口ほどに物を云う

※二人が小学生の頃の話(捏造)
※一部特典ドラマCDの内容を含みます。
※pixivより



















 虎石には不満があった。なんてことない些細な、でも重要な、不満。それは、最近できた新しい友だちについてのこと。

「しゅう、きーてんのかよ」

 新しい友だち、空閑は無口だった。小学生のくせに鋭い目つきで、無愛想で無口。怖がられる反面、そこがいいとばかりに女子にはモテていた。そのため勝手に敵視していたが、いざ話してみれば空閑は母親想いの優しい奴だった。
 お喋りな虎石と無口な空閑でむしろちょうどよく、話すようになってからは何をするにも空閑を誘った。一緒に学校行こうぜ、帰ろうぜ、遊び来いよ、遊び行っていいだろ、──睨みつけていた頃が思い出せなくなるくらい、虎石は空閑を誘った。虎石には他にもたくさん友だちがいたが、一番居心地がいいのは空閑だった。
 しかし、一つだけ、不満がある。

「聞いてる」
「ほんとかよ」

 空閑は、無口だ。それはいい。ただ、話を聞いてるのか聞いてないのかよくわからないほどに無口なのだ。いや、いいかげん空閑の性格は理解しているから、ちゃんと聞いていることくらいわかっている。だが、そういう問題ではないのだ。
 虎石はもともと、友人との距離が近い。常に誰かと一緒にいるような、人が大好きなタイプだ。反対に空閑は、常にとまではいかずとも、ほとんど一人でいるタイプだ。ベタベタとずっと一緒に過ごすことが全てではないと、小学生にしては達観した友人関係を築いている。
 虎石もわかっている。わかってはいるのだ、空閑に求めるべき友情ではないと。空閑なりに返してくれていることもわかる。あまり人と一緒にいない空閑が自分とは一緒にいてくれるのだ、周りから見たらすごいことらしい。
 わかってはいても、やはり求めてしまう。仲良くなってから日は浅いが、一番の友人だと胸を張って言えるくらいの空閑に、他の友人と同じ距離感を求めてしまうのはワガママだろうか。

「しゅうってちょっと冷めてるよな〜」
「そうか?」
「そーだよ。もっとこうさ、オレみてぇにワーッと盛り上がったりとか、そーゆーの、ねぇの?」
「……おれまでさわがなくてもいいだろ」
「さわぐかさわがねぇかじゃなくて!」
「……よくわかんねぇ」

 それだけ。空閑の考えていることはイマイチわかりづらい。表情があまり豊かな方ではないから。
 それでも、少しは変化がわかるようにはなってきた方だ。虎石と話している時はたいてい優しい目をしているから、楽しんでいるのだと勝手に解釈している。

「そうだ、オレ、今度試合出んだよ。五年で出るの、オレだけなんだぜ」
「へぇ」

 ムッ。虎石は少し頬を膨らませた。
 空閑の目がいつもより大きくなっている。驚いている証拠だ。すげぇな、と空閑は言わないけれどそう思っている、たぶん。
 虎石は、その“たぶん”が欲しかった。予想するんじゃなくて、空閑の言葉で欲しかった。すげぇな、なんて一言、それが欲しかった。簡単なことなのに、空閑はそれを言わない。だから誤解されやすいことも、もう知っている。

「……なに怒ってんだ」
「べつに怒ってねぇよ」
「……そうか」

 やっぱりこれは、虎石のワガママなのだ。ツーンと顔を逸らしたのはその一瞬で、すぐにまた話し始める。空閑は静かに、時々相槌を打って話を聞く。これがいつもの、虎石と空閑のコミュニケーションである。








「うわっ!」

 バタン、と大きな音を立てて扉が閉まる。空閑は簡単に開けるが、虎石はその扉の開け方をまだ知らない。コツがあるんだ、とだけ言って、空閑は教えてくれようとはしない。
 虎石は風呂場の扉を睨みつけた。虎石が空閑の琴線に触れる何かをしでかしたとき、空閑はこの風呂場に虎石を閉じ込めるのだ。狭い上にいいかげんもう肌寒い季節、寒がりの虎石には耐え難いものがある。
 しかし、“先に音を上げた方が一日相手の子分になる”というルールを決めたのは、つい最近のこと。負けるわけにはいかない。

「しゅうの分の菓子食ってただけじゃん……」

 確か、ここのところ三日ほど続けて。虎石にとってはいつものことだが、おやつを横取りされ続ける空閑としては懲らしめておこうと判断したのだろう。
 しかし、いつもは『食いたきゃ食えばいい』とあまり気にしていない風なくせに、根に持っていたのだろうか。虎石だったら、横取りされた時点で勝負を仕掛ける。
 空閑の怒りのポイントはイマイチわかりづらい。それこそ、表情もいつもと変わりなくただ風呂場に押し込めるのだ。本当に菓子の横取りに対して怒っているのかどうかも怪しい。何か別のことで怒らせているのかもしれない。

「……ま、考えてもわかんねぇからいいや」

 そういえば、どうやったらオレの勝ちなんだろう。そんなことを考えながら虎石は伸びをした。少し眠い。今日も休み時間は目一杯外で遊んだし、体育もあったことだから、それなりに疲れているらしい。──そうだ、昼寝をしている内に暇になった空閑が遊ぼうと言って出してくれるかもしれない。そしたらオレの勝ちだな、と勝手に納得した。
 ふぁあ、とでかい欠伸一つ。虎石は浴槽に寄りかかるようにして目を閉じた。






「とらいし、起きろ」
「……ん………イテッ!」

 ガタンバタンとうるさいはずの音など聞こえず、虎石は空閑に頭を叩かれて目覚めた。空閑を見上げると、いつもと変わらないようでいて、少しブスッとした退屈そうな表情を浮かべていた。当たりだ、大方暇になって虎石を呼びに来たのだろう。
 虎石はニィッと笑った。空閑はキョトンとしたように目を瞬かせている。

「オレの勝ちだから、しゅうはオレの子分な!」
「あ」

 忘れてた、そんな顔だ。虎石はしたり顔でクシャミを一つ。
 風邪引くなよ、誰のせいだよ、おまえのせいだろ、なんて一時間ぶりくらいの会話を楽しんだ。



「一日だから、明日な」
「学校でやんのか」
「あたり前だろ! ルールだかんな」
「……まあ、いいか。じゃ、また明日な」
「おう、またな!」

 虎石は上機嫌に空閑の家を出た。いつもだったら空閑の母親が帰ってくるまで遊ぶところだが、今日は早めに帰って来いとの話だった。虎石の母親は空閑の母親と違って怒らせると怖いのだ。いや、怒らせなくても怖い。
 触らぬ神に祟りなし、空閑の家に寄り道して帰っている時点で決して早めではないのだが、虎石は急ぎ足で帰った。明日が楽しみだ、どんな命令をしてやろう、少しだけスキップ混じりで。
 早め帰って来い、って言ったでしょ! ──と、虎石家に怒号が響き渡ったのは、また別の話。







「よ、しゅう。オハヨ」

 ニッコリ、語尾にハートがつくような甘い声で。母親にど突かれながらも、寝付くまでの間ずっと考えていた命令を下すのだ。今日の虎石は空閑の親分、負けた方が子分になるというルールを言い出したのは虎石だが、親分の命令は絶対だと取り決めたのは空閑の方だ。
 空閑は無表情にこちらを見つめている。正確には、少し眉を寄せて嫌そうな顔をしている。虎石はビッと空閑を指差して、満面の笑みで命令を下した。

「しゅうは、今日一日、オレの話をしっかり聞け!」

 ぱちくり。空閑が拍子抜けしたように瞬きをした。家の近所の待ち合わせ場所で、しばし間抜けな時間が過ぎる。

「……いつもちゃんと聞いてるだろ」
「そーだけど、そーじゃなくて! ちゃんと返事もしろ、いいな」
「いつもしてる」
「してねーの、オレ的には! いいか、思ったこと、ちゃんと言えよ!」
「……」
「親分の命令は絶対! ……だろ?」
「……わかった」

 よし、と虎石は満足気に言って、通学路を歩き始めた。その背中を空閑はじっと見つめ、そのうち一緒に歩き出した。





 そして、その日は。



「しゅう! 教科書貸してくんね?」



「しゅう〜、今日の体育で……」



「おーしゅう〜、ドッヂボールすんだけどおまえもやんだろ?」



「しゅう、消しゴム貸して」




 ──と、いつもと大差ない日常があった。強いて違いを挙げるならば。




「なんの教科書だ?」



「そうか、よかったな」



「ああ、今行くから待ってろ」



「さっき貸したのはどこやったんだ、とらいし」


 ──と、空閑の返答がやや長いことくらいであった。
 虎石は少し不満そうな顔を見せながらも、学校で喚くほどガキではないと切り替えて、いつも通りを過ごした。お楽しみは放課後、それでいい。







「しゅう、ごめん」

 楽しみにしていた、放課後。クラスの女子たちとまた明日なんて会話を楽しんだ後、空閑のクラスまで行く。待ってろよ、と言っても言わなくてもだいたい空閑は虎石を待っているのだが、念を押すように待ってろと言っておいた。
 空閑はぼんやりと窓の外を見つめながら待っていた。虎石が声をかけるとすぐに振り返り、バチリと視線が合う。虎石は昼休みに言われたことを思い出して項垂れた。

「今日、野球の練習あるって。いつもはねぇけど、試合近えから、レギュラーは練習だってさ」

 わざわざ待ってろと言ったのは自分の方なのに、うっかりしていた。曜日で決まっている野球の練習日が、試合の前だけ増えることをすっかり忘れていたのだ。空閑はじいっと虎石を見つめている。バタバタと帰る同級生たちの中、空閑と虎石の時間だけ止まっているように感じた。
 空閑は、そうか、とだけ短く返す──と思っていた。

「いやだ」

 えっ、と思わず虎石は顔を上げて空閑を見つめた。空閑の表情は相変わらずのようで、少し悲しそうに目を伏せている。本心、らしい。

「けど、んなこと言ったって、こまるだろ。練習、大事だしな」
「しゅう……」
「いいとこ、見せんだろ? 昨日言ってたじゃねぇか、応援に来てくれた女子にいいとこ見せるって」

 昨日、確かにそう言った。せっかく試合に出るんだから、いっぱい練習して、女子にもっとカッコイイとこ見せんだ、って。そんな話をしながら、空閑の前の菓子をパクッと食べたと同時に首根っこを掴まれ、そのまま風呂場に閉じ込められたのだが。
 ああ、やっぱりちゃんと話聞いてんだな、コイツ。ああとかうんとか、そんな短い返事だかなんだかわかんないようなことしか言わねーけど、やっぱちゃんと聞いてくれてんだ。
 そう思うと余計に、悔しくなった。いやだ、と言ってしまうくらいには空閑も虎石と遊びたいと思ってくれている。こんな風にハッキリとした返事はなかなかない。それが、親分の命令だから、空閑はハッキリ言ってくれた。そんな日に練習なんて、もったいない。
 しかし、そのために練習を休もうなどとは空閑が許すはずもなく、虎石にもそんなことはできない。

「何時に終わるんだ」
「えっ……と、今日はトクベツ練習だから、そんな長くねぇって言ってた」
「じゃ、その後来い。今日の夕飯、肉じゃがだって母さんが言ってた」
「マジで? 行く!」

 やっぱり、空閑は一枚上手のようだ。一日、なんだろ? と言って笑った。敵わない。そこも悔しいけれど、今は嬉しさの方が勝っているから、見逃してやる。

「じゃあまたあとでな! 終わったらすぐ行く!」
「ああ、待ってる」









「おばちゃん! おじゃまします!」
「和泉くん、いらっしゃい」
「しゅう! 待たせたな!」
「とらいし、おかえり」
「ただいま!!」

 おかえりなさい、と空閑の母親も微笑んだ。第二の実家、それが空閑の家だ。小さなアパートの一室はもうとっくに通い慣れて、どこに何があるのかなんかもわかってる。風呂場の扉の開け方だけはわからないが。
 今日は練習したらそのまましゅうの家行く、と自分の家の方には連絡済みだ。虎石の母親は、迷惑かけんじゃないよ、とだけ言って電話を切った。

「和泉くん、先にお風呂入る?」
「んー……あっヤベ、オレそのまんま来たから泥だらけだ……」
「愁、愁も一緒に入ったら?」
「えー! しゅうも一緒に?!」
「……おまえ、ドアの開け方わかんねえだろ」
「……それもそうだな」

 愁、着替えは貸してあげてね、と空閑の母親は言って、その場を離れた。
 空閑家の狭い風呂場に本来の目的で入るのは、そういえば初めてかもしれない。狭いだのくっつくなだのギャーギャー文句を言いながらも、誰かと一緒に風呂に入るのはごく久しぶりで、なんだかとても楽しかった。
 空閑の分まで虎石が文句を言っていたのか、空閑は眉間に皺一つ寄せずに静かだった。むしろ、普段より幾分かキラキラした瞳で、空閑も楽しんでいたようだった。

「おばちゃん、オレの分の肉じゃがある?!」
「ふふ、もちろん」
「とらいし、髪くらい乾かせ」
「いーじゃん、もうオレ腹へった!」

 いただきます、と一口パクリ。空閑の母親は料理上手だ。自分の母親の不器用な料理とも、父親のプロの素っ気ない料理とも違う、家庭的で愛情たっぷりな料理だ。だから、何よりも美味しい。
 虎石は決して自分の両親のことが嫌いなわけではない。だが、実の親とはまた違った愛情を、空閑の母親はくれる。だから虎石も同じように、大好きだ、と思う。あと、母親がいる時はさすがの空閑も風呂場に閉じ込めるようなことはしないので、助かる。

「愁、和泉くん、お母さんちょっと明日の分のお買い物行ってきたいんだけど、お留守番できる?」
「いーよ、任せて」
「ん、いってらっしゃい」

 ありがとう、と頭を撫でてもらって、そこから空閑と虎石の時間が始まった。何から話そうか、と考える前に空閑が立ち上がり、虎石の手を引いて歩かせた。

「なに、なんだよしゅう」
「髪、乾かしてやる」
「はぁ? べつにいいって! 自分でできるっつーの! つーかほとんど乾いてるし」
「子分が親分の世話しちゃダメか」
「な……なんかソレずりぃぞ」

 都合よく立場を使われ、されるがままにドライヤーを当てられる。髪を梳く指が心地良い。風の音に紛れて、空閑が何か言うのが聞こえた。

「ん? なに」
「風邪引いたらこまるだろ、って言った」
「しゅーちゃん、昨日のクシャミ心配してくれてるワケ?」
「……まあ、そうなるな」
「寒いとこに閉じ込めたヤツがよく言うぜ〜。オレが寒がりなの知ってんだろ?」
「……おまえが悪い」
「菓子食ったのは悪かったって。ごめんごめん」

 ピタリ、と、空閑の手が止まった。ドライヤーの音も止んで、小さな手が乾いた髪を撫でた。

「そこじゃない」
「は?」

 額と額がぶつかるような距離で、空閑が虎石の顔を覗き込んできた。とても真剣な顔で虎石の目を射抜くように見つめられて、ギクリと心臓が跳ねる。なんか、ヘンだ。
 目を逸らしたいのに逸らせなくて、戸惑いを視線に込めて見つめ返す。そこじゃないって、どういう意味。

「おまえが、また女子に告白されちまうな、とか、女子にカッコイイとこ見せる、とか、そういうことばっか言うから、腹が立った」
「えっ」
「……おれにも、応援に来いとか、言えよ」

 パチパチ、虎石は目を瞬かせた。よく見ると、空閑の顔が少しだけ拗ねている。
 なんだよ、それ。それって、なんか。
 言葉にするのがためらわれて、虎石はやっとの思いで視線を逸らした。

「な……んだよ、急に」
「思ったこと言えって言ったの、おまえだろ」
「いつもそんなこと考えてんのかよ」
「……悪いか」
「別に、悪かねーけど……なんつーか……」
「なんだ」
「…………あーもう、やめ! やめだ! 一日子分終わり、しゅうはもうただのしゅう!」

 じいっと見つめられているのがたまらなく恥ずかしく感じて、力任せに空閑を引き剥がしその勢いで立ち上がる。支えを失った空閑はコテンと転がり、そのままの姿勢で虎石を見上げた。

「いいのか」
「オレがやめって言ったらやめなんだよ」
「……もっと、思ってること言ってやろうか」
「いい!」
「おれは、」
「いいってば!」
「んぐ」

 これ以上、聞いてはいけない気がして。虎石は慌てて空閑の口を押さえた。起き上がろうとしない空閑と見つめ合う。喋らないはずの目が、うるさいくらいに語りかけてくる。いやなんだよこの状況は、と理解しようとした頭がパンクする。
 ──空閑の言葉が足りないと、拗ねたのは虎石の方だけれども。

「ただいま〜」
「っ! お、おばちゃんおかえり!」

 パッと手を離して、玄関まで駆けていく。相変わらず、空閑は寝転がったままだ。何してるの愁、と母親に笑われてもそのまま。
 今更空閑が言いかけた言葉が気になるが、聞かなかったことにしよう。チラッと振り返ると空閑と目が合って、ニヤッと笑われた。何か企んでいるような、イタズラっぽい顔。

「な……、なんだよ」
「おまえのマネ」
「はぁ?! 意味わかんねー!」

 愁と和泉くんは仲良しね、なんてやや場違いなようでその通りの台詞を空閑の母親が呟いた。
 思ってること、言われる方がワケわかんねー。
 やっぱり、空閑には敵わないようだ。今度は悔しいの勝ち。虎石はツンと唇を尖らせた。

「じゃーオレそろそろ帰る!」
「あら、じゃあ送ってこうか?」
「いいよ、近えから!」

 逃げるようにランドセルを引っ張り靴を履く。何も声を上げない目が、うるさくて。

「服はまた今度返す! おじゃましましたー!」



 外はもう暗いけど、寒いけど。すぐ近くの自宅まで、虎石は走った。息切れしながら玄関を開けると、母親が、何、敵? なんて聞いてきた。
 ちげーよ敵ってなんだよ、敵は敵でしょ、いやねぇよ、あっそう、オレもう寝るから、風呂は、しゅうん家で入った、迷惑かけんなって言ったでしょうが!
「いってぇ!!」
 何すんだよ、と涙目で見上げると、母親は呆れたように笑っていた。今度私も行こうっと、なんて言っている。おやすみ、と呟いて、虎石は階段を上がった。明日、どんな顔して会おう。
 ──考えてみれば、特に何を言われたわけでもない。じゃあ別に、普通でいいか。
 明日また会って、おはようって言って、遊べばいいや。何も難しいことじゃない。勝手に自己完結して、あっさり眠る。たくさん動いた体はすっかり疲れていた。空閑の目が何か言ったのは、きっと気のせい。



「しゅう、オハヨ」

 寝て起きたら綺麗さっぱり忘れていて、いつも通りに戻る。子分も親分もない、対等な友人だ。また、勝負の日まで。

「とらいし、おはよう」

 それきり黙った空閑の視線がジロジロと、やっぱり何かを伝えようとしてくるのも──みんな気のせい!
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