第5幕 実は、お互い様。





『千秋が寂しがってたよ』


 テストが終わりスッキリとした気持ちで帰った日の夜。自室でスマートフォンを眺めながら、入夏はにんまりと頬を緩めた。
 この報告を受けたのは、実地研修の日のことだ。その時から入夏の口角は上がりっぱなしだった。当日も、翌日も、テスト中も。さすがは春日野、やはり打ち明けておいて正解だった。だらしない顔、と当の内通者には呆れられたが、仕方ないというもの。
 積み重ねているアプローチは決して無駄じゃない、と。たぶん、が確信に近づくのはどうしたって嬉しい。この方法でいいのかな、と迷いが出ていた時だったから尚更。
 それにもう一つ、気がついたことがある。
 誰といるのかな──なんて、ふと気になって視線を向けた時、目が合う回数が増えたのだ。気のせいじゃない。観察が一方的なものではなくなってきたということだ。これは大きな進歩である。じゃあやっぱり、このまま進んでいくしかない。

 とはいえ、いつまでも押せ押せでは慣れられてしまう。アプローチにも緩急が大切、押してダメなら引いてみろというやつだ。
 だから、実地研修明けからはぐっと堪えてアプローチ前の距離感で過ごした。期末試験がこれほどベストタイミングに思えたことはない。テスト前後はいつもの甘味処メンバーや元チームメイトたちと過ごすことが多いからだ。それはお互い様で、かなり自然に距離を置くことができたと思う。

 ──勝負は、ここから。

 今は十二月、もうすぐ冬休み。学校というアドバンテージは失われるが、学校外で会うというハードルを飛び越えるにはもってこいのイベント──クリスマスが待っている。ここでデートしないでいつデートする、という話だ。その次の年越しや初詣というさらなるイベントをこなすためにも、まずはクリスマスである。
 ただし。
 入夏はフゥーッと細く息を吐き出した。問題はあるのだ。恋人のイベントだと思いがちだが、家族のイベントでもある。家族想いの千秋がこっちを優先してくれるとはさすがに思えない。けれど、チャンスがゼロだとも思いたくない。

 打って、消して、また打って。
 結局ごくごくシンプルな文章をトンと送る。


『テストお疲れ! ところで、クリスマスのご予定は?』


 ──よし。

 入夏はスマートフォンを置いた。返事はいつになるだろうか、今日中か、明日になるか。なんて来るだろうか、関係ねえだろ、とか? ありえそう。
 少し弱気な自分から目を背けるように、スマートフォンに背を向ける。


「………っと!」


 ポコンと受信したのはその直後だった。飛びつくように振り返る。
 ロック画面に表示されていたのは、千秋からのメッセージ。


『家族サービス』


 ──だよな〜!
 ガン、と机に伏せる。まあ、恋人の座も勝ち取っていないのだから当然だ。しかし諦めるわけにはいかない。イブや当日は無理でも、その翌日とか、翌々日とか。
 入夏はめげずに顔を上げた。そう、申し訳ないがクリスマスは口実でしかない。プランAが失敗なら今度はプランBだ。急いでメッセージを開いてリアクションを入力する。


『だよな〜……』


 まずここは、ちょっとしょげたような雰囲気で。
 一分弱の間を空けて、それから一気に畳みかける。


『クリスマスプレゼント渡したかったんだけど』
『どっか一日オレにくれない?』
『プレゼント交換ってことで!』


 既読、既読既読既読。一つ目を読んでから画面を開いたままだったのだろう、送信と同時に読まれている。そこからメッセージは動かない。きっと今、向こう側で返事を考えてくれているのだ。
 ドキドキ、ドキドキ。心臓がまだかまだかと数えてる。腹が減ってお湯を注いだカップ麺の出来上がりを待つよりも長く感じる。無理と言われるか、でも、だったら、とっくに返事が来ているんじゃないか。そう思うとついつい期待してしまって、可能性が低いことを忘れてしまいたくなる。
 画面を覗き込んで。暗くなったらタップして。それからまたじっと見つめて。
 ポコン、と、とうとう画面が動いた。思わず指に力が入る。


「……!」


 これって。これって、もしかして。もしかしなくても。


『二十六日』


 シンプルに日付だけ。いいってことだよな? と、確かめる前に続きが送られてくる。


『午後だけだぜ』


 ──いいってことだ!

 入夏は高らかにガッツポーズを決めた。プランB──デートという言葉は使わずにプレゼント交換という形で季節イベント感を押し出す作戦──、成功だ。ダメ押しで電話をかけるプランCからの情に訴える泣き落としの最終プランDはお蔵入りにしておこう。
 改めて、スマートフォンを見つめる。千秋からのメッセージは消えていない。むしろ、増えている。


『つーか、まさかずっと張り付いて返事待ってたのか?』
『お暇なことで』

「チアキちゃん、結構打つの速いんじゃん……?」


 同世代的には平均速度だとは思うが、春日野のペースに慣れていると随分と速く感じる。
 ──というか。
 会話続けてくれるんだ、と、じんわり頬が緩む。てっきり、こっちがはしゃいで終わるものだとばかり思っていた。会話、続けてもいいんだ──指がスマートフォンのステージで踊り出す。


『だってクリスマスデートがかかってたし。仕方ないじゃんね!』
『てかマジ? 二十六日!』
『オレがプラン決めていい?』

『勝手にしろ』

『任せとけ! 詳しくはまた連絡するよ』
『午後なら、ケーキとかどう?』

『何でもいいぜ。待ち合わせ場所と時間決まったら教えろ』
『お前の予定に付き合うだけだからな』

『そんな丸投げでいーの? 変なとこ連れてっちゃうかもよ?』

『お前と行動する時点でどこでも同じだろ』

『それちょっと酷くね?!』

『店のセンスは期待しといてやるよ(笑)』

『前の店、気に入ったってこと? いいケーキ屋探しとく!』
『チアキちゃんに会えるの楽しみ!』

『その前に学校で会うだろ』

『それもそっか。んじゃまた学校で!』

『おう』


 会話が弾む、心も弾む。離れた場所にいても、目の前に千秋がいて喋っているような感覚だった。
 終わったやり取りを眺め、余韻に浸る。そして、第一関門クリアの喜びを噛み締める。
 十二月二十六日、クリスマスの翌日。決定打を狙うチャンスの日。
 上出来のスケジュール、最高のクリスマスプレゼントだ。しかもプランはこっちに丸投げ、つまり入夏の手のひらの上ということ。

 ──オレの本気、覚悟しとけよ?

 入夏はニイッと口角をつり上げた。こうなったら徹底的にデートプランを練ってやろうじゃないか。決戦のつもりで挑もう。
 きっと、今までのことが背中を押してくれる。クリスマスのムードも応援してくれる。
 そうと決まれば──


「……プレゼント、何にしよ?!」


 ──デートの日まで、あともう少し。



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