたんだ。俺も付き合わされた」
「それは、悪かったな」
「いや、もう過ぎたことだ。それはいい。──まあ、虎石なりの謝罪だったんだ。なんだかんだ言って空閑に受け取ってほしかったんじゃないか?」

 花瓶に生けられたバラは、時間が経っても萎れずに綺麗な姿を保っていた。水も汚れていない。寮母さんがちゃんと替えてくれているのだろう。
 最初は、本気で何に対する謝罪なのかわからなかった。空閑にとってはそれくらいのことで、虎石も周りに言われなければ気にも留めずにまた出来もしない口約束をしただろう。それが空閑と虎石の関係だ。
 今までに謝られたことがないわけではない。灸を据えるために空閑がキレるのは珍しいことでもないからだ。いつかも、女遊びが激しい虎石にキレたふりをして距離を置いたことがある。悪かった、と失くした教科書を持って頭を下げられた。それを求めていたわけではないけれど、虎石が空閑のことを考えての行動だ。
 花は、短くてもそこに形があって、残るもの。それをすぐに枯らして捨ててしまうのは、あまりにも勿体無い。断ったのは反射的だったが、贈る理由を聞いたらなおさら断って正解だったと思う。

「俺が世話しても、枯らしちまうからな」

 だって飾られたこのバラは、とても綺麗だから。あの虎石が、男の空閑に贈ったバラが、多くの生徒が通るこの玄関に、見せびらかすように飾ってある。それは、ちょっと気分のいいことだ。
 言葉足らずと怒られても、わかりづれぇと言われても、いらねえ。そう言った。どうせすぐに枯らすから、という意味で。もしも母のいる実家で渡されたのなら迷わず受け取ったろうが、ここは寮だ。寮母さんに渡すという発想はなかったが、それを提案したのはこの月皇だ。そのくせに、本当は空閑に受け取ってほしかったんじゃないのか、とかそんなことを言う。
 そんなこと、散々受け取れと押し付けられたのだから、わかっている。それいいな、と言った空閑を軽く睨んで、辰己の言葉に否定はしねえ、と吐いたのも虎石だ。全面的には肯定してない、ということは、空閑が受け取ることこそ虎石にとってのベストだった、ということ。

「俺はこの方がいい」

 それであいつが拗ねても、こうして長く楽しめる方がいい。これが空閑にとってのベストだ。求める形が違ってて、何度もぶつかり合って、それで今ここにいる。だからこのバラも、これが二人にとってのベストなのだ。

「まったく、お前たちの友情もなかなか理解しがたいよ」

 どこかの幼馴染と比べているのか、月皇はやれやれと言って出て行った。その背中は追わずに、空閑はバラを見つめていた。なんでこんなところにバラが、と疑問に思った奴に事の発端を話したら、それこそ虎石は怒りそうだ。別に言わなくてもいーだろ、これはもう寮母さんにあげたバラなんだよ、と。理由を知っているのはあの場にいた十人だけでも多すぎるくらいかもしれない。
 あと、何日楽しめるか。バラの寿命は知らない。華やかすぎるくらいの十六本のバラを横目に、空閑も外へ出た。晴れ晴れとした空だった。
1/1ページ
    スキ