第4幕 もっと知りたい!
「入夏は、どうして千秋をキャンプに誘うようになったんだっけ」
甘味処を出て、帰路につこうという時。春日野が口を開いた。入夏と千秋の会話と言えば、という風に。
「そういえば、気がつけばそんな話をするようになっていたが……それにも理由があるのか?」
「二年に上がったくらいからだよね、確か。やたらキャンプキャンプ言い始めたのって」
「んーと、確かにそんくらいだね。きっかけは単純だよ〜、キャンプ楽しいよって言われて行ってみたくなっただけ!」
駅の方へと歩きながら、きっかけの記憶を辿り始める。行きつけの美容院で担当に話を振られたのが最初だ。
「単純だね……」
「だって、楽しそうじゃん! なんでも自分でやってさ、サバイバルって感じでアツイじゃん」
「なんで千秋なんだ?」
「なんで……うーん。チアキちゃんって、しっかり者で面倒見もいいじゃん? 料理もするみたいだし、体格もいいし! ほらほら、キャンプぴったりじゃんね!」
「それは……キャンプにぴったりって言うの? 入夏が頼りたいだけのように聞こえるけど」
「オレも働くって〜! でも、どうせ行くならできそうな人と行った方が安心じゃん?」
「経験者と行く方が安心だと思うけど……」
「それはそうだけど、友だちと行きたいって思ったんだよね〜。あんまフられるから燃えちゃって」
「ふはっ、入夏はその頃から千秋のことが好きだったのか?」
「そりゃ、好きだよ? あの頃は友だちとしてね! チアキちゃん、頼りになるし構ってくれるし」
「それ、やってることも言ってることもあんまり変わってないよ。入夏」
「言われてみればそーかも。だけど、今のが好き!」
ニカッと笑って言うと、春日野はちょっと呆れたようにため息をついた。道端でそんな高らかに言うことじゃないだろ、と。ごもっともだ。
少し寄り道しただけですっかり暗くなった空の下を三人で歩いていく。街中の電気のおかげで道は明るい。ピュウッと吹きつけた風が冷たくて、思わず縮こまった。
「うー、さっむ!」
「かき氷なんか食べるからだよ」
「それでもオレの氷は年中無休!」
「ふははっ、腹は壊すなよ?」
「大丈夫大丈夫! でも、チアキちゃんには冬に食われたら見てる方が寒くなりそうだって言われちゃったんだよな〜」
「僕らはもう慣れたけど、正直、十二月にもなってよく食べるなって思ってはいるよ」
「そーなの?! まあ、置いてくれてる限りは食べるけどねっ」
「確かに、置いてる方もすごいな。他の店じゃあなかなか見ない」
「そうそう! だから嬉しくて余計にやめらんない! 店内はあったかいしね〜」
トン、トン、トン。寒いから体を動かそうと、大股で踏み出す。駅まで走ればいいかもしれない。思うだけで実行はしないが。そこまで行ったら、この時間も終わってしまうから。
千秋は今頃もう家だろうか。家族団欒、騒がしく夕食をつついているかもしれない。
「チアキちゃん、もう家かな〜? あーあ、やっぱ会えないってのは寂しいよな〜。休み挟んじゃうし」
「連絡してみれば?」
「一応、あとでメッセージは入れとくつもり! だけど声聞きたいじゃん?」
「電話があるだろ」
「いきなしハードル高くないっ? 声聞きたいから電話しちゃった、ってそれは完全に彼氏のやることじゃんね!」
「一応分別はあるんだ」
「チアキちゃんが一人暮らしならアリだけど、家族に聞かれたくないっしょ。せめて恋人って名目を獲得してからじゃないとやりづらいって」
「やっぱり入夏はよく考えて行動してるんだな。俺も見習った方がよさそうだ」
「えー、そんな感心されるようなことじゃないよ!」
「ちょっと入夏、前見て歩かないと危ないよ」
くるくると、人通りが多くないのをいいことに、後ろを歩く二人の方を振り返りながら歩いていた。それを春日野に咎められた矢先のこと。
「大丈夫だいじょ──おわっ!」
「!」
他の道との合流地点、思いがけない段差に蹴躓き、バランスを崩す。慌てて体勢を立て直そうと手を伸ばした。
むにゅっ。
──その先にあったのは、何やら柔らかいような固いような、そんな感触のもの。
「あ……」
「おお」
入夏が声を上げる前に、後ろの二人がびっくりという声を出す。
衝撃に思わず瞑った目を恐る恐る開ける。まず飛び込んできたのは見慣れた指定のコート、それから自分の手、その先の胸板、そうして。
「──ち、チアキちゃん?!」
呆然と立ち尽くす、千秋の姿。
ということは、この感触は千秋の胸、いや、おっぱいか。
「えっ、どうしてここに?! 実地研修じゃねーの?!」
至近距離の大声にようやく意識が戻ってきたのか、千秋がハッと口を開く。
「こ……このへんだったんだよ、劇場。関係者と話し込んでたら遅くなっちまった」
「なるほど? チアキちゃん、勉強熱心!」
「せっかくの実地研修なんだから当然だろ……っつーか! いつまでそうしてる気だよっ!」
「いてっ」
もにゅもにゅと思わず動かしていた手をはたき落とされる。ついうっかり、完全に無意識だった。
「ごめんっ、求めてた感触だったから、つい!」
「おっまえ……!」
「千秋、奇遇だな」
「なっ……四季……、春日野も……!?」
後ろの二人には気づいていなかったらしい、声をかけられた瞬間に目が大きく開かれた。
その直後、首を絞められるような形で顔を寄せられる。近いけれど、ときめきではなく苦しい。
「ぐえっ」
「おいっ入夏、妙なこと言ってねえだろうな……?!」
「言ってない言ってない、チアキちゃんのおっぱいが柔らか〜いことなんて──ぐえええ苦しいっギブギブ!」
お互いにだけ聞こえるくらいの音量で、そんなやりとり。余計なことは言うなよと怒られる。行動の理由として恋心は打ち明けたが、本当のきっかけについては一切喋っていないからセーフだろう。
ばしばしと腕を叩くと離してもらえた。別に力を緩めるだけでよかったんだけどな、と温もりを名残惜しく思う。
「へへっ、せっかくだからチアキちゃんも駅まで一緒に行かない?」
「はぁ? 別に、お前ら三人だけで仲良く行きゃいいだろ」
「どうせ同じ方向なんじゃん? バラバラに行く方が不自然だって!」
ぐぬぬと閉口するその様子、やっぱり可愛いと思う。
「……ノーセンス。お前、ちょっと強引すぎるぜ」
「えー、ごめん……」
「おら、帰んだろ。一緒に行きたきゃさっさと来いよ」
「チアキちゃん……!」
それで、こっちの強引さに諦めて譲歩してくれるとこ。それも可愛いと思った。ナイショのつもりが見せつけてしまっている。
後ろの二人がクスッと笑った。
「心配、なさそうだな」
「みたいだね」
と、そんな声が聞こえたような、聞こえなかったような。