第6幕 デートは真剣勝負!
ケーキの話やコーヒーの話、店の雰囲気だとか、本当に当たり障りのない会話をして、皿が空っぽになった頃。
千秋は今日のメインイベントを思い出し、鞄から小さな包みを取り出した。
「ほらよ」
「えっ……!?」
プレゼント交換──のための、要はクリスマスプレゼントである。誘われてから今日まで時間があったから、妹弟たちのプレゼントを選ぶついでに見繕ってやったのだ。
しかし入夏はというと、目を真ん丸くして驚いて、今日一番の想定外ですと言わんばかりの表情を浮かべた。プレゼント交換がきっかけの誘いだ、そんな反応をされるようなことをした覚えはない。思わず不機嫌な声が出る。
「なんだよ、その反応」
「あ、いや、まさかチアキちゃんからプレゼント貰えると思ってなくて」
「ハァ? プレゼント交換っつったのはお前の方だろ」
「いやまあ、そうなんだけど!」
えっと。と、入夏は言い淀んだ。押しつけたままのプレゼントは宙ぶらりん、受け取ってしまえばいいものを、妙なところで遠慮する奴だ。日頃のコミュニケーションの方を遠慮してほしい。
もごもごとはっきりしない様子だったが、こちらの視線に耐え切れなくなったのか、ようやく語り始める。
「チアキちゃんからはもう、今日っていう時間もらってるじゃんね」
「はぁ?」
「チアキちゃんの一日ちょーだい、オレからはクリスマスプレゼントあげる、って、そういう感じで言ったつもりだったんだよな」
「なんだよそれ……わかりづれえな。つーか、それだとオレが物に釣れらたみたいじゃねえか」
「いやーごめんごめん。そうだよな、交換っつったらチアキちゃんは用意してくれるタイプだよな……オレの言い方が悪かった!」
「しつこいぜ。もういいだろ、用意しちまったもんは受け取れよ。いらねえんなら持って帰るぜ」
ううん、と入夏は慌てて首を振った。差し出したままのプレゼントがようやく入夏の手に渡る。
別に、大したことのないものだった。何がいいか悩んで、ふと通りかかった売店で見つけて、なんとなく似合いそうだと思った程度のものだ。しかし入夏は、なにかものすごく大切なものを預かるみたいに、そっと両手で包み込み、千秋からの贈り物を見つめている。
少し緊張したような表情が綻んで、ヘヘッとはにかみ笑う。
「びっくりはしたけど、ホントはスゲー嬉しい。オレってば贅沢者じゃんね」
ありがと。と、さっきのケーキよりもよっぽどか甘ったるい声で、表情で、見つめられる。
千秋は黙り込んだ。何か、何か言おうとして口を開いて──どうしても、返事ができなかった。
おう、とか、ああ、とか、何とも言えなかった。だってこいつが、本当の本当に、心の底から、嬉しくて仕方ないって、そんな顔で笑うから。
お気に召したなら何よりだぜと軽口を叩くこともできず、ただぼんやりと見つめ返す。
「開けてもい?」
「あ? あ、あぁ」
千秋の間抜けな返事に入夏は目を瞬かせた。軽く首を捻ったが、中身への興味が勝ったらしい。カリカリとシールを剥がしている。
その様子を見遣り、千秋は妙に落ち着かない気持ちになってきた。なんでもよかったはずのプレゼントを、入夏が気に入るかどうか急に心配になったのだ。つい一瞬前まで何とも思っていなかったのに、どういうわけか、胸がざわざわと騒がしい。
なんであんなものにしちまったんだろう、無難に消耗品にしておけばよかった、と思っても今更。深い意味はないだのなんだの、ガタガタ言い訳するのも格好悪い。
なに、微妙な反応だったら回収すればいいだけの話だ──ハラハラ、ワクワク、ふた通りの視線に見守られながら、千秋の選んだ品物が姿を現す。
「これ……ネックレス?」
「気に入らねえなら持って帰るぜ」
「いやいやなんでっ? 気に入った! シンプルでいい感じじゃん! オレ好み!」
「そーかよ」
ホッと息を漏らしたくなくて、使い古した相槌で間を繋ぐ。お世辞でも嬉しい反応だが、こういう時の言葉に嘘偽りを乗せない奴だと知っている。何より、その目がキラキラと、贈ったシルバーよりも輝いているから。
今度は居た堪れなくなってきて、逃げるように言葉を並べる。
「そりゃよかったぜ。オレは、お前の好みなんか知らねえからよ。選ぶのに無駄に時間かかっちまったぜ」
「え……」
「なんだよ」
「あーいや、なんでも!」
「変な奴だな。いいからさっさとしまえよ」
「えー、のんびり眺めてたいじゃん?」
「ノーセンス、贈り主の目の前でじろじろ見るなっての。んなもん、帰ってからやれよ」
「そういうもん? ま、そうするよ」
うっかりいつもの入夏ペースになりかけていた。原因に視界から消えてもらい、ぷいっと背けていた顔を改めて入夏の方へと向ける。軽く頬杖をついて、下から覗き込むような具合で。
「オレからは渡したぜ。さーて、入夏くんは何をくれるんですかねえ」
「へっへへ、オレもじ〜っくり時間かけて選んだ! 気に入ってくれるかは、わかんねーけど………」
そうして、横に置いた鞄をごそごそやるのを見守り始めて間もなくのこと。
ヤベ! と、入夏が声を上げる。何事かと千秋が考えるよりも早く、入夏は顔の前でパンッと両手を合わせて頭を下げた。
「ごめんチアキちゃん、プレゼント忘れてきちゃった!」
「はあ? 言い出しっぺが何やってんだよ」
「マジごめん!」
深々と下がり、向けられたつむじを呆れ気味に見つめる。
本気で、何やってんだ、と思った。ここは普通、さっとプレゼントを出して何かしらのサプライズの一つでもスマートに決めるべきところだろう。
しかし、続きの言葉で全ての合点がいった。
「オレん家ここから近いから、寄ってってよ!」
はあ、と息を漏らす。呆れて出たため息ではない。一周回って感心したのだ。
遅刻して、駅の中からではなく外からやってきた時点で、あの駅が入夏の家から近いことはわかる。どうにかして家に連れ込もうという魂胆でもあるのだろう、それくらいの予想はしていた。
なるほどな。思わず漏れた声に、入夏がキョトンと顔を上げる。
「お前も、回りくどいことするよな」
「え?」
「忘れた、なんて白々しいぜ。わざとだろ? 近いから取りに来て〜、せっかくだから中入って〜、ってか? いかにも考えそうなことだぜ」
千秋がため息をつきながら立ち上がると、帰られると思ったらしい、入夏の顔に焦りが浮かぶ。それをハンと軽く笑い飛ばし、入夏の肩に手を置いて耳元に唇を寄せる。
「お前の予定に付き合うっつったろ。頼んだぜ、案内」
早くしねえと、帰っちまうぜ。そこまで言い切ったら離れて、さっさとドアの方へと向かって歩く。少し遅れてガタガタと椅子の音、それから追いかけてくる足音、ありがとうございました〜の声と共に外へ出る。
チラッと、入夏を振り返ってみた。悪戯がバレてやり返された子どもみたいに、むむむと悔しそうな、ちょっぴり困ったような、そんな表情に思わず口角が上がる。
「で、どっちだよ?」
「……あっち」
指差された方へと一歩進む、一歩ついてくる。お前が先に歩けよ、と千秋が促すと、入夏はようやく前へと進み出た。その背中について歩く。悪くない日だ、と鼻歌を歌いながら。