第4幕 もっと知りたい!



「そういえば、昨日の入夏は不思議なことをしていたな」


 それぞれ注文を済ませ、落ち着いた頃合い。
 ふと、四季がそう切り出した。心当たりがなくて、思わず聞き返す。


「不思議なこと? えっ、なになに?」
「入夏も聞こえてたんじゃないのか? 千秋の週末の予定。それなのに誘っていたから、不思議だと思っていたんだ」
「シキちゃん、見てたの……?」


 昨日。千秋をじっと観察していた、当然会話も聞こえていた。週末に予定ができた相手に、週末は暇かと誘いをかける。会話の登場人物は異なるから、それぞれを切り離せば不自然さはないが、入夏が千秋に目を向けていたこと、その上でのアクション、という構造を見ていたならおかしな行動に思えても無理はない。
 それでも、こちらに意識を向けていなければ気づかれないだろう、と思っての行動だった。確かに四季の席は近いから、どちらかに気づかれていてもおかしくはないが、まさか一部始終を見られていたとは。
 なんて答えようか、そう考えている間に四季が続ける。


「観察して悪いな。入夏のことを参考にしてるんだ」
「参考っ? オレをっ?」
「なんの参考にしてるの……?」
「入夏は、俺の身の周りで一番人付き合いが上手い。クラスメイトに対してどう振る舞っているのか……参考にすれば、俺も冬沢に煙たがられないかと思ってな」
「な、なるほど? シキちゃんなりの努力ってこと? アツイじゃん!」
「それで、あれにも意味があるのか? もし理由があるのなら教えてくれ」
「うーん……どっから説明しよっかな……」
「え……深い意味があるの?」


 興味津々という様子の四季と、理由があるとは意外という様子の春日野に、ぐっと顔を覗き込まれて。お手上げ降参だ。
 どうすべきか。行動の理由を説明するにはまず今の千秋との状況を説明する必要がある。相手によっては外堀を埋めることも大事なステップだが、千秋には避けた方がいい手のような気もする。しかし、入夏にとって最も親しい間柄の二人だ。上手くいったら打ち明ける気ではいた。
 予定よりだいぶ早まったが、致し方ない。


「まあ、二人に隠しててもしゃーねえか。まず、すっご〜く簡単に説明するよ?」
「ああ」
「うん」
「オレ、チアキちゃんのこと好きになっちゃったんだよね。友だちとして、だけじゃなく!」


 二人が目を見開く。驚いている間に畳みかけよう。


「それがオレの心境の変化! 今は絶賛アタック中ってワケ。昨日のあれも、その一つ!」
「へえ……好きって、付き合いたいとか……そういうこと?」
「そういうこと!」
「なるほど。それなら昨日の付き纏い行動にも合点がいく」
「シキちゃん、それじゃまるでオレがストーカーみたいじゃんね……」
「入夏、四季が答えを聞きたがってるんだから早く教えてあげて」
「あーっと、悪い悪い」


 ワクワクと答えを待っている四季を見て、つい眉が下がった。そんな大層な理由ではないし、四季に教えたところで参考になるかどうかもわからない。
 しかし黙っているわけにもいかず、観念して口を開く。


「あれは〜……なんていうか、意思表明? みたいな?」
「意思表明?」
「そ! 学校じゃなくても会いたいよっていうオレの気持ちを表すためなの。実際遊べるかどうかは別の話! とは言え、チアキちゃんは断りたいだろうから、まずは断る理由がある日の方がいいかと思ってね。ま、せめて放課後の約束、って思ってたけど、そっちは残念賞かな〜」
「それって……千秋に伝わってるの?」
「伝わってるかどうかも別! 恋愛なんて結局は自己満足だしさ。とりあえず今はオレの思いつく限りの方法でアタックしてんの。まあ、みんな女の子相手にしてたことだから、チアキちゃんに効果があるかどうかはわかんないけどね〜」


 お待たせ致しました。と、ちょうどいいタイミングで注文の品が運ばれてくる。四季はわらび餅、春日野はあんみつ、入夏はもちろんかき氷。
 品物がそれぞれの前に置かれる。そうして店員が去っていったところで、四季はキラキラした目を入夏の方へと向けてきた。


「入夏はやっぱりすごいな」
「えー? 大したことないよ、こんなん」
「いや、そこまで考えて行動している。俺にはできないことだ。俺は、俺の目標に突き進んでいるばっかりで、冬沢はどうかというところまで気を回せていないからな」
「というか、シキちゃんはちょっと極端すぎじゃんね。仲直りしたいって気持ちはわかるんだけど、気持ちが前に出すぎっていうかさ」
「やっぱりか。俺なりに考えてはいるんだが、俺には冬沢という人間は難しいんだ。どうすればいいのかサッパリわからない。だからちょっと前に千秋にも聞いてみたんだが……」
「えっ、シキちゃんいつの間にそんな攻めたことしてたの?!」
「冬沢と一番付き合いが長いのは千秋だろ? 昔から冬沢のことを見ているんだ、俺よりずっと詳しい」
「付き合いは長いだろうけど……、チアキちゃん、リョウちんに対してはかーなり斜に構えてっからな〜……」


 うーん、と眉をひそめても、四季は相変わらずこちらを見ている。春日野は興味半分という感じで、あんみつに手を伸ばしていた。耳は傾けてくれている。
 入夏は、千秋のことを思い浮かべた。チームメイトや教え子たちに囲まれている千秋の姿を。
 人の輪を作るタイプである千秋が、輪から外れたがる時がある──それは、冬沢を前にした時だ。
 輪を乱さないギリギリのところをつっついて、綺麗な丸い形に収まるのを嫌がる。わざと出っ張って見つかりたいという風に、その他大勢とは違うと主張するように。
 そんな、違和感とも呼べる感覚は前からあった。千秋の観察を始めるよりもずっと前、同じ華桜会メンバーになってからだ。いや、クラスメイトになった頃から、漠然とはあった。
 冬沢のことを、いけ好かない奴だ、嫌いだ、と千秋は言う。だが、千秋にとって冬沢は、嫌いという簡単な一言で済ませられるだけの存在ではないのだろうと思う。幼馴染だという彼らの間に何があったのかは知らない。知らないが、彼らの間には四季と冬沢よりも根深いわだかまりがあるのはわかっていた。


「……でもま、シキちゃんとリョウちんはもう心配ないんじゃん?」
「そうか? だといいけどな」
「前よりずっとよくなってるって。カスガちゃんのおみくじ効果かもなっ」
「あ、れは……その………四季、僕、余計なことした……?」
「余計なこと? いいや、俺は嬉しかったぜ。硬かったけどな」
「う……、ごめん」
「どうして謝る? 俺はお前の気遣いが嬉しかったって言ったんだ。ありがとな」
「四季……うん、ありがとう」
「ふ、前にも似たようなことがなかったか? おかしな奴。礼を言ってるのは俺の方だろ」


 サクリ、入夏も自分のかき氷に手を伸ばした。今日はイチゴのフレーバー、ただのジュースになる前に口へと運ぶ。甘い口溶けが幸せだ。


「……入夏と千秋は、どうなの?」
「ん? オレとチアキちゃん? どう、って?」
「珍しく悩んでるって感じだから。眉間、皺できてるよ」
「えっマジ?! かき氷うまって思ってたのに?!」
「……聞いて損した気分」
「あっはは、膨れないの。ありがとね、カスガちゃん」
「入夏でも難しいと思うのか? 千秋は」
「そりゃ、他人はみんな難しいよ。自分のことだって難しいんじゃん? オレもまだ手探り! チアキちゃんにとって何がよくて何がだめなのかなんて、まだまだわかりっこないよ。だから、オレらはこれから!」


 ふぅん。と、それぞれの返事が聞こえる。こうして二人が気にかけてくれることがとても嬉しいと感じた。それと同時に、少しだけ申し訳なさもある。もしかすると、四季もこんな気持ちになったのかもしれない。
 せっかくだから、もう少しだけ。


「……正直さ、」


 ポツリと漏らした声に、二人はすぐに反応してくれた。視線がこちらに向けられる。


「チアキちゃんって、わりと押しに弱いとこあるから、押せ押せでガンガン攻めてけば案外イケるかも? って思ってたんだけど。どうも、そんな単純じゃなさそうなんだよな」


 実際、押し切れる可能性は高いとは思う。今の調子で押していけばきっと、そう思っての行動をとっている。しかし、それだけではだめな気がする、となんとなく引っかかるものを見逃してはいけないとも思うのだ。
 何が引っかかるのかはわからなかった。けれど、二人からヒントをもらえたような気がする。千秋についてはまだまだ知らないことだらけで、大好きなこの氷菓子のように甘くはなさそうだ──ということ。
 もう一口、シャリッと氷を頬張る。噛み締めれば口の中で簡単に溶けていった。ひんやり冷たい喉越しは、冬であっても好きだと思う。
 入夏は千秋のことを思い浮かべた。こっちの言動にいちいち振り回されてくれる、千秋の姿を。


「ん〜……でもさ〜! チアキちゃんの反応が可愛くって、ついガンガンいっちゃうんだよな〜!」
「へえ、そうなのか」
「………千秋が、可愛い……?」
「カスガちゃん、お化けでも見たような顔じゃんね……。でもホントだよ? 今まで同性に興味なかったオレがぐらっといっちゃうくらいには可愛いんだから!」
「入夏、その話あんまり聞きたくないんだけど」
「んじゃあ黙っとく! オレの独り占めってことで」
「そう言われると、なんだかズルい気がしてくるな。今度、春日野のいないところで教えてくれないか?」
「シキちゃんにもナイショ!」
「そうか。それは残念だ」


 もう一口、さらにもう一口。せっかちに食べると頭がキーンと痛くなるから気をつけながら。


「あっ、そうだ。ナイショなのはこのこともね? オレはいいけど、こうして周りにバレんの、チアキちゃんは嫌かもしんねーし」
「……? 入夏の、片想いなんだよね。付き合ってることを話したならわかるけど。ああ、どのみち言いふらす気はないけどね」
「あー、オレもうフられてんだよね」
「え?」
「オレのアタックは振り向いてもらうためですって知ってもらった上でやってるから、その過程がバレてるってのは……そのまんまチアキちゃんの悩みになりそうなんだよな〜」
「どういうこと?」
「粘っても振り向いてもらえなかったらなかったことにして〜でいいかもしんないけど、もし上手く行ったら、チアキちゃんが根負けしたってバレバレじゃんね! オレは今んとこ成就させる気でいるし……、チアキちゃんってそういうのオープンにするタイプじゃなさそうだし。とりあえず、ナイショにしといてもらえる?」
「……言った通り、誰にも話す気はないよ」
「冬沢にもだめか?」
「なに言ってんのシキちゃん?! 大丈夫って思ってたらあっちで話振られた時点で喋ってるって。チアキちゃんとリョウちんの仲のこともあるっちゃあるけど、昔っからの知り合いに恋路を知られるのって……なんか照れ臭いじゃん? そういうの、見せてこなかっただろうしさ」
「なるほど。そういうものか」


 小学生まで祖母の家に暮らしていた入夏に、今も近くにいる幼馴染はいない。けれど、まだ恋だのなんだのとは無縁だったあの頃の知り合いに自分の恋愛スタイルを知られるのは、入夏でも少し照れ臭いと思う。何も知らない子どもだったあの頃に戻れる関係のままでいたいという気持ちもあるのかもしれない。
 冬沢と千秋、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた二人にとってはどうなのかはわからない。わからないからこそ、無許可で何かしてはいけないと思う。今までの反応を見るに、おそらくNG行動だろうから尚更。本来、同じ華桜会メンバーという近いこの二人に話すのだって、千秋に聞いたらやめろと言われそうなことだ。だから、せめてもの口止め。


「けどま、いつかは話す気でいるよ? この恋が成就したら! そん時は、五人揃ってここに来ようじゃん?」
「祝賀会か。いいな」
「そんな大袈裟なものじゃなくっていいけど、上手くいったらよろしくっ!」
「それなら、上手くいってもらわないと困るな。春日野におみくじクッキーを頼むか」
「……四季が言うなら作ってもいいけど、あの時一番文句を言ってたのは千秋だよ」
「逆効果じゃんね……」


 そんなような話をしながら。各々の甘味を食べ終えて、試験もあるしお開きにしようかと立ち上がる。
 ふと、この見慣れたメンバーに、あと二人が加わるところを想像してみた。
 五人も入るとさすがに窮屈そうな中に肩を並べて、じゃれ合いのような喧嘩をしながら甘味をつつく。きっと楽しいだろう。いろいろあったけど雨降って地固まったじゃんと思えるだろう。四季が冬沢に歩み寄っている今、少しずつそうなろうとしている。
 この恋が、邪魔にならないように。たとえ叶わなくても、後腐れないようにはするつもりだ。できれば惚れてもらいたいところだが、無理やりこじ開けて傷つけるようなことはしたくない。
 だから、もっと。もっと、千秋のことを知りたいと、そう思った。


 
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